4-2:療養先を求めて
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ツカサは三日ほどぼんやりとしていた。食事を勧めても手に取りはするものの、ただそれを眺め、食べ方を思い出しているような様子も見せていた。
ラングやアルのこともじぃっと眺めて、懐かしそうな、寂しそうな顔をして、諦めたような息をつくことも多かった。療養をした方が良いだろう。魔力だとか理だとか、周囲の環境影響力が強い場所ではなく、静かな、少なくとも生活に慣れた場所で。
『一度、ドルワフロへ戻るべきだ』
槍を掴んで言うラングに、驚きつつもアルは頷いた。眠ったツカサを残して部屋を出て、アルの部屋へ移動し、互いに膝を突き合わせるように話した。
黒い命の泉に落ちたツカサはそこで何があったのか、様々なものを零し、忘れているようだった。実際、ポソミタキが視たというツカサの状態は衰弱とついていて、複数持っていたスキルは三個程度になっているらしい。アルが覚えている範囲だけでも全属性魔法や治癒魔法、空間収納に【変換】と持っているもの、言ってしまえば記載は多かったはずだ。いったい何が残っているのか、【鑑定】スキルのないアルにもラングにもわからなかった。
目覚めたツカサの様子は、まるでただの青年だった。身につけた剣技などを確認するにしても、少し時間を置いた方がいい気がしていて、ラングも同意見だった。
ラングとアルのことは覚えている。だが、ここまでどういう目的で旅をしてきたのか、あの時何があったのか、ぽろぽろと思い出せないことが多いらしい。ふと思い出すこともあって、あの話どうなったっけ、と確認を入れられたりもした。ラングは根気強くそれに付き合っていたが、アルは自分が合流する前のこともあり、ラングに大きく負担が掛かっていると指摘をした。何も変わらないように、気状に振る舞ってはいるが、ラングだってツカサの変化に思うところがないわけではないはずだ。
それを、本格的に療養すべきだろうと提案したところ、ラングから切り出されたのが先ほどの言葉だった。テーブルに槍を置き、穂先をアルが、石突側をラングが触れているというおかしな光景ではあるが、アルの言葉を槍・オルファネウルが通訳し、ラングの言葉をアルの肩に居るホムロルルが通訳する形でスムーズにやり取りはできていた。
「まぁな、その方がいいかもな。ドルワフロはツカサが食料を提供したこともあって待遇はいいだろうし、何より温泉好きだしな」
『事情を知っているキスクもいる。トルクィーロと合流してドルワフロへ戻っているはずだ。こちらにポーツィリフを連れてくる前に少し話せればいいが』
「あぁ、いいかもな。ツカサ、友達と遊ぶのとかも好きそうだし……。もう少し状態がよくなってから北に行って、大熊に会った方が良いだろ」
魔法は使えるのかと確認したところ、小さな氷を出したり、そよ風を起こしたりはできていた。ただ、いつもと違い、上手くできないとモヤモヤしたものを抱えてもいた。一度魔力が空っぽになったのかもしれない、とショウリも言っていたので何かしらの影響は受けているのだろう。練習したいな、と呟いた言葉、その前向きな発言はぼんやりしていてもツカサらしかった。なんだかんだ鍛錬を怠らない青年であったので、そうした変わらない部分を見つけられて胸を撫で下ろしもした。
雪山のドルワフロならば温泉に浸かり、体を休めながら、魔法を扱う場所は多くある。首都・レワーシェの街中で大きな魔法が行使されても困るので最善のように思えた。
そうとなれば首都・レワーシェから出るための手筈を整えなくてはならない。現状、この街から出られるのはゴミ捨ての時だけだ。それはショウリの手を借りる必要がある。墓地から大熊の抜け穴を使う手もあるが、あれだけの騒ぎを起こして墓地に調査の手が入らないとも限らない。ツカサの状態から、咄嗟の戦闘は避けた方がいい気がしたのだ。
