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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第一章 スヴェトロニア

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77:マジェタ


 理の神様(クリアヴァクス)からの償いの意味が分からず尋ねれば、アルも詳しいことは知らないらしい。現在の統治者(オルドワロズ)である兄が詳しいとのことで、機会があれば訪ねることにした。

 かくして、ロキアで様々な会話をした後、一行は食料の補充と目新しい食材を買い込んで出立した。



 ラングはオルガからもらった紹介状を手に現在の道の状況などをきちんと仕入れ、道中の安全を確保し直していた。

 エレナのハーブ石鹸はロキアでも売り上げがよかったようだ。アルはこの石鹸と、そして風呂にも感動していた。

 宿の風呂だけではなく、道中ツカサが土魔法で風呂を創り上げたり、水を沸かすのも魔法で出来ると知ってとても喜んでいた。

 それに加えて清潔なテントでの寝起きだ。食事も美味しく、最高の環境だと絶賛が止まらない。

 ちなみに、ツカサのこの風呂はキャンプエリアで作ると商売にもなった。温かい風呂で体を休めたい人というのは結構いるらしく、土魔法で壁を作り囲い、その中に大きめの風呂を作成、一パーティ銀貨1枚で提供した。エレナも便乗し、石鹸を一回分ずつ用意し、商売を行なっていた。

 魔力に余裕があるツカサと、テントで製作ができるエレナはそうして道中商人や冒険者を相手に稼ぐことが出来た。これはツカサの個人的なお小遣いになった。

 ほかほかと湯気を立てながらハーブティーを飲む贅沢。アルがタオルで汗を拭いながらぼやいた。


こっちの大陸(スヴェトロニア)の公衆浴場、怖くて行けないんだよな」


 気持ちはよくわかる。

 ツカサも二度と行く気にはならないし、【真夜中の梟】もあれ以降公衆浴場に行かなくなった。

 異世界物によくある、天然の温泉などがあればぜひ入ってみたいとは思う。


 道中はそれ以上特筆することなく、六日後、ヴァロキアの王都マジェタへ辿り着いた。


 マジェタの城郭は堅牢だった。

 かなり遠くから見えたそれは、近づけば近づくほどに大きくなっていき、入門の列に並んだ頃には首が痛くなるほどの高さになっていた。城郭の向こうに城壁とトンガリ屋根が見えてツカサは感動した。そこに本物の城があるのだ。

 冒険者、商人、旅人、出稼ぎ、外で遊んでいただけの子供。子供は憲兵の横を素通り出来るらしく、挨拶をしながら走って入っていった。

 今までの街は自警団が門扉を守っていたが、さすがは王都と言うべきか、ここでは騎士が憲兵を兼ねている。

 

