64:ジェルロフ家の招待
ラングのブーツはどうにか再現できるらしい。
革細工と防具屋の親方がどちらも頭を抱えながら、これは挑戦だと言い、引き受けてくれた。
ラングの故郷の職人、ハリファはなかなか技術の高い人だったらしい。仕込みナイフがありつつもブーツ以外の何物にも見えない造形、詳しい話はよくわからないが職人が盛り上がっていた。
一先ずのブーツも購入し、足に馴染むようにラングも日々の散歩に出るようになった。ついていきたいと言えば反対はされなかった。
ツカサが歩いた道や見つけた店をラングに教え、以前に食べて美味しかった店に一緒に行ったりした。
雑貨屋で歯磨き粉を買い足したり、やはり値は張るが紐で括っただけのノートを買ったり。ギルドに顔を出し手に入れていた素材の依頼書があるか見たり、兎の毛皮で冬の防寒具を作るか相談をしたり、久々に殺伐としない時間を過ごせた。ラングも肩の力を抜いて純粋に散策を楽しんでいるようだった。
素材自体は手持ちに困っている訳でもないので、さっさと出すか、記念に何か装備を作るかで相談をすることになった。
ギルドマスターに声を掛けられたのはその時だった。
曰く、領主が会いたいと言っている。拒否権はない。
ラングの空気が冷たいものに変わって、ツカサはきゅっと唇を結んだ。
ジェキア周辺を治める大領主、ジェルロフ家。ロナから聞いた限り、実力で金級冒険者を何人も輩出しており、その分、冒険者への理解も厚い。また、孤児院への支援も手厚いと評判の領主だ。
呼び出しの理由はファイアドラゴンだろう。ギルドマスターも理由は知らず、ただ会いたいとだけ言われているらしい。
「明日にでも良ければ来てくれと言伝を預かっているんだが、どうだ」
ジェキア領主に呼ばれることは、ここの冒険者にとってはかなりの栄誉のようだ。話を聞いていた冒険者たちが口々に称賛と羨望を向けてくる。
ラングは暫く黙ったあと、明日でいいと答えた。ツカサは少し驚きつつも、【異邦の旅人】のリーダーの意向に従う姿勢だ。
翌朝、宿に馬車を向かわせると言うのでお言葉に甘えた。
その日の夕食時、ラングに何故素直に引き受けたのかを尋ねた。
エレナはダンジョンに行っていないからと同行を断り、同席していた【真夜中の梟】は苦笑を浮かべていた。
「面倒ごとは早く対処するに限る」
「領主様の呼び出し、冒険者からは誉れですよ?」
「ここに住まう者ならそうだろうが、私には関係ない」
「まぁ、それもそうだな」
夕飯のシチューをおかわりし、二杯目を食べながらマーシが頷く。もりもりと食事を取るマーシは見ていて気持ちが良い。
ツカサも前に比べたら体ががっしりとしてきた。装備を整えに行った時も、かなり調節が利くものを選んだ。成長期に体をよく動かしているからなのか、元からの素養なのかはわからない。試しに制服のシャツを着てみたら二の腕がきつく、どうにか着たワイシャツは袖が短かった。
鍛えていることの効果が出ているのだと思うと嬉しい。体の変化に気づかなかった理由は、鏡が無いからだ。
そんな成長を感じながら迎えた翌朝、ツカサはラングと共に馬車に乗っていた。
馬二頭で引かれた馬車は雪道でも難なく前に進む。ただ、ガタゴトと音を立て尻は痛い。
領主御用達の馬車にしてはクッションが無い。これは冒険者だからなのか、それとも考える馬車の基準が高すぎるのか。
ツカサは揺れと振動に吐き気を催した。
ルフレンが引く馬車の高性能っぷりを痛感した。
しばらくして馬車の動きがゆっくりになった。
目を瞑って耐えていたが少しだけ楽になり、窓の外を見遣る。
雪の積もった屋根、左右対称のシンメトリー、石造りの大きな洋館が外に見えた。
それは映画でよく見た城と呼ばれるものかもしれない。ネットや雑誌で見た豪華な屋敷かもしれない。
雪景色の中浮かび上がるそれに、ツカサはぽかんと口を開けてしまった。
「雪の積もったジェルロフ邸はなかなか見応えがありますよね」
馬車に同席していた執事の男がくすりと笑った。
「街からは全然見えなかったから」
「領主様は街に住む人が委縮することを望みません。故に、小さな森でお館を隠しておられるのです」
ツカサが話したのを良いことに、執事はゆっくりとジェルロフ家について説明を始めた。
「ジェルロフ家はここ、ヴァロキア国で北西の統治をしております公爵家です。小さな領土がいくつかあり、その総まとめといった形で治めております。ヴァロキアの国土は広大ですが、その大半を山岳地帯が占めております」