「でも、なんかショウリ忙しそうなんだよな。テルタか、代理のニテロに声を掛けたいところなんだけどな」
ツカサを連れて戻ってきてから、生活面で世話になっている宿からショウリが居なくなり、別の宿を拠点にしたらしい。互いの道はずれているのでそこに踏み込むことはないが、キスクがポーツィリフを連れてここに戻るのであれば、ドルワフロへの滞在許可をもらいたいと考えていた。
『私はお前たちの故郷の言葉に明るくはない。すまないが、お前にショウリへの話を依頼したい。テルタやニテロと会える時は、私が話す』
「了解、そうするか。ツカサはラングと話したいこともあるみたいだしな、できるだけ俺がショウリと会えるように頼んでみる」
「テルタだかニテロだかと話すにしたって、オレ様が間を取り持ってやるよ」
ありがとうな、とアルは肩に居るホムロルルに礼を言い、嘴を寄せられた。こういう素直な時であればいいが、ホムロルルが耳を噛んでくるのは痛いのでやめてほしい。
『では、その方針で行こう』
すっくとラングは立ち上がり、マントを払った。その足で戻るのはツカサの下だろう。それを見送り、アルは人知れず息をついた。槍をテーブルに置き直し、ホムロルルをその隣に下ろし、三人で小会議だ。
「どう思う? ツカサの状態と、ラングの切羽詰まり具合」
「オレ様はヒトの子のことなんてよくわかんねぇけど、黒い命の泉に落ちて命があるだけでもすげぇことだと思うぜ」
アルはトリニクが教えてくれたことを思い出した。狼の神獣・オットルティアなる土地神すら手出しができなかった、命がぐちゃぐちゃに混ざった、救いのない黒い泉。しかもそこから大地が腐り、深いところからこの大陸自体がじわじわ浸食されているのだとか。
投げ入れられるものが死体ならばそこで溶け合うだろう。しかし、ツカサは生者だ。弾かれ、混ざり合わず、浮いてきた可能性はある。だがしかし、だとしたら、巻き込まれて落ちたはずの青年と、もう一人、自らの意思で飛び込んだ男が居たはずだ。どこかで見たことのある体躯なのだが、あんな髭面の知り合いがいただろうか。ともかく。
「毒液の中に落ちたようなもん、ってことだよな。でも右目はどうして戻ったんだろうな……」
土地神の加護だって死者にとっては美味しかったのかもしれない。それを奪った黒い命の泉が、さらなる栄養を求めて加護持ちのアルとラングを襲った、ということであれば、一応の筋は通る。アルはくしゃりと髪を掻き混ぜた。混乱を含んだアルの思案を呼び戻すように、シィィ、と話し始めたのはオルファネウルだ。
曰く、妹武器、マール・ネルの気配がないという。
「ツカサの空間収納じゃないのか?」
『違う、空間収納にいたとしても、五十ロムンより内に居ればその気配を感じられる。しかし、今は何も感じない』
穏やかな青年の声は少し寂しそうな色を持っていた。この声が明瞭になったのは【黒のダンジョン】からだ。アルは腕を組んで首を傾げた。
「絆の腕輪みたいに方角がなんとなくわかったりは?」
『アル、俺たちはそんな便利な力を持っていないんだよ。神器にされたとはいえ、本来は異端。状況に神様のお情けがあるものの、君たちの言う理というものからも追い出されてしまっている身だ。これでも、制約というものが多いんだよ。兄弟がどこにいるのか、自らの足で探すことすらできないんだ。ガーフィとマールに再会できたことは、奇跡にも近いのさ』
だから、ネルガヴァントの武器兄弟は誰かを選ぶ。生き別れた兄弟を探すために、その手伝いをよしとしてくれる者、あるいは世界を歩き回る旅人を。
アルは元々後者だったそうだが、オルファネウルは随分と気に入ってくれているのか、焦っていないと穏やかな声で語った。アルの一生はともに過ごし、探すのはその後でいいとまで言ってくれている。
