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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第一章 スヴェトロニア

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89:王女サスターシャ

いつもご覧いただきありがとうございます!


「手紙が来ました!」


 ギルドにひょっこり顔を出しに行ったロナが上機嫌で戻ってきた。

 定宿にしている【グリフォンの寝床】に戻り、ダンジョンにそろそろ行くかというところでの手紙だった。

 宛名はロナ、カダルで一通ずつ。裏を返せばツカサ、ラングの名前があった。

 

「なんでカダル宛て!?俺は!?」

「俺も無いぞ!?」

「うるさいうるさい、静かにしろ。どれ…」


 心なしか少し照れた様子でカダルは咳払いし、封筒を開ける。その隣ではロナもまた、ツカサからの封筒を開けた。


 カダルは手紙に目を通し、その後ろからエルドとマーシが覗きこむ。


―― カダル


 面倒事に巻き込まれる前に、ダンジョンに籠れ


―― ラング


「どういう…?」

「た、大変です!」


 ロナが声を上げ全員の注目を浴びる。


「ツカサからの手紙に、王都マジェタのダンジョンで迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)が起きるかも、って…!」

「あいつら、それぞれの手紙でそれを書けよ!ラングのこれ、下手したら暗号だぞ!?」


 マーシが騒ぎ、エルドはびっくりしている。カダルはそっと手紙を見直して、すぐに立ち上がった。


「ロナが手紙を取りに行ったタイミングがよかったな。いますぐありったけの食料を買い込んでダンジョンの攻略に行くぞ。最悪、魔獣を狩って食材を得て、癒しの泉エリアでの生活をすることを覚悟しろ。衣服の替えもアイテムバッグに多めに持っていく。ラングとツカサがいた時ほどの快適さはないだろうが我慢しろ」

「はい!質問。酒は?」

「計画的に飲め」

「了解、買ってくる!」

「マーシ、俺も行く!」

「ロナ、悪いが食料の買い出し、手分けさせてくれ」

「はい、カダルさん!でも、どうしてダンジョンに籠るんでしょう?」


 ばたばたと出ていくエルドとマーシを見送って、ロナはアイテムバッグを準備しながらぽつりと呟いた。

 その頭をわしゃりとやって、カダルは言う。


「旦那は知らん顔しろって言ってるんだ。召集されて最前線に出されないように」


 ロナはハッとしてカダルを見上げた。


「ラングさん、優しいですね」

「そうだな、見た目より優しい」

「ツカサも元気そうで安心しました。また落ち着いたら居場所を教えてくれるそうです!」

「そうか、楽しみにしておこうな」


 はい、とロナは良い返事をしながらカダルと共に部屋を出た。


 【真夜中の梟】がダンジョンに入ったその日、ギルドへ報せが来たが彼らは何も()()()()





 ――― ツカサたちが冒険者ギルドを出た少し後、ダンジョンは大騒ぎになっていた。


 グランツが確認のためにダンジョンに向かえば、どういうわけか六階層のビースト・ハウスから次々と魔獣が溢れているではないか。

 ダンジョンの建物で衛兵として雇われていた冒険者と、常駐していた王国兵が対応に追われていたが、通路の至る所から魔獣が現れるため先遣隊は壊滅したと言われた。加えて癒しの泉エリアが機能しておらず水は濁り聖なる空気は淀み、魔獣がそこにも闊歩していた。セーフティエリアと信じて逃げ込んだはずの冒険者たちも、まさかの事態に踵を返してどうにか逃げた。


 ダンジョンが反旗を翻した。冒険者たちはそう思った。


 マジョリナはそれが起きた時、九階層でいつもと同じ採掘を行なっていた。

 ただ、突然違和感に襲われた。いつもなら採掘が出来るようになるまでもう少し時間のかかるポイントが、採掘出来るほど()()()()()()と思った。

 マジョリナは鉱員に声を掛け、外に出ることにした。ツカサの言った【いつもと違う空気を感じたら】を覚えていたからだ。

 他の組合員にも声を掛けたが今がチャンスだと言い聞きはしなかった。


 マジョリナが自分の鉱員たちと荷物をまとめ、帰還する(リルヴニア)を唱えようとしたところで急激にそれは起こった。

 最初はパキパキと鉱石が鳴きだし、次にガコン、と大きな音を立ててせり出した。

 水晶が急激に育つ。美しいそれが人のいるスペースを食いつぶすように棘を生やしていく。

 少しでも広い場所へ逃げようとする鉱員たちが水晶に串刺され、岩と岩に挟まれるようにして水晶の間で潰れて息絶える。

 マジョリナは自身の鉱員の叫び声で我に返り、帰還する(リルヴニア)を唱えた。

 

