3-48:黒い命の溜まり場
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シュン、とツカサが小さな声で名を呼んだ。自分の中の何か、おそらく欠片が存在感を増して、それをベシリと叩く何かがあった。欠片をどうにかしなくては、見つけて、これこそ【変換】を使って変えなくてはと思ったが、どうにも見つからない。暴れられ、地面をのたうち回るわけにはいかない。立っていられない程の激痛が自身を襲うと知っているからこそ、ツカサは早くラングに会いたかった。
「やぁーっと思い出した、アズリアから船に乗って、隣の大陸に行った時に乗ってた護衛だっつー男だな、お前。きったねぇ面してやがるから、暫く悩んじまったわ」
シュンはヴァーレクスを指差して悪態を吐いた。それにも眉一つ動かさず、ヴァーレクスはただただ興味がなさそうだ。ツカサはちらりと大穴を見てからシュンを見上げた。
「この命の溜まり場、なんの理由があってこんな」
じろ、とシュンはこちらを見た後、ゆっくりと降りてきた。大穴はその縁を歩けるように道ができており、ツカサとヴァーレクスから少し離れたところに降り立ったシュンは、大穴を眺めて口を開いた。
「命が溶けて黒くなって、人を襲う。だったら一か所に集める方がいいだろ」
まさか、シュンはシュンでどうにかしようと考えていてのことだったのだろうか。だからこそ、ここに賑わう都市を作り上げ、人々を集めていたのだとしたら見方が変わってくる。ゆっくりと黒いローブを揺らしながらこちらを向き、両腕を広げ、シュンは笑った。
「んで、この黒いのをパッと変えるために必要なのが【変換】ってわけだ」
筋は通っているように思う。けれど矛盾を感じる。信用できない。
「だったら最初からそうやって協力を求めればよかった。俺も経験があるけど、後から実はこうでした、って言われたところで、信用も信頼もできない」
ファイアドラゴンの鱗が欲しいと願った老人は、ツカサとラングが調査した上で引き受けてくれる有用な冒険者かを試した。そのせいでラングからは信頼を失い、エレナからは叱責を受けていた。結果としてあの冒険があったからこそ、その後の旅路でも救われたが、人に頼みごとをする時の姿勢や態度というものをツカサは学んだ出来事だった。
「本当の目的は?」
シュンは広げていた腕を戻し、溜息をついた。
「扱いづら、ほんと面倒だわお前」
「話す気がないならお帰り願いたいね」
「ここは俺んちだぞ」
つい、と指が振られ、炎魔法が飛んできた。魔力の密度が濃い炎、今はもう怖いものではない。ツカサは魔法障壁を張ってそれを防いだ。ついでに氷柱の魔法を飛ばし返せば大袈裟に弾く動作で魔法障壁が張られ、防がれた。もしや常に張り続けられる魔法障壁には不慣れなのだろうか。確かに、これは鍛錬が必要な技術ではあるが。ツカサが相手のできることを測ろうとしている間、向こうはその反撃に苛立ちを増していた。しまった、隠しておけばよかった。浮かれていたことに気づいて反省した。
「お前、魔封じを解いたのかよ」
「おかげさまで」
シュンがこれ見よがしに原理を説明してくれたからこそ、発想の転換ができた。あの魔封じの使い方はツカサにシュンの性格を知らしめることにもなった。
罠を置き、全面から魔封じを施すというのは、臆病者で小心者の証だった。一つの針で押さえられる自信がないから、ありとあらゆる角度から刺したのだ。凛然と立ち、瞬きひとつ、指先ひとつで魔法を扱い、制圧する魔法の師匠を見てきたツカサには、それが小手先に頼った手法だと感じられていた。技術と知識と鍛錬があれば、シュンだって扱えるし、そしてツカサはそれを解くために【変換】を大きく使わねばならなかっただろう。そうでなかったことは幸運だった。
