4-20:思うことはぐっと堪えて
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大事にします。
セルクスの話は信じ難いことばかりだった。知らなかったのだから当然ではあるのだが、一人で抱えるには重い。こういう時、誰か一緒に聞いて受け止めてくれる人が欲しい。情報量の多さは処理に時間が掛かり、記憶からも零れやすい。それを分けて持つことができれば何かがあった際、情報共有をできる者が別に居るのはいい武器になる。ちらりとヴァーレクスを見た。言及したこと以外は心底興味がなさそうだった。役に立たない、ラングが居てほしかった。
とはいえ、ヴァーレクスがツカサを守ろうとしてくれたことは事実だ。その気持ちが嬉しくてそっと指を糸くずの腕で掴めば、ぶわっと鳥肌が広がった。顔を見れば目が口元が本気で気持ち悪いと言いたげに歪んでいて、それに傷ついているうちに軽く放り投げられ、キスクがフライパンで受け止めてくれた。
「大丈夫か!? あぁ、なんかフライパンにいると同化するな、先生、こっちに……」
手を差し伸べられ、気疲れと傷心から素直にキスクの手に乗った。温かくて優しい、なんと居心地のいい手のひらなのか。ヴァーレクスとは大違いだよ、とツカサはぶつぶつと文句を言い、キスクは苦笑を浮かべた。
セルクスはソファを叩き、皆の着席を促し、この世界の言葉で話した。
「少々喧嘩をしたが、今後の方針を話そうということになった。ここからは参加してもらいたいのだが構わないかね?」
「あぁ、うん、わかりました」
キスク、ヴァーレクスの横に座ってくれる?
ツカサがとげとげしく言えばキスクは困惑しながらも意思を尊重してくれた。隣に座られたヴァーレクスは眉を顰めて黒いスライムを眺めていたものの、すっと視線を外した。タックルを決めてやってもいいのだが、話が進まないので次回に回すことにした。ユキヒョウはキスクの足元、蛇はキスクの首元からにょろりと顔を出し、牡鹿は逡巡の末、ヴァーレクスの横に足を折り畳んで座った。セルクスは大袈裟に悲しい顔をした。
「悲しいな、私の味方はいないのかね」
「いやぁ、だってぇ、お嬢はこの子の味方をしたわけだしねぇ」
「そうである。それに、キスクもツカサの味方なのである。ならば我もツカサの味方をするのである!」
「時の死神様には少々反省していただければ」
セルクスは両手を上げて降参を示し、土地神たちの反論を切り上げた。それからキスクの手に居るツカサへ視線をやり、微笑んだ。
「まったく、人をたらし込む導き手だな。しかし、私も失った信頼を取り戻さねばなるまい」
そうだね、反省して。
腰に手を当て尊大に頷けばセルクスは再び両手を上げた。
「彼女にその気がないのであれば、マール・ネルの力を借りればよい。彼女を封じるのだ。そうすればツカサがその体とそれ以上同化することはなくなる。だが、同時に君はその意識を封じられ、眠り続けることになるだろう」
体を共有しているから、理の女神を封じれば、俺もまた、ってことだね。有用だけど万能じゃない。じゃあ、俺が寝ている間に何をするのかを決めないといけないね。
「そうだ。そしてその方針に私は従おう。それから、君にも彼女にも死なれては困る。少しになるが力も分け与えようじゃないか。これは詫びのひとつだ」
それが信頼を示すってこと?
