67:新年祭の準備
乗合馬車の営業所にはカレンダーというものが存在していた。日時を把握して運行するから当然と言えば当然だ。
オルガに見せられて、それは故郷のカレンダーに直したとき、大体同じだと再確認した。
故郷とは週の日数の数え方も違うのでツカサの年末はもう少し先だろうが、ここで言う年の最終日、月末の三十日に新年祭がある。五日後だ。
オルガにはおめでたい小僧だと頭をぐしゃぐしゃに撫でくり回され、ラングは何か考え込んでいた。
宿への帰路、ラングの希望でギルドに顔を出した。
カウンターには行かず依頼書の貼り出されたコルクボードの前に行き、顎に手を添え動かない。
「ラング、どうかした?」
声をかけると、いや、と応えながらようやく動いた。
「素材や食材を取りに行こうと思ってな」
「買うんじゃなくて、取りに行くの?」
「あぁ。ファイアドラゴンで手に入れたナイフセットを使うが構わないか」
「いいよ、投げナイフは扱い方わからないし」
なるほど、ダンジョンで取りに行くのなら依頼書を見て、階層を把握する方が早いかもしれない。
先日のキャルのこともあってジェキアのカウンターへは不信感もある。カウンター側としては声を掛けてほしそうだが、キャルを止めなかった負い目から進んで行動には移さない。
投げナイフである炎のナイフは、ツカサには使い方がわからずラングに預けたままだ。使用者登録をして良いか聞かれたので了承する。
「何取りに行くの?いつ行こうか」
「一人で行く」
「へ?」
「今回は私だけで行く」
ツカサはぽかんとした後血の気が引いた。
「それは、俺が足手まといっていう…?」
「そうではない」
ツカサの様子にすかさず否定を入れ、ラングは向き直る。
『私の故郷の風習に倣おうと思っている』
ラングが言語を変えた。風習、とオウム返しをすれば、ラングは言葉で言い表しにくいようで少しだけ考え込んだ。
『まぁ、新年祭までには戻る』
『いやそこは説明して!?』
早速ダンジョンに行ってしまいそうなラングのマントを掴む。なんだ兄弟喧嘩か、と周囲の冒険者の関心が集まっている。
ラングは小さく息を吐いてツカサを見遣った。
『贈り物をするのに、自分で稼ぎたいだけだ』
ラングを見上げたまま言葉を失う。
今まで一緒にダンジョンに入った分は、一人の稼ぎではないと考えている訳だ。つまり、ツカサの貢献もきちんと認めてくれている。
面映くなってしまい手を離す。それを了承と理解したラングは一つ頷き歩き出した。
『新年祭までには戻る。エレナに伝えておけ』
そう言い、ラングはダンジョンに潜っていってしまった。
取り残されたツカサは見えなくなった背中に叫んだ。
「いってらっしゃい!」
声と表情が明るかったため、周囲の冒険者たちは好意的に解釈したらしい。
声をわざわざかけてくる者もおらず、ツカサは足取り軽く宿に戻った。
食堂でお茶を囲み、エレナから石鹸を買う【真夜中の梟】の面々のところへツカサが合流する。
ラングが単独でダンジョンに行ったことを伝えれば、エルドとマーシが見に行きたいと飛び出しそうになった。カダルに咎められて渋々座り直したが、戻ってきたらラングはいろいろ聞かれるだろう。雄弁に語らないラングのことだ、無言であしらいそうではある。
ツカサは新年祭についてエレナと【真夜中の梟】にも聞いてみた。
「美味い物が食える!」
「街中が賑やかだなぁ」
「家の中でのんびりしてる奴も多いな」
「食材を宿に預けて、宿全体でお祝いの雰囲気になる」
かく言う【真夜中の梟】もダンジョンで取ってきた食材を宿に預け、新年祭に向けて準備をお願いしたらしい。エルドとマーシはジュマのダンジョンで稼ぎが良かったため、いつもの酒よりも上等なものを仕入れたようだ。
「新年祭のときは食べて飲んで騒ぐ感じ?」
「だいたいはそうだ」
「【真夜中の梟】は毎年、ジュマの定宿か、ジェキアのこの冬宿で新年祭を迎えてるな」
「僕はパーティでは三回目です」
「孤児院ではどうしてた?」
「ちょっと夕飯が多かったかな。街中がお祭りだから、食事を届けてくれるお屋敷もあったんだよ」
そっか、とツカサは頷いてロナが飢えていなかったことに安堵した。
「エレナは?新年祭はどう過ごしてた?」
「二、三日前から日持ちする料理をたくさん作っておいて、のんびり過ごすようにしてたわ。その時は外にも出ないの。窓の外から賑やかな声が聞こえるだけで、おばさんには十分」
穏やかに微笑みながら言うエレナに、ツカサは頷いた。
「じゃあ、今年は賑やかになるんだね」
「えぇ、そうね。ミートパイくらいは焼こうかしら?」
「あの美味しいやつ?あれ本当に美味しかった!」
「あらあら、嬉しいわね。ツカサにあとで食材を伝えるから、出して頂戴ね」
「わかった」
ジュマで御馳走になったパイを思い出して食い気味に言えば、エレナは滲むような笑顔で頷いてくれた。
今年の酒はどうするとか、食事はもう少し食材を渡しておくかとか、エルドとマーシが酒を片手に盛り上がってきたところで、ロナがこっそりと耳打ちをしてきた。
「ツカサの故郷はどんな新年祭をするの?」
いろいろと話が長くなりそうだったので、ロナとお茶に行くことにした。
