4-1:その日のこと
頭が痛い。何かに強く殴られた視界がぐらぐらと揺れていて、平衡感覚を失っていた。
それでも行かねば、立たねば、と自らを奮い立たせ、相棒である槍を支えにして立ち上がった。
思い出せ、何があった。
周囲は森、たった数秒前まで焚火を囲んでいた仲間が誰も居ない。蹴倒されたポット、飛び散った茶葉、転がったコップ。焚火すら蹴り飛ばされて赤い火の跡がちろちろと微かな息を残していた。
「ラング」
足跡すら残さないはずの男が、しっかりとそれを残していた。それだけ地面を強く蹴ったのだとわかる。その足の先を辿ろうと立ち上がり、ズキン、と頭が痛み、一度膝をつく。息を整え、ぱたりと垂れたものを拭う。頭のどこかを切ったらしい、視界を邪魔するように血が垂れ、拭っても拭っても止まらない。ともに渡った相棒の故郷で渡されていた小瓶を取り出し、ほんの少しだけそれを舐めた。相変わらず美味くはない。当然だ、これは人の血なのだから。小指を突っ込んで指についたものを切ったところに塗り込めば、じくじくした痛みは残っているものの血は止まった。改めて血を拭う。視界は良好、再び歩き出した。
「ラング!」
いまだ若い相棒の名を呼んだ。ここだ、と答える声はないが、ピーヨとホムロルルの鳴く声がした。鳴き声が聞こえた方へとにかく足を進め、血が効いてきたら走った。
ホムロルルが先へ進みながら鳴き直しているので、実際に走った距離がどのくらいかはわからなかった。暫くして、氷の跡、風魔法の跡、おそらく、逃げるために使ったのだろう魔法の痕跡が道標になり始めた。抵抗するだけの何かがあったのだと察せられ、汗が流れる。
「ツカサ!」
逃げろ、と声を掛けた青年は、びくりと背を跳ねさせて逃げたはずだ。
あぁ、でも、追いつかれたのだろう。逃げられなかったのだろう、あの男からは。
がさりと凍った草を押し退けて進んだ場所は少しだけ開けた場所だった。鈍い朝の光が差し込み、靄掛かった空気の中、くすんだ緑色のマントが青年を見下ろして立っていた。
「ラング、ツカサ! ……うっ」
横たわった青年は四肢を投げ出し、涙を湛えた虚ろな瞳を宙へ向けたまま瞬きもせず、赤く濡れた首を晒し、大地へ倒れていた。こぷりと口元から零れた血はだらしのない唾液のようにゆっくりと垂れていく。
「ラング! 何を、何をしたんだよ! 助け、助けなくちゃ、手当て……!」
駆け寄ろうとしている足が動かない。ショックを受けた体が震える。視界がぐるぐると回って青年の虚ろな瞳と目が合ったような気がした。声が出ない。
振り返ったくすんだ緑色のマントの男の口元には、ねっとりとした黒い液体が滴っていて、ニヤァッと見たこともない笑みを浮かべていた。
終章へ入ります。




