4-5:雪山での魔法
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翌日から魔法の練習を始めた。ドルワフロの黒鉄の門を出て、無人の街へ。雪の吹きすさぶ広場を練習場所に選んだ。この寒さをどうにかしたいという思いからまずは火魔法だ。これは扱い方を間違えれば自分自身も焼いてしまうので早めに習得したいものでもあった。
手のひらに暖炉の炎をイメージする。体の中を巡る魔力を手に集中させ、暖かいものが欲しいと願う。ボワッ、と一度大きく炎が弾けて広がり顔が焼けそうになった。おい、とアルが震えながらも身を乗り出して心配してくれ、大丈夫と返す。
手のひらに留まった小さな種火。そこに少しずつ薪を足すように、燃料を足すように魔力を注いでいく。徐々に大きくなった火は鼻先から頬を照らし、熱を感じさせた。
「あったかい……」
「いい炎魔法だな」
さぶさぶ、とアルもそれに手を当て暖を取る。びゅうと吹いた雪風に肩を縮こまらせ、手のひらの炎が揺らぐ。唯一の火種を慌てて守るようにして二人で手を風よけにして、炎を守って笑った。
『魔力とやらも全快していないのだろう、今日はそこまでにしておいたらどうだ』
建物の下、風を避けながら見守っていたラングに言われ、自分の肩を見た。思った以上に雪が積もっていて、ほんの一瞬の練習だと思っていたものがかなり時間を要していたとわかった。指先は炎で温められているが、ブーツの中で足先がかじかんでいた。それに気づけは温泉に入りたくなり、雪の中、せかせかとドルワフロの王城へ戻った。
そうして魔法の練習に勤しんで五日ほど、ようやく全体的なコツを掴み始めた。元々、そういうイメージには長けている方だったことも思い出し、ショウリと話したゲームや漫画で思い浮かべた炎魔法や風魔法の、シャボン玉のように操る水魔法などを使えるようになった。未だ魔力は全快しないものの、これだけ扱えれば十分に生活は楽になった。
「氷魔法は? 十八番だろ?」
雪を払うように風魔法と炎魔法で風を遮るカーテンを創り出して暖を取っていれば、アルからそう言われた。そういえば使っていたような気がする、と思った。氷、氷柱、今、まさしく軒に垂れ下がっているそれをイメージして創り出してみた。しかし、上手くいかない。カーテンの中が暖かすぎるのかとも思ったが、どうもこれはイメージの問題らしい。霧の中を探すより、小さな氷を創り出してそこからくっつけるようにして氷柱にしていった。基があれば創れる。これをもっと早くすればいいのだろう。前はどうやっていたのか思い出せないが、新しい方法でも困ることはないと思った。
記憶が欠けていることも仕方がないと思えるようになってきた。一先ず、今必要なことは共有を受け、方針についても理解した。咄嗟の戦闘時、自分に何かあっては困るから再鍛錬、いわゆるリハビリを優先しているというのも正しいと思った。ドルワフロに来て魔法の練習を思う存分にできるまで、確かに不安が胸を占めていて取り乱すことも多かった。けれど、ここに来てひとつずつやれることを思い出し、できることを増やし、そうすることで自信を取り戻し始めた。
そうだ、こうやって前を向いたじゃないか。
試すようにラングが風呂を沸かしてくれと言い、それを用意できた時、思わず勝ち誇ってしまった。呆れたような息をつかれたものの、ラングは礼を言ってくれた。アルがひょっこりと顔を出して明るい声で言う。
「風呂行こうぜ」
「うん、温泉行こう。熱くて長湯はできないけどね」
「まぁな。でも、ツカサ温泉好きだろ?」
「うん」
ならいいじゃん、と笑うアルと並んで温泉を目指す。
あやふやで、不安で、どうしても言えなかったが、【ツカサ】というのが自分の名前であることにも、ようやく慣れた。
――ドルワフロでの生活は寝て、起きて、食事をして、魔法を練習する日々だった。そしてそこに追加で、見せてみろ、とラングが剣技を確認し始めた。これは雪の中だと体が凍えて危険なので、ツカサの自室で行われた。
水のショートソードを手に、懐かしい感覚と、どう扱えばいいのかわからない困惑とに挟まれていた。
『ごめん、よく覚えてないんだけど』
『体が覚えていることはあるはずだ』
黒いシールドが軽く揺らされ、とにかく振ってみろと示された。ツカサは水のショートソードは右手に持ち、とりあえず体の動きに従った。どうすれば振りやすいか、どうすれば足が動くのか。驚いたことにちゃんとできた。左へ、戻して右、手首を返して左上へ、もう一度右へ。流れるように体が動いたことに思わず感動し、おぉ、と声が出てしまった。ベッドに腰掛けて見学していたアルがパチパチと拍手してくれて照れが滲む。
『ある程度基礎は覚えているらしい』
『うん、そうみたい。よかった、何もできなくなってたらって、ちょっと怖かった』
水のショートソードを手に馴染ませようと握ったり開いたりしながら言えば、ラングはひとつ頷いた。
『身に着けたものは、咄嗟の際に体が動く。そうして守られる命もあるはずだ』
ツカサはその言葉を聞いて何度か瞬き、うん、と答えた。
『思い出せないことに固執するのはやめて、思い出せることと、何を持っているのかを確認することを、優先する』
