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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第一章 スヴェトロニア

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59:日誌を辿って3

 キング・シャドウリザードとの戦闘を経て、次の癒しの泉エリアでゆっくりと休憩を取った。


 緊張していたらしく、癒しの泉エリアに入り座り込んだら、ふくらはぎがおかしな痙攣をし始めた。夢中で走っていたが、ラングから見れば無茶なやり方だったらしい。マッサージを教えてもらい、落ち着くまで揉み続けた。その間にラングは昼を作り始め、良い匂いが立ち込める。

 通路の間引きはラングがやってくれたので、キング・シャドウリザードからここまでツカサは一時休止だ。

 

「間引きルートって本当に人がいないね」


 貸し切り状態の癒しの泉エリアを見渡し、ツカサは呟く。


「稼ぎたい連中は下層を目指す。その間、出来るだけ負担を減らすために最短ルートを行く」

「間引き中も全然他の冒険者に会わないし、ブルックたちってすごい端っこを担当してたみたいだね」


 日誌から感じるブルックたちのパーティは一度潜ると時間をかけて間引きをしているのだ。

 冒険者が通らないルートを虱潰しに回り、魔獣を狩る。それだけでかなりの素材が手に入るので生活は困らないだろう。空間収納持ちが居たのならこういったルートを通った方が、人目を避けて荷物のやり取りが出来るのも都合が良い。

 きっと、彼らも今のツカサとラングのように、人目を忍んで温かい食事を囲んで笑っていたのだろう。

 今の間引き担当はどのあたりにいるのだろうか。引退と引継ぎがあるのか、それとも間引きパーティにルートは任せているのか。足を揉みながらそんなことに考えを巡らせる。


「足はどうだ」

「落ち着いてきたよ」


 そうか、と短く応えてラングがスープを手渡してくれる。

 今日はホーンラビットの香草スープだ。新鮮な野菜は空間収納にたっぷりあるので、このスープにも山盛り入っている。

 ダンジョンの中は雪が降っていない。寒さはどうかというと、外よりは暖かい。地形や天候があるエリアでもない限り、ジュマもそうだが一定の気温を保っているように感じた。

 それでも温かいスープは格別だ。


「うわ、兎肉美味しい。懐かしいな、サイダルから移動してた時にラングが捌いたよね」

「あの時はいろいろ出し惜しみしたな」

「テントとかびっくりしたよね」


 まだ半年程度の付き合いだが、出来事が濃密すぎて既に思い出になっているものがある。

 あの時はシールドの下の顔が気になって仕方なかった。言葉が少なくてわかりにくかったり、ラングの意図することが通じなくてやきもきしたりもした。今はもう慣れた。

 振り返るには早いかもしれないが、ツカサは今、人生で一番学びが多い時間を過ごしていると感じていた。この先、もっと未来で、また同じことを思うのかもしれない。

 食事を終えてハーブティーで一息つくのも、ルーティーンになっている。


「この後のルートは?」

「はいはい、読むね。次は…、休憩を終えたら、今回は少し違うルートで行く。最後なのだ、じっくり回っておこうと思う。今後ダンジョンに入ることもきっとないだろうから、後任が少しの間決まらなくても大丈夫なようにしておきたい。泉エリアを出たら、最初の分かれ道を右に行って行き止まりの掃除をしてから行こう。だって」


 ふむ、とラングは地図を開く。

 この癒しの泉エリアを出るとしばらく一本道が続き、分かれ道が一か所だけある。端を回ってきているだけあって、その先行き止まりがあるだけで、他のルートとぶつかることはないらしい。

 ラングの指が行き止まりで止まる。


「ここの掃除をして、戻ったということだな」

「そうみたい」

「では行くか」


 手早く後片付けを行ない、立ち上がる。足の痙攣は無くなった。

 道中うろついている魔獣を討伐し素材を拾う。シャドウリザードとの戦闘は慣れ、時々思い出したように天井から降ってくるスライムにも短剣で対応できるようになった。ツカサは、ジュマのダンジョンを思えば随分成長した気がしていた。


 魔獣と罠を対処していると分かれ道に出た。日誌の通り右に進めば行き止まりに辿り着く。


 クロロバルと呼ばれる蛙の魔獣が数匹、ぶくぶくと喉を膨らませていた。蛙型の魔獣は表面がぬめっているために刃が滑りやすく戦いにくい。逆に、魔法との相性がいい。剣で倒せないこともないが粘液がつくと手入れが大変で、一度戦ってみたラングはその後、大人しくツカサに任せることにした。

 魔法のない世界で生きたラングは、魔法を使わないと倒せない魔獣に遭遇したこともないらしい。全て己の力量と知恵と経験で生き延びたというのだから、ツカサからすれば何度考えてみても途方もない話だ。

 

