54:鱗を求めて
「ファイアドラゴンはレアポップなんですよねぇ」
ふわふわの髪を指先で弄びながらギルドカウンターの女性が言う。
ファイアドラゴンの鱗を見たいと言われた翌日、ラングと二人でギルドカウンターを訪れていた。エレナは石鹸作りで来なかった。ダンジョンにも行かないので辞退したともいえる。
先日、ダンジョンのことを聞いた人が今日は休みで、仕方ないので別の人を宛がってもらい情報収集を行なっているのだが、上手くいかない。
というのも、ファイアドラゴンという存在が意外なことにメジャーではないらしかった。これはジェキアのダンジョンの特性のせいでもある。
ジェキアのダンジョンには中ボス部屋が至る所にあり、フロアを進むにあたって必ずどこかは通らなければならない。そしてある程度ランダム性を持っており、ジュマとは違い確定で出ることはほぼないのだそうだ。
フロアの中でランダムなので、下層から上層に来ることはない。確かにファイアドラゴンの討伐記録はあるが、もうかれこれ二十年は出ていないそうだ。
「いちおぅ、出た階層だけはわかるんですけどぉ」
逐一動作がのんびりしていてきゃるんきゃるんしたものを感じる。ツカサの周りにはいなかったタイプなので物珍しく見てしまう。ラングは早々に対応する気を失くしているらしくツカサにぶん投げている。
腕を組み椅子にもたれて面倒そうにしている。
「何階層に出るの?」
仕方なく会話をする。
「えっとぉ、今ぁ、ジェキアのダンジョンはぁ、22階層までならぁ踏破されてるんですけどぉ」
それは既に聞いた話だ。
「ファイアドラゴンってぇ、二十年前くらいに一回見かけてからぁ、討伐報告がなくてぇ」
「うん、それで、何階層?」
「素材もぉ実は卸されてなくてぇ」
「うん…」
「いちおぅ、ギルドカードの討伐記録確認でぇ、討伐が確認されててぇ」
「はぁ」
「でもぉ、それがジェキアのダンジョンでぇ、討伐されたものかはぁ証明されてないのぉ」
「つまり?」
「騙されてるんじゃないですかぁ?」
カウンターに両肘をついてこてりと首を傾げる仕草を、可愛いと思えなかったのはツカサだけではないはずだ。
欲しい情報をさっさと欲しいラングは席を立ってしまった。
「聞けるだけ聞いておけ」
「ええ!?俺が聞くの!?」
「私なら殺すぞ」
「わかったよ」
殺すと言ったら殺す人だというのも分かってきているので、ツカサはがっくりとうなだれたあと、その女性に再び向き合った。
「ええと、名前なんだっけ」
「キャルですぅ、忘れないでくださぁい」
「ごめん、それで、とりあえずその報告されたって情報が欲しいんだけど」
「無駄じゃないですかぁ?」
「それを決めるのは俺たちだ。このまま情報をくれずに時間だけ潰すなら、人を代えてもらうだけだよ。買った時間を無駄にしたくないのはこっちもだから」
「ひどぉい、キャル、善意なのにぃ」
ぐすんぐすんと効果音が見えそうなほどの大げさな反応に、ツカサもついに頭を抱えた。
ジュマのジルが恋しい。ぽんぽんと返ってくる会話と、必要だろうと思ったことをわざわざ出してくれる気遣いが恋しい。ジェキアで最初に対応してくれた女性スタッフも非常に手腕が良かった。
運が悪かったと思うしかないのだろうか。
こうしている間にも買ったはずの時間が消えていく。
「話す気がないならもういいよ」
「少しはぁ慰めるとかしてくださいぃ」
「その価値がある相手ならするよ」
女子相手にこんなことを言うなんて。ツカサは自分の発言に驚いてしまった。
まるで言い方が師匠そのものだ。
悪い所は似ちゃだめだぞ、とマーシが言っていたのを思い出した。
「話す、話さないどっち?」
「わかりましたよぉ、どうせ無駄ですけどぉ!」
ぽろぽろ器用に涙を流しながら、キャルは手元の紙をぱらぱらと捲る。手元だけはしっかりと仕事をするのに、変な人だと思った。
「ファイアドラゴンのぉ討伐はぁ、5階層ですぅ」
「5階層?思ったより上だ」
