3-49:近くて遠い距離
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ツカサからの手紙は外で待機していた二人に衝撃を与えた。
ショウリの運営する宿の一つに滞在し、体を休めた後、返事を受け取ってアルの肩にいるホムロルルが翻訳機となって読み、その内容を把握したラングとアルは即座に行動へ移した。
――ラング アル
返事ありがとう、二人ともさすがだね、伝わって嬉しいよ。
ざっとこっちの状況を書きます。
魔封じはされてるけど解除する方法は見つけてるから、いざという時は解除できる。
ただ、こっちが魔法を使えないと高を括ってるからこそ、周りを巻き込む魔法を使わないはず。
死者が増えて、ラングの剣が必要になる命を増やしたくないから、ギリギリまで耐えるつもり。
それから、奴隷紋を改良して、体を操れるようなものを身につけてた。
これもやられたけど、解除済み。やってやったよ。
あいつの目的は俺の【変換】だった。
これは書斎で会った時にも言われてから、そうなんだろうとは思ってたけど。
【変換】を手に入れるために俺の体の中に【欠片】があるみたい。
でも、その奪う行為を防ぐ協力者が俺の中にいる。
いろいろ、運がよかった。
それから
これから闘技場に連れ出されるみたい。
――ツカサ
「どういうことだよ!? そんなちょっと散歩行ってきますみたいなノリで書くことじゃないだろ!」
「ショウリ!」
「聞いてた、聞いてた! なんかやばそうなのにめちゃくちゃ気が抜けるなあいつの手紙! テルタ!」
はい、とテルタが顔を覗かせ、ショウリは手招いた。
「こいつら、神殿に乗り込むつもりだ。雑貨屋はいつでも燃やせるように従業員の撤退に遅れが出ねぇようにしておいてくれ。それから、キスクへの連絡は引き続き頼めるか? ドルワフロに居ろってよ。いろいろ頼んで悪ぃけど、できるか?」
「できます。雑貨屋はテルマに指揮を執らせます。俺はいざという時、ドルワフロを逃げる先にできるよう、トロッコ周辺の防衛を強化して、キスク殿とロトリリィーノ殿に連絡を取ります」
「いい子だ、頼んだぞ」
はい、とテルタはショウリにハグをしてから部屋を辞した。これで会うのが最後になるかもしれないと毎回テルタもテルマも、ニテロも思っているのだ。
「で、お前らどこから忍び込むつもりだよ?」
「墓地。人が居なかったし、墓地周辺の家はまだ使えそうだったしな」
「あぁ、あの辺はな……。首都・レワーシェがこんな街になった頃、死から遠い場所でありたいって誰かが言いだして、あの辺一帯が無人になったんだよな。宿がなくったってあの辺りは避けられてっから、俺たちも実は、何軒か手入れしてんだよな」
「俺とラングもあそこの一つを隠れ家にしようと考えてる」
そうか、と互いに頷き合った。どこかはお互いに伝え合わない。【異邦の旅人】は帰還のために動いており、【シェルティーダ】は現状の改善のために動いている。敵は同じでも、その敵と戦うための温度差はあった。戦場のどこかで会えば共闘くらいはするだろうが、行動が別であればそこまでなれ合わないのも当然であった。
「まぁ、なんかあればそれっぽい宿に入ってテルタの名前か俺の名前を出せよな、なんとかなる」
「わかった、ありがとな」
「世話になった」
簡単な挨拶でラングとアルはショウリに別れを告げ、宿を出て行った。大通りを行くのは人が多く足が遅い。さっと壁を駆け上がり、屋根の上に出た。賑やかな通りの音、窓から聞こえる歌や笑い声。誰もが目の前のことに夢中で屋根を駆ける二人に気づくことはない。
「有難いけど、なんだかなぁ」
「オレ様が少し先をみてくっか?」
「いや、いい、ホムロルルは俺の近くにいてくれ。大熊は?」
「墓地に居る。休んでる間も咆哮がないってことは、特にヒトは来なかったみてぇだな」
よし、とアルはラングに『人、いない』と伝え、速度を上げた。服の中で眠そうな蛇がもぞもぞ動くのが気になったが、そのままにしておいた。