「試したいんだけどさ、ラングは魔力ゼロでしょ?俺が魔力込めた短剣って使えるのかな。ミラリスみたいな暴発は無いと思うんだけど」

「試したことはなかったな」

「炎の短剣貸してあげるよ」

「あぁ」


 ラングに魔力を込めた短剣を手渡し、ツカサはしばし待機した。

 ラングは手に馴染ませるように軽く振りまわして様子を見ている。


「暴発はしないね」

「魔力を込めただけでは何も起こらず、起爆剤にも魔力が必要ということなのか」

「これじゃ普通の短剣と変わらないよね、ちょっとだけ魔力流してみるよ」


 ラングの手に持たせたまま、ツカサは柄の部分に指を添えて魔力を流す。

 ぼわ、とガスで火をつけた時のように僅かに火が熾り、短剣の表面をゆらゆらと薄く揺れ続ける。ツカサが手を離してみたが、その状態は変わらない。魔力の動きをじっと観察し、ツカサは頷いた。


「中の魔力燃やしてる感じ。調整はラングには」

「出来ないな」

「だね、これ使ってみる?」

「面白そうだ。宿に戻ったらこれを暖炉に置きたいものだな」

「あー、使えそう。帰ったらやってみよ」


 短剣の炎に手を当て、通常の炎のように熱いことを確認してラングが言う。クズ魔石を燃やすよりもコスパは良さそうだ。

 ツカサは風魔法で、ラングは炎の短剣でクロロバルに駆けていく。

 喉を大きく膨らませたら毒液を吐く。大きく跳んで上から押し潰そうとしたり、壁を蹴って体当たりしようとしたり、見た目の間抜けさからは想像できないくらい俊敏に動く。

 喉を膨らませる蛙がいればツカサが風魔法で切り裂く。飛び掛かってきた蛙がいればラングが炎の短剣で皮を焼きながら切り裂く。あっという間に理科の実験みたいな光景が広がり、ツカサは灰になるのを目を瞑って待った。

 クロロバルが灰になり素材と魔石を残して消える。伸縮性のあるねっとりとした皮と毒液の入った小瓶、魔石は小だ。そのまま空間収納に仕舞う。

 トーチを移動させ、この場所を確認する。石畳の部屋が隅々まで見渡せるようになり気づいた。


「宝箱だ」


 それはダンジョンに入ってから初めて、ボス部屋以外で見つけたものだ。

 思わず駆け出したツカサの首根っこをラングが掴む。


「待て」

「いてて、なんだよ」

「鑑定しろ」


 言われ、ツカサはぶつくさ言いながらも【鑑定眼】を使用した。


―― ミミック


 目を瞑って額を押さえた。

 よくあるファンタジーの名前だが、恐らく間違いではないだろう。改めて詳細を確認する。


―― ミミック

 冒険者がのこのこ近づいてくるのを待っている。


「宝箱の魔獣だ、ラングどうしてわかったの?」

「勘だ。私の故郷では、ダンジョンで一番死ぬのは宝の前だ」


 呆れたような視線を感じ、ツカサはそっと視線を逸らした。


「倒すか」

「え、本気?俺の知ってるミミック…宝箱の魔獣なら、めちゃくちゃ強いんだけど」

「最短ルートから外れてはいるが、他の冒険者がお前と同じことをしないとは限らない」


 この場所に十分な広さがあるのを確認し、ラングは火のついたままの短剣をツカサに返す。ツカサは魔力を込め直し、腰に戻す。

 ラングは双剣を手にするといつもの呼吸をし、足音もなく消えた。


「終わった」


 ふぅ、と息を整え、ラングは双剣を鞘に納めた。


 ツカサは何度か瞬きをした。ラングが駆け出したらしい瞬間、同様にミミックも襲い掛かったようだ。

 ラングが宣言した時にはミミックは空中にいて、それからただ普通に落ちていった。

 ごとん、と音を立てて石畳に落ちたミミックは、やがて灰になり小さな宝箱を落として消えた。


 見えなかった。


 ツカサはごくりと喉を鳴らした。今まで、ラングの戦闘はダンジョンを含めればかなりの回数を見ている。それでもまだ知らない戦闘技術を見せるラングに、ツカサはただただ言葉を失った。

 魔法のない世界だからこそ、己の技術を磨き鍛えた人の、底が見えない怖さを初めて感じた。


「これが俺の師匠かぁ」


 訳も分からず脱力感が襲ってくる。


「ふむ、宝石箱だな」


 ツカサが動かないので落ちた宝箱を拾い、中身を物色しているラングは飄々としている。

 宝石や真珠を眺めたあと、空間収納に入れてラングはツカサの肩を叩いた。


「行くぞ」


 先に通路を戻るラングに、一度大きく深呼吸をしてツカサもその背をついていった。




次回更新は3/27予定です

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