78:王都マジェタのダンジョン
そぅっと覗いてみたら閲覧数が思っていた以上にあってびっくりしました。
ありがとうございます…!
宿の部屋は非常によかった。
つやつやとした花が活けられ、布団も柔らかくベッド自体骨組みがしっかりしている。
風呂は珍しく陶器製で、水道が引いてあるが相変わらずの魔石使用。パーティとしてはツカサがいないときだけ魔石になるだろう。手に入れている魔石をアルにも分けておいた。
備え付けのテーブルには果物まで乗せてあって、早速噛り付いた。春先に採れる小さなリンゴの一種らしく、しゃくしゃくとした食感と甘い果汁が美味しかった。
夕方まで少し休んで、部屋に鍵魔法をかけて宿を出る。宿で鍵魔法を利用し、パーティメンバーだけが入れる状態にするのは初めてだ。
同じ鍵魔法使いがいれば開けられてしまうのではと心配をしたら、エレナはコツがあるのだと言う。錠を開けるのに合う鍵が必要なように、鍵の形を自分の魔力に合わせているのだそうだ。人の魔力に合わせる芸当はなかなか出来るものではないらしく、その分安全性が上がる。アルは目を輝かせて自分のアイテムバッグにも同じ鍵魔法を強請った。
「どこにでもいるのよ、良い場所に一人二人悪い人がね」
そう言ったエレナの言葉に、ツカサはなんとなく世の中のバランスを感じた。
気を取り直してマジェタの散策を行なう。ジェキア以上に大きなこの都市は、全て見て回るとしたらどのくらいの日数が必要なのだろう。街の中でバスよろしく馬車の定期便があり、住民ですらそれを利用し移動を行っている。行き交う人々の多さ、店は娯楽に富んでいて、ジュエリーやおもちゃ、御菓子の店が軒を連ねている。マブラでクッキーを買うのに必死だったことが、なんだかすごく田舎っぽく思えた。
冒険者ギルドも大きかった。ジェキアのギルドでさえ大きく感じたものだが、それに輪をかけて大きい。石造りの建造物は強固で、五階はありそうな高さだった。窓にガラスが使われているのも権力と財力を感じさせる。
王都のすぐそばにダンジョンがあるらしく、ボードには所狭しと依頼書が貼られていた。ダンジョンへの行き方はジュマと同じで馬車があり、ジュマと違うのは常に動いているという点だろう。
資金にも余裕があるためダンジョンへは行かない予定だったが、アルがおずおずと申し出た。
「俺自分の金稼ぎたいからちょっと行ってきていい?」
曰く、それなりの金額はあるものの、食べ歩きをしたら底が見えるくらいの財布事情らしい。
特に食べ歩きをしたいアルとしては、滞在日数を少し増やし、ダンジョンと街散策とを繰り返したいと言う。
これだけの広さ、もしかしたらもう二度と来ない場所、それを考えるとツカサも行きたくなった。
ラングは二人に強請られて面倒くさそうな顔はしたが、冒険者向けの食事処で夕食を取りながら相談することになった。
店自体大きく、そして綺麗だ。客はほぼ全員が冒険者だが、机の上に乗って歌い出すような輩は居ない。
マジェタのダンジョンで採れるミノスという、ミノタウロス劣化版魔獣の大きなステーキやスープ、パンは相変わらずの歯応えだが塩が利いていて美味しい。マッシュポテトにはバターがたっぷり使われていて甘い。ミノスからは肉と牛乳がとれるらしく、重宝されているようだ。店員からそれを聞いて、相談するまでもなかった。
「食材を取りに行くぞ」
この夕食はあっという間にラングの気持ちを決めてしまった。
手持ちに豚肉は多いが牛肉は少ないのだ、料理する身としては食材の種類が欲しいのだろう。時間停止効果のある空間収納がなければ、こんなに食材を抱え込むことはない。ラングは良いスキルを選んだと思う。
「できれば、果実が採れると嬉しいのだがな」
夕食が済んで、ギルドで地図を購入し宿へ向かって歩きながらラングが呟く。
「果実っていうと?」
「酸味を感じるものだ、レモンやオレンジなどが良い」
「料理に使えそうだもんね」
「ホットワインに入れても美味い」
「ボードよく見て階層選んでいこう、あったら絶対行こう」
「うちのパーティは食事が何より大事だものねぇ」
賑わう街通りを行きながら談笑する。ランタンが吊るされ、豆電球のようなものが家と家を結んでいる。電気があるのかと思ったが、エレナ曰くあれも魔力や魔石の力なのだと言う。
コツを教わって目を凝らせば自分の身を包む魔力と似た靄を視ることが出来た。戦闘に向かない魔導士は、充電器の役割で仕事を持っていたりするのだそうだ。不思議な感覚だった。
「エレナはやっぱり行かない?」
「ダンジョンを調べて、罠が無いなら行こうかしら」
「本当!?それなら大丈夫だよ、罠を無効化するマジックアイテム持ってるんだ」
「あら、それはすごいわね。ただ、私の足だとゆっくりになるわよ」
「目的を持っていけば良い、腰を据えて集めれば良いのだからな」
「持っていくぶんを超えるくらい肉取れば良いしな」
「アル、うちのパーティは食材をギルドに卸さないよ」
「マジかよ。どうやって稼いでんの?」
「宝箱から出るお金とか、使わない素材売ったりとか」