墓地に辿り着き、既に解錠してある扉を開いて中に入った。相変わらずこの辺りだけは鬱屈としていて空気が重い。けれど、変に高揚した空気がないだけ、地に足をつけられる気がした。数時間体を休めた小屋に行けば、大熊が中熊になってベッドを占拠していた。その呑気さに数秒脱力してからホムロルルを飛ばした。大熊の腹の上に鉤爪が埋まり、ううむ、と目を覚まさせた。
『おぉ、戻ったか』
『神殿に忍び込み、いざとなれば戦闘を行う。ツカサを救出する』
『うむ、そうか、ではワシが道を作ろうぞ』
のっそりと起き上がった中熊はベッドを軋ませ、開いた扉から外に出た。そうしてぐぅっと体が大きく、元に戻った。
「大熊、位置はわかるのか?」
「いや、わからぬ。ここは理以外の力も強いのでな。お主の持っておる絆の導が目印となろうぞ」
アルは右手首を胸の前にやり、ラングにこれ、と指で差し示した。ツカサが散々絆の腕輪について話していたらしくそれだけでラングは追うものを理解し、頷いた。アルは墓地の中で羅針盤の針のように回り、行き先を定め、大熊に視線をやれば、グオゥと鈍い声を上げた。
地面がひとりでに持ち上がった。それはまるで奥から誰かが押し上げているかのように見え、不思議な光景だった。土が盛り上がっては積み重なり、そこに緩やかな下り坂が現れた。
「角度が変わったら言うのだぞ、ワシが先を行き、道を掘るからの」
「わかった」
大熊が穴にのっそりと入り込む姿は冬眠しようとする熊そのものだ。熊のいる穴って危ないんだよな、とアルは頬を掻きながらそのあとに続いた。
アルは、右斜め下、左斜め下、と方向を調整しながら大地を一直線に進むことに変な感動を覚えていた。人の造った道を歩くのだって嫌いではないが、こうして道なき道を探りながらいくのも嫌いではない。
「こういう状況でさえなければな」
土の中に何があるのか、底には何が存在しているのか。まだ見ぬ光景が、実はこの大地の底にあるのではないか。興味は尽きない。ツカサを救出した後ならばそうした好奇心も許されるだろうか。
大熊はのしのしと歩きながら進んでいく。大熊の鼻先が進む方に土が自ら身を退け、道ができるのだが、その速度は速いとは言えなかった。一度急かしてみたものの、ここは理以外の力も強いのだ、と先ほど聞いたのと同じ答えが返ってきた。
もしかしたらツカサが使うように魔力を広げていたりするのだろうか。だとすれば、この侵入もバレているだろう。
「土の中だし、土魔法は気にしないといけないけど、その分扱い難い印象はあるよな」
『何をブツブツと。方角は大丈夫なのか』
『方角、大丈夫』
アルは後ろから不機嫌な気配を感じ、集中することにした。
絆の腕輪は左右に何度か振れた。ツカサ自身が大きく移動をしているからだろう。ということは、地下闘技場を既に脱している可能性が高い。アルは少し背中を揺らしてラングに槍を握らせるとその可能性を伝えた。
『では、一先ず無事なのだな』
「だと思う。魔封じを外せるとも書いてあったし、案外悪い状況じゃないのかもしれない」
なんだかんだ機転の利く青年ではあるし、ラングに鍛えられ、その経過を見てきた身としても簡単にやられるような奴でもない。だからこそ、この胸の安心感でもあるのか。いや、これから闘技場に連れ出されるみたい、なのだ、悠長なことは言っていられない。
「でも、早く行こうぜ。ちょっと休み過ぎた」
『そうだな』
アルはとにかく大熊に道を指し示し続けた。
障害物もなく真っ直ぐに進むというのは、歩いているだけでも随分と時間を短縮できるものらしい。リガーヴァルでラングが空を飛ばせてくれた時も確かに早かった。大熊は足を止めず、低い声で唸るように言った。
「この先にはらわたの濁りがある」
「言ってたやばいやつ?」
「そうだ。ワシとて近寄りたくはない。誘い手はそこに辿り着いているのやもしれん」
「もしかして、そこでラングを待ってるのか?」
槍を通してそれを聞いたラングはアルの背後で剣の柄を握ったようだった。やめろ、お前に背後でそうされると腰から首筋までゾゾゾと走るものがある。アルは咎めるように肩越しにラングを振り返り、視線を受けた男は剣の柄から手を離した。大熊が足を止め、フゴゥ、と鈍い息をついた。
