4-39:その戦いはきっと
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600話です。
もういっそのこと、【命の女神の欠片】を集めてしまい、命を誘う先を確保し、そうした人々の命を守った方がいいような気もした。待ちたまえ、と声が掛かったような気がしてツカサは臍を嚙む。神様のタイミングなど、人にわかるはずもない。じゃあいつなんだ、と問い掛けてもそれに対しての答えはない。
隠れ家に食事をそのまま置いておいて皆で飛び出した。空に何もないことを確認し、ツカサはラングと共に牡鹿に、アルはホムロルルの背に、ユキヒョウが残りのメンバーを乗せられるほど大きくなって道を駆けた。
「ヴァーレクス! 救済って、フォートルアレワシェナ正教?」
「蛇がまともに通訳をしていればだが、宗教がらみではなく、個人の声掛けだ」
どういうことかといつものように質問を重ね、ヴァーレクスと蛇の見た光景は理解した。どうやら金持ちが逃げる際、置いていかれた使用人や、崩落で家族を失った者たちが絶望し、生きることを諦め、それならば皆で死のうと他者の足を掴んで引きずり込んでいる状況らしい。生き残れるかもわからない恐怖と、首都・レワーシェから脱する一行として連れていってもらえなかった絶望、しかし、一人では死にたくないから誰か一緒に死んでくれ、というやつだ。死ねば悩みも苦痛も恐怖も全てなくなる。未来で自身に襲い掛かるかもしれない何かに耐え切れない人が多いのだ。元々、そうした片鱗を首都・レワーシェはツカサに垣間見せていた。
広場崩落の後、守護騎士を残し【神子】が席を外したこともよろしくなかったかもしれない。
「俺が、ルシリュに場を任せて離れたから」
同じことを考えたキスクの呟きがツカサの耳にも届いた。ショウリから預かった灰色のマントを握り締めるその横顔を見つめ、ツカサもまた決断すべき時が来ていた。
「キスク、ショウリの件で呼びつけてごめんね。今後は俺たちじゃなくてルシリュたちと行動して。首都・レワーシェからみんなを連れ出す時、火を起こせるのも、風呂を創れるのも、多くの人が安心するだろうから」
「でも、先生」
「ただね、何でもできるからって抱え込んじゃだめだよ。感謝をしてこない人がいたら、それは厳しく突き放すんだ。キスクは力を持っているけど、それは搾取されていいものじゃない」
ぎゅっとキスクは唇を結んだ。ツカサは魔法障壁をユキヒョウとその背中にいる全員に与え、ヴァーレクスに視線を移した。
「ヴァーレクス、キスクを守ってあげてね」
「小僧、私から神殺しの楽しみを奪うつもりか」
「頼むよ」
お願い、と両手を合わせて頼み込んだがヴァーレクスは嫌そうだった。なので言葉を変えた。
「頼みを聞いてくれないなら今後、我が家は出入り禁止だからね。対ヴァーレクス用の魔法障壁とか編み出してやるからね。コーヒーとかお店で飲むことになるね? スカイにはコーヒーを出してくれるお店は少ないんだよねぇ」
ッチ、とヴァーレクスは盛大に舌打ちをし、前に座っているキスクを怯えさせた。毎度のことながらキスクは本当にこの人俺を守ってくれるの? と視線でツカサに問い、ツカサは強く頷いた。
「あんまり街のことを気遣って戦えないかもしれないからさ、迷子札で位置はわかるしできるだけ守るけど、それはキスクを守るもので、人々を守れるものじゃない」
ツカサだってこれから魔法をたくさん使わなくてはならなくなるだろう。遠隔で魔法障壁を張るのも慣れているとはいえ、魔力が足りないようであればそれも解除せざるを得ない。首都・レワーシェ全体に張るというのも現実的ではない。
キスクはまだ何か問いたそうにしていたがユキヒョウが見えたのである、と言い、皆の視線は前に向けられた。
広場に空いた大穴の横、崩れた家の破片が作り上げた小高い位置に若い女がいて、諦観からか穏やかな顔で語っていた。牡鹿を降り、人混みの向こうを覗き込むツカサの首根っこを掴み、ラングは建物の上に上がることを示した。牡鹿を下に残すと肉にされそうなので、ここは小鹿になってヴァーレクスに担いでもらい、ユキヒョウの上に乗り直すという手間をかけた。ラングは一人でひょいひょいと登っていき、ホムロルルと共に降り立ったアルと先に合流していた。
皆が高い屋根の上に合流した後、下を見た。女は切々と訴えていた。