今まで宿にお礼や食事の依頼をするために食材を渡すことはあっても、ギルドで売ったことはない。
全て自分たちで消費しているのだ。
ジェキアの冬宿でラングが夜食に作ってくれたスープの味を思い出し、満腹だというのに唾液が出てきた。【鷲鍋】にもクッキングスタンドがあったので、夜食の際は真似して作ってみよう。
満腹で宿に戻り、受付の女性に延長を申し出る。
ダンジョンの調査がまだなので日数はわからないが、部屋の確保のためにひと月分追加で支払った。荷物こそ部屋には置いていかないが、他の人に貸し出しはしないでほしいと言えば了承が返って来た。宿無しは冒険者が嫌うことなので、宿側も申し出があれば了承しているらしい。
受付にいたのが女性と、先程部屋まで案内してくれた男性だったのでラングは騒がせ料としてチップを渡した。この男性が所謂責任者だったようで、部屋に鍵魔法を掛けることも許可を得た。彼自身、思うところがあるのだろう。
たっぷりのお湯を沸かし風呂に入る。つるつるした陶器製の風呂桶は尻が滑り上手く入るのにコツがいった。お湯を三人分、三回沸かし、ツカサはふかふかの布団で眠った。不寝番がないだけで体の癒され方が違う。
翌朝、食堂で朝食をとるエレナに挨拶をして男三人朝飯を求めて街へ繰り出した。
パン屋が食堂を併設していたり、仕事前に食べるために軽食の屋台が出ていたりと食事には困らない。特に春先で人が動くこともあって、そういったものも活発なようだ。
天気も良かったのでモーニングプレートを外のテーブルで食べることにした。
スクランブルエッグ、ベーコン、ソーセージ、少しの野菜と焼きたてのパン。嬉しいことに特産であるミノスのバターがついていた。
少し値は張ったがコーヒーがあったので頼んでみたら、酸っぱくてツカサはあまり好まない味だった。別途ミノスのミルクをもらい、カフェオレにしてどうにかやり過ごした。牛乳は偉大だ。
成長期のツカサにはワンプレートでは物足りなく、冒険者ギルドへの道すがら買い食いもした。何せ朝食前にラングと鍛練を行なった後なのだ。おなかはぺこぺこだった。
それに、アルがパーティに加入してからは鍛錬相手が増えてしまったのだ。
面白そうという理由で鍛練にアルも加わり、ツカサはラングとアルから手ほどきを受けている。
アルは手加減が下手くそな質で、ツカサは動きながら精度の高いヒールを使うなど、さらに器用な真似が出来るようになってきていた。
こうしてみると、厳しく感じたラングの手ほどきは絶妙に手加減がされていて、ツカサの成長に合わせてくれていたのだと知った。
そんなこんなで冒険者ギルドに辿り着き、依頼ボードを見上げる。
「ミノスは六階層なんだ、浅いのか深いのかいまいちわからないね」
「地図的にはまぁまぁ広いし、中層ってくらいじゃないか?」
「最下層は確認されていないのだな」
「ラング、七階層でドロップする果実の納品依頼あるぞ」
「ふむ、それも狙いたい」
ヴァロキアのダンジョンはほとんどが踏破されておらず、今も地図が広がっている。ここ王都マジェタもその類だ。現在は十七階層まで攻略されているらしい。
「そういえば、踏破ってどういう状態を踏破っていうの?」
「俺が見たことのあるやつだと、部屋の真ん中にぽつんと玉があって、それが最下層だったかな」
「ダンジョンコアみたいなのがあるってことなんだ」
「そうそう、それで、それを手に取ると報酬に変わる…みたいな。俺のこのポーチもそれで手に入れた最上級品ってやつ」
「え、アル踏破したことあるの?」
「あるぞ」
「えぇ、いいなぁ」
「スカイに着いたら付き合ってやるよ」
「約束だよ、ラングも」
「面倒くさい。目の前のことをクリアしてからにしろ」
言われ、二人共背筋を伸ばした。
目標の階層は六階層、七階層に決まった。
武器やアイテムなどには恵まれているため、目的にはしない。
かなりの低確率にはなるが、稀に時間停止機能付きの小さなポーチが手に入るらしく、商人からの高額依頼がボードにはいくつもあった。だが、そういったアイテムを冒険者が手放すかと言うとしないだろう。隣にいるアルがその腰に着けたままのように。
マジックアイテム類は十階層以下で出現するらしい。空間収納持ちには惹かれもしない。
調べたところ、石造りのダンジョンで広く複雑に思えるが、通路自体が広いことや癒しの泉エリアが多数存在することから、時間をかけて潜れるダンジョンのようだ。魔獣を狩りドロップした食材で食いつなぎながら先を目指すパーティも多い。
それに、罠がない。単純に魔獣との遭遇、討伐を繰り返すダンジョンなのでツカサは得意とする方だ。
今日は持ち帰ったダンジョン情報の共有と作戦会議、明日は食材を買い込み、明後日にはダンジョンに行く。
最初のダンジョンに比べたら準備もスムーズに出来るようになったものだ。
新しい冒険に、ツカサは心躍らせていた。
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