66:道
「アズリアまでの道ねぇ」
今日の天気も雪。マントに積もった雪をぱたぱたと払い、乗合馬車の組合所に道を尋ねに来た。
乗合馬車は冬の間、よほど金を積まれなければ出ないそうだ。
ただ、ツカサたちのように冬の間に道を調べたり、商人がどうしても移動したい場合に利用したりと仕事はある。情報料を支払って、安全、かつ早い道を聞きに来たわけだ。
「まず、俺たち支部の仕事はヴァロキアの北西部だけなんだ」
どん、と壁に貼られた地図を青年が叩く。機嫌が悪いとかではなく、元々そういうタイプらしい。
「だがまぁ、東のマイロキアへの道も、南のフェネオリアへの道も把握はしてる。どっちもうちの支店がそれぞれの【首都】にあるからな。それからマイロキアとフェネオリアにも。【ゲイルニタス乗合馬車組合】ってのは、この大陸じゃ一番でかい乗合組合なんだぜ」
地図をなぞる指を目で追う。道を行くことを生業にするからだろう、かなり詳細な地図だ。
ヴァロキアの中心部から南東にかけて山々が連なり、それが理由で南東にあるアズリアへ直進できないことがわかる。サイダルはその山の麓にあったわけだ。
【首都】というのはジェキア同様、北東、南西のエリアを管轄するギルド本部がある場所のことだ。
「んで、俺が言えるのは、どっちの道も教えてやれるけど、どのルートで行くのかはあんたらにお任せってこと。どっちに行っても、またその先で道を聞いてもらうことになる」
「ふむ、紹介状のようなものは頼めるのか?」
「金はかかる。商人には書くことが多いが、冒険者も希望があれば用意するぞ。そうすれば、向こうで情報料は誤魔化されないで済むはずだ」
「ならば頼む。ルートの相談も頼めるか?」
「ちっと割増しになるぞ」
「構わん。ツカサ、座れ」
「うん」
青年の前にラングが座り、ツカサも倣う。
「んじゃ、ま、改めて。俺はオルガ、よろしくな」
「ラングだ」
「ツカサ、よろしく」
ぐっと握手を返されて少し手が痛かった。見た目に違わず力が強い。
「料金は?」
「うちは後払いだ。前金でもらってた時は割に合わないこともあったからな」
「了承した。早速だがまずこちらの状況についてだ」
「おう」
「【異邦の旅人】というパーティを組んでいる。馬車が一台。メンバーは私と、ツカサと、もう一人女がいる」
「【異邦の旅人】っつーと、こないだファイアドラゴン討伐したパーティか!二人組じゃなかったのか」
「もう一人は利害の一致だ。ジュマで世話になり、スカイへ行く目的が合致した」
「なるほどね、待機要員ってことか。冬宿はいつまでいるんだ?」
「あと二ヶ月ほどだな。滞在の延長は決めたが、もう一ヵ月を悩んでいる。今年の雪はどうなんだ?」
「難しい所だな。積雪量は確かに例年より多い。だが、春も遅くなるかはわからない。無難に行くならもう一ヵ月延長で、雪が溶け始めるのを待った方が良いだろうな」
「延長なしの場合、準備することは?」
オルガは腕を組み、難しそうな顔をして答えた。
「雪溶かしの魔道具があれば溶かしながら進めるが、あれは道を凍らせるから危ないんだよな。それに馬車で寝るにしても、テントで休むにしても、防寒対策は挙げればキリがない。今移動が出来る商人は長い時間と金をかけてそういうもんが全部用意できてる奴だ」
「ある程度の危険は見込まれるわけだな」
「そういうこった。懐に余裕があるなら宿は延長、ダンジョンにたまーに行って時間を潰せばいいんじゃないか?」
ふむ、とラングが顎に手を添える。
一ヵ月の延長は確実にする予定だったが、さらに滞在期間を延ばすことになりそうだ。
ここで四カ月を過ごすとなると一年の内、三分の一を潰すことになる。カレンダーに直すと十二月から三月までだ。かなり長い。