「二十年間出てないんですよぉ、ファイアドラゴン。素材もぉ、ないしぃ、違う場所で討伐したのぉ、報告したんですよぉ」
「あの本だと素材が出てたはず、なんで報告しなかったんだろう」
「なんですかぁ?本ってぇ」
「冒険譚」
「あはっ!まさかそれを信じてファイアドラゴン探してるんですかぁ!?おっかしい!」
「これ以上は会話いらないな、時間止めておいてくれなかったらクレーム入れるから」
「ひどぉい!」
酷いのはどちらだ、と言いたかったがもう疲れた。
きゃんきゃん言う女子の声を聞きながら先に席を立ったラングを探す。
冒険者ギルドのカウンター周辺は、冬とは言えダンジョンがすぐそこなので賑わっている。
ラングは数人の冒険者に混じり会話をしていた。そこへ合流しラングの隣へ行く。
周囲で眉を顰める冒険者に、ラングが弟だと紹介をすれば、あぁ、と得心がいった様子で会話に戻った。
「ファイアドラゴンが討伐されたって話は有名なんだけどな、証拠がないんだよ」
「ドロップ品が無かったか、嘘か真かって話でさ。とりあえず討伐記録だけはカードにあったからギルドの記録には書かれちゃいるが、その一回だけで他に見た奴はいない」
「ふむ、そのパーティの名前などは聞いたことがあるか?」
「いや、ないな。結局証明できなくてどうなったんだかなぁ」
「解散したとか、他の街へ行ったとか、二十年前のことだしな」
「ジェキアで長く冒険者をやっている者や、引退して住民になった者などは?」
なるほど、そういう観点からも調べられるのか。
ツカサは感心した様子でやり取りを見ていた。
「あぁ、それならブルック爺さんがそうだ」
「引退か?現役か?」
「引退してるよ。今は売り本屋でのんびりやってる」
「パイプを銜えていて、偏屈そうな男か」
「あぁ、店に行ったのか。まぁ売り本屋はあそこくらいだから行ってればわかるか」
「ブルック爺さんはジェキアの専属で間引き屋とかやってたから、もしかしたら知ってるんじゃねぇかな」
「有益な情報だった、感謝する」
「いいさ、もらった情報料に見合ってんならそれで」
じゃあな、と冒険者たちと別れ、ラングとツカサはギルドを後にする。
「ああやって情報収集できるなら、あの人と話し続ける必要なかったんじゃ」
「念には念を、だ。討伐階数は聞けたか」
「5階層だって。22階層までしかわかってないから、それが深いのか浅いのかわからないけど。思ったより上だった」
「そうだな」
ラングの足が迷いなく本屋へ向かっている。雪をざくざく、ぎゅっぎゅと踏みながらその後を追う。
「本屋、ブルックさんだっけ、そこに行くの?」
「そうだ。当時を知るなら本人に聞くに限る」
「確かにね。でも、だとしたらなんで最初からそう言ってくれなかったんだろう?」
「信用に値するかを見ているのだろう」
ラングの言葉に首を傾げる。横を見れば雪がシールドをつるつる滑って落ちていて、目で追ってしまう。
「依頼をするのであれば、手間を惜しまない者が良い」
「試されたってこと?」
「そうだ。とは言え、私は試されることが非常に嫌いだ」
ラングが言わんとすることはわかる。これで戻って合格だ、なんて言われても、と正直思う。
信用できるかどうかを、ネットで見て口コミ評価を調べたり出来ないのだ。足を使って聞いて回って、それでも面倒だと投げずに戻ってきた人に向き合いたい、ということなのはわかる。確かにそれなら、行動する側は面倒だし手間だが、依頼する側は最小の手間で信用に足る者を見つけることができる。
された側の受け取り方の問題はあるが。
「やるなぁ」
「手土産でも用意していくか」
意外な発言に思わず足が止まる。
「次はもう少し踏み込んだ方が良さそうだからな」
それが好意的な言葉でない事はツカサにもわかった。
道中にあった酒場でワインを一本、摘まみのハムやソーセージを買って本屋のドアを開けた。
カウンターに店主の姿はない。七輪のような物の上でしゅんしゅんとお湯の音だけがする。
「こんにちは?おじさん、いないの?」
