4-13:ぺちょり
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この家、扉も窓もしっかりと閉じられているせいか、差し込む光すらない。先ほどちらりと外観を見た感じ、窓を打ち付けてあったのでもしかしたら戻るつもりも少しはあったのかもしれない。
無人となってかなりの時間が経っているのかこの体でも感じる埃っぽさがあった。光を必要としない体なのをいいことに、ツカサはきょろりと見渡した。
埃を踏み、床に残る足跡は二つ。ラングのブーツとアルのブーツだ。足跡を隠していないのは、何かあった際、ここに足を踏み入れたのだぞ、と敢えてわかるようにするためだろう。ラングがいなくとも、アルがいなくとも、そこに二つの足跡があれば誰かがここに来たとわかるからだ。
崖の街で埃の積もり方を調べたことが思い出された。それがあるからこそ、ツカサに向けてラングはこうしたのだろう。なんとなくそんな気がした。
「あぁ、うん、埃っぽいなぁ、空気の入れ替えするか」
待って、ここ、隠れ家か、いざという時のための逃げ場所にするつもりだったんだと思う。窓とか、火はやめた方がいいかも。
「そうだろうな。どれ、少しだけ整えるとしよう」
セルクスはまた手で輪を描き、最後に指をぱちんと鳴らした。ふわっと暗闇に光が溢れセルクスを中心にして部屋がかつての色合いを取り戻していった。
キスクとともに感動しながら家じゅうを見て回る。竈はパチパチと火が燃え盛り、部屋を温め、室内を照らす蝋燭もテーブルに戻っていた。ソファも埃まみれから愛らしい色合いの布製のカバーが掛かっていていつでも座れる状態だ。水瓶にはなみなみと綺麗な水が入っていて、戸棚にはかつてここで生活していた家族のものか、素朴なティーカップや木皿まで入っていた。二階へ上がれば寝室が三つ。風呂は一階にあり、水を溜めて窯で沸かすタイプだ。狭いが十分に体を休められそうだ。
これは時間を巻き戻したのだろうか。一階に戻りソファでゆったり腰掛けているセルクスに尋ねてみれば、いや、違う、と微笑まれた。
「この家の記憶を呼び起こしただけに過ぎないのだ。だから、扉を開いてもこの光は漏れはしない。煙は外に出ず、ここだけで終わる」
水とか火は使っても、その時の記憶のまま消えないし、減らないってことであってる?
「あぁ、そのとおり。便利だと思うでないぞ? バレない、ギリギリの小技だ」
にんまりとした笑みを浮かべ、セルクスは腹を撫でた。
「空腹だ、食事にしたいところだね」
「あ、俺も……」
キスクも腹を鳴らし、玄関で暫く外を警戒していたヴァーレクスも集まってきた。どさりとテーブルに置かれたショルダーバッグを開けば、パンと生ハム、串焼きなど、ツカサが空間収納に貯めておいた食事が山盛り詰まっていた。傷ませないためにこの食事の後、日持ちするもの以外は再び空間収納にしまおうという話になった。
串焼きとパンと茹で芋、ハーブティーが欲しくなったが入っていたのはハチミツミントだった。体の疲れを取るのに糖分はいいだろう、ツカサは特別な時用だよ、とぷるぷる訴えてからキスクにスプーンでそれをティーカップに入れさせた。水瓶から水を注ぎ、混ぜて皆がそれを呑む。ツカサはティーカップの縁に糸くずの腕を置き、覗き込むようにして口をつけた。こくり、この体で呑めたことが嬉しかった。じわりと甘みが体に沁みていく。すぅっとしたミントの香りが脱力させるようで、ツカサは少しぺちょりと体が広がる気がした。この体でも美味しいと思えたことが嬉しかった。
芋をもらい、糸くずの腕でほじくるようにして芋の欠片を口に持っていく。口の中の水分が持っていかれるような感覚は同じように感じ、ハチミツミントを啜った。途中、キスクが皿の方が飲みやすいのではないかと器を変えてくれて助かった。いつコップを倒さないかとハラハラしていたのはツカサもだったのだ。串焼きの肉が大きくて齧れず、セルクスがナイフで切って差し出してくれた。パンを齧ろうとしたが糸くずの腕には硬くて困っていれば、舌打ちをしながらヴァーレクスが欠片をくれた。皆の助力がなければ食事も満足にできないのだと思うと、少々落ち込んだ。
