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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第三章 女神の欠片

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3-46:からっぽ ひつぎはみないふり


 ゴツ、ゴツ、と何かが扉をノックするように叩く音がした。息の仕方はどうだったか。思い出すように息を吸うと思いのほかそこにあるものが少なくて喉が詰まる感覚があった。くそ、このままでは死ぬ、と真っ暗闇の中、目の前にある壁を押し退けようとすれば、バキリと音を立てて開かれた。


「――おはよう、ペリエヴァッテ・ヴァーレクス」


 さぁ、と吹き込んできた新鮮な空気と土のにおい。星空の明るさを抜くように黒い影があり、その背後の夜空が眩しいと言いたげに目を眇めれば腕を掴んで引き起こされた。掘られた穴の中から這い出れば世界が風の音を届けてきた。冬の風、星の瞬く夜空は黒く青い。月が離れたところで白く光を放っていた。

 どけ、と足先で追いやられふらりと立ち上がった。墓石に手をついて体を支え振り返れば、背後で大きなシャベルを肩に担いだ男が囁いた。


「大地よ、すまないがこの穴を埋めてくれるか」


 答える者はいないが、バサバサと土が被さっていき、平らになった。そこをシャベルで叩いてなめし、男はそれをどこかにしまった。掘り返されたばかりの土のにおいがまた鼻についた。ゆっくりと手を握り、開き、感触を確かめた。息を吸い、咳き込み、黒い塊をいくつか吐いた。手のひらに飛び散ったものを服で拭い、空を見上げている黒いシールドへ声を掛けた。


「……どういうことです? パニッシャー」


 戦い、死闘の末、負けた。最高の戦いだった。いつまででも戦い続けられると思った。そして死んだ。そのことはわかっているというのに、なぜまだこうして息をして、会話をしているのか。


「死神の手を取ったのはお前だ。勝率は三割、運が良かったな」


 あの時、男、パニッシャーの手のひらが顔を撫でた際、何かが口に入れられたことには気づいていた。安らかに死なせるための毒か何か、その類だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。続けて声を発しようとしたら、胸のやや下が痛んだ。思わず撫でれば胸元の飾りに麻薬の花(エリクシル)が刺さっていた。それを本物か撫でて確かめている間に膝が力を失い、崩れた。まだ長時間立てそうにはない。他人の墓石を背にずるりと滑り、座り込めば、ぽんと放られた小瓶が膝に落ちてきた。


「飲め」

「これはなんです?」

「聞かない方がいい」

「貴様は秘密が多いのではないか?」


 ふ、と息が聞こえた。押し問答をしたところで答えを言うつもりはないのだろう。仕方なく小瓶のふたを開けた。嗅げば鉄のような、その奥に多少甘さを感じるような、おかしな懐かしさを覚えるものだった。口をつけて傾ける。想像していたよりもさらりとしていて、しかし口にねっとりと残る液体が流れていく。鉄臭い。不味い。生理的に嫌な予感がして吐きそうになった。口腔に留まるものをどうすべきか悩んでいれば、目の前にコップを差し出された。そこから感じる清涼感のある香りに負け、呑み込み、コップを奪ってそれを空にした。


「いずれ体調は戻る」

「何を飲まされた」

「知らない方がいい」

「貴様……、もういい、それよりもどういうことですかねぇ?」


 再び空を見上げている黒いシールドの横顔を見上げれば、パニッシャーはゆっくりと振り返った。


「死神の手を取れるかと尋ねただろう。お前は取ると言った。だから、一度死なせた」


 端的ながら簡単な事実を告げられ、舌打ちが零れた。敗者となった上で情けを掛けられることほど屈辱的なことはない。倒れる体を支えられたことだけでも十分に誇りは傷つけられていた。それを知らない男でもないだろうに、酷いことをする。文句を言う前にパニッシャーの指が沈黙を求める動きをした。奥歯を噛みしめればよしと言わんばかりに頷き、言葉が続いた。


「あの薬は調合が難しくてな、仮死状態にするにしても上手くいく確率は三割。失敗すれば死ぬだけだと思っていた」


 運に任せた、その運を掴み取ったのはお前だと言われた気がした。それなりに低い確率に勝ったと思えば、少しだけ気が落ち着いた。だが、気になることは多い。


「しかし、胸を刺されたのにこの傷の治りはどういうことで? 軍人どもが治すとも思えませんのでね」

「それも()()だ。だが、傷は深い、少しの間、療養すべきだろう」


 やった本人がよく言うと呆れた思いで見ていれば、ぽん、ともう一度何かが放られた。鍵だ。それを包んでいた紙は住所らしい。そこで療養してよいということか。一度殺し、軍人の記録とけじめをつけさせてから蘇らせる。それがどれほどの手間かは知っている。


「軍人どもは了承しているので?」

「死亡記録は奴らが取った。気づいていたとしてもそこを指摘するような奴らではない」

「……左様で」

「こういうものを渡してくる時点で、思惑は知っていただろうな。……軍師からだ」


 ぱさりと落ちてきたカードは冒険者証だった。金色のカード、金級冒険者の証。


「ペリエヴァッテ・ヴァーレクス? 名がそのままだが、これはいいので?」

「アズリアのペリエヴァッテ・ヴァーレクスは死んだ。それはスカイで生まれたペリエヴァッテ・ヴァーレクスのもの、だそうだ。記念にと渡されたが、冒険者ギルドで調べたらきちんと機能していた」