「痛ましいことです。私たちの最後の幸せであるここで、このような事件が起きてしまいました。ですが、安心してください。私は神の声を聞いて首都・レワーシェに来ました。繰り返します、私は神の声を聞きました。最初はここで何をすればいいのかわかりませんでした。ですが、今ならわかります」
若い女は深く息を吸って朗々と語った。
偽りの神から取り戻すのだ。仲間を探し、力を集めるのだ。古き歌を知る者よ、歌を響かせ、その歌に応える者へ、この言葉を伝えなさい。【異邦の旅人】よ、片鱗を集めよ。
ツカサたちは顔を見合わせた。それはキスクが聞いた【偽りの神子・シュン】の言葉だ。
「そうか、あれ、穢れ、いわゆる魔力に乗せて響き渡らせた声だったから。魔力が少しあれば、黒い命の穢れを持っていれば、みんな聞こえてたんだ」
さっとツカサは【鑑定眼】で演説を続ける女を視た。魔力が少しだが記載されている。
名はカナーリヤ。【偽りの神子に選ばれし反逆者】。見たことのある文字だ。待てよ。
「うん? 名前がカナーリヤ?」
「え!? カナーリヤっていったか!?」
ぎょっとしたキスクの声に振り返り、ツカサは首を傾げた。そういえばどこかで聞いた名前だ。ポソミタキがごそりとポケットからロケットペンダントを取り出したのを見てツカサも思い出した。
「ドルワフロへの交易都市で、捜してくれって頼まれた人じゃない?」
「よかった、無事だったんだ!」
「あんなことをしていては、無事とは言えないと思うぞ」
ポソミタキの当然の突っ込みにキスクは帽子で顔を隠した。その間にも女は神託を涙ながらに語っていた。絵画に描かれる古代ギリシアのような白い服。あれは地下闘技場で上級市民に侍っていた女の姿ではないだろうか。つまり、カナーリヤは主人に置いていかれたのだ。
そうした白い綺麗な衣服が泣く女の神秘性を増してしまい、大穴の横、残った広場には膝をついて手を組む市民たちが多く、ふらりと吸い込まれるように落ちていく奴がいる。思わず身を乗り出したツカサの首根っこをラングとアルが同時に掴んだ。
「オルファネウルから聞かせてもらってる。今一気に全員落ちないなら、あの女の意図を聞いた方がいい。【渡り人の街】ではそうした」
でも、と振り返った先でラングは槍を掴んで同じように演説の通訳を聞いていた。どうしてそんなに冷静で居られるんだ。今こうしている時にもひとり、またひとり、大穴に身を投げているというのに。カナーリヤの叫び声にツカサは視線を戻した。
「神は言いました。仲間を探し、力を集めるのだ。私はここ首都・レワーシェでその仲間をついに得たのです! 同じ神の声を聞いた同士を! 恐れることはありません! 私たちがともに、偽りの神からあなたがたを救い、そして正しき神の御許へお連れしましょう! この大きな穴はそのための道なのです!
恐れることはありません! 皆が正しき神の御許へ向かうことで、私たちは【異邦の旅人】となるのです! 死したその先で、神の御許へ至る、許されし者の証、許しの片鱗を探すのです!」
カナーリヤの手が広げられ、選ばれし戦士のように男女がぞろぞろと両側に立った。ツカサの【鑑定眼】では全員に【微かな魔力】と【偽りの神子に選ばれし反逆者】と記載があった。キスクのこれはどうやって、いつの間に解除したのだろう、とツカサが腕を組んだ横でキスクが呟いた。
「嘘だろ、あぁ、いや、確かに、一緒に、声を聞いて……」
どうした、と問う前にキスクはユキヒョウの背に乗った。ツカサが口を開く前にキスクは言った。
「先生、確かにこれは俺がやらなくちゃいけないことだ。じゃあ、またな、って道標もないのに巻き込んで、その結果がこれなら、俺が旅を終わらせなくちゃならない」
「キスク、理由を話してから行動して。こっちが混乱するのは状況を悪化させる」
ピシャリと叱りつければ少し冷静になったのかキスクは深呼吸してから女、カナーリヤの方を見た。
「カナーリヤの隣にいる男、俺のダチだ。東西南北分かれて、声の手掛かりを、戦える勢力を集めようって言ってたダチの一人なんだ。……今ならわかる、あの立ち位置は間違ってる」
真実に触れ、神に触れ、キスクの世界はもう雪と氷と鍛冶の炎の狭い世界ではない。再会を喜ぶより先に現状を理解し、即座にそれをどうにかしようと動けることは、なかなかできることではない。ツカサは演説を続ける女とその仲間たちを見遣った。
「俺も経験あるけど、仲間と対峙するのってすごくきついよ」
渡り人の街とイーグリスの門で戦ったことを思い出す。覚悟を問われ、逃げ道を提示され、そうして選んだ自身の前に差し出された手のことをツカサは忘れてはいない。ユキヒョウの上にいるキスクへ視線をやり、尋ねた。
