4-3:再びのドルワフロ
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商会長代理・ニテロの手配で首都・レワーシェはすんなりと出ることができた。
ツカサはテルタとともに御者席で、ラングは荷台に紛れ、アルは護衛として荷馬車を警護し、首都・レワーシェを出た。門兵は荷台の一部を覗き見て、手前に載せられた生ごみのにおいに顔を逸らし、さっさといけと手を振るだけだった。暫く道なりに荷馬車を進めた後、ツカサの隣に居たテルタが道を逸れるように移動させ、馬を止めた。
「ここから、トロッコの道までは覚えてるか?」
「大丈夫だ」
ラングが答え、ラングが覚えているならいいだろう、とアルも頷いた。ツカサは体が重いのかのろのろと御者席を降り、転びそうになってラングに支えられていた。
『ごめん、ありがとう』
『三日、四日、ベッドに居たからな。体を慣らすべきだ』
『うん』
やる、とツカサは一人で立ち、テルタを見上げた。
「テルタ、ありがとう」
「いいさ。こういう状況でもなければ、首都・レワーシェにだって美味い飯屋もあったし、面白い劇だってあった。案内できなくてすまない」
「ううん、気持ちだけで嬉しいよ」
テルタに微笑を返し、ツカサはラングとアルを振り返った。ラングがそれに頷いてテルタへ別れを告げた。
「ではな。そちらの計画、上手くいくことを祈っている」
「あぁ、そちらも」
じゃあ、とテルタは馬を動かし立ち去っていった。本当にゴミを一つ捨てに行き、帰りは奥に隠していたものを持ち込む体で戻るのだ。ショウリの周りには頼れる次代が育っているな、とアルは感じた。アルはそういったことをしているわけではないが、それが大事なのはよくわかる。
ツカサが引き受けた冒険者クラスだって後輩の育成機関だ。冒険者の質は今全盛期の者たちが最高峰で、後ろを行く者たちは最初から攻略本があったり、装備がそれなりに整えられたりと舐めてかかっている者が多い。だからこそ、死者が多い。この世界とは違い子は産まれる、育つ、だが、冒険者を選ばないものだって増えてきている。
オーリレア周辺やイーグリス周辺で見られるように、小麦の品種改良で十分に糧と賃金を得ることはできる。余生をゆっくりと過ごすだけの稼ぎを、贅沢をしなければ貯めることだってできる。
未知のものを得て、生と死の狭間の危険を愛し、その死線をくぐり抜けることが好きな者たちはやがて限られていく。人は余裕ができると、命を危険に晒さなくなっていくのだ。
稼いだ金を、財産を、得たものを、死という終わりで失うことを恐れるようになるからだ。
冒険者は夢を追いかける職業だ。自由で、気まま、だが、生も死も責任を自身が背負うことになる。そういう観点でいうと、アルは責任を背負うことを厭わない性質なのだ。だが、家や街のこととなると嫌になって逃げだした。家出した時のことを思い出し、一人頬を掻いた。少し前を行っていたツカサが立ち止まり、振り返った。
「アル、大丈夫?」
「おう、ちょっと考え事してた」
軽く駆け寄って並べばホッとツカサが笑う。ツカサもまた、自身の変化に戸惑っているらしかった。
白かった右目は黒くなり、多彩だった魔法は思うように使えない。装備の確認をしたら足りないものもいくつかあった。ツカサがよく入れ替えて持っていた水のショートソード、風切の短剣、炎の短剣、感ずるもの、そして豊穣の剣、マール・ネル。所持状況を確認したところ、いくつか空間収納から取り出せなかった。
道具としては魔獣避けのランタン、武器としては感ずるもの、豊穣の剣、マール・ネルの三つだ。マール・ネルはオルファネウルがそもそも感じないと言っていたのでおそらくあの黒い命の泉に残されている。だが、感ずるものと豊穣の剣がなぜ出せないのかがわからなかった。ツカサもまた困惑し、じぃっとどこかを眺めながら空間収納を探している様子だった。
いつもならできることができなくなるというのは、相当な苛立ちを覚えさせるらしい。ツカサは宿に滞在している間、何度か泣き喚いた。それを宥めてやることしかできないことに、アルもまた困り果てていた。
『いずれできるようになる。できるようになるまで、鍛錬したのだろう。ならば再び、必ず、そうなれる』
そう言ってツカサを落ち着けたラングにアルは尊敬を抱いた。年若いとはいえ相手の努力を認められるところは昔からそうらしい。そうした理由もあり、道中はツカサの空間収納の練習や魔法の練習をしながら進むことになった。コップ、皿、フォーク、スプーン、小鍋、少し探すのに手間取ったが三脚コンロなど、出せる度にツカサは喜び、安堵を浮かべていた。空間収納に入れっぱなしの食事や屋台飯を片手にトロッコの道を目指し、昼を回る頃に辿り着いた。
「うわぁ、トロッコだ」
ツカサはまるで初見とでもいうかのような反応を示したあと、暫くぼんやりとしてから、いや、見たし乗ったことがある、と一人で記憶を拾い集めていた。首都側の管理をしているショウリの部下、正しくはテルマの部下から扱い方を聞き、ツカサはうん、そうだった、と真剣に学んでいた。ラングと並び、アルは頭の後ろで腕を組もうとし、ホムロルルにぶつかって諦めた。
『ツカサ、ちょっとしんぱいです』
黒いシールドの奥からラングの視線を感じ、アルも横目にそれを見た。
「空間収納に入ってる武器を落としてくるって、黒い命の泉で本当に何があったんだろうな」
アルはホムロルルを無理やり肩から下ろし、腕に持って揺らし、通訳を頼んだ。盛大な溜息はつかれたものの、ホムロルルはラングへアルの言葉を伝え、間に立ってくれた。
『本人が思い出せればそれに越したことはないが、あの状態では暫く難しいだろう』
「ツカサの空間収納にいくつか命が入った、なんてことはないよな? ほら、右目が黒くなってたし、欠片が増えて、乗っ取られたとか、心配してんだけど……」
『……だとしたら、私たちの前から逃げていると思うが』
ラングもその可能性は考えたらしい。もしそうならば、ツカサがラングとアルを頼っている姿に違和感を覚えるという。ラングが体を奪ったのならば、目を盗んで逃げだしたり、手に入れた【変換】を使ってアルをどうにでも変えられたと言われ、確かにシュンならやりかねないと思った。
【変換】の怖いところは、変えられた側が変えられたことに気づかないことだ。オルファネウルやホムロルルが騒いでいないのでツカサはラングとアルに【変換】は使っていないはずだ。
「もしかして、【変換】自体、黒い命の泉に奪われてたりすんのかな」
『わからない。私の言語とお前の言語に適応はしているようだが、言語は長く使えば身につくものではある』
「こういう時、【鑑定】が使えないの厄介だな」
戦力を判別することはできても、持っているスキルを紐解けないことがこうまでも謎解きに際し足を引っ張るとは。ツカサに【鑑定眼】で自分を見てみろと言ったところで、ツカサが嘘を吐けば真実はわからない。【鑑定眼】もまた信頼があってこそ意味があり、意義のあるものなのだ。
ツカサを眺めていれば向こうで手を振ってこちらを呼んでいた。
「ラング、アル! 使い方習ったから、ドルワフロに戻ろう!」
「それ押したり引いたりするんだろ? 誰がやるよ?」
「俺は病み上がりだし、ラングとアルに頼もうかな?」
マジかよ、と笑い、アルはツカサを小突いた。へへ、と楽しそうに笑うその顔は、ツカサだ。考えすぎかな、とアルがトロッコに乗り込み、ラングも乗り込む。ツカサもよいしょと乗り込んで足場に腰掛け、テルタの部下が押すのに合わせてレバーを押した。
「あの時はユキヒョウが押してくれたんだっけ……」
ツカサの懐かしそうな言葉を聞きながら、トロッコは徐々に走り出していく。上り坂が続くというのでレバーを押して、引いて、体重を掛けてそれを続ける。峠を越えてしまえば下り坂なのだが、そこに至るまでがそれなりに大変だ。上りがきつくなってくると、そんなことはないのだが、いっそ降りて押した方が速いのではないかというくらい、遅々として進まなくなる。ツカサもラング側に協力しレバーを上げ下げするようになった。
「重いね……!」
「そうだな……!」
息切れと汗が流れる。未だ寒い時期だというのに服の中に熱が籠って脱いでしまいたくなった。さすがに疲れ、トロッコが下り坂を滑って行かないよう、方向レバーを確認、ブレーキをかけてトロッコの中で一晩を明かした。
レバーを上下していたアルはぐぅぐぅ眠っていたが、ラングは哨戒を含め深くは眠っていないようだった。交代するかとアルが少し意識を浮上させれば、ツカサのブツブツとした呟きが聞こえてきた。
「トーチ、トーチ、ヒール……。早くちゃんと、使えるようになりたいな……」
眠そうに眼をこすりながら、ツカサはことんと眠りに落ちるまでそれを続け、寝息を零し始めたところでラングとアルが身を起こした。
「……ツカサだな」
『そうだな』
心配していたことを恥じながら、二人は改めて目を閉じた。
翌朝、思い出したようにホムロルルにトロッコを掴ませて飛ばせた。レールから外せということではなく、羽ばたいて引っ張れと文句を言い、手伝ってもらった。随分楽だった。
「昨日も自主的に手伝えよ!」
「掴んで羽ばたくってことをすっかり忘れてたぜ」
「トリニク!」
「うるせぇー! ホムロルル様と呼べ!」
がっくんと下り坂に入り、レバーが押しやすくなった。押せば押すだけ速さが出るのが楽しくて、アルはレバーをめちゃくちゃに押して引いた。あまりの速さにトロッコに入りラングのマントの中に隠れたホムロルルからも羽が散り、終点で止まるためのブレーキが利かなくなるとツカサが怒り、最終的にレバーには触らせてもらえなかった。
無事にドルワフロ側に停車したが、そこに至るまでにくだらないやり取りがあったことは事実だ。
ドルワフロ側のトロッコの停車場にも人がいた。ラングとツカサを見て嬉しそうな声を上げるドルワフロの鍛冶師は歓迎してくれ、ただ、一行の中にキスクも、トルクィーロもいないことに首を傾げていた。少し別行動になっていて、怪我を負ったツカサを休ませたいといえば、頭代理のロトリリィーノは快く受け入れてくれた。
ツカサは早速温泉に誘われ、嬉しそうに鍛冶師たちとそちらへ向かった。ラングはロトリリィーノを見上げ、ロトリリィーノは背を屈めて触診に応じた。下瞼を引き、血の色を確認し、首筋に手を添えて脈を測り、ラングは手を引いた。
「体は」
「随分とよくなりました、ありがとうございます、先生」
「世話を掛ける」
「とんでもない。ゆっくりしていってください。部屋は同じ場所をお使いください」
ありがとう、とラングが胸に手を当てて礼を尽くせば、ロトリリィーノもまたドルワフロの礼を尽くした。
『安心、ゆっくり、休めるです』
アルの言葉にラングが首を傾げるようにして頷いた。