『そうして力を貸してもらえるのも、今までの君があればこそなのだ』
セルクスがラングの故郷の言葉で言い、肉の欠片を差し出してきた。
うん、有難いよ。恵まれてると思う。
そう答えながらぱくりと食べれば、よろしい、と神様が父親の顔で笑った。
黙々と食事が進み、テーブルの食事に誰も手を伸ばさなくなって満腹が示されてから、セルクスが唇を開いた。
「さて、キスクよ、ここから少し、君にはわからない言葉を話すが少々待っていてくれるかな? ツカサの言葉をそのまま、繰り返すことに協力してほしい」
「あぁ、うん、いや、はい、わかりました」
キスクはぐっと背筋を伸ばし、神だと名乗った男に敬意を表した。先ほど、この家を在りし日の状態へ戻したことが力と身分を証明したのだ。そういうこと、しれっとやるよな、とツカサはジュマを思い出し、頬杖をつく気持ちでセルクスを見上げていた。ツカサのじとりとした視線もわかってくれるらしく、セルクスは苦笑を浮かべて指先でツカサをつつき、リガーヴァルの言葉で話し始めた。
「では、いくつか置き去りにしていた話をしよう。何から知りたいかね?」
【鑑定眼】、普通に視えたんだけど、今俺のスキルってどうなってるの? 【変換】が奪われたらまずい、けど、セルクスが落ち着いているから、それは俺にあると思ってるんだけど。
「うむ、その認識は正しい。ただ、今、君は神の肉体と混ざり合っているのでね、スキルにもいくつか変容がある」
どういうこと?
ツカサが首を傾げれば体がぽよんと揺れた。セルクスはリガーヴァルの言葉で宙に文字を書いた。
「まず一つ、スキルというものは魂に紐づいて存在しているもの、肉体に紐づいて存在しているもの、魂と肉体に紐づいて存在しているものの三種類に分けられる」
空間収納
鑑定眼
変換
全属性魔法
治癒魔法
オールラウンダー
鑑定妨害
時の死神の鎖
全ての理の神の許し
時の死神の権能
ずらりと並んだものはツカサが有しているスキルだった。セルクスはその中から三つをまず消した。
「時の死神の鎖、全ての理の神の許し、時の死神の権能。これらは魂に刻まれた楔であり、祝福であり、預けられたものゆえに、今も君が持っている。我が権能は君と共に居るからこそ、私も使えている状況だ。それを持つにもある程度力が必要なのでね、今暫く、預けさせてほしい」
なるほど、加護や祝福は魂に与えられるものなのか。ふむふむとツカサが頷く横でヴァーレクスは文字をじぃっと眺めていた。
「詳しい話をし始めると少々厄介なのでね、ざっくりとまとめるが、空間収納、全属性魔法、治癒魔法は肉体に紐づいて存在する。よって、これらはシュンが現在の所有者となっている」
ということは、あの夢の出来事は繋がっていた自身の肉体との糸が切れたことを示しているのかな。あれ、でも、今も俺はそれに近いものを使えるけど?
ツカサが糸くずの腕を揺らせば、セルクスはにこりと微笑んだ。
「それが先ほど言った神の肉体と混ざり合っているからこその変容だ。彼女が君の空間収納に触れたことで、彼女が学習したのだ。だからこそ同じようなものを君は習得し、扱うことができる」
な、なるほど……! そっか、空間収納は自分の体が入れ物だし、全属性魔法と治癒魔法はそもそも魔力の属性で、俺は魔法の穴をあけて覚えたから、肉体に紐づいているんだね。
「そのとおり。理解が早くて助かるな。では、残りのスキルはどうか、という点だ」
鑑定眼、変換、オールラウンダー、鑑定妨害だね。
「【鑑定眼】に関しては君が転移した際に得たものであり、それもまた、魂に刻まれたスキルだ。オールラウンダー、鑑定妨害は君が生を歩み、その上で身に着けたもの。旅路で、自力で習得したスキルに関しても魂に刻まれるものと考えてよい。たとえ君の肉体を得ようとも、横から奪った者がそれを扱うことができないのは道理だろう?」
うん、そう思う。じゃあ、【変換】は?