「至れり尽くせりですねぇ。アズリアでは考えられません」


 ふ、と再び息が聞こえた。


「奴らもまた、功労者へは敬意を払う男たちだ。呑み込むところと、懐を見せるところを知っているのは好ましい」

「私としては大きな借りになってしまうのですがね」


 痛んでいた胸の傷がじわりと痛みを失っていっているように思え、それを撫でた。指先に慣れない飾り、エリクシルの花、よく見れば服が変えられている。それもそうか、斬られ、刺され、穴の開いた服で墓に埋めるほど礼儀知らずではないだろう。体に違和感を覚えて腰に着けられていたポーチを開けば、何かが入っていた。紙と、革袋だ。


 ――マジックアイテム、お古だけどどうぞ。君の助力に感謝を。次は、自由に生きて、勝手に死ね。 ヴァン


「なんとも」


 当座の資金まで入っていて呆れてしまった。そしてスカイという国の強さの一部を垣間見た。敵であっても味方として引き入れる。そして働きがよければそれに応えて報酬を与える。それがたとえ死刑囚であってもだ。手紙も、鍵も、住所も、回収されなかった小瓶もポーチにしまい、少しして笑いが込み上げてきた。


「ふふ、ははは! 祖国が敵わないわけだ、格が違います。いや、奴らがことさらに強者なだけかもしれませんがね、奴らの代ではなにもできまい」

「かかわれば面倒だが、味方として扱うには優秀ではある」

「うふふ、否めませんねぇ。……それで、パニッシャー。これはどういうことです?」


 状況について尋ねたのはこれで三度目だ。パニッシャーはマントをふわりと広げながら前に座った。


「私は故郷に戻る」

「そんなことを言っていましたねぇ、その前にと戦いの日取りを決めましたから覚えていますよ」

「ツカサを頼みたい」


 ひくりと眉が動いた。その思惑を図りかね、ヴァーレクスの目が探るように黒いシールドの奥を覗き込んだ。


「甘やかしすぎでは? パニッシャー」

「お前が望めば、まだ生きていて、まだ教えられる。それだけだ。断っても構わん。体調が戻れば強者を求めて旅に出てもいいだろう。好きにしろ」

「貴様以上の強者など存在するものか。……敗者に対する命令ではないので?」

「頼みだ。それとも、未だ命令でなければ生きられないか?」


 挑発するように言われイラっとした。人に扱われることに慣れていて、自分の考えが薄い。そんなことを言われもしたが、それを再び言おうというのか。


「命を取り留めるのだ、何か命令でもあるのかと思ったまでです」

「そうか。命令ではない。改めて言うがこれは拒否権のある、頼み、依頼だ」


 パニッシャーが故郷に帰る時、弟は置いていくという話だ。この男、こうした依頼を見込んでいて弟に剣技を教えることを許可したのだろうと気づいた。何かしらを教え、教えられる関係というのは、ただ、すれ違う誰かを視界の端に留めるのとは、ただ剣を交えて戦うのとは、また違った感覚をヴァーレクスに覚えさせた。そしてまた、パニッシャーの弟が自身に懐くだけの時間になったと思った。


「汚い男だ」

「策士と言え」


 ふん、と鼻で笑うような息が聞こえ、深い溜息をついた。


「気が向けば、そうしましょう」

「それでいい。感謝するぞ」


 敗者が勝者に従うのは道理だ。夜空を見上げたパニッシャーの視線を追って同じように見上げた。なんとなく空が滲んでいた。夜明けが来るのか。


「そろそろ墓守が目を覚ます頃だ」


 ゆっくりと立ち上がるパニッシャーの姿に墓石に手をかけて体を起こす。目覚めた時よりは幾分マシだった。城郭で長く暗い影を落とす墓地は今も深夜のような黒さを抱いていた。深緑のマントはとろりと溶けこんでいて輪郭がわからない。ガタン、さく、さく、と人の足音がした。けれど慌てる気にはならなかった。パニッシャーも悠然と構え、その足音を逆に待っているように思えた。

 暫くして墓地に誰かが立っていると気づいた墓守がランタンを掲げてこちらを確認し、ヒィ、と声を上げた。埋める時に顔は見たのだろう、ヴァーレクスを見て真っ青になっていた。


「笑え」

「なぜだ」

「いいから笑え、問うな」


 舌打ちをして、ヴァーレクスは口角を上げてニィィと笑ってみせた。墓守は血の気の引いた顔で固まった後、叫びながら逃げ出していった。非常に失礼であると言わざるを得ない。


「行くぞ。朝焼けに紛れて家に戻りたい」


 歩き出した深緑のマントを追い、足を前に踏み出した。歩ける、立てる、息ができる。まだ生きている。土臭い風だが耳に掛かる髪を揺らすものは確かに存在していた。

 誰かにこの身を仕えるのでなく、自らの足で立って、やりたいことをやる。そして弟子の顔を見にいって、驚かせてやるのもいいだろう。


「うふふ、楽しそうです」


 徐々に空が白み始めていた。東から白い光が空に混じり、淡い青に変わるグラデーション。西はもったりとした濃い紫と淡い桃色で滲んでいく。美しいと思った。


「いい朝です」


 戦いの日にも抱いた感想を改めて口にした。


「それは同意する」


 なぜか可笑しくなってヴァーレクスは、うふふ、と気味の悪い笑みを浮かべた。



 ゆるりとかけた おつきさま きらきらゆれる ほしあかり

 まっくろかげが はかばでおどる しかばね つられておどりだす 

 はかもり おびえてにげだした からっぽ ひつぎはみないふり 

 よいこはベッドで ねむりなさい あくまにそのてを ひかれるまえに

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― 新着の感想 ―
新しいヴァーレクス!今度こそ自分のために生きられたらいいよね。そのためにも今を乗り切らないと! 敵だと恐ろしいけど味方なら頼もしい!早くコーヒー飲ませてあげたいです。 おかえり、ヴァーレクス! 気…
小粋なことをしてるなぁ 再開した時に何を思うのかな。
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