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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第三章 女神の欠片

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3-50:白い朝焼け

いつもご覧いただきありがとうございます。


 長身の男と牡鹿が飛び込んだことで、ラングが再び飛び込もうとするのを止めるのが大変だった。腕を掴めば振り払われ、羽交い絞めにしようとすれば体の柔らかさを生かして足を振り上げ、アルの顔面を蹴り上げようとするほどだった。可動域どうなってんだ、とアルは叫びながら必死にラングを掴まえていた。

 今思えば冷静ではなかった。少し考えれば簡単に抜けられただろうに、ラングはアルとの攻防を続けてしまった。

 大熊は牡鹿が飛び込んだことに言葉を失い、どさりと尻をついて茫然自失、役に立たなかった。

 アルとラングの攻防に巻き込まれないように大穴の上を旋回していたホムロルルが叫んだ。


「おい! あいつじゃねぇか!?」


 素早く二人で黒い命の溜まり場を覗き込んだ。黒くてスライムのように揺れている水面に、ちゃぷりと灰色のマントを着けた青年が浮かび上がってきた。


「ホムロルル! ツカサを!」

「わぁってらぁ!」


 慎重に狙い、下降し、ホムロルルは鉤爪で灰色のマントを着けた青年を引き上げ、アルとラングの下へ運んだ。ラングとアル、二人が手を伸ばしてその体を受け取った。黒い何かは衣服を濡らすことはなく、ボタボタと垂れて落ちていく。それを二人で払っていれば、大穴を満たす黒いものがぶるぶると震え始め、意思を持って立ち上がるような挙動を見せた。アルはガバリと青年を担いだ。


「狙われてる!? 逃げるぞ!」

『大熊!』


 未だ言葉を失っている大熊の尻をラングが蹴り飛ばし、その毛皮を引っ張った。


『頼む、力を貸してくれ!』

『お、おぉ、わかっておる』


 グオゥ、と大熊が鳴き声を上げ、駆け出した。その後を追って、来た道を戻り、ここへ繋がった横穴へ駆け込んだ。黒い何かはドバァと鉄砲水のように先ほどまで居た通路を満たし、流れていく。いつこちらにも流れてくるかわからない。大熊が背後の道を閉じながら道を上り、地上を目指した。


『ツカサ』


 アルの担いだ体にラングが声を掛けた。反応はない。体も酷く冷たい。アルは握り締めた青年の手首から脈があることは確認していた。


『生きてる。体冷たい、あっためる、必要』

『あぁ、そうだな。ショウリの宿へ身を隠そう』


 ショウリたちもまた襲撃に備えている最中、申し訳ないが首都・レワーシェで湯のある安全な場所がそこしか思いつかなかった。青年がこの状態でいると火を起こすのも大変、水が腐り始めているという状況下でそれを集めるのも大変なので、誰かを頼るしかない。幸い、黒い何かに追いつかれることはなかった。


 墓地へ出て、ぷはっ、と息を吸ったのはアルだ。土の中を移動する圧迫感と、辿り着いた先の異質さに詰まっていた息がようやく吸えた。改めて青年の状態を確認していれば、大熊はふらりと歩き始めた。


『なんたることだ……、若者が勇ましくその身を賭したというのに、ワシは……』

「大熊、大丈夫か? 助かったよ、本当にありがとうな」

「あぁ、構わん、構わんのだ……」


 大熊は墓地に入るために掘った穴へ向かいながら生返事をし、そしていなくなった。アルの肩に下りたホムロルルは気まずそうな声で言った。


「記憶の共有で見たけどよ、あれでポットポスはあの牡鹿に目を掛けてたんだぜ。牡鹿はまだ若い土地神だったからな。新しい命が生まれなくなった中での最後の()()でよ、ヒトで言うところ、孫のように思ってたんじゃねぇかな」