 馬車の中で昼食を取り、ようやくツカサたちの順番が来たのは並んでから三時間後だった。


「ようこそ、ヴァロキア王都マジェタへ。身分証は?」

「【異邦の旅人】というパーティだ、四人いる。内一人は商人としても入りたい」

「冒険者証四枚と商人証(ブルーカード)が一枚、確かに。宿は多いからあそこの案内人から聞いてくれ。その他ギルド関連は右側、商店に関しては左側だ」

「助かる」

「それから、王都は入門税がかかる」


 憲兵はこほんと咳ばらいをして御者台のラングを見た。

 ラングはわざとらしく首を傾げた。


「いくらだ?一律で決まっているのだろうな?」

「そうだな、一人銀貨五枚だ」

「冒険者ギルドの依頼で外に出た場合、戻ってきた時はもちろん免除だろうな?」

「なに?」

「城外で魔獣を狩り、戻った時にも免除だろうな?」

「ええと」

「まさか、都度出門税もかかるなどとくだらないことは言うまいな?」


 それなりの大きな声。ラングが意識的に出す声はよく通る。

 周囲やツカサたちの後ろの列がざわつき始めた。


「私たちのパーティは四人、銀貨二十枚もあればジェキアの方では一ヵ月生活できる金額だと聞いた。全てがお前たちの懐に入る訳ではないだろうが、何割が手元に残るんだ?」

「おい、やめろ、大人しく」

「払ってやってもいいが明言しろ。いつ、どのタイミングで、いくらが入門税だ?」


 どうした?何事だ?と周囲が困惑の声を上げている。

 それが少し外に出ていただけの地元の人か、以前にも王都に来たことのある人の声かはわからない。

 ざわついた注目だけが注がれている。


「いくらだ?」

「…対応と人を間違えたようだ、正規で冒険者は一パーティ銀貨三枚だ。商人なら銀貨二枚、旅人なら銀貨一枚、住民に入門税はない。ギルドの依頼や狩りで出る場合、一時的外出の水晶で登録をすれば、再度入門税は掛かることがない。王都を離れる場合は出門税が同じだけかかる」

「いいだろう。これは礼だ」


 ラングは銀貨を十枚憲兵に手渡し、ルフレンを動かした。

 門から少し離れたところに案内人の詰所と看板が立ち並んでいた。馬車を停め、護衛をアルとエレナに任せてラングとツカサは宿を決めに行く。ツカサはその道すがら、こそりとラングに尋ねた。


「ラング、なんであんなに食って掛かったの?」

「足元を見られて腹が立った」

「短気だなぁ、でも、もしかしたら入門税なんて本当はなかったんじゃないの?」

「そう思うか」

「どうして払ったの?」

「何故だと思う?」


 問われ、ツカサは唸った。

 わからないからこそ聞いたのだ。


「問い詰めたお詫び?」


 少し高い位置から、ハッ、と馬鹿にした息が聞こえた。ハズレらしい。


「わからないよ、そもそも入門税なんて無いならあげなくてもいい物をあげる意味がわからない。もしあったとしても倍渡してるじゃん」

「入門税は事実だろう」


 ラングは宿の案内人の列に並んで答えた。詰所の外まで並んでいる列は、じわりじわりと進んでいる。


「ルフレンが引いているのは、良い馬車だと思わないか」

「そりゃ、ジュマの人たちが丹精込めてメンテナンスしてくれたんだから良い馬車だよ」

「稼いでいると思われたから、吹っ掛けられたんだ」


 ツカサはラングを見上げ、少しだけ考え込んだ。

 それからハッとした。


「え、入門税って本当にあるんだ?」

「私の故郷では場所により街でもあったぞ。王都であれば確実にあるものだ。税収としてもそうだが、入るための金を払えない者は犯罪を起こしやすい。そういった観点からも振り分けに使われているんだ」