「なんなんだあれは!」


 外に出て叫んだこの一声は周囲の注目を引き、マジョリナは駆け寄ってくる王国兵と冒険者に叫んだ。


「ダンジョンがおかしい!」


 大穴を駆け上がってくる冒険者たちが同じことを叫ぶ。

 慌てて伝令が冒険者ギルドに走り、グランツがダンジョンへ駆けつけたところへ繋がる。




迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)と言わざるを得ません。明かりを上げて鐘を鳴らしなさい」


 

 そう宣言したのは、ここヴァロキアの王女サスターシャだ。

 病弱な王に代わり政務を取り仕切る若き王女は、沈痛な面持ちで机に置いた手を強く握りしめた。戦装束のグローブがぎちりと音を立てた。

 ダンジョンの異変の報を受け、王城から近衛騎士を引き連れてダンジョンへ来た王女サスターシャは、冒険者の証言と、実際に一階層に降りた光景でそう結論付けた。ここまでで一日を要してしまったことは手痛いタイムロスだ。

 伝令に伝えた迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)を報せる手法は、すぐに実行されるだろう。


「グランツ、なぜクランを許したのですか?ジュマよりクランの危険性を告げる連絡があったことを、私は把握しています」

 

 薄紫の瞳で睨まれ、グランツは苛立ちに小鼻をひくつかせた。


「王女殿下、クランを組んでの攻略のせいでおかしくなったとは限りません」

「ではなぜです?この王都マジェタのダンジョンが発見されてから、初めての迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)です」

「たまたまでしょう」

「そうでしょうか」


 す、と机から腕を退けて背筋を伸ばす。むさくるしい作戦会議室に咲く一輪の百合は、芳しいまでのオーラを発し歴戦の冒険者であるグランツを圧する。


「少なくとも、ジュマの言っていたことは辻褄が合います。私はまだ幼かったですが、ジュマのかつての迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)もクランを組んでの最新層攻略だったと記憶しています。そして昨年、大きく被害はなかったものの、領民の生活を脅かした迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)未遂も、クランでの最新層攻略でしたね。なんと言ったパーティだったか」

「【銀翼の隼】です、王女殿下」

「ありがとう、そうでしたね。その際、貢献してくれたというパーティはよく覚えておりますよ。【真夜中の梟】と【異邦の旅人】ですね?」

「左様です」


 付き人がさらさらと答え、王女サスターシャとの会話を進める。

 グランツはぐっと後ろで組んだ腕を強く掴んだ。


「冒険者ギルドのことは冒険者の管轄であることも理解はしております。けれど、危険だとわかっていながら許可した貴方の考えは、私には理解できません」


 暗に、お前にこれ以上の権限を渡す訳にはいかないと釘を刺している。

 

「お言葉ですが王女殿下、本当にクラン攻略が原因とは断定できません。こうなるように【異邦の旅人】が工作したことも考えられます」

「そうであればジュマからは危険人物として報告が上がるでしょう。しかし、彼らは金級冒険者である【真夜中の梟】からの絶大な信頼を得ています。報告自体にも、裏付けがきちんとありました」

「それは初耳ですな」

時の死神(トゥーンサーガ)が直接、言葉を交わすような者たちなのです」


 サスターシャの言葉にグランツは大声で笑った。


「何がおかしいのです、グランツ」

「いえいえ、やはり王女殿下はまだ幼くていらっしゃる。そのような世迷言を信じておられるとは」

「貴方は信じていないのですか?」

「えぇ、もちろんですとも。そんなくだらない話を、逆になぜ信じられるというのですか?」

「【異邦の旅人】のリーダー、ラングの弟、ツカサがそうした神の祝福を受けています」

「王女殿下がなぜそれを断言できるのですか」

「調べさせたからです」


 はっきりと告げた言葉に、グランツは言葉を失った。


「良いですかグランツ。今こうして話していることも時間の無駄ではありますが、貴方にあとで責任を問うので伝えておきます。私はジェキアの領主、ルバルツ・フォン・ジェルロフに彼らを調べさせました。だから知っているのです」


 サスターシャは片手を上げて付き人から書状を受け取るとテーブルに開いた。

 王国兵の兵団長とグランツと、その場にいる関係者が身を乗り出して書状を確認する。


「そこに書いてある通り、鑑定の結果、弟のツカサには【時の死神の(トゥーンサーガ)祝福(・ブレス)】というスキルがありました。その他のスキルについては読めない文字で隠してあったそうですが、神の存在を裏付けるには十分です」