ツカサが問えば、セルクスは頷いた。セルクスが右手をぎゅっと握り締め、再び開けばそこにビー玉サイズの光があった。ふっと息を吹きかければツカサの方へ飛んできて、糸くずの腕の中に収まった。ちらりと覗けば【時の死神の生命力の欠片】と出ており、確かに力を分けてくれたらしい。生命力と記載があれば受け取るにはこちらも勇気が要る。
「好きにしたまえ。渡した瞬間からそれの活用方法を決める権利は君にある」
そういうことなら少しの間考えよう。ぎゅっと光の玉を抱えたままツカサは座るように体をぺちょっとさせた。
ひとつ信頼を有言実行されツカサも話をする気になった。キスクが参戦するとなるとヴァーレクスには言葉がわからないのだが、蛇がするりとそちらへ行き、言葉を引き受けると言った。腕を這ってきた蛇にヴァーレクスは立ち上がりそれを掴まえて放り投げようとした。突然蛇がそうした行動を取れば驚きもするだろう。
「わぁ、待って待ってぇ、ぼくが言葉を通訳してあげるんだよ」
「気色悪い」
「ねぇー、ちょっとこの人酷くない?」
蛇は不満げに文句を零し、にゅるりとその体長を伸ばしてヴァーレクスに絡みついた。パニック映画のように太い蛇に全身をぎちりと締め付けられたヴァーレクスはよろめくようにしてソファに戻され、ツカサはそれを鼻で笑った。ぎろりと睨まれたが気づかないふりをした。
まずは掻い摘んで、多少話の筋を変えて情報を共有した。神々の話、理の話などキスクにすれば混乱するだけで先に進まないだろうと思い、セルクスの信頼の証明のためにその説明も任せた。そうして知ったのは、実に口の上手い神であるということだった。この人と、二度と先ほどのような舌戦は繰り広げたくないと思った。
ツカサは知ってのとおり起きているだけで体力を消耗する。よって、その体を貸している者も、ツカサも、どちらも封じて眠らせてしまうことにした。そうすることでこれ以上の消耗を防ぐことができ、また、セルクスを含む神や、女神の欠片を持つ者たちを急いで理に還すこともない。これはキスクにも、ショウリにも、時間が与えられることである。
ただし、その代わり、眠っている間、ツカサからの指示や意見を聞くことはできない。だから先に方針と着地を決めておこう。
そう締め括り、セルクスはどうだね、とツカサに会話のズレがないかを確認してきた。キスクもまた確かめるように手の中を覗き込んだ。
うん、まぁ、そうだね。よろしく。
ペテン師を見るような目でセルクスを眺めてしまったが、キスクにはその視線はわからなかったらしい。セルクスは十分にそれを感じ取り苦笑を浮かべていた。
「あぁ、ええと、方針はわかった。それで、着地ってどこを? 俺がその、【神子】として担がれた件か? それともツカサの体の件?」
俺の体を取り戻したいんだよね。ラングと会いたい。そのためにドルワフロに行かないといけないんだけど、急に現れた【神子】を放置するのも不安だよね。
「ううん、そうだな、ルシリュたちとはあれきりだし、向こうは向こうで混乱してるかも」
キスクは考え込み、その顔を見上げながらツカサは少しだけ微笑んだ。暴動を収めに行くと決断するまでは戦えないし、とか、どうすればいいか、などと弱音を吐いていた青年は、覚悟が決まればこうまでも頼もしい。ドルワフロの頭になると決めた時から、キスクはこうした姿を見せてくれる。立ち止まり、悩み、苦悩し、それでも一歩踏み出せば恐れることはない。この在り方はツカサとは違った。
ツカサは常に隣を歩いてくれる人がいた。前を歩き、道を示してくれる人がいた。
キスクは若くして故郷を飛び出してその声で生き、進み、暗闇の中でがむしゃらに歩き続けた。そこにランタンの明かりを差し出したのはツカサだが、キスクの歩幅は大きくて、あっという間に離れて行ってしまう、そんな気がした。
人の成長速度には差があるのだとぼんやりと思った。だとするならば、手を離す時も違うのだろう。ラングが気づかれないように手を離し、強く背中を押して、他の人々の輪にツカサを促した時のように。ツカサは唸り続けるキスクに今から寂しく思いながら、けれどこれが最後ではないと確信を抱き、言った。
キスク、別行動しよう。
「え?」
俺は自分の体を取り戻しに行く。キスクはここで暴動を押さえながら、【神子】として人々の心を支えて、そして導く。
どう? と提案するように首を傾げればキスクは慌てて首を振った。
「いや、そんな、ツカサ、そんな突然! それに、先生はその封じる? 間は眠っちゃうから、無防備なんだろ!?」
危ない、とキスクはまず先にツカサの身の心配をしてくれた。離れないための詭弁でも言い訳でもなく、実際にツカサがぐったりとした姿も、誰かから力をもらわなければ死んでしまいそうな姿も見ているからこそ、心から案じてくれている。
有難いなぁ、いい人と巡り合えている。これが加護のおかげだとしても、その縁を大事にしてきた自分のこともまた、褒めてやりたかった。そして、これを失わないためにも、どうするのか決めなくては。
キスク、俺は元の体を取り戻してこそ、キスクをきちんと導ける。やると言ったからにはやる。そのための準備をきちんとさせてほしいんだ。毎回キスクの魔力を借りるんじゃ、倒れちゃうでしょ?