ダンジョンに行けば確かに一週間は潰れるが、そこまで行かなくてはならない理由もない。
オルガは肩を竦めてヒアリングを続けた。
「荷物の運び方は?」
「アイテムバッグがある」
「なるほど、その中に入れてくんだな。じゃあ重量はいいか」
ラングが腰のポシェットを叩けば、オルガは手元の板にかりかりとメモをしていく。それは小さな黒板だった。
チョークのようなもので書かれたそれに懐かしさを覚え、すぅ、と消えていく。
「馬車があって、道中の補給をしつつ進めるのはどちらだ」
「オススメはフェネオリア経由だな」
オルガは改めて壁の地図を叩いた。その音で部屋の中にいる職員や、同じように道を聞きに来ている商人がびくりとする。方々へ苦笑し手を上げて謝り、オルガは咳払いをした。
「すまねぇな、そんな思いっきり叩いてるわけじゃねぇんだけどよ」
ぽりぽりと頬を掻き苦笑を浮かべ、オルガは大きな体を少し小さくした。
生来力が強いのだろう。ツカサは大丈夫、と笑って声を掛けた。
「ありがとな。話を戻すが、南ルートはフェネオリアとガルパゴスを経由するルートだ。どっちもダンジョン都市があるから補給と修理、路銀稼ぎに困らないだろうよ。あと単純に距離が短い」
縮尺図が正確であれば、パッと見、そう見える。
「東ルートはマイロキアに出た後、南下してアズファルを経由してアズリアだ。ただな、ダンジョンの数は南のフェネオリアルートに比べると少ない」
冒険者としての補給の仕方と、路銀の稼ぎ方を元にオススメを出してくれたらしい。
地図を眺めていたラングがふと尋ねた。
「マイロキアもアズファルも海に面しているが、スカイへの船は出ていないのか?」
「前はいくつか旅客船もあったみたいだけどな、アズリアが戦争を起こしてから詳細がわかんねぇんだ。乗せた商人曰く、輸出入は再開されてるっぽいけどな」
「ならば何故アズリアは未だスカイと旅客船のやり取りがあるとわかる?」
「強国の余裕だよ。戦争を起こしたのは民意ではないとかで、交易は変わらず続けるって宣言を、スカイ側が出してんのさ。そらまぁ、多少税は上がってるだろうけどよ」
余裕と言うか、そこまでいくと相手にされてもいない気がする。ツカサは口を噤んでいた。
「なるほど、つまり、アズリアが隣国に圧力をかけている可能性があるわけか」
ラングが得心したように頷いた。ツカサは首を傾げてラングとオルガを見遣った。
「そういうこった。アズリアの貿易品がマイロキアやアズファルからスカイへ出される。アズリアが他国に輸出していたスカイの品が独占できなくなる。それはアズリアの交易を弱めるからな。スカイだって、別大陸の勢力図に興味はないだろう」
アズリアが圧力をかけていようと、スカイには関係がないということだ。
それだけスカイが様々な国力を持つと見て良いだろう。
「確かにフェネオリア経由の方が安全だろうな」
「いろんな意味でそうじゃねぇかと思うよ」
大人二人が頷き合っている。
海側の国を行ってスカイに行きたい、船はあるかと尋ねれば目立つのだろう。アズリアは腐ってもこの大陸の大国、目を光らせていて悪目立ちしてしまえば面倒、そういうことだ。
ただ移動するだけなのに、とツカサは思う。しかし思い返してみれば、ツカサは故郷でも外国に出たことがなかった。パスポートも持っていないし飛行機に乗ったこともなかった。卒業旅行で北海道か沖縄に行こうと友人と話していたことを思い出し、気持ちがすぅっと落ち着いていく。【適応する者】のスキルは郷愁を味わわせてはくれない。もはやツカサにとって、一種の呪いだった。
「じゃあ、結論として南のフェネオリアルートに行くとして、どの道を行けばいいの?」
