79:肉を求めて
ダンジョンに行くための準備はスムーズに終わった。
気になる食材や腹持ちのためのパン、米や芋類などを金に糸目を付けず買い込むツカサにアルが驚いたり、調味料やハーブを思う存分買い求めるラングにアルがドン引きしたりはあったが概ね問題はない。
宿の部屋にしても、ラングが寝る時もシールドを着けていることにアルは驚いたが、事情があるのだろうと言ったあとは何も言わなかった。踏み込んで良い所悪い所をきちんと線引きが出来るのは意志が強い証拠だ。ちなみに、ツカサというドライヤーには旅の途中からアルもエレナも常連になっている。
ダンジョンに行く日の朝、ツカサはアルの装備を見てみることにした。ラングにしろアルにしろ、パッと見軽装なのでどんな装備なのかがわかりにくいのだ。ラングはマントがそういった目くらましの意味もあるのも理由だ。
ツカサ本人も魔力の服を着て革の胸当て、腰に短剣を吊るすためのベルトと空間収納を誤魔化すポーチ、それから腕当て、脛当てが増えたくらいで軽装の部類に入る。
アルもラング同様、一枚服を着てその上に胸当てを着けていた。さらに一枚着て温度調節を出来るようにしているらしい。
その他は腰にポーチ、革素材のグローブの上にミスリルの籠手、ミスリルの脛当て、太腿にベルトを増やし影縫いのナイフを装備している。
鑑定するとどれもが一級品ではあるが、手を伸ばせば手に入りそうだ。
槍だけは少し毛色が違う。
――オルファネウル・ネルガヴァント。認めた者にだけ扱うことが出来る。
所謂使用者登録なのかと思えば、使用登録者という観点で鑑定が出ない。気になって聞けば、アル自身使いやすいからそのまま使っているだけで、鑑定に出したことはないのだという。
「へー、こいつそんな名前だったんだ」
「人名みたいな感じだよね、ダンジョンドロップだったんだっけ?」
「そうそう、突き刺さってたから持ってきた」
「それドロップって言うの?」
「いやでも、ボス倒したら扉が出てきて、その先にあったんだって。報酬だろ?」
「ううん、それって迷宮の加護を見つけた時と同じ感じなのかな」
ジェキアのダンジョンでファイアドラゴンを討伐した時を思い出す。あの時、ラングに声を掛けられなければ見つけられなかったが、隠し部屋で迷宮の加護を手に入れている。今回はこの宝玉もしっかりと活用する予定だ。罠が無いとはいえ気を付けるに越したことはない。
かくして、ダンジョンに向かうための馬車へ乗った。ジュマで経験をしていたので覚悟はしていた。エレナがハーブのポプリをくれたので、気分転換にそれをすんすんしている姿が少し恥ずかしかったが、背に腹は代えられない。
冒険者用だからなのか揺れは酷いし尻は痛いし酔うのだ。
三十分も揺られればダンジョンの入り口に辿り着く。
ここは地面にぽかりと大口が空いているパターンのダンジョンで、その大穴を建造物が囲んでいた。
中に入ればそこには街とかわらない市場があった。
ダンジョンに入る前の準備や、戻ってきてすぐに腹ごなしの食事が出来る店があったりした。ジュマのダンジョンでは入り口に並んでいた屋台のような物が、ここではきちんと店を構えているのだ。宿などもあり、ここで前泊をしたり、戻ってすぐに倒れ込んだりするらしい。
王国兵や冒険者ギルドの出張所もあり、迷宮崩壊や魔獣暴走にもそうして備えられている。
賑わう通りを進めば柵で囲まれた大穴が見えた。
列を成し冒険者たちがぞろぞろと飲み込まれていく光景に少しだけ恐怖を感じた。
建物の中は風通りも良くランタンが吊るされているので明るかったが、その風がこの大穴から吹いているものだったのだと思うと肌がぞわりとした。
「大丈夫か?」
「うん、今までより大きいなと思ってさ」
「ランタンを点けておけ」
「どれを点ける?」
「魔獣避けを。今日中にある程度目標階まで降りたい」
「わかった」
「ツカサも動くでしょうから、それは私が持つわね」
言い、ツカサが魔力をフルまで貯めたランタンはエレナの杖先に吊るされた。そのまま階段を降りていけば大穴の階段は下に行くにつれ狭くなり、手すりもないので体が前に倒れそうになる。
「飲まれちゃだめよ」
エレナの杖がこつんこつんと音を立てれば、カシャンカシャンとランタンが揺れた。
ツカサはその音に助けられながら始まりの一階層へ降り立った。
前情報通り石造りのダンジョンだ。
通路が広く、最初の層だからか地図を開いて相談しているパーティが散見している。ツカサたちのように目標階を定めているのではなく、いつも行っていない道を行ってみよう、や、今日はどうする、などの会話が聞こえる。なるほど、日常化しているとそういうスタンスになるのか。
「地図は任せるぞ」
「わかった」
ツカサは地図を開き、事前に確認していた最短ルートをナビゲーションした。
魔獣避けのランタンの効果か、魔獣に遭遇することなく一時間ほどでボス部屋へ辿り着いた。すでにこの辺は初見以外はスキップをするようで待機列はない。
一度の攻略でどの程度稼げるかはわからないが、転移石は手に入れておきたいところだ。