「そうなのか。ホムロルルも、蛇、止められなくて悪い」

「……揺らめきは強ぇ奴だけどよ、燃え上がるほどの熱さも持つ野郎だ。考えなしでも、覚悟がないわけでも、ねぇさ」


 アルはそれ以上言葉を返すことができないまま大熊が消えた方角を少しの間眺め、青年に視線を戻した。顔色は真っ青、息はしているが浅く短い。体温も低く、とにかく温めてやりたかった。


「ラング、行こう」


 アルは改めて青年を担ぎ直し、くすんだ緑のマントを叩いた。頷き、駆け出す。ラングはふと足を止めて墓地を振り返り、逡巡、再びアルを追った。

 屋根の上を駆け、今日出てきた場所へ戻った。空が薄っすらと暗く染まり始め、その色は今までになく淀んでいるように思えた。街の中の陽気な声は変わらない。気づかぬふりをしているような空の天気を確認することすら忘れたような、何か人として欠けたものがそこにはあった。黙々と走り続け、隠れ家である宿の二階、ベランダに降り立った。もはや下に降りるまでが面倒だった。

 元々、そこを滞在の部屋としていただけあって鍵は開けっ放し、ベランダの扉を開いて中に入るとアルは青年をベッドに寝かせてやった。


『ラング、俺、ショウリ、声掛ける。ツカサ見てるして』

『わかった』


 ――扉を強く開いて、閉めて、駆け出て行くアルを見送り、ラングは青年の触診を行った。体温が低く冷たい。呼吸は浅いがあり、呼気に湿気や熱が籠っていない。口を開いて中を覗き見て、詰まりがないことや口内に傷がないことを確認した。それから無遠慮に青年の装備を引き剥がした。灰色のマント、胸当て、ベルト、いいものなのだと自慢された青みがかった灰色の服。


『……酷い怪我だ』


 ともに湯に入ったこともないので知らなかった。青年の体には右肩から左わき腹に掛けて斬られた痕があった。それでも生き延びたのだと思い、ラングは素直に敬意を表した。ブーツを脱がせ、ズボンを脱がせ、大きな怪我がないことを確認し、下着姿になった青年を背負い、風呂場へ運んだ。青年を風呂桶に下ろし、蛇口をひねれば湯が出る、原理は不明ながら便利なものを利用し、湯を張る。まずは足首が浸かる程度、ふくらはぎを揉んでやり、血流を手助けしてやってから腰くらいまで湯を足す。手のひらを揉んで反応を確かめ、腹や胸に触れて体温の巡りを確認し、次は胸の下まで。青年の頭を支え、湯に沈まないようにじっと待った。


「おい! どこに、風呂か!」


 バタバタと駆け込んできたのはアルとショウリだ。アルは風呂場に飛び込んでくると素早くツカサの首や手に触れて状況を確認し、ほーっと息をついた。ショウリは怪訝そうにツカサを見遣り、目の焦点が合わなくなっていく。どうやらポソミタキと会話をしているらしい。


「ツカサ、あんなの、いったいどうして」


 アルの呟きは何を言っているかはわからなかった。けれど、不思議とその内容がわかり、それはラングの声でもあった。トリニクから聞いた話では、あれははらわたに収められた黒い命の泉だ。相手取っていたのはシュンだったように見えた。それとともに身を投げるなど、らしくないことではある。