『着いたぞ、さぁ、開くぞ』
おう、とアルが答え、ラングもまた頷いた。大熊の鼻先が最後の土を掻き分け、どこか通路に出た。
血生臭い通路だった。人為的に掘られた横穴、だが、この血だまりのような臭いは何なのだ。アルはランタンをラングに任せ、思わず鼻を手で覆った。ラングは鼻をすんすんと鳴らしてからマントで口元を覆った。光で照らされた通路は剥き出しの土壁に、足元だけが何かでねちょりと粘性を持っていた。土の持つ水分と湿気、それに血液が混ざっておかしな泥のようになっているのだ。足の裏を引っ張るような感覚に口元が歪んだ。ラングはランタンを揺らして行き先を示した。
『右だ』
臭いの元はそちらだということだ。大熊も通れるほどの通路の広さなのをいいことに、並んで駆け出した。絆の腕輪はこの先を示している。ツカサがいる。
『近いぞ!』
今行くからな、とアルが槍を手に先へ出た。そこに広がっていたのは闇だった。何か聞こえたような気もしたが、ラングがさらに速度を上げたので救いを求めるツカサの声だったのかもしれない。
ラングのランタンが照らしたところで見えるものは黒いものだけ。中央の大穴をたぷりと揺れて揺蕩うものからぎょろりといくつもの目がこちらを見るような不快感を覚えた。この生臭い臭いはここが元だ。
『ツカサ』
ラングの声にシールドの先を追った。大穴の縁を歩ける通路、ラングのランタンに照らされ、反対側に薄っすらと見たことのある灰色のマントがあった。近くにある通路は瓦礫で埋まっており、いくつかの魔法合戦があったのだろうとわかった。ツカサの視線がこちらを向いた瞬間だった。
「うわぁ! 何しやがる!」
シュンの胸倉を掴んで、ツカサがそのまま大穴へ落下した。
ツカサが踏み出したようにも、体勢を崩したように見えた。ぐらりと体が前のめりになり、ツカサはシュンとともに真っ黒な命の溜まり場へと真っ逆さまに落ちていった。ラングが叫んだ。
「ホムロルル!」
「間に合わねぇ!」
「やめろ! ラング!」
ホムロルルが飛べないとわかればラングは躊躇なく飛び込み、ツカサの下へ行こうとした。腕を掴み、槍でラングを押し留め、アルは【鷹の目】でツカサの姿を追った。シュンの両手がそっとツカサの頬を包み、そして、二人とも黒いおかしな液体の中に落ちていった。
「わぁ、大変だぁ」
「おい! 蛇!」
ラングを押さえているアルの腕を滑り、蛇がひゅるりと空を泳ぐように飛んでいき、音も立てずに黒い液体へ消えていった。
アルは掴むこともできずに見送ってしまったことに、今ラングを掴んでいる手に力を込めた。
「くそ! なんなんだ!」
『ツカサ!』
「止せって! 影響がわかりもしないのに飛び込むなって!」
アルに胸倉を掴まれ、ラングは掴むアルの手首を殴って緩め、再び地面を蹴ろうとした。
『いかん! 止すんじゃ! これはいかん!』
大熊がラングの腕を傷つけないように噛んで押し留め、ラングは身を乗り出しながら叫んだ。
『ツカサァァー!』
答える声は無い。腕を掴む大熊の顔を殴り、殴り、ラングは雄叫びを上げた。
『なぜ止めた! 間に合ったかもしれないのに!』
『馬鹿なことを申すな、間に合いはせんかった。ホムロルルが間に合わなかったのだぞ』
殴る拳すら痛くないと言った様子で大熊がゆるりと口を離し、ラングへ諭した。クソ、とラングが地面を何度も殴りつけ、アルはそれを止める権利を持っていなかった。必死に怒りをどうにかしようとしているラングの鈍い殴打の音は空しく響いた。何度目か、それに合わせるようにして対岸の瓦礫がごとりと崩れ、誰かが現れた。
「やれやれ」
長身の男はそう言うと、ぽんとその身を黒い命の溜まり場へ投げた。こちら側では驚愕と呆然が綯い交ぜになって皆がそれを見守ってしまった。アルの【鷹の目】は男を捉えた。
「おい……!」
「青年、今行くぞ!」
【鷹の目】で見ていたアルの視線が違う叫びに奪われた。帰還したはずの牡鹿が大熊の創った道を駆け抜けてここに辿り着き、そして、黒い泉にとぷりと落ちた。