ヴァロキアは山が多く歩ける道が限られている。そのために、雪の降る季節は冬宿に泊まるという文化があるのだ。
「小さな街や村にも長を置き、冒険者が多ければギルドを長に据えて管理を行うようにしております」
「あぁ、それでサイダル…」
「えぇ、聞き及んでおります。サイダルは汎用的な鉱石が採れるダンジョン故、冒険者ギルドが代々管理をしていたのですよ。ところが、それが独裁を生んでしまったようですね」
執事は難しそうな顔をして顎髭を撫でた。
「ファイアドラゴンの一件が無くとも、お二人には一度お話をと、領主様は仰っておられました」
「俺たちのことを知っているの?」
「えぇ、マブラ、ジュマの冒険者ギルドからの報告書にお二人のことが。よくぞご無事でしたね」
「正式な報告を受けられるのか」
「私はそこまでは伺っておらず、申し訳ございません」
ラングは小さく舌打ちをしてまた動かなくなった。
再びの沈黙を守り、しばらく走った後、馬車は屋敷の前に停車した。
馬車から降りて深呼吸、酔いはまだ酷いがその場で吐くほどではない。こういう時ばかりは冷えた冬の空気が気持ち良い。
ラングは屋敷を見上げてふむと一つ感心しているようだ。
「どうしたの」
「いや、攻め難そうな造りだと思っただけだ」
「なんでそういう視点なのかな」
「はは!それは光栄だ。古いだけの屋敷ではあるが、そう褒められれば当時の建築家からは喜ばれる」
扉が開き、快活な笑い声が現れる。
石の階段の上、金糸の刺繍が施された青い上着を着た男性がラングとツカサを見下ろしていた。視線がしっかりと向いていることから心証は悪くはない。年の程は三十代後半、四十代前半だろうか。
「急に呼び立てたこと、まずは詫びよう。ジェルロフ家の当主をしている、ルバルツ・フォン・ジェルロフだ。冒険者には礼儀を求めない、ルバルツと呼んでくれ」
堂々たる会釈をした後、執事へ視線をやり二人を屋敷の中へ案内をした。
この世界で初めての貴族の家はなかなかのものだった。
暖炉があるのか、魔道具か。入れば暖かい風に満ちていて、故郷で暖房が利いた部屋に入る感覚を思い出す。玄関ホールには使用人が整列し、一様に頭を下げ丁重に迎えられた。
正面の階段まで赤い絨毯が敷かれていて、自分の靴に雪が付いていなくて安堵した。階段の手すりは白く手入れが行き届いている。上を見上げればシャンデリアが吊る下がっており、どうやって火をつけているのか気になった。ホールの左右にはいくつか扉があり、それぞれ応接間やホールなどがあるのだろう。
「客人を私の執務室へ案内する。茶を用意してくれ。朝から呼び出しているから軽食もな」
「かしこまりました」
ルバルツは一つに結った髪を揺らしながらあちこちへ指示を飛ばし、ある程度済ますとラングとツカサを振り返った。
「呼びつけておいて、立たせておく訳にはいくまい。すまないが執務室までは付き合ってくれたまえよ」
領主と言うよりは、ツカサが今まで会ってきた気風の良い冒険者のような顔で言われ、少しだけ肩から力が抜けた。
いくつかの扉をくぐり、整えられた廊下を歩く。突き当りの一等重厚な扉を見据えると、側仕えが扉を開けた。
中は、暖炉に火が入り、ウォールランプには煌々と灯りが点いていた。冬の室内というのは、この世界ではかなり暗いものだ。だが、この部屋は明るい。
「まぁ、座ってくれ」
執務机の向こう側で手を差し伸べソファへ促す。
ツカサはラングがどすりと座った後にちょこりと腰を掛けた。
間髪容れずに綺麗なティーカップとお茶菓子のクッキー、サンドイッチが出てきた。教育が行き届いている。
「改めて、ルバルツだ」
「ツカサです」
「ラングだ」
うん、うん、とルバルツは頷きまた手でお茶とお菓子を促した。
ラングは微動だにしないので、ツカサが苦笑いしながらクッキーを手に取った。
美味しい、バターとミルクがたっぷり使われたクッキーは口の中でさくり、ほろほろと崩れる。
甘味はやはり格別だなぁ、とツカサは舌鼓を打つ。甘味で舌が重くなったらサンドイッチだ。しょっぱいハムがたっぷり挟まっていて美味しい。
「さぁ、手間をかけるがファイアドラゴンの討伐について、冒険譚を聞かせてくれないか」
ルバルツはキラキラした眼でツカサとラングに笑いかけた。
ラングはツカサを見遣り、ツカサは食べながらで良ければと許可を取り、宿で話したことを繰り返した。
次回更新は4/10の予定です。
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