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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第一章 スヴェトロニア

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60:日誌を辿って4


 5階層に降り、道中の魔獣を狩り、罠を越えて。


 ブルックの日誌を頼りに最後の扉の前に辿り着く。


「普通の、中ボス部屋の扉だね」


 豪華な装飾もなく、ただの石の扉がそこにあった。地図としてはここは行き止まりにあたる。つまり、攻略したところで次の階層に続いていることもない、完璧にハズレ部屋なのだ。余程地図を踏破したい冒険者以外は来ないだろう。

 だからこそ二十年近く、誰もファイアドラゴンを見なかったのかもしれない。特定のルートを辿り、こんな地図のはずれを選ばなければならないのだ。他の間引きパーティも中ボス部屋の直前までは来るかもしれない。だが、次の階層に繋がらないこの扉を開けるだろうか。


「支度をするぞ」

「了解」


 ツカサは空間収納から炎のマントを取り出し、ラングに渡した。

 ジュマでファイア・キングコボルトを倒した際にドロップしたものだ。周囲の熱さを和らげることが出来るというので、ファイアドラゴンには有効なはずだ。

 今回ツカサは魔法でフォローし、前衛をするのはラングだ。深紅のマントはラングが羽織ると不思議なことにぱちりと燃えるような音を立てた。


「そのマント自体に熱さは?」

「それなりに温かいな」

「うーん、冬支度にそれ使えばよかったかも」

「布団にすればいい」


 気の抜けた会話をしているとは思う。ツカサは緊張しないように必死だった。

 扉を開けるまでそこにいるかはわからないが、試験前の緊張感が下腹部にある。


「作戦だが」


 ラングに声をかけられ、慌てて頷く。


「やれることを全力でやれ。私もドラゴンなどという生きものと相対するのは初めてだ」

「俺も初めて、セルクスに動画は見せてもらったけど」


 アイスドラゴンはブレスを多用し、姿からは想像できない程薙ぎ払いが速かった。アルカドスが囮を多く用意したのは、その点で非常に有効な手段ではあった。

 ラングはグローブを締め直し装備の最終チェック段階だ。力の腕輪を装備して手を握ったり開いたりしている。ツカサも魔力を全身に行き渡らせる。どれだけ咄嗟の判断で魔法が撃てるかはわからないが、できることをやるだけだ。


「行くぞ」

「うん」


 ラングが扉を押す。ずず、と重い音がゆっくりと扉を開いていく。


 中は薄暗く、部屋の全てを見渡せない。


「トーチを端からゆっくりと入れられるか」


 ラングが声を潜めてツカサに指示した。ツカサはトーチを唱え、小さな灯りの玉をいくつか出すと扉の外から操作して灯りを散りばめる。壁伝いに等間隔で灯りの玉を置いて部屋の中を見えやすくする。

 かなり広い空間だ。最初に出した数では足りず、トーチを増やす。遠隔操作で魔力を込めていき、灯りを強くする。


 そうして見えたのは、支柱が等間隔に並び、王座のような階段の上で体を丸め眠る竜の巨躯だった。

 トーチの灯りが美しい宝石のような鱗をきらきらと反射させ、呼吸するたびに煌めきの角度が変わる。

 ツカサは【鑑定眼】を発動し、ラングに頷く。


「ファイアドラゴンだ、いたんだ」


 発見の感動と、自身の理論が正しかった喜びが溢れそうになった。ここで騒いで起こす訳にはいかない。


「奇襲をかけられればそれに越したことはないが、油断するなよ」

「わかってる、どう攻める?」

「遠距離からの一撃はお前の方が有利だ、部屋に入り、すぐに一撃見舞ってやれ」

「わかった」


 本当なら部屋の入り口から攻撃して終わらせたいが、ドルロフォニア・ミノタウロスの時と違ってこの扉は内外共に攻撃を通さないようだった。なんとなく、これはダンジョンの自己防衛機能の一つな気がした。ここは特殊なのだ。

 突入のタイミングは当然、初撃を入れるツカサが決めることになった。

 全身に行き渡った魔力を確認し、ラングへ頷く。

 中ボス部屋への一歩はラングが踏み出した。


 部屋に入ってもファイアドラゴンは起き上がるそぶりを見せない。

 ツカサはキン、と高い音を立てて魔力を形にした。


「アイシクルランス!」


 ツカサが腕を前に振れば、螺旋模様のついた鋭い氷がファイアドラゴンへ一直線に飛んでいく。これはブルックの書店で購入した魔導書で覚えたものだ。

 翼がばさりと揺れ、アイシクルランスはファイアドラゴンの翼に防がれ砕け散る。氷の破片と赤い鱗がいくつか、高く澄んだ音を立てて散らばった。ダメージは与えられている。

 目が開き、のそりと起き上がった首で翼の状態を見遣る。前足、後ろ脚の順で起き上がり、ファイアドラゴンは胸を張る挙動を見せた。


「ブレスが来る!アイスウォール!」


 ゴォ、と地鳴りのような音がした後、ファイアドラゴンの口から炎が放たれた。

 ツカサは氷の壁を部屋の中央から作り、壁も凍らせる。これは部屋の温度を上げて焼かれないようにするためだ。魔力を放出し続け中央の氷の壁を溶ける端から形成し直す。

 

「大丈夫、魔力はまだ余裕がある、全然余裕!」


 声に出して自分を鼓舞し、ツカサはブレスを防ぎきる。

 氷を頭突きと勢いでぶち破り、ファイアドラゴンが中央に立つ。ぎょろりと紅蓮に燃える瞳がツカサを捉える。

 ツカサはその顔へアイシクルランスを放つ。致命的なダメージではないが、当たれば鱗が剥がれることから威力と耐久は良い勝負なのだろう。目を潰せたらよかったが、上手く行かない。