「知らないよそんなの」

「もしそれで違うのであれば、エレナなり行き倒れなりが止めに入っただろう」

「それもそうかぁ。あんな吹っ掛けるなんて嫌な奴だな。でもさ、ラングはどうして倍支払ったの?」

「少なくとも、このヴァロキアでは同じルールだろうからな。素直に礼だ」


 初見知識に対する礼だったという訳だ。

 それに対し、あんなに喧嘩腰で問い詰める必要はあったのだろうか。


「素直に聞けないの?」

「そういう性分だ。お前こそ、私に問うよりも適任がいただろうに」

「そういう性分なんで」


 ごつ、と後ろ頭を小突かれた。

 本気ではなくスキンシップだと気づき、ツカサは笑ってしまった。

 疑問が解消されたので改めて城郭の中を見渡した。


 【宿案内】と書かれた看板が吊り下がった小屋、これは今ツカサ達が並んでいるものだ。

 右手に【冒険者ギルド出張所】、左手に【商店組合】の看板が吊り下がった小屋がある。

 その向こうにアーチ形の扉がもう一つあり、現在は開いている。扉が二重になっている訳だ。アーチの上は橋になっているようで、人の行き来も見える。

 ラングの風貌に振り返る人もいるが、絡んでくる人はいない。しばらくして案内人の内の一人に呼ばれ、そちらへ向かう。


「ようこそマジェタへ、冒険者ですね?」

「そうだ。馬と馬車がある、厩舎のある宿が良いんだが」

「厩舎がある宿屋はこの通りに集まってます」


 案内人の女性は紙を取り出し机の上に置いた。

 宿通りなのだろう、番号が振られた宿がずらりと立ち並んでいる。


「厩舎以外にご要望は?」

「風呂が欲しい、部屋は三部屋」

「春先で人が多いので二部屋までになります」


 まるでホテルの受付だ。宿へ直接行くのではなく、ここで斡旋するシステムのようだ。


「そうか、ならばそれで構わない。一人部屋一つ、三人部屋が一つあれば嬉しい。それから」


 ラングが両手でそっと、女性の手を取った。

 ツカサはびっくりして眼を見開いてしまった。


「少しでも良い宿を斡旋してもらえないだろうか」


 こういう時のラングはとても良い声をしていると思う。

 優しく握っていた女性の手を、ゆっくりと下ろす。女性は照れからか少し俯いてもじもじしている。

 

「部屋は規定で二部屋ですけど、馬番のいる宿を紹介します。パーティ名と滞在期間を」


 お部屋も綺麗ですよ、という言葉が聞こえて、ツカサは天井を仰いだ。


「【異邦の旅人】だ。十二日考えている。延長の場合はどうすればいい?」

「延長は宿に直接申し出てもらっていいですよ、ここでは最初の振り分けと受付だけですから」


 女性は話しながら手元の水晶板で何かしらの操作をし、しばらくじっとそれを見つめていた。最後に頷いてからラングを見上げた。


「宿から確保の返事が来ました。私の名刺を持っていってください。【鷲鍋】という宿です。場所はここになります」


 どうやら水晶板は文字のやり取りができる端末のような物らしい。魔道具で相手とやり取りする物は初めて見た。

 女性の名前と宿名が書いてあるメモを受け取り、ラングはとても良い声でお礼を言った。

 シールドのせいで素顔は見えないが、声で人を落とせるというのもすごいものだ。


「ラングもああいうことが出来るんだね」

「お前は甘いな」


 ふん、とラングがまた鼻で笑った。

 顎で指されたのでカウンターを振り返り、女性を見遣る。

 

「金を渡しただけだ」

 

 こそりと耳打ちされた言葉にぎょっとしてよくよく見てみれば、女性はポケットに何かをしまっていた。

 

「いくら?」

「銅貨五枚」

「五千円、じゃなくてリーディ…大盤振る舞いだね」

「ケチるな、使うところで使わなければ金は腐るだけだ」


 確かにそうだが、所謂チップというものの価格帯がわからないことと、思い切りがまだなかなか身につかない。

 とかく馬車に戻り、エレナとアルに報告をする。

 ラングが御者席で操縦、エレナが馬車内、アルは左、ツカサは右について歩く。

 アーチ型の扉を越えればヨーロッパの街並みが視界に広がった。

 雪が降るからだろう、トンガリ屋根の家が道に沿ってみっちり並び、煙突がついている。大通りに屋台が並んでいて子供が走り回っている。

 ラングは馬車をゆっくりと走らせ、事故のないように注意していた。馬車の中を覗く子供や、跳び付く子供もいたので驚いた。

 

「ほらほら危ないぞ、お前らそれで怪我しても知らないからな」


 馬車に手を伸ばす子供に声をかけ、アルは薄っすらと威圧を放つ。可哀想だが怪我をするよりはいいとアルは苦笑していた。

 賑やかな大通りをしばらく進んでいくと【宿通り】に辿り着いた。馬車や商人、冒険者が多くなり、賑わいの色合いが変わる。【鷲鍋】はそこからもう少しだけ中央に近づいたところにあった。