おそらく、それは弟であるガーフィ・ネルと妹であるマール・ネルに出会えていることが大きいのだろう。長兄、次兄と会うよりも、可愛い下の子に会う方が兄としては嬉しいらしい。いっそ、居場所がわかっている今、このままでもいいと思うくらいには慰めになったようだ。むしろ、若干、長兄、次兄に会いたくないというような雰囲気をアルは感じ取っていた。
「まぁ、兄貴って生きものはいつまでも弟扱いしてくるもんな」
「死ぬまで弟だろうがよ」
「ホムロルルはわかってない」
『そうだな、わかっていない』
鷹はピェー! と鳴き、少しだけ笑いが零れた。閑話休題。アルは腕を解いた。
「あの泉にまた行ってみないといけないか? マール・ネルがもし落ちているなら、どうにか拾ってあげないといけないよな」
『できることならば、そうしたい』
腐った命の中にぽつんと膝を抱えている少女を想像してしまい、アルはぐっと拳を握り締めた。しかし、そうなると少々忙しくなってしまう。
ツカサをラングに任せ、先にドルワフロに行かせ、アルは黒い命の泉に戻り、オルファネウルとともにマール・ネルの所在を確認する。だとしても、あの泉を斬りひらいて底が見えるかどうか。
『厳しい、だろうな』
空気や森とは違う、かつてひらいた黒い液体以上のあれは、オルファネウルをもってしても断言はできなかった。暫し沈黙。アルは両頬を叩き、顔を上げた。
「オルファネウルには悪いけど、まずはツカサとラングを優先させてくれ。ツカサがあの状態で、ラングも結構、パッと見わかりにくいけど衝撃を受けてるみたいだしな」
覚えているか、とラングは時折ここまでの旅路を尋ねているとホムロルルから聞いた。出会い方はいろいろあったのだろうが、それでも、ここに至るまでの旅路はラングにとって悪いものではなかったのだ。シャムロテスからはこっそりと、殴り合いして泣いてたのである、と揶揄うように聞いた。歳の近い兄弟、親友、戦友、様々な表し方はあるだろう。ラングはそれを大事だと思っているのだ。
「見守るしかない、か」
ラングを元の場所に戻しさえすれば、世界は元に戻るはずだとツカサは言った。その言葉を信じて今は進むしかない。
「でもな、不思議なんだよな。今の年齢のラングがツカサと出会ったとしたら、やっぱり未来は変わる気がするんだ」
「何の話だぁ?」
「いや、今、ツカサのこと、俺のことを知ったラングがそのまま歳とって相棒になるんだとしたら、ツカサへの接し方とか、何が起こるかわかってて見過ごすような性格じゃないしなって思ってさ」
リガーヴァルに居た時、パーティに加入して、移動している間やダンジョンの小休止でツカサに聞かせてもらったことが思い出された。ラングの立ち居振る舞い、初対面の時の警戒心。あれらがどうなるのだろうかと不安になった。
「ラングが戻って、少しでも違う未来をいった場合、俺らもどうなるんだ? あぁ、だめだ、こういうのはツカサの領分! 頭ぐちゃぐちゃになっちまう」
「おい、いいか?」
アルが唸り声を上げた時、ドアがノックされた。ここ数日会いたかった人物の声にソファを立ち上がって自ら出迎えに行った。
「ショウリ! よかった、話したいことがあったんだ」
「俺もだ。ラングは?」
「ツカサのとこ」
あぁ、と頷き、アルに促されてショウリはソファに座った。テーブルを占拠する槍と鷹、なんとなく何をしていたのか察したらしく、お話し中悪ぃな、と言いながらショウリは髪を掻き上げるようにしてポソミタキの顔からショウリになった。
「テルタから聞いたけどよ、ツカサ、あれこれコツを忘れてる状態だって?」
「みたいだ。ホムロルルからは、やばい毒液の中に落ちたのに生きてるだけマシだって言われた」
「あぁ、そういう状態なのか。なら戦力外ってことだな?」
「今はそうだ。どうかしたのか?」
アルが切り出せばショウリは膝に肘を置いて身を乗り出した。
