53:本とダンジョン
本の匂いというのは、どこでも変わらないのだと思った。
ヴァロキアの北西の王都と言われるだけあって、ジェキアには施設が整っている。
貸し出しはしていないが図書館があったり、他の都市から入ってくる書物を売っている、所謂本屋も存在していた。
特に冬の間は図書館と本屋の利用者が著しく増える。家の中でやることもないからだ。
ラングとエレナと共に訪れた図書館は、大きな博物館のような建物で、埃っぽいようなカビたような、図書館によくある匂いがして懐かしさを覚えた。それがすぅっと消えていく感覚は久しぶりだ。
現代と同じように何かの端末を使って本を探すことが出来ず、司書に探すのを手伝ってもらおうとしたが大まかな棚しか教えてもらえず、ツカサたちは自力で探す羽目になった。
周囲を見れば多くの人が本を手にしている。二ヶ月はジェキアに居るとは言え、時間が有限であることからツカサは【鑑定眼】を使うことにした。これはラングの許可もとってある。
サイダルの倉庫で物を探したときの経験がここで活きた。無駄な経験というものは存在しないのだと思った。
旅記、ラス、自由の旅行者、といった情報に絞り図書館を見渡す。
旅記でかなりの数があるようだ。ぶわっと目の前に出ていたたくさんのウィンドウが密集している棚へ行く。旅記というものは人気もあるようで、棚のところには老若男女問わず人が多い。せっかくなのでその場にいる人にラスという作家についても聞き込みを行う。
「聞いたこともないなぁ」
「見たこともないよ」
「どこの人なの?」
「【自由の旅行者】?うーん、平凡なタイトル、私のオススメ読んでみたら?」
誰にも引っ掛からずに不発で終わった。
仕方ないので片っ端から背表紙を見ていくことにした。本の形がツカサの知る物と違い、紐でくくられただけの物が多い。表紙を見なくてはタイトルも内容もわからず、【鑑定眼】で絞っているとはいえ途方もない時間がかかりそうだ。
背表紙がまともについている物は重く、革張りされた部分がべたべたと手にくっついた。なるほど、こういう感じだと貸し出しはできないだろうなと思った。
「これも印刷文化の違いなのかしらねぇ」
「スカイはどうなの?」
「製本されているものが主ね。むしろこういう状態の本は保存されて、書き写されて、厳重に保管されてる方だわ。ツカサが読んだっていうその【自由の旅行者】はどういう感じだったの?」
「製本されてる方だった。ということは、やっぱりスカイの人なのかな」
「可能性は高いと思うわ」
サイダルにあったことも奇跡に感じてきた。そもそも何故あそこに在ったのかが不明なのだ。
ギルマスのタンジャが押し付けられたと言っていたことを思い出す。どこで押し付けられたのかを知ることが出来れば、もう少し予測を立てられたかもしれない。
「図書館では収穫がなかったな」
「本屋さんに行ってみましょうか、魔導書も見たいでしょう?」
「うん、そうしようかな」
賑わう図書館をあとにして商業エリアへ足を向けた。
途中フードに積もった雪を何度か払いながら辿り着いた本屋は、図書館とは違い静かだった。
中に入り店主に会釈をし、棚を見てその理由がわかる。一番安くて金貨1枚からの値段なのだ。一冊十万の価格は住民に出せるのだろうか。
「製本されているからなのかな、高いね」
「手書きで写されているからというのも理由だわ。魔導書もダンジョンからのドロップ品か、手書きなのよ」
言われ、中を見てみれば確かに手書きだ。ところどころインクが滲んでいるのも人の手だからの現象だ。ダンジョンドロップ品の魔導書は金貨3枚からでこれもまた高い。魔導書の棚に店主にお声かけくださいとメモが貼ってあるので、ドロップ本自体は裏に置いているのだろう。
パイプをふかした老齢の店主が訝しそうに様子を窺ってくるので手っ取り早く聞くことにした。
「すみません、聞きたいことがあるんですが」
「何かね」
「【自由の旅行者】という本を知りませんか?」
「ふむ」
眉を上げ、やはり怪訝そうにしながらも店主は手記を取り出してぱらぱらとめくりだした。
ちらりと覗いた内容から察するに、店に置いている本の一覧のようだ。きちんと管理をしている辺りが好感を持てる。
「あぁ、あるな」
「本当!?」
まさかの発言にカウンターへ身を乗り出してしまった。店主は驚いた顔をした後に盛大に笑い始めた。
「なんだ坊主、そんなにこの本が好きなのか」
「好きというか、まぁ、一回読んだけど忘れられなくて」
何かのヒントになると思い、ノートや教科書の隙間にみっちりと書いたことを思い出す。
「売ってもらえるか?」
後ろからラングが声を掛け、店主はパイプを口から離した。
「条件次第だな」
店主の発言にツカサは首を傾げる。普通に売ってくれないのは何故だろうか。
「儂も旅記が好きで集めているんだ。坊主の言う【自由の旅行者】はたまたま手に入ったもんでな、手放すのは惜しい。この店は趣味と実益を兼ねてるもんでな」
「あの、もし良ければお金も払うので貸して頂いて、書き写しさせてもらうとかは」
「ならん、坊主は一度読んだならわかるだろうが、製本された本は、製本された状態でこそ完成品だ。偽物を作るのは元の本と作者に失礼だ」
ノートと教科書に書き写していることは黙っておいた方が良さそうだ。ふむ、とラングが顎を撫でた。
「ならば情報だけもらえないだろうか。その本を他で手に入れられるように、どこで作られた物かを知りたい」
「これだから冒険者は風情がないんだ。旅記との出会いは人との出会いと同じだ。それを適当に会わせろと言われて、誰が引き合わせると思っているんだ。信用が無い奴だな」
旅記ガチ勢と言えばいいのか、店主は雄弁を振るいだした。
曰く本との出会いは人と出会う数だけ人に影響を与えるのと同じだとか、好きな本をオススメする行為は相手を自分色に染めるための手段の一つだとか、様々である。
ツカサは読書感想文などもどちらかというと適当にこなすタイプだったため、店主がそこまで熱を入れるのはわからない。ただ、人と出会う数だけ人に影響を与える、という点に関してはわかる気がした。ツカサの世界はラングの視点や教育を受けて、ただの高校生で居た時よりも思考の幅が広がったような気がしていた。
ジェキアで初日に訪れた孤児院でも感じ、学ぶことがあった。そういうことなのだろう。
店主は街の中に居ながらそう言った経験の機会を本から得ているという訳だ。その解釈が全て正しいとは恐らく言えないだろう。百聞は一見に如かず、という諺もあるように、実際に経験することは何よりも得難い機会なのだ。
だが同様に、店主の在り方を否定する気は全くない。
「つまり、信用を得なくてはならない訳だ」
店主の熱弁を肩を竦めてラングがまとめた。力強く頷いた店主にツカサが尋ねる。
「どうしたら信用してもらえますか?勝手に何かするよりも、気持ちに沿いたいです」
「旅記が好きなだけあってわかってる坊主だな」
ラングよりは好感度が高いらしい。にかっと笑った店主の皺が親しみを込められているのがわかる。
「何、儂の願いを叶えてほしいんだ」
店主は一冊の本を取り出して、栞の挟んであったページを開いて見せてきた。
その本は冒険譚の一つらしく、冒険者が攻略したダンジョンについていろいろと書いたもののようだ。
こんな本もあるのだ。ツカサはこれには純粋に興味を