声を掛けて中を見渡す。返事はない。
ドアに鍵も掛けず、火をつけたまま外出したのだろうか。
この世界では少なくとも鍵をかける習慣はあるように思う。宿も深夜に外出するのはあまり推奨されず、出る場合は合鍵を持つか、戻る時間を伝えておく必要がある。
急遽戻る場合もあるが、大体はそんな感じだ。
「妙だな」
言うが早いかラングはカウンターへひらりと入る。行動を咎める隙もなく扉を開け住居だろう区画へ入り込んでしまった。
「ラング!」
「ツカサ、湯を持ってこい」
「へ?」
「倒れている」
あぁもう、とよくわからない悪態を吐いて、ツカサはしゅんしゅん音を立てるポットを持って後を追った。扉を開ければ普通の住居で、空気が冷たい。ラングが床に座り込み店主の体を抱きかかえていた。
「そこのクッションを持ってこい」
指示に従い椅子に置いてあったクッションを持ってくる。ラングがソファへ店主を降ろし、頭の後ろにクッションを差し込んだ。口元に手を当て呼気を確認し、ツカサからポットを奪うとテーブルの上に様々なものを出し始めた。
「どうするの?」
「気付け薬を作る」
「できるの!?」
「冒険者なんだ、出来ないでどうする」
果たして冒険者にそれが出来て当然なのかは問う暇もない。
調味料の棚とは違う棚を取り出し、その中からいくつかの薬草を取り、手元の小鉢でずりずりと潰していく。草特有の青い匂いがしてツカサの顔が僅かに歪む。
小さな赤い実を二、三粒放り込み擂粉木を回せばぷちぷちと音がした。わずかなツンとした匂いはそこからだろうか。
そこへポットからお湯を入れ少しだけ混ぜた後、茶こしを利用してコップに注ぐ。空間収納からスプーンを取り出して、ラングは店主の口元へ薬湯を運んだ。
流し込むようにして店主に投薬し、反応を待つ。
短く呻く様な声がしてツカサは身を乗り出した。
「おじさん!」
「坊主、か?」
「もう一口」
ラングが話し出した口にスプーンを突っ込む。呻き声を上げながら店主をそれを飲み込み、苦い顔をした。
「不味いな、なんだこれは」
「気付け薬だ」
「お前さん、冒険者の癖に薬師みたいな真似ができるのかい」
「師匠に習った」
「良い師匠だったようだな、助かった」
体を起こそうとしたのでツカサが手伝い、ソファに寄り掛からせる。
「世話かけたな、丁度来てくれて助かったらしい。こっちにはあんま火を入れないもんでな」
「構わん」
「大丈夫?おじさんどっか悪いの?」
心配そうに尋ねるツカサに苦笑を浮かべ、店主、ブルックは手をひらひらと振った。
「何、あったけぇところから寒い所に来たもんで、びっくりしちまったのさ」
ヒートショック、という言葉が浮かんだ。恐らくそれだろう。
目を覚ましてはいるが不安が残る。それが顔に出ていたらしく、ブルックは苦笑を浮かべてツカサへ頷いた。
「心配かけたな、大丈夫だ。感謝するよ」
「薬湯は恵んでやる」
「おう、ありがとうよ」
頷き、ラングは材料と道具を片づける。
残ったお湯でハーブティーを淹れ、全員が一息を吐く。
「なんか用があって戻ってきたんだろう?」
「間引きを長年やっていたそうだな、ブルック」
「おう、聞いたか。及第点だ」
かっか、と喉で笑ったブルックにツカサは脱力した。後遺症などが心配ではあるが、ひとまずは大丈夫そうだ。
「あぁ、それで、話を聞きに戻ってきたんだな?」
「うん、5階層で一回だけ討伐されたファイアドラゴン、冒険譚に書いてあったことって、本当にあったことなの?」
「そうさなぁ」
顎を摩り少しわざとらしく肩を竦めるブルック。
「なげぇ話になりそうだ。晩飯でも食いながら話そうや」
ラングの言うとおり、踏み込んだ話になるらしい。
一度宿に戻りエレナに話したいと伝え、ツカサは雪の中を往復する羽目になった。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やいいねをいただけると励みになります。