 加えて、ジュマのギルドマスターが直接時の死神(トゥーンサーガ)と言葉を交わし、二度目はないと釘を刺されていた。

 だからこそ冒険者ギルドだけではなく、王城へも書簡を上げた。そしてサスターシャが調べるに至った訳だ。

 王女が徹底して事態を調べていたとは思わず、グランツは奥歯を噛んだ。


「それがもし真実であるのならば、【異邦の旅人】をここへ呼び、対処させましょう」

「貴方にはプライドというものがないのですか」


 ピシャリと投げられた言葉に次こそグランツは怒りを露わにした。


「お言葉が過ぎますぞ、王女殿下」

「いいえ、事実です。貴方は昨日【異邦の旅人】に何をしましたか?知らないとは思わないことです」


 サスターシャはゆらりと怒気を見せた。表情自体は何も変わらず、ただ背負った圧の種類が変わる。グランツは喉で言葉が詰まり、自身の不利を悟った。年若い王女ではあるが、情報というものの重要性をよく把握している。

 グランツから反論が出ないことを確認し、サスターシャは地図へ視線を戻した。


「それよりも【レッド・スコーピオン】に責任を取らせるべきでしょう。彼らをすぐに招集し、狩りに参加させるのです。それから街の防衛をせねばなりません、ここまで時間を使いすぎました」

「布陣はいかがいたしましょう」


 建物の中で王国兵をまとめていた兵長が尋ねサスターシャは僅かに逡巡、指示を出した。


「魔獣は出来得る限り狩り尽くしたい、マジェタが守られたところで近隣の村や街に被害があっては目も当てられません。王国軍と近衛は王都へ配置しましょう、軍の一部は近隣の村や街へ報せを持っていきなさい。人々が嫌な顔をしなければ、事が終わるまで常駐し守りを固めるのです。長丁場になるでしょうから、畑作のわかる団員が居れば優先的に連れていき、居付いてしまいなさい。それから冒険者にはここ、ダンジョンの入り口と王都の外を対応させます」

「すぐに取り掛かります」

「えぇ、頼みました。そうだ、戻るついでに門を閉じるように伝令しなさい。今はまだ眠ってる民たちもやがて目を覚まします。早急に迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)が起きたことを周知させ、それと同時に国が動いていることを伝え、沈静化を図るのです」

「はっ!」


 ガシャリと鎧を揺らして礼をし、騎士は足早に作戦会議室を後にした。


「グランツ、貴方は冒険者を集めなさい。【レッド・スコーピオン】をすぐさまここに呼び、あのダンジョンの大穴から魔獣を出さないようにするのです」

「…承知しました。おい、王都に戻りすぐにここへ来るように伝えろ」

「はい!」


 グランツが顎で指せば後ろにいた冒険者がすぐに出ていく。サスターシャは小さく息を吐いた。


「もし、もしもまだ【異邦の旅人】が王都に居るのなら、その時は知恵を頼りましょう」


 サスターシャの言葉はグランツのプライドを痛いほどに抉ったが、それに不平不満を言えるだけの立場がなかった。

 ジュマが本当に、ただ純粋に注意喚起をし、禁止するためにあの情報を寄越していたのなら。グランツはとんでもないことを許可したのだ。

 【レッド・スコーピオン】が、じゃあやって見せてやるよ、と胸を叩いたことを誇りに思った気持ちは、もはや残っていなかった。


 不意にカタカタ、ガタガタと机が揺れた気がした。


「なんの音です…?」

「王女殿下!お逃げください!」


 会議室に騎士が駆け込んで来て、サスターシャの腕を失礼と言いながら強く引く。

 サスターシャは驚きつつも促される方へ共に走り出す。グランツや他の冒険者は呆気に取られたが、それがただ事ならぬ事態であることはわかった。同様に部屋から走り出した。


魔獣暴走(スタンピード)です!ダンジョン内でのポップがあまりに早すぎます!ここは危険です!」


 騎士は連れていた馬にサスターシャを乗せると、その尻を叩いた。


「王城へ!お早く!」

「お前たちも一度退くのです!」

「いいえ、いいえ王女殿下!貴女様の後ろをお守りします!お願いです行ってください!」


 サスターシャは走りだした馬の上で振り返った。

 大穴からおどろおどろしい音が響き、普段は食材としてしか見ていない大量のミノスが一気に溢れたことに恐怖を抱いた。木の魔獣や、下層で出る大きな狼のような魔獣の群れや、そういったものが鉄砲水のように押し寄せてくる。

 騎士が盾になり魔獣に剣を、魔法を向けて足止めをする。

 あまりにも数が多く、勢いがありすぎた。すぐに詠唱は悲鳴に変わり、剣の音は肉を砕く音になった。


 サスターシャは必死に馬を走らせてダンジョンを覆う建物から抜け出した。

 ダンジョンの大穴から真っ直ぐに出口を目指して飛び出した魔獣たちは、そのままの勢いで王都へ向かって走っていく。

 サスターシャは建物を出たところで道を逸れ、王都へ向かうその激流を呆然と眺めていた。



「あぁ、神よ。どうか我が民を救い給え」



 掠れた祈りは、地鳴りのような魔獣の足音で掻き消された。




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