「それは……そうだけど……」
調整はするものの、ツカサの普段の感覚で魔力を使えばキスクは倦怠感と睡魔にいつも襲われる。それではキスクが自分の考えと言葉で行動ができない。最初の発破はかけた。後はキスクとこの世界の人々が考え、作り上げることだ。無責任に放置する気はない。自分の足で歩ける体が欲しいだけだ。
キスクは言われた言葉をじっと考え込み、唇を噛みしめ、開き、何が正解なのか探ろうとしていた。そっと指を掴む。
いいよ、キスクの思うままに進んで。もし道を違えてもそれは少し寄り道をするだけで、同じ場所に戻れるよ。それに、キスクには必ずついて来てくれる心強い友達がいるでしょ?
ぽよん、とツカサが糸くずの腕でユキヒョウを指し示せば、キスクはじわりと気恥ずかしさに笑った。ユキヒョウの顎がキスクの膝に乗せられ、それが覚悟を後押ししたようだった。キスクは手の中にいるツカサに姿勢を正して伝えた。
「時間が与えられたなら、親父ともう少し話をしたいのも本音だったんだ。取り上げるぞって言われて、焦ってた。ツカサが大変なのもわかってて、でも、どうしようもない気持ちもあった。……親父とルシリュと居たい。俺、教えてもらったことで、頑張ってみるから、少し離れても、いいか?」
いいよ。次に再会する時は、人の姿で握手しよう。
ツカサが糸くずの腕を持ち上げ、キスクがその手を優しく摘まんだ。へへ、と笑うキスクの顔はまだ幼く思え、いや、ほとんど同い年、とツカサは自身の先生魂がうずいたことに笑った。キスクは指を離しながら真面目な顔で尋ねてきた。
「先生、でも、護衛はどうするんだ? あぁ、いや、その人の実力を疑ってるわけじゃないけど……」
キスクはちらりと蛇に巻きつかれ、耳元で囁かれて苛立っているヴァーレクスを見遣った。掴んで放り投げようとしたヴァーレクスに蛇はとてもムカついたのだろう。絶妙に苦しいのとそうでもない中間を攻め、締め上げながら通訳していた。
もしかしたら、ヴァーレクスは水属性なのかもしれないと思った。ラングとは違う流れ方をする男のイメージが胸にすとんと落ちてきた。
ラングは静かな水面、けれど足を踏み入れれば見えない激流に体を流されてしまう強さと強引さもある。かと思えば流れついた先で体を休められる、森林の中、柔らかなせせらぎを奏でる澄んだ湖のような人でもある。
ヴァーレクスは渓谷の険しい場所、岩がごろごろ転がっていて、それにぶつかり白いしぶきを上げる、見た目と同じ激しい流れの川だ。その流れは一切妥協することがなく、足を踏み入れれば粒のような流れが肌を痛めつけ、押し流していく。けれど、そっと木の板を入れて流れを変えることは厭わない、そんな多少素直なところを持った水だ。
流れが違えばこそ、ラングとヴァーレクスの仲の悪さもわかるような気がした。そして、属性が反発するからこそ蛇も癪に障ったのだろう。
ツカサはふふっと笑った。随分詩的な表現になったなと面白くなった。キスクに首を傾げられ、なんでもないよ、と誤魔化すのも何度目だろうか。ツカサは尋ねられたことに答えた。
大丈夫、ヴァーレクスはこれでもちゃんと実力者だし、神様の弱みも握ったしね。
セルクスから貰った生命力の欠片をキスクの手に置き、ぽよん、と揺れながら糸くずの腕でムンッとこぶしを作るように両腕を上げれば、キスクは気をつけてくれよ、と諦めたように微笑んだ。
「ぼくもその子についていくよぉ、言葉が通じないと不便でしょぉ? それにぃ、この子の体もあったかいしねぇ……!」
蛇は大蛇となって包み込んだヴァーレクスにすりっと頬を寄せ、殺してやると言いたげに睨まれていた。牡鹿もすっくと立ち上がりキメポーズを取った。
「我は君たちの足となろう。何、時の死神様とそこな元髭くらい、乗せて走れるとも」
ははは、有難いよ。じゃあ、布陣としてはそういう感じで行こうか。キスク、何かあればユキヒョウに吠えさせて。牡鹿も、蛇も、受け取ってくれるはずだから。……そうだよね?