『今はそれでいいだろう。やがて時間ができた時にでも、振り返り、探せばいい』
『そうするよ。料理もね、思い出したいし』
『食材を頼ってすまないが、暫くは引き受ける』
ラングからの申し出に微笑み、美味しいから楽しみ、と返せば、ふっと小さく笑われた。少し間ができて会話を悩んでいればアルが咳払いをした。
「鍛錬と確認は終わりでいいか?」
「うん、終わった。どうかした?」
「いや、出立の日程もそろそろ相談しないとと思ってさ」
出立、と言葉を繰り返した。そうだ、元々ラングを元の世界に戻すために旅をしていたのであって、本来であれば四属性の土地神の加護が揃っていたはずなのだ。しかし、不思議なことにツカサに与えられていたはずの北の土地神の加護がなくなっていたという。自覚もなかったので知らなかったが、ホムロルルがそういうのだから事実だろう。
ゆえに、世界の扉を開くために改めて北を目指し、土地神に会おうというのだ。
「ホムロルルがあちこち風を渡らせてるみたいなんだけどな、北側から咆哮が返ってこない、つまり返事がないらしい」
「傷ついてるのかな、ぼんやりだけど、牡鹿……のことで」
「そもそもあいつも蛇も、なんで飛び込んだんだろうな? ツカサのことを助けようとした雰囲気はあったけど」
しかし、彼らは結局ツカサとともに浮かび上がることはなかった。
「もしかしたら持ち上げてくれてたのかも」
「あり得るな。ま、あの中のことは上から見てただけの俺にはわからねぇし、ツカサも思い出せないんじゃ仕方ない」
「なんか、ごめんね」
「いいって、気にすんな。起きたことはしょうがない」
ぽんと肩を叩かれて弱々しい笑みを浮かべた。
ツカサの魔法が落ち着いてきたこと、剣技の確認まで始まったことである程度事態に対応できると思われての次のフェーズということだ。足手まといではなくなってきた感覚があり、ツカサとしても胸を張れるフェーズ移行だ。
「ただ、問題はこの雪だな。ホムロルルとちょっと聞いてきたんだけどさ」
ガサゴソとアルは地図を取り出してテーブルに置いた。それを三人で覗き込む。
アルの指はまずドルワフロを指差した。そこから山の洞窟を抜け交易都市へ、それを越えてフォルマテオ、さらに北上すれば土地神と会いやすいエリアに差し掛かるはずだという。
「でも、首都・レワーシェが寒くないから少し忘れかけてたんだけど、ドルワフロもほら、広場は雪と風がすごかっただろ?」
「うん、そうだね。雪で家が埋まっちゃってたし」
「そう、だから、洞窟まで行って、交易都市に行ったところで、結構大変じゃないか、ってロトリリィーノは心配してくれてる。ドルワフロはツカサのおかげで食料もあるけど、全部首都に集められているなら、盗賊も増えてるだろうし、食料を得るだけでも大変だろう。だから、春を待たないかってさ」
雪が終わり、多少人々の心に余裕ができるまで滞在していいということだ。短くてひと月、長くてふた月。その間ドルワフロの食料を分けてもらいながら空間収納の食材を自室で調理することになる。ツカサはどちらでもよかった。先を急ぐのであれば炎魔法と風魔法を利用したカーテンで雪を払いながら進んだっていい。ツカサの答えを聞いてからアルはラングを見た。
『ラングは? どうしたいですか』
『魔法障壁とやらは使えるのか』
『あ、まだ……形にはなってないよ』
『だったら、ひと月はここに居ていいと思う』
アルは首を傾げ、ラングは指を一本立てた。ひと月ね、とそれで通じ、アルは頬を掻いた。
「俺もひと月はここにいた方がいいと思ってる。コツを覚え始めた頃ってのは、浮かれやすい頃合いでもあるからな」
「腰を据えて、だね」
そうそう、と笑ってくれる仲間の笑顔が温かい。ツカサはふと言葉にしていた。
「ラング、アル、ありがとう」
ありがとう、とラングの言語でも言い直し、ツカサは恥ずかしくなって二人から目を逸らした。なんだからしくないことを言ったような、こそばゆい感覚があって顔を俯かせた。
「気にすんな、仲間だろ」
近寄ってきたアルに撫でられ、その手の温かさにじわりと滲むものがあった。そうっと顔を上げれば二ッと笑う明るい顔があって、それに肩から力が抜けていく。少々乱暴に髪をぐしゃぐしゃに乱され、振り払うようにしながら笑い、ツカサは息を吸った。
「着実に、いろいろできるようになるよ」
「あはは! 前向きでいいこった! じゃあ、ラング」
アルがくるりと振り返った先でラングは肩を竦めていた。部屋を出て行く挙動にロトリリィーノに滞在許可を得に行くのだとわかった。
『俺も行くよ、ラング』
『問題ない、ロトリリィーノであれば私の言語力もわかっている』
扉の隙間にするりとくすんだ緑が吸い込まれ、パタンと閉じられた。その小さな行動は当たり前の行動だった。部屋を出るためには扉を開け、そこを通り抜け、礼節を持つ人だからこそ閉じる。だというのに、なぜだろう。
ツカサはその行動に拒絶を感じたのだ。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
予約更新する際にあとがきを書いているのですが、毎回すごく眠いタイミングで書くもので、眠い。
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