カダルが買い物をしたいので一緒に行こう、とついてきてくれた。
エレナは酔っ払いの相手はしません、お夕飯の買い出しお願いね、と笑顔で自室へ戻っていった。
夕方前、客足が落ちている飲食店に入る。
今夜は屋台物かテイクアウトでも買おうと思っていたので宿に食事を頼んでいない。
一先ず、成長期の若人は腹を空かせていたので普通に食事を取ることにした。帰りに食事を包んでもらうことも忘れない。
冬場は温かいミルクスープが胃に沁みる。よく煮込んである肉をパンの上に乗せてかぶりつき、空腹を満たす。
食事をしながら年末年始の話をした。
「俺の故郷にはクリスマスってイベントがあって、そこから年明けまでずっとお祝いごとが続くんだよ」
「へぇ!すごい豪華そうだね。クリスマスっていうのは何のお祭りなの?」
聞かれて思い返すが、実態をよく知らないことを思い知らされた。首を傾げどうにかこうにか思い出す。
「なんか、偉い人?の誕生日?白いひげのおじいさんがプレゼントを持って、ううん、何が正しいのかはわからないな」
「あはは、なんだか不思議なお祭りみたい。ご馳走はどんな感じ?」
「うちは共働きで年末年始くらいしか一緒じゃなかったから、母さんが唐揚げとかポテトサラダとか、いろいろ作ってくれてたな。あ、でもチキンとケーキは買ってきてた」
「いいね、食べてみたい。ツカサ、作れないの?」
「調味料がわからなくて…」
「はは、作らないとそうだよね、わかるよ」
せめて、スマホが生きていれば調べて詳細を話せたし、写真を見せられたのにと思ってしまう。クリスマス、年末年始、それだけでなく友人と遊びに行ったテーマパークや日常のちょっとしたことを、もっと鮮明に伝えられる。
説明の手段が少ないことを不便と感じたのはここに来てから初めてだった。
そうだ、もし今もスマホが使えたなら、ロナやカダルとも写真を撮れたのだ。
ラングとエレナと歩む道中も、ラングの戦闘を動画で残したり、手段があった。
気づいてしまえば物足りなくて悔しい気持ちが胸の奥底からせり上がってくる。
それがすぅ、と消えていく。気持ちは落ち着いても心が追いつかない。
「ツカサ?」
「ううん、なんでもない」
笑って応える。いったいこのスキルは何のために存在するのだろうか。
ロナは少しだけ大人びた苦笑を浮かべて話題を変えてくれた。
「ラングさんの故郷の風習ってなんだろうね」
「なんだろ、自分の稼ぎで、って言ってたからお金かかるのかな」
「しかしラングの旦那も律儀だよな。等分してるならそれはそれで自分の稼ぎだろうに」
カダルの言う通りだ。
出された食事だけで足らなかったのでスコーンのような軽食も追加注文し、ついでに持ち帰りの食事も頼んだ。
「ねぇ、どんな風習なのか当ててみない?」
ロナが悪戯を思いついた顔で言う。
手元のスコーンは半分に割って、ハチミツをつけている。それを真似してスコーンを齧る。ぱさぱさがマシだった。
「金が掛かるということは、装備じゃないか?」
存外まじめに会話に乗ってくれているカダルが腕を組み呟く。
ロナと二人で頬をぱんぱんに膨らませたまま、顔を見合わせてしまった。
「ほら、俺には鑑定こそできないが、旦那の装備はかなりのものだろう?何か特別な装備を作るか用意するか、そのくらいはしそうじゃないか?」
ぱちりとウィンクして見せたカダルの色男ぶりにロナもツカサも赤面してしまった。容姿について言及したことはなかったが、カダルは何というか、良い男なのだ。
カダルと出会った当初の警戒心はすでになく、ツカサにも親し気に接してくれるのが嬉しかった。
「確かに。あれって全部すごい品なんだよな。ファイアドラゴンに焼かれなくてよかったって、俺の装備じゃないのに安心したくらいだよ」
「流石だね。うーん、僕は、そうだなぁ、なんか調理器具とか?」
「調理器具」
「そう、ほら、ラングさん料理好きでしょう?ツカサも隣に立っていろいろ見てるじゃない」
「まぁね。ラング手際良いから見てて楽しいし、手伝わせてもらうけどそれも楽しいから」
「ツカサが前に欲しいって言ってたの覚えてそうじゃない?」
「あー、なるほど」
確かに、事あるごとにツカサはフライパンを欲しいとか、調理用の包丁を持ちたいとか言っていた。冬宿暮らしで時間もあるし揃えるのは手かもしれない。
ラングがくれるならそれに期待もしたい。
「ツカサは何だと思う?」
「うーん、ご馳走も有り得るかなって」
「あぁ、ラングさん作りそうだよね」
「故郷のご馳走を再現してくれたりしたら、俺は食べてみたいなぁ」
「僕もご相伴に与りたい」
「戻ってくるのが楽しみだな」
三人で笑い合う。
スコーンをもう一皿おかわりをして、すっかり満腹になったので宿へ足を向けた。
「そういえば、カダルの買い物は?」
「そうだな、その辺の屋台で何か買って帰るか」
「どういうこと?」
カダルは首を傾げるツカサとロナに少し顔を寄せ、呟いた。
「エルドとマーシから逃げる口実だ」
ツカサとロナは声を上げて笑った。
お待たせしました。
GW中、なんやかやと慌ただしいので明けになると思います。
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