扉を開ければこれも情報通り、クレゴホーンラビットと呼ばれる、ホーンラビットの上位版が群れでいた。
ラングはここで、ツカサに手を出すなと言った。
「エレナとアルの戦闘を見たことがない、見せてもらいたいのだが」
「お、いいぞ!ここどうする?俺だけで行く?」
「貴方には簡単すぎるでしょうから、私がやるわ」
魔獣避けのランタンはそのままに、エレナが優雅に前に出た。
ついと杖先を兎の群れに向け、優しく囁いた。
「さぁ、燃えておしまい」
ゴ、と突然何かが燃える音がして、大きな炎の塊が兎へ飛んでいった。派手な音を立てて炎は床を燃やし、熱風をツカサのところまで届けた。
数匹、生き延びた瀕死のクレゴホーンラビットがよたよたと炎から逃れ出てきたが、これもまたエレナの囁きで絶命した。
「あら、まぁ、鈍ったものだわ」
とんと杖が地面に音を響かせる。何もないところから土の塊が現れ、ツカサのアイススパイク同様に鋭い形となって兎へ飛んでいき、突き刺さった。
焼かれる断末魔の悲鳴も、逃れた兎もいなくなったところでエレナが杖を振る。
ぶわりと熱風が払われて素材と宝箱だけが落ちていた。
「エレナ、すごいね!?」
「この狭さだからそう感じるのよ。私程度スカイじゃゴロゴロいるわよ」
「何人か知ってるけど、いやぁ強いと思うな」
目を輝かせるツカサと、若干顔の引き攣っているアルが言う。
ラングは一つ頷いてわかった、と言い、素材を拾いに行った。
兎の毛皮と肉、それからここでも角がドロップした。エレナが角は良い化粧品になるというので、これは冒険者ギルドではなく商人ギルドへ卸した方が良いらしい。薬と白粉の素材になるのだという。
「こういうのを売るんだ?」
「そう、自分たちで使わない分は売っちゃう」
「なるほどなぁ」
宝箱はこちらにも毛皮と兎肉、銀貨が数枚。ラングは空の革袋を取り出し銀貨をそこに仕舞った。帰還後、これを分配するわけだ。
二階層もあっという間にボス部屋へ辿り着く。
アルが道中の魔獣を狩って通常素材と言われる物を得なくていいのかと心配していたが、ラングにしてみればそれは安すぎて労力が勿体ないという。
ツカサは今まで、金銭感覚というものがラング一人だった。エレナは稼ぎ方が違うため、聞いたことがなかった。
アルはダンジョンの攻略で稼ぐという観点で非常に堅実で、小さなことからコツコツとタイプだ。
逆に、ラングは目的だけを達成し、付属で稼ぐという感覚のようだ。もしくは【外専門】の冒険者のために、稼ぎ方に慣れていないのかもしれない。
ジュマのダンジョンがイレギュラーすぎて大金を得ているが、宿の宿泊料や食材費、いずれ船に乗ることを考えるとアルが心配するのもわかる気がした。エレナも十年前の船賃は役に立たないだろうという。
それを問えばラングは少し考えたあと、目的を達成したあと帰還石を使わずに帰ることを提案してきた。断言するのではなく提案な辺りがラングだ。
アルは狩りを頑張ると笑った。
二階層のボス部屋はアルが挑んだ。
こちらも情報通りオーガの群れだった。
アルの戦闘は一言で言うなら、激しい、だ。
綺麗な型があるようにも見えるし、体術に似た動きを見せたりもする。映画で見たことのあるような動きをしたかと思えば、突然目の前のオークを蹴り飛ばしたり拾ったオークのケペシュで斬り付けたりしていた。オークの巨体を蹴り倒せる脚力にも驚いたが、避けながら後ろに槍を突き出して刺したり、そう、ラングのように動きに無駄が無いのだ。
「よいしょぉ!」
気の抜ける掛け声のあと、最後のオークの首が飛んだ。
槍の穂先を絶妙に合わせ大きく振り抜く。どん、ぐしゃりと音を立てて転がった首はすぐに灰に変わっていった。
「お待たせ―」
あれだけ動いていて息一つ切れていない。
「どうよ?」
「見栄を張ったな」
「うう!何故バレた」
どうやらツカサの手前張り切って戦ったらしい。ラングが肩を竦めて素材を拾い、宝箱はアルがぶつくさ言いながら開けた。
オークなので肉と、宝箱からは銀貨とケペシュ。ケペシュは武器屋に売りに行くと良いらしい。
「ギルド以外で卸していいんだ?」
「おう、もちろん!面倒だし手っ取り早いから冒険者ギルドに卸すことが多いけど、ケペシュは鋳造されて違う武器にされることが多いんだ。見りゃわかるだろうけど、その、切れ味がな」
「うん、本当ならもっと斬れるんだろうけど、結構なまくらだよね」
「そうそう、ってわけでギルドに売り出しても良いが、結局ギルドから武器屋に卸されるから直接売った方が喜ばれる」
「えーっと、あれか、上乗せして売られるから高くなる?」
「そう、武器屋が嫌がる。それでも素材がないと作れるものも作れないからな」
卸す先が選べるのは、手間と労力さえ惜しまなければそれだけ路銀が増える。アルはそういった工夫をしながらやりくりをしてきたのだ。
なるほど、アルは腕の良い冒険者だ。
ラングと二人だけならわからないやりくりが学べている気がした。
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