 今までの宿と違い、外溝があり宿の敷地が明確になっている。馬車が向かっていることに気づいたのか、良い身なりの青年がガシャリと鉄門扉を開けて迎えてくれた。


「ようこそ、【鷲鍋】へ。パーティ名をよろしいですか?」

「【異邦の旅人】、これが名刺だ」

「確かに。お待ちしておりました、馬車はお預かりいたしますのでどうぞ中へ」

「あぁ」


 ルフレンの前に立ち先導する男性について門扉を抜ける。整理された石畳をガタガタと進み、立派な厩舎に辿り着く。

 ルフレンから馬具を外すのも、幌馬車を置くのも、手際の良い男性スタッフが対応してくれた。


「受け付けはこちらです」


 僅かに品定めするような視線で一行を見た後、男性はまた先導して受付へ案内してくれた。

 受付の品の良い女性と男性が同時にお辞儀をした。顔を上げ、ラングを見ても顔色を変えない。すごい教育だ。


「いらっしゃいませ、ようこそ【鷲鍋】へ。【異邦の旅人】の方々ですね?」

「そうだ。一先ず十二日間滞在をしたい」

「かしこまりました、お部屋は二人部屋一つ、四人部屋一つでのご案内になってしまいますがよろしいでしょうか?」

「願ってもない。広く使えるのなら良い。希望が通るのならば、隣同士だと嬉しいのだが」

「可能でございます」

「感謝する」

「お支払いはこちらになります」


 支払い表がラングの前に出される。ツカサはその手元を覗きこんだ。

 今までの宿ならいくらだと金額を伝えるが、この宿はそうではないらしい。


「余計な真似するなよ、文字が読めるかどうか試すような無粋な宿だったのか?」


 槍を腕に抱えて壁に寄り掛かっていたアルが大きな声で言った。明朗な声はロビーだけではなく外にも聞こえているだろう。意識的に響くようにしていると感じた。

 受付の女性は初めて狼狽えた色を見せ、男性はかっと顔を赤く染めていた。反応からして男性側の指示だったのだろう。

 男性が唇を強く噛んでいる横で、女性は落ち着きを取り戻しながら頭を下げた。


「失礼いたしました、そのような意図ではなく、明確な料金表をお見せしようとしたまでのこと、どうかお収めください」


 この受付、女性の腕で持っているような気がした。ツカサはラングを見遣り様子を窺う。


「構わん。二人部屋が一泊銀貨一枚、四人部屋が銀貨二枚、十二日間滞在で銀貨三十六枚。部屋代に厩舎代も含まれている。朝食をつける場合は一人銅貨二枚、夕食が一人銅貨三枚だな」


 ラングはツカサに肩を竦め、エレナとアルの方を向いた。


「食事はどうする?食べ歩きをしたいか?」

「俺は食べ歩き!」

「俺もできればそうしたいけど、エレナは?」

「私は朝食は宿でいただくわ。夕食は当日の朝考えようかしら」

「ではそのように」


 ラングは空間収納から革財布を取り出し、金貨を四枚差し出した。四十万リーディだ。

 三十八万四千リーディなのでこれで足りる。


「釣りは全てもらおう」


 不遜な態度にチップは無しだということだ。

 懇切丁寧であればラングのことだ、釣り銭は宿へのチップになっただろう。

 女性は深々と頭を下げて釣り銭をラングに手渡した。


「お部屋へのご案内は私が」


 先ほど馬車の先導をしてくれた男性がカウンターから鍵を受け取り、これまた丁寧に頭を下げて一行の先頭に立った。

 しっかりとした木造の階段を上がっていき、少し奥まった部屋の前で鍵を渡される。


「当宿の受付が大変失礼いたしました。快適に過ごせるよう努めますので、ごゆるりとお過ごしください」

「気にしていない」


 ラングの即答にほっと息を吐いて男性は階下へ戻っていった。

 

「エレナ、鍵魔法を頼むぞ」

「えぇ、お任せあれ、よ」


 それでも警戒を怠らないのだから、ラングなのだ。





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