「街や村の名前を書きだしてやるよ。道から逸れなきゃ必ず立て看板がある。名前を見て道を進んでいけばいい。距離と安全ならどっちを取るんだ?」
「安全だな」
「了解、ちょっと待ってろ」
オルガはそう言い、一度席を立つとカウンターの向こうで仲間たちとテーブルを覗きこんだ。
そこに内部用の詳細地図があるのだろう、組合の情報、宝だ。窮屈そうにしながらもせっせと動く肩が文字を書いているのをわからせる。
しばらくして木の板も持ってオルガが戻った。
「待たせたな」
折りたたんだ紙と板を並べて二人に差し出す。
木の板は料金表だった。
「紹介状は何枚書こうか」
「回収されるんだな?」
「そうだ」
「ならば、支店のあるすべての数で」
「了解、マルコ!紹介状の複製を頼む」
オルガは振り返り、別の職員に声をかけた。
「南西の首都、フェネオリアでは主要都市を二、三カ所くらいか。ガルパゴスでは一カ所で良いだろう。アズリアで入り口、王都、港、だいたいこの辺には支店があるはずだ。ここまでで八枚になるが、どうする?」
「港もなんだ?」
「あぁ、港にはスカイの情報も多少はあるはずだ。一応な」
「追加で三通ほど予備をくれ」
「お、あんた商人みたいなことを言うんだな。わかった。マルコ!十一枚頼むぞ」
マルコと呼ばれた職員は、後ろ手にひらひらと挨拶を返し肩を揺らしている。
「それで、料金だ。街や村の名前の数だけ金額が上がるんだが」
「糸目はつけん、情報は全てもらおう」
「流石、ファイアドラゴン討伐冒険者パーティだな。紹介状一通で五万リーディ、村が五千リーディ、街や首都が一万リーディ。今回、あんたたちは馬車持ちでアイテムバッグ持ちだからな、村は飛ばしてでかい道を行けるように街と首都だけで構成してある。地図は持ってるか?」
オルガはそう言って置いてあった紙を開いた。中には街の名前が書いてある。
ロキア、マジェタ、キフェル、ルールバル。ツカサは持っている地図を開いた。
「良い地図だな、高かったんじゃないか?」
「高かった」
「だろうな。ロキアは、ジェキアの下、この辺だ。マジェタは王都だ、ここにある。マジェタには南西の冒険者ギルド本部もあるぞ。キフェルは国境都市だ。この国境の向こう側の都市が、フェネオリアのルールバル。扉一つで街の名前も、雰囲気も違う」
ツカサは言われた位置にペンで薄く印をつけた。
「首都情報は締めて四万リーディだな。ルールバルから先は、ルールバルの支店で聞いてくれ。あとは情報料と職員の拘束料だ。情報料が一律三万リーディ、拘束料が二万リーディ。支払い方法は任せる」
ギルドカードからの引き落としか、現金か、ということだろう。
紹介状料が五十五万リーディ
首都名料が四万リーディ
情報料が三万リーディ
拘束料が二万リーディ
合計で六十四万リーディだ。
ラングは七十万リーディ、金貨七枚オルガに差し出した。
「釣りはいらん、その代わりにもし有益な情報があれば【若葉の宿】へ届けてほしい」
「あぁ、いいとも。しかしあんた、商人みたいなことをよく知ってるな」
オルガはチップももらえてほくほく顔で頷いた。これだけ金貨を払っていても、先日籠ったダンジョン報酬だけでまだ余裕がある。
金の使いどころを見定めていくのも、覚えなくてはならない。ラングはオルガから差し出された紙を腰のポシェット、実態は空間収納へしまう。
「世話になった」
「いいさ、こっちも良い取引だった。そうだ、もうあと数日で新年祭があるから楽しめよ」
「新年祭?」
立ち上がり握手をしながら掛けられた言葉に首を傾げる。
「あぁ、新しい年を迎える祭りさ」
「あ」
年末年始のことだ。すっかり日数の感覚がずれていたツカサは変な声を出した。
「もう年末なのかぁ」
その言葉にラングとオルガがツカサを凝視した。