 ファイアドラゴンは首を振り、腕を振り上げツカサに向かって襲い掛かる。ツカサはその場から駆けだし、アイシクルランスは途切れさせずに撃ち込む。

 視線が完璧にツカサに向いた瞬間、ラングがファイアドラゴンの体を駆け上がる。

 新たな虫が来たと言いたげにファイアドラゴンは翼を大きく羽ばたかせた。


 ラングの笑みが見える気がした。


 ツカサは魔法を放ち、動き続けながらそんなことを考えた。

 羽ばたいた翼にラングが飛び掛かり、飛膜に剣を突き立てた。ビビィッとビニールを裂くような音を立てながら端まで切り裂いて着地する。視線がラングを向いた。


「アイシクルランス!」


 その隙を逃さず、ツカサは鱗が剥がれている部分を重点的に攻めた。

 あちらを向けばこちら側から、こちらを向けばあちら側からといった様子でファイアドラゴンの肉体に傷を負わせていく。タンクが居れば、一時的でもヘイトを持つことはないのだろうが、二人故に必要とされる動きだ。

 傷をつけられてファイアドラゴンが焦れた。咆哮を上げながら全身を大きく回転させ、そのあとを尻尾が凄まじい速さで振り抜かれた。

 

防げ(シードゥ)!」


 姿勢を低く、かつ斜めの角度で盾を展開する。盾の表面をゾリゾリ音を立てて尻尾が滑っていく。体が潰されないように、転がされないように、床に短剣を突いて堪えた。

 少しばかり引きずられてしまったがすぐさま治癒魔法で治す。これでツカサはファイアドラゴンの背後にいることになった。


「ラングは」


 はっとしたが、赤いマントがファイアドラゴンの上にあって一つ頷く。

 じわっと汗を感じた。

 ファイアドラゴンが怒っているのか熱を放っていた。

 ブルックたちのパーティは前衛後衛のバランスが良く、パーティにバッファーがいたこともあり、苦戦はしたが上手に倒した印象だ。

 ツカサにはバフ呪文がない。ラングの力量と魔法頼みの攻略だ。


「ふんっ!」


 短く、だが確かにラングが力んだ声を上げた。剣を両手で持ち力を込めて振り下ろす。

 ザクンと鱗も骨も筋肉も切り裂く音がして翼が落ちる。


「初めて聞いたかも」


 はっきりと露わになった傷口にファイアドラゴンは怒号を上げ、さらに熱を増していく。ツカサは魔力を練り上げ壁に氷を走らせた。ラングはマントがあるから良いが、ツカサにこの熱は毒だ。

 翼を落とされたファイアドラゴンは正面に降り立ったラングを睨みつけ、腕を振り下ろし、噛み付き、炎を吐いている。

 そちら側へ氷の壁は出せないが、チャンスではある。


 ツカサはアイシクルランスに魔力を込め、数を撃ったものではなく強いものを創り上げた。


 ゴォゴォいう炎の音と、ファイアドラゴンが腕を振りまわし咆哮を上げていることからラングは無事だろう。


「いけ!刺され!」


 ファイアドラゴンのがら空きの脇腹に狙いをつけ、ツカサはアイシクルランスを放った。


 強度を増したアイシクルランスは螺旋により回転をつけながら、ファイアドラゴンの脇腹、丁度鱗の薄い所を突き破りその巨体を揺らめかせた。


「よし!」

「続けろ!」

「アイシクルランス!」


 向こうから叫び声が聞こえ、ツカサは再びアイシクルランスを唱える。魔力の込め方が先ほどよりも薄くなり、振り返るファイアドラゴンの鱗を剥ぐだけだ。

 横っ腹に氷を刺したままのファイアドラゴンは真っ直ぐにツカサを捉えた。駆け出して視界をずれようとしたが、その前に腕が落ちてきて進路を塞ぐ。

 右も、左も、ツカサは最後にファイアドラゴンを見上げた。

 ぐっと胸を張る挙動からこの後の攻撃に思い至り、ツカサは氷の壁を展開させようとした。


「ランスを放て!」


 ファイアドラゴンの上からラングが落ちてきて、赤いマントでツカサごとばさりと包み込んだ。しゃがみ込んだ体勢のまま、ツカサは魔力を練り目視出来ない状態で魔法を放つ。


「アイシクルランス!ランス!」


 視界が覆われ相手は見えないがツカサはとにかく魔法を撃った。ゴゥ、と音がして耳のすぐ横を熱風が駆けていく。耳の先が炭になるかのような感覚に、ヒールを使おうと咄嗟に思った。

 ぐっと、堪えた。それどころじゃない。

 

「アイシクルランス!アイシクルランス」


 ツカサは熱を増していく目の前の体が燃え尽きないように、とにかく撃ち続けた。

 

「アイシクルランス!」


 魔力を振り絞る様にして魔法の強度が上がっていく。それに従い炎が収まっていく。

 圧を感じる熱波が薄くなり、熱くなった目の前の体がマントをツカサに預けて立ち上がる。

 

「よくやった」


 声と同時に飛び上がる風圧を感じ、ツカサは汗にまみれた顔を上げた。


 ファイアドラゴンの体を駆け上がったラングは、氷が刺さって傷ついたその首を全力で斬り落とした。





次回更新予定は3/30です。

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― 新着の感想 ―
戦闘シーンの描写、良いですね。目に浮かぶようです。特に最後のラングがツカサをマントで庇う中でアイシクルランスを連射する場面は大好きです!
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