「体の中にある欠片ってのを、追い出すためにやったのか? ホムロルル、ツカサはどうなっているんだ」

「オレ様も言われるまで欠片に気づかなかったくらいだからな、変わったようには見えねぇけど……ただ、なんだろうな、今まで、こう、感じてたものがないようには思うぜ」

『何を話している?』


 槍から通訳を受けたアルもまた首を傾げ、ラングと顔を見合わせた。


「こいつから加護を感じねぇんだよ。シャムロテスとエントゥケのな」

「あ、だから道が開いた感じもなかったんだな」


 加護を得て合流し、そこで次の導がわかるはずだったのだが、青年が黒い命の泉に落ちたこと、泉が襲い掛かってきたことでそれどころではなかった。


「泉に落ちたせいで、消えた?」

「わからねぇ、あれはオレ様にも理解ができねぇもんだからな。ただ、黒い命の泉ってだけでよ」

『大熊に加護をもらえばよかったな。それどころではなかったというのは大きいが』


 孫のような存在を失って、それでも地上まで連れ帰ってくれた大熊を引き留めることはできなかった。


「話してるとこ悪ぃけど、いいか」


 ショウリに切り出されアルとともにそちらを見遣った。視線を受けてからショウリは肩を竦めた。


「俺にはそんな大したスキルもねぇんだけど、ポソミタキが【鑑定】に近いことをできる奴でよ。いや、この世界スキルって概念がねぇからちょっとスキルとも違うけどよ、それはいいか。ツカサのステータス、前は視えねぇしわからなかったらしいんだけど、今は視えるって言ってる」

「視えないものが視えるようになったってことか? どういう状況になってんだ?」

「視えること自体に疑問もあるけど、三個くらいって言ってるぜ。ポソミタキには読めない文字らしいから、日本語だと思う。俺が視れたら早ぇんだけど、無理だ。その辺は共有できねぇんだわ。状態は衰弱、と出てるらしい。俺も聞いたことを言ってるだけだからな、あんま聞かれても困る」


 ラングはホムロルルから通訳を受けて首を傾げた。互いのスキルなるものを確認した際、ツカサにはよくわからないが多くのスキルというものがあったはずだ。ショウリに問えば、元々を知らないから今視えたことだけを共有している、と補足があった。


「それに、MP、魔力がすげぇ減ってるらしい。じわ、じわ、って増えちゃいるけどよ、こいつ、魔法の使い方からしてすげぇ持ってるはずだろ? 一回全部空っぽにでもなったんじゃねぇかな」

「どんどんわからなくなるな」


 アルはくしゃりと前髪を握り、ぶるぶると頭を振った。悩み過ぎることを防いだらしい。一先ず、青年が通常とは違う状態であることは理解した。礼を伝えればショウリはまた肩を竦めてからドアを親指で指した。


「俺はちょっと用があるから離れるぞ。飯とか必要なもんは定刻で届くようにしておく、ツカサ、無事だといいな」

「ありがとう、ショウリ。出てって、すぐ戻って悪いな」

「いいって。でも、自分の身は自分で、だぞ」

「わかってる」


 ならいい、とショウリはポソミタキの顔で笑い、部屋を出て行った。足音が消えてからアルは腕を組み、ツカサの頬を眺めた。


「そういえば、紋様消えてるな。あの泉から引き揚げた時からなかった気がする」


 言葉が理解できずに首を傾げたラングに、アルは青年の頬をつついた。左頬には何もない。【鑑定眼】が使えるのは青年だけ、何があったのかを語れるのも青年だけ。ラングとアルは代わる代わる青年の頭を支え、体を温めさせ、布団に寝かせて目を覚ますのを待つしかなかった。


 まんじりともせず夜が明けるのを待った。窓の外は僅かな静寂の時間を迎えていて、薄っすらと空が白み始めた。朝が来る。窓辺に立ち、その空を眺めていた背中に呻き声が聞こえた。ベッドに突っ伏して眠っていたアルがハッと顔を上げ、その肩にいたホムロルルが体勢を崩してよろけ、何度か羽ばたいて落ち着いた。ラングが駆け寄って呻き声を上げた青年の肩を掴む。


『ツカサ』


 う、とまた短く呻き、ぱち、ぱち、と青年の瞼が震えた。


『ツカサ、わかるか』


 布団の中からゆっくりと手を抜き出し、青年は肩に置かれたラングの手を力なく握り返した。


『ラング……』

「ツカサ! お前、大丈夫か!?」

「アル……」


 ごろ、と頭の位置を変えて振り返った青年に、アルは涙を浮かべていたが、すぅっとその顔は青くなった。まだ眠そうに瞬く青年、ツカサの目は右が白く、左が黒い。だが、開いたその目は両目ともに黒だった。



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


3章は終幕、次回から4章(終章)へ。

今のうちに書籍やこれまでの旅路の振り返りもお楽しみください!


1巻書影

挿絵(By みてみん)

2巻書影

挿絵(By みてみん)

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