「ルシリュと連絡が取れた。今は別の宿に匿ってる。で、そこにトルクィーロのおっさんがいんだよ」
「え!? なんでだよ!?」
「どういうわけか、ツカサが空間収納に入れて連れ歩いてたらしいんだわ。そのおかげで地下から脱せた、なんてルシリュは言ってたけどよ、トロッコの道にいるはずの親父さんがいねぇとなったら、キスクが焦るはずだろ?」
「当然だろ。それで、キスクと連絡は? テルタが逃げる先含めて相談するって話もしてただろ」
ショウリは目を逸らし、ぼそりと言った。
「行方不明だ」
なんで、と出掛かった声を堪えた。学んだ、知っている、こういう時はゆっくりと声を掛けた方がいいんだ。相棒はいつも一呼吸おいてから本題を切り出す。手紙の時のラングもそうだった。けれど、結局聞き方は変わらなかった。
「なんで行方不明だって、わかった?」
「テルタがトロッコの道に行って、ドルワフロに戻ったはずのキスクへ手紙を持っていこうとしたんだ。でも、トロッコの道の警護をしてた奴らから、キスクが踵を返して出て行った、って言われたらしい。それから行方不明。何か忘れ物でもしたんだろうと深く考えなかったんだな、悪い」
一度、テルタやテルマと来た客人だが、その人物が意志を持って行動をしたように思えたからこそ、皆必要な何かがあるのだと考えたらしい。そもそも、リガーヴァルのように通信魔道具などのない場所だ、誰かしら連絡を取ろうとしなければ情報伝達に時間は掛かる。【黒のダンジョン】の時、【快晴の蒼】から預かった通信魔道具の便利さを思い出した。
ショウリはアルの様子を無視して続けた。
「トルクィーロのおっさんは暗がりにツカサと行ったから、戻ってきたのがツカサ一人で、徒歩で帰ったんだなーと思われてたらしい。結局、ツカサが連れて行ってて、それはルシリュといるとわかった」
アルはホムロルルを見遣った。
「ホムロルル、同じ土地神なんだ、ユキヒョウがどこにいるのかわからないか? キスクとユキヒョウは一緒にいないとだめなんだろ?」
「そらぁ、探そうと思えばな? ただよ、この場所は理と穢れが混在しててキチィ。他の場所にいるとしても、オレ様が飛ばした風を向こうが受け取って咆哮を返さないとわかんねぇんだよ……。昔みたいに理が満ちてりゃ、風が触れるものを探るだけでよかったんだけどよぉ……」
ブツブツと言い訳がましいトリニク曰く、できないらしい。
「探すだけやっといてくれ」
「わぁったよ」
アルはショウリに向き直った。
「違う道でドルワフロに戻ってる可能性もあるし、俺たちは向こうでキスクを待ってみようと思う。ツカサのこともあるしな」
「首都・レワーシェを出るんだな? わかった、ゴミ捨てに交ざれるようにしておく」
「悪いな。キスクの件はトルクィーロのおっさんには?」
「伝えた。あいつもガキじゃねぇって、ルシリュといることを選んだ」
親離れ、子離れだ。アルは頷いて状況を受け止めた。
「トロッコの道に居なかったことを叱られるのが嫌らしいぜ」
前言撤回、ただのクソ親父だった。
「わかった、じゃあ、まぁ、いい。ゴミ捨てはいつ?」
「二日後だ、捨てるメンバーに組み込むから、ニテロと調整してくれ」
「ありがとな、お前が居てくれてよかったよ」
立ち上がったショウリに声を掛ければ、驚いた顔のあと、照れるように男ははにかんだ。再び髪を掻き上げてポソミタキの顔に戻し、苦労をしただろう男が言った。
「サルムが会ったのが、あんたでよかったぜ」
お互いに小さく笑い、そして、ショウリは出て行った。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
在庫更新です。
互いに会えたのがお前でよかった、といえる関係性が、嫌なもののわけがないのだ。
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