「うむ、任せるのである!」
「ぼくが受け取るよぉ、トルトンテ……牡鹿は余計な奴にも届けそうだしねぇ」
するる、と蛇はその身を細く短く変え、ヴァーレクスを解放した。素早く掴んで放り投げようとしたヴァーレクスの腕にしっかりと巻きつき、手をかいくぐってヴァーレクスの懐に入り込んだのは見事だった。一瞬、ぞわわ、としたヴァーレクスの震えにツカサは噴き出した。睨まれたがそちらを見ないようにした。
セルクスが微笑を浮かべ手を叩いた。
「さて、では方針はよいか? ラングとの合流を目的にして、ツカサは私とヴァーレクス、蛇と牡鹿とともにここを旅立つ。キスクはショウリたちとともに首都・レワーシェの鎮圧に励む。その際、【偽神子】であるシュンとの対立は避けては通れないだろうが……そこまで考えているかね?」
「あぁ、うん、大丈夫です」
「よろしい、では、この場所の鍵を渡しておこう」
セルクスは左手を差し出し、金色に輝く鍵を差し出した。そろりと受け取ったキスクは手の中でそれが消えていき慌ててセルクスを見た。
「案ずるな、君の体に刻まれている。それがあれば、君の招く者ならばここに入れる」
「ありがとう、ございます」
よし、そうしたら行動しようか。ラングが近くなったら俺を起こしてくれるんだよね? でも、どうやって会うつもり?
ツカサが尋ねればセルクスは少し悩んだ様子を見せた。
「さて、どうするか。今の私は彼の知る者ではないし、アルもまた深くかかわったことのない男だ。記憶を軽く覗いたところ、牡鹿もいい印象を抱かれてはいない。蛇一人では少々時間が掛かるだろうし、そしてペリエヴァッテ・ヴァーレクスは論外だろう」
そうだろうとも。むしろヴァーレクスを前面に出して会わせることには不安だけが先に来る。
「ぼくが出るのもいいけどぉ……寒いんだよねぇ……」
ヴァーレクスの服の中でもぞりと動いた蛇に、ヴァーレクスが背を丸めた。ひんやりとした蛇の皮が腹部をなぞり、ひゅっとなったのだろう。見慣れないヴァーレクスの姿にニヤニヤしてしまう。不機嫌な視線を感じた。この体、あまり感情表現は豊かではないはずなのに、そうした不愉快だけは鋭く察知する男だ。
「ふむ……、では、賭けてみるのはどうだね」
セルクスが優雅な動作で顎を撫で、伏せがちな眼差しがまるで探偵のような雰囲気を醸し出していた。ツカサはその答えを問い掛けた。
賭けてみるって、何を?
セルクスは眼鏡の縁からこちらを覗くように視線を向け、にんまりと笑った。
「あの男が単独行動をとるかどうか、だ」
あぁ、やりそう。
ツカサは楽しそうに笑った。