「もう一度聞くけど、この命の溜まり場は何のためにここに?」
「教えてやるほど仲よくねぇだろ?」
ツカサを惑わせるためならば言葉を連ねる男が口を噤む。だとすると、この溜まり場はよくないものだろう。ラングの合流があれば、一気に誘うことも可能だが、シュンの相手をしながらとなると非常に困る。隣の男にやる気が感じられないのも困る。
「ヴァーレクス、いざという時の戦う準備はしててよ」
「気が乗らん。パニッシャーほどの高揚感を感じられん」
言っている場合か、などと言ったところでこの男には関係がない。ヴァーレクスには戦う理由がないのだ。それなら、作ってやるしかない。
「言っておくけど、シュンのやりたいようにさせて、ラングが故郷に戻れなかったら、ヴァーレクスの戦った【ラング】は存在自体が消えちゃうんだからね。ヴァーレクスが戦った時間もなくなっちゃうんだよ?」
「……どういうことで?」
「ヴァーレクス、なんでか知らないけど、ここに来る前に誰も居ないところに取り残されたんでしょ? それって未来が変わったからであって」
「随分余裕でお喋りしてんじゃねぇかよ!」
ドンッ、と大きな音を立てて再び炎魔法がぶつけられ、ツカサは腕を前に出して魔法障壁で防いだ。きちんとした説明も図解付きで後にした方がいい。ヴァーレクスにラングほどの理解力は期待できなかった。
「とにかく、【黒のダンジョン】と一緒、どうにかしないとヴァーレクスの大好きな【ラング】は二度と帰って来ないよ」
「大好き? 吐き気がすることを言うな」
「もういいから!」
お前ら! とシュンが苛立ち混じりに氷魔法を撃ってきた。足場ごと魔法障壁で守っていたが下を狙われて崩されればさすがに慌ててしまう。横穴へ引き返そうとしたらその通路周りの足場までごっそりと崩されてしまい、大穴を縁取る通路へ移動せざるを得なかった。螺旋状の通路、いくつもある横穴は全て死体を運ぶための道だろう。神殿だけではなく、市街地にも繋がるものがあるはずだ。絆の腕輪の位置間隔を探りながら、ゆっくりと移動をしつつシュンと会話をしてみた。
「シュン、俺の【変換】を手に入れて、俺の大事にしてるものを全部壊すって、本当に何をするつもりなんだ?」
「時間稼ぎのお喋りか? 次は何を企んでやがる」
「シュンは何人いるんだ? 地下闘技場からこっちに真っ直ぐ来るには早すぎるよね?」
「そういうところは勘がいいよなぁ、お前」
話しながら飛んでくる様々な魔法を魔法障壁で防ぎながら、ツカサが移動するのに合わせヴァーレクスもまた動く。あっちに行け、こっちに行けと指示をせずとも、戦闘時の空気を読むことに長けた男はとても有能だ。魔法の凶悪ささえなければシュンとは穏やかにただ会話しているだけになっていた。
「そもそも、サルムは俺にとって要らないところを捨てただけだ」
アルの話では、サルムはただの男だった。魔法が使えない場合のシュンを捨てた、ということか、出涸らしか、それとも、シュンを構築する多くの命の中で、役に立たなそうな弱い命を捨てたのだろうか。わからない、だが、シュンが【捨てた】ことだけはわかった。
「誰かに任せるよりも、テメェでやった方がいいってのはよくわかったからよ。役割分担、ってやつ。地下闘技場を運営する俺と、ここを管理する俺と、ってな」
「シュンのやりようを嫌がるシュンもいるみたいだけどね」
「あぁ、いたなぁ、この世界にもいるんだよな。あいつ急に、全然視えなくなったんだよなぁ」
雑貨屋イーグリス、なんて名前で商売してる誰かがいて、視えないからそれじゃないかとあたりをつけている。ただ、金を払ったところで俺が富むだけだし、モノはいいものを入れてるからな、と言いながら足場を崩され、螺旋状の通路を上がっていく。絆の腕輪の位置はちょうど反対側だ。駆け出してしまおうか。