「ものとしては君にあるが、【変換】は魂と肉体、どちらもないと扱えないものだ。今の状態を言うならば、ふむ、そうだな……灰色になっていて選択ができない状態だ」
セルクス、時々ゲームっぽいこと言うよね。わかりやすいけど。でも、じゃあ、やっぱり俺は会うにしても気をつけないといけないね。肉体を取り戻したいけど、逆に俺が取り込まれたりとかしたら、シュンに全部をあげることになっちゃうよね。
「そのとおり。慎重に接触をしたいのは私も同意見だ。ただ、私は人としての行動が不慣れ、君たちの意見と行動方針に合わせる所存だ」
そこでセルクスはヴァーレクスを見た。
「君とキスクにはしっかりと動いてもらわなければ」
「何をせよと?」
「まずはショウリとの間を取り次いでほしい。私はここで、この場所を保っていよう。キスクは同盟であるし、君は地下闘技場に入るために彼の力を借りたはずだ、会いやすいだろう」
ツカサはキスクを見上げ、ショウリに事態を伝えてほしいと糸くずの腕を揺らして伝えた。キスクはうんとひとつ頷いて席を立った。
「それなら、早い方がいいと思う。ユキヒョウならショウリのにおいも追えるし、先生が……その、なんだろう、危ないんだろ?」
そうみたい、とツカサは頬を掻き、キスクはぐっと手を握った後にラグの上でくつろぐユキヒョウに駆け寄った。子猫になったユキヒョウをずぼりと服の中に入れ、ふくよかな腹になったキスクがヴァーレクスへ近寄り、腕を掴んだ。
「行こう!」
「なんだと?」
「行こう! ほら、早く!」
ヴァーレクス、キスクをお願いね。ショウリと話すのはキスクがやるから、護衛に行って。
ツカサがリガーヴァルの言葉で意図を伝えれば、ヴァーレクスは盛大な溜息をつきながらも立ち上がった。キスクに腕を引かれて出て行くヴァーレクスの後ろ姿に丸くなったなぁ、と思ったことは秘密だ。
二人と一匹を見送り、ふと気になった。ツカサの体を持っているシュンはラングの言葉を話せるのだろうか。ラングはアルが合流してから、アルを混乱させないためにあまりこの世界の言葉を使わなくなった。アルが多少ラングの世界の言葉を勉強していたのも理由だ。セルクスにそれを問えば腕を組まれた。
「ふむ、恐らく、その点は問題なくクリアしているだろう。君の中に潜み、奪うことを虎視眈々としていたのだ。言語は体にも染み込むものだからな」
だとしたら、言語の点でラングがシュンを疑うことはなさそうだ。溜息をつくように体が沈み、ツカサは少し疲れを感じた。
セルクスは言語を変えて静かな声で言った。
『ツカサ、君の身の内にある【変換】で君が学んだものは、君の力になっている。こうしてラングの故郷の言語が今も理解できることも、キスクの言葉がわかるのも、君が話すことを恐れず、使い続けた結果だ。それがたとえ相手に力を貸してしまったとしても質は違う。……誇りなさい』
ツカサはぎゅっと背筋を伸ばした。
『起きていればそれだけ消耗もする、馴染むのも遅い。今君のすべきことは温存と、動けるようになるための準備だ』
じゃあ、少し横になった方がいいんだね? 食べてすぐ寝るの、ちょっと慣れないな。いつも鍛錬とかもしてたし。
『今だけだ、いずれ、そんなこともできなくなるだろう』
神様に言われると怖いものがあるね。……そしたら、ちょっと横になるよ。
ツカサはテーブルの上でぺちょりと横になった。それほど多くを話したわけではないのに疲れが酷く、ツカサはすぐに眠りに落ちた。その体を両手で包み込み、セルクスはソファに移動するとツカサを腹の上に置いて横になった。蛇がセルクスの懐から出て、ツカサを包み込んで落ちないように支えた。ソファの横では牡鹿が足を畳んで座り込み、じっと目を伏せた。
『ツカサ、君は温かいものに囲まれているが、それは君がその足で歩み、出会う者へ真摯に対応し、世界を愛したからなのだ。誇りなさい』
すっかり深く眠っていたツカサには届かなかったが、その温もりが肉体ではなく心に届くことを神は知っていた。
キスクとヴァーレクスがショウリと再会したその日は、ラングたちが首都・レワーシェを脱した日のことだった。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
3巻刊行祝いにアフタヌーンティー予約しました。
楽しんできます!
現在2026/3/16~20日の間、TOブックスさんの公式Xアカウントにて、3巻発売記念SSのアンケートを行っています。
ツカサと……誰の組み合わせでSSを書くか、アンケートの結果次第で書くものが変わるので、楽しく参加いただければと思います!
ツカサのお相手は誰になるのか!
ラング、エレナ、アル、エルド からお選びいただけます!
↓↓↓ 公式アンケートこちら。
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