4-12:できること
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結局、ヴァーレクスのズボンを洗濯してキスクに魔力を借りて乾かし、ボロボロになっていたシャツはツカサのものを貸した。ヴァーレクスの方が肩幅もあるため動きにくそうだったが、ここに至るまでに着ていたシャツよりはマシと判断されたらしい。人から借りたものをこれでいいかと尊大に頷く姿には文句を言いたかった。
こざっぱりした甲斐もあって人相も多少マシになったヴァーレクスは、この冬の気候が寒いらしく、どうにかしろとツカサに言いつけた。とはいえ、ここは不思議と少し暖かいのだが、ヴァーレクスには寒いらしい。
この熱いスライムの体で首元に居座ってやろうかとも思ったが、それはそれで嫌でやめた。何が悲しくて成人男性の首を温めなくてはならないのかと冷静になった。せっかくなのでキスクに魔法障壁を教えることにした。
いろいろと教えたことを勤勉にやってくれているらしいキスクは、魔力総量が以前よりは多少増えていた。ツカサはキスクの肩に乗り、歌うキスクの声に乗った魔力に触れ、周囲を円形に包む魔法障壁を張ってみせた。
自身が懸命に学んで得た技術を実体験で学ばせることに、正直、最初は抵抗もあった。これを得るまでに紆余曲折あって、様々な出会いと経験を経た上で身についたものだ。技術は経験でありここまでの生き方だ。そうした気持ちにぎゅっと蓋ができたのは、ツカサに惜しげもなく技術を叩き込んでくれた人たちがいたからだ。
魔法に関して右に出る者はいないシェイも、誰かにものを教える技術とコツについて学んだことを凝縮して伝えてくれたヴァンとラダンも、そして、生き方そのものを教えてくれた【ラング】も。
学園で生徒に教えていたこともあって、いろいろと考えた。自身がもらったものを誰かに渡すことは継がせることだ。選択肢を広げ、深い闇を照らす明かりの強さを選ぶ手段を持たせることだ。キスクがこの経験をどう生かすのかを少しだけ楽しみに感じた。
そう思えたことが嬉しくもあり、自身を誇らしくも思い、胸を張った。
円形の魔法障壁に寒さを遮るフィルターを一枚かけたところで、キスクはぐらりと揺れた。ユキヒョウが慌てて頭でキスクを支え、ツカサも転がりそうになりながら魔法障壁の発現を止めた。制御も、魔力量の調整もしていたが、自分と同じ感覚で使うにはキスクの魔力は少ないようだった。それを見て、セルクスは仕方ないといった様子でぐるりと手で輪を描き、その中からセルクスの旅装束と同じようなものを取り出してヴァーレクスに差し出した。贅沢にもマント付きだ。
できるなら最初からやってよ。
不要だと返されたシャツがショルダーバッグの上に放られ、ヴァーレクスが堂々と着替える間ツカサが腰に手を当ててぼやけば、セルクスは苦笑を浮かべ、ラングの故郷の言葉で返してきた。
『言っただろう、私は力を温存したいのだ。心地よい君の精神世界で力をそっともらいながら、というのが今はできないのだ。あとは減るだけ、であれば大事に使わねば』
言いたいことはわかった、そういうことなら仕方がない。ヴァーレクスは裾の長い旅装束が気に入らないらしいが文句は言わせなかった。それに、さすがは神様製だ、寒暖に対する耐性がついていて、服の生地が薄そうに見えてしっかり暖かいらしい。
ん? 今、普通に視えたな? これ【鑑定眼】じゃない?
ツカサがセルクスを見遣れば、にんまりとした笑みが返ってきた。
「長話を続けるには、ここは少々寒い。我々はよいとしても、キスクを寒空の下に居させるのはよくはない。どうだろう、場所を変えないか?」
そもそも、ここはどこなのか、と問えば、キスクが言いにくそうに言った。
「あぁ、うん、えっと、墓地のそば。ここは首都・レワーシェの城郭の中の、フォートルアレワシェナ正教の敷地内だ。どっちかっていうと、やや北寄りの、墓地を抜けたもっと先の森の中。入ってくるの怖かったから、ちょっと悩んだんだ……」
思いきり敵地じゃん!?
ツカサが体をピチチと震わせればセルクスが頬を掻いた。
「まぁ、そうは言っても、牡鹿と蛇の力で空間はズレているとも。ユキヒョウだからこそ我々に接触ができたのだ。とはいえ、これも長い間隠し通せる場所ではない。よって、先に移動をしたいのだ。私は戦闘では役に立てないのでね」
移動、と聞いてツカサは糸くずの腕を見遣った。この体では移動そのものも誰かに頼まねばならない。自分に発言権がないと感じたのだ。しょぼ、と肩を落とすような気持ちを、体が如実に表した。キスクは両手でツカサを包み込み、強く頷いた。
「先生は俺が運ぶから、大丈夫だ。それに、先生が俺といてくれたら、俺は魔法を練習できるし、実際に使える。これってすごく大きな力だ」
うん、確かにね。そしたら、いいかな? ごめんね。
「任せてくれ!」
あれ、言葉通じた? さっきからキャッチボールできてるよね? ツカサが不思議そうに首を傾げればキスクも同じように傾げた。
「なんか、今先生の言いたいことがわかったような」
「おそらく、魔力の波長を合わせたからだろう。そもそも、ツカサは今そんな形ではあるが、神の肉体に居るのだ。そうした不思議な出来事はあってもおかしくはない」
「神……? 肉体とか、よくわからないけど、話せるなら話が早いな。先生、よろしく」
うん、よろしくね。
ツカサは糸くずの腕でキスクの指をぎゅっと掴み互いに頷き合った。では、ここからの移動だ。そもそも、闘技場で大暴れした後のことだ、今、かなりの厳戒態勢を敷かれているのではないかと不安になった。森の中まで捜索の手が伸びればここから動くことだって大変になってしまう。
蛇はここが拠点ではなく、牡鹿は曰く若輩ゆえに場を保てないらしい。そのために移動を必要とされている。ユキヒョウに視線を向ければ、ふん、ふん、と空気を嗅いでいた。
「ホムロルルとラングとアルのにおいがするのである。追えば追いつけるかもしれないのである」
「で、でも、そこにあれだろ、ツカサじゃないツカサがいるんだろ? 大丈夫か、それ……?」
キスクの不安ももっともだ。ツカサの中にいるのはシュンであって、もしそれが捨て駒のような立ち位置であれば、役割分担、適材適所をしているシュンなのだ、命すら簡単に奪いかねない。気配を察知して、ツカサの体、首を斬られでもしたら。身代わりの指輪はその怪我をどこまで身代わりできるのだろう。慎重に接触がしたいのは確かだ。
「とはいえ、あまり猶予はないぞ? 魂はこちらにあるとしても、ツカサの魂が力を失えば、それだけで死んでしまう」
「ええっと、神様、それはどういう……?」
ツカサも首を傾げた。ふむ、とセルクスは藍色の目を伏せ、少しだけ考える様子を見せた。言葉を選んでいるのか、制約との塩梅を測っているのか、ツカサは不安を抱いた。おずおずと伸ばした糸くずの腕はセルクスの肩には届かなかったが、目を開いたセルクスがそれに気づいて、指先で軽く摘まんでくれた。
「案ずるな、言っただろう? 戦い続ける者がいるのだと。君たちであり、私であり、我々だ。こうした事態になってからでないと、動けない者だっているのだよ」
状況に対する励ましというよりは、次は何かの示唆に感じた。誰のことを指したのかはわからなかったが、死んでしまうという言葉は見過ごせない。理の女神の体を間借りしている今、女神というものが死ぬものという認識もなかったので、ここにいれば安泰、などと軽く考えていたことに気づかされた。
もしかして、結構ヤバイ? とツカサがぷるぷる震えながら問えば、セルクスは頷いた。
「大いにヤバイ状況だぞ?」
なんでそんなにのんびりなのかなぁ!
訴えるように摘ままれていた指を振り払って腕を振り回せば、セルクスは、ははは、と楽しそうに笑うだけだ。
「わかった、わかったとも。人というのは急に死ぬこともある、真面目に、急ごう。とはいえ私は人として行動することに不慣れなのだ」
突然現れて突然消える時の死神は、権能をラングに渡していたりと諸々半減していて、力の温存もしたいので、今はただの人なのだという。くぅ、と寂しげな音を立てたセルクスの腹は体力すら人であることを知らせてきた。ツカサも空腹を自覚した。この体でも減るのだ。
となれば、屋根が欲しい。まずはこの森の中から抜けて墓地を目指し、市街地に戻らねばならない。そこでならばショウリにコンタクトが取れるはずだ。
頼って申し訳ないけど、ショウリならこういう変な話にも耐性があるし、きちんと俺の体と離して、話せるようにもしてくれる気がするんだよね。
「あぁ、いや、じゃなくて、そうだな、そんな気がする」
ユキヒョウ、今この周辺って人いるの? 誰かわかる?
「あんまり人のにおいはしないのである。ちょっとする時もあるのである、でも今ならいないのである」
そしたら、ユキヒョウに乗ってさっさと移動しちゃおっか。牡鹿は走れるよね?
「お任せください」
牡鹿は立ち上がってピシッと決めポーズで言った。蛇はセルクスの服の中に戻り、大きくなったユキヒョウにツカサを持ったキスクが乗り、その後ろにセルクス、さらにショルダーバッグをしっかりと持たされたヴァーレクスだ。私は落ちるぞ、とセルクスが尊大に言ったため、ヴァーレクスが支える役目を担うことになったらしい。マール・ネルはセルクスが、その他の感ずるものや豊穣の剣、ランタンはキスクが無理矢理ベルトに挟んで持っている。
森から墓地のある場所へ戻る道すがら、よくもまぁ、ヴァーレクスが言うことをきいているよね、とツカサはキスクの口を借りて尋ねてみた。キスクは地方の歌も歌うだけあって、最初に聞いた惑わせの伝言含め、意味はわからなくても言葉をなぞることは上手いのだ。
それに、そもそも、ヴァーレクスがどうしてここに? あの黒い命の溜まり場に落ちて、なんで無事なの?
ツカサの疑問は状況よりも大事ではないらしく、後回しにされた。
「それも、まずは腰を落ち着けられる場所を得てから話そう」
確かに、聞きたいことは多いが、ここで話し続けるよりは腰を下ろせる場所の方がいいか、と諦め、視点の変わったユキヒョウの背中を楽しむことにした。
墓場まで戻ったユキヒョウは姿勢を低くしてそろりと周囲を窺った。
見渡す限りの墓石。墓地なのだから当然だ。昔はここも手入れをされていたのだろうに、整然と並んだ墓石は苔と雑草に覆われ、今は死者を悼む者がいないことをわからせた。随分遠くで人の声がしたような気がした。
ぷるんと上を見上げ、城郭の縁を歩けそうと言えば、牡鹿が上るのは難しいという。ならば、足で出なくてはならない。
「ラングとアルが通ったのは、地面である。ツカサの体のにおいもするのである」
「その道をなぞってみてはどうだ? いざとなればヴァーレクスが対処するだろう」
「ならばそうするのである!」
ヴァーレクスは自分が名を呼ばれたことはわかったらしいが、内容がわからず眉を顰めていた。ユキヒョウは人が来る前に、と駆け出し、牡鹿が後を追った。アーチ形の城郭の区切りをいくつか走り抜け、遠くに人の賑わいが聞こえるところまで戻った。最後のアーチ型の扉は鍵が掛かっているかと思いきやユキヒョウが手でつつけばガシャリと落ちた。何かで斬られた跡だ。ラングは鍵を開けられるので、これはアルかもしれない。
掛け直しておいて、と言えばヴァーレクスがさっさと降りて意図通りにしてくれた。再びユキヒョウの背に戻り、ユキヒョウと牡鹿が駆けて進んだ。
墓地からそう離れていないところでユキヒョウは足を止め、一軒の家の取っ手を嗅いだ。
「ここからラングとアルのにおいがするのである。においが薄いから、今は居ないのである」
もしかして、何かのために下見したのかな?
「ちょうどいい、ここを隠れ家としようじゃないか。もう、夜になるからね」
言われて空を見上げれば街の明かりが鈍い黄色を広げる紺の空が広がっていた。この体、世界を見る際に光を必要としないのか、常に明瞭に見えてしまい、明るい、暗いがわかりにくかった。もしかしたら理の女神は朝焼けの美しさや夕暮れの空の切ない色を知らないのだろうか。
「さぁ、早く入りなさい」
いつの間にかヴァーレクスに降ろされたセルクスが皆を促していた。小さくなったユキヒョウ、片角が引っ掛からないように器用に入り込んだ牡鹿、ツカサを持ったキスクが入った後、セルクスは殿をヴァーレクスに任せ、周囲を窺ってからヴァーレクスは静かに扉を閉めた。