「覚悟は?」
「できてる。それに、俺は神様にフライパンを持って立ち向かったんだぞ、先生!」
そういえばそうだった。ツカサは小さく笑ってから頷いた。
「わかった、いっておいでよ、キスク」
「ありがとう、先生。あの、いざとなったら魔法障壁を頼む」
「任せて。ヴァーレクス」
舌打ちをしながらヴァーレクスはユキヒョウの横に立った。乗らないのは自力で下りられるからだ。
「持っていけ、もしかしたら話を聞いてもらえるかもしれないからな」
ポソミタキがキスクへロケットペンダントを差し出し、それを受け取ってからキスクはユキヒョウを撫でた。
「付き合わせてごめんな、頼むよ」
「いいのである! 我はキスクの友達なのである! それに、危なかったら一緒に、一目散にドルワフロへ逃げてやるのである! 我の逃げ足を舐めないでほしいのである!」
ふんす、と大きく鼻を鳴らし、背後の兄たちから文句をつけられる前にユキヒョウは屋根から飛び降りた。それを見送り、ヴァーレクスがツカサをじろりと睨んだ。
「小僧、ひとつ言っておく」
「なに?」
「脅し文句だけではなく、報酬を提示することも覚えろ。提示がないのであれば私が勝手に決める。……パニッシャーはそうした駆け引きも上等だったのだがな」
鼻で笑われ、こちらもまた文句を言う前に下りていったヴァーレクスにツカサは地団太を踏みそうになった。確かに【ラング】は駆け引きが上手かった。サイダルで最高額を引き出すまで交渉を伸ばしたこと、ジュマで暴挙に出たアルカドスにこれ以上ないほどの恩を売ったこと、そして神から得た権利などを上手く使っていた。
最近、少し交渉において上手くなったかもしれないと思っていただけに、この指摘は顔が真っ赤になるほど恥ずかしく、ツカサは牡鹿の背に顔を埋めるようにして唸った。
「ま、あれだ、キスクが下りてから言ってくれるだけ、マジであいつ丸くなったと思うわ。何があったんだろうな」
アルに背中を撫でられて、丸くなったのは本当にそう、と思いながらツカサはゆっくりと起き上がった。もう少し揶揄おうとしたアルの腿がラングの双剣の鞘で叩かれた。
「いっ……! だから、お前な!」
『話している時間はなさそうだ。嫌な予感がする』
静かなラングの声に皆がそちらを見た。ラングのシールドの向きを追って屋根の下、キスクが降り立った場所を見遣り、そこの喧騒に耳を澄ませた。ツカサの眼には視えていた。キスクが対峙したカナーリヤを始め、その仲間たちの抱えた魔力が徐々に、黒く膨れ上がっていっていた。ラングはリガーヴァルでの加護がなくとも、そもそも魔力ゼロの理の属性、全身を圧する魔力はよく感じ取れるらしい。
『構えろ、戦は既に始まっているらしい』
ラングが双剣を抜き、アルが槍を下ろし、ツカサは感ずるものを構えた。
ぐんと首都・レワーシェの魔力圧が増した気がした。同時に、感ずるものの刀身がキラキラと輝いていく。
「魔力と、理が、膨れ上がってる……!」
倒すべき敵が未だこの場にいないまま、ただ空気だけが決戦へと皆を抱き込んでいった。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
600話です。幕間入れようかとも思ったのですが、緊張感途切れさせたくなかったので。
また後日落ち着いたら入れます。
<3巻お知らせ 電子書籍>
TOブックス様公式「X」にてURLリンク付きの投稿がしていただけました!
そちらのURLをご参照くださいませ。
今回の書き下ろしは3本あります。
①真夜中の梟の続編(電子版でSS連載になっているもの)
②TOブックス様公式Xアカウントで行ったアンケートSS(ツカサとラングの話)
③第三者視点から見たツカサとラング
すべての電子書籍に①②はついており、今回、ブックウォーカー様がイベントに乗ってくださって、③が追加でついているのはそちらだけです。
重ねてお伝えしますが、今回は電子書籍のみになりますので、各電子書籍サイト様で直接ご予約をお願いいたします。
お好きな媒体でお選びいただいてもよいですし、特典を狙ってもよいです。
どうか、続きを加筆山盛りてんこ盛りでお届けできるよう、何卒ご助力、応援のほどよろしくお願いいたします。
1巻書影
2巻書影
3巻書影は7月頃になりそうです。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。