「ところで、ツカサくん」
「何? そこまで仲良くないからやめてくれる?」
「合流目論んでることはわかってるわけで」
「それが?」
「俺もそれが目的なわけ」
どういうことだ。シュンは見えない床を歩くように空中を歩き、真っ直ぐにこちらに近寄りながら雑談をし始めた。
「いやぁ、俺としてはお前が俺になってくれりゃ一番早かったんだけどな。どうも上手くいかねぇときた。そばにあるもの取り上げてんのに全然折れねぇし、守護騎士だのなんだの、いつの間にか味方に引き入れてんし、地下牢の双子もお前、懐柔しただろ、やめろよな人のモノ取っていくの」
「それそのまま返すけど。あと、人はモノじゃない」
移動しようとしている先の足場を壊され、舌打ちが出そうになった。ジャンプでは届かない距離なので、これは土魔法で足場を作るなり風魔法で跳躍するなりするしかないだろう。ヴァーレクスは普通に跳べそうなので気にしないでおく。
「そいつがお前を殺してくれりゃなぁ、やりようもあったんだけどよ」
「シュンは俺をその手で殺せないんだね?」
「あ、やっぱ気づく?」
悪戯がバレたくらいのノリでシュンが笑い、その軽さに嫌悪を抱いた。シュンにとってツカサを痛めつけ、嬲り、殺すことは悪いことではないのだ。その善悪の狂い方に相容れないものを感じた。
「唯一の約束がそれだからな、破るわけにはいかねぇんだよなぁ」
「誰との約束?」
「誰でしょう?」
話す気はないらしい。シュンは大穴の真ん中に立って、ツカサを楽しそうに眺めていた。絆の腕輪がぐんと近くなった。
「もうそろそろ来るな」
ツカサの代わりにシュンが言い、先ほど合流が目的だと言われたことを思い出した。
土地神の加護、異世界への鍵が開く瞬間。まさかそれを待っているのだとしたら。
「ラング! 来ないで……ぅあぁ!」
体が痛い。内側で何かが暴れて内臓を踏みにじり、皮膚を突き破るような痛みが走った。欠片だ。必死に抗っている【協力者】がいることもわかる。けれど、足で、腕で、腹で、胸で、頭でそれが暴れれば、手が足りないのか息切れを起こしていくような感覚があった。押さえきれていない。
「小僧!」
「テメェは! どいてろ!」
ヴァーレクスが炎魔法で横穴に吹き飛ばされ、ガラガラと崩れて通路が埋まり、ツカサは一人大穴の縁に取り残された。膝をついて汗を流し、あまりの苦痛に口から何かを吐いた。黒い液体。
「これ……っ」
「大丈夫だ、最初だけだから」
ふわりと降り立ったシュンの伸ばした手を魔法障壁で防ごうとしたが、魔法が上手く使えなかった。張っていたものが霧散していく。内側にある欠片の抵抗が激しく、魔力を奪われているように感じた。
シュンは優しくツカサを抱き起し、その手を掴んで自らの胸倉へ引き寄せた。
「これはさ、最終手段にしたかったんだよな」
「なにを、する、つもりだ」
「後は任せとけよ」
とん、と肩を叩かれ、シュンが肩越しに振り返った。その先には兄と仲間の姿があって。
「ラン……グ! アル……!」
「うわぁ! 何しやがる!」
胸倉へ寄せたツカサの腕を掴んだまま、シュンが大穴の縁を跳んだ。ぐらりと体が前のめりになり、ツカサはシュンとともに真っ黒な命の溜まり場へと真っ逆さまに落ちていく。
「ホムロルル!」
「間に合わねぇ!」
「やめろ! ラング!」
落下しながらこちらへ飛び込もうとするラングを止めるアルが見えた。シュンの両手がそっとツカサの頬を包み、視線を要求した。まるで二人、心中するかのような、静かな時間だった。
「じゃあな、ツカサ」
ツカサはシュンの冷たい手のひらを感じたまま、とぷりという鈍く滲んだ音に包まれていった。
はらわた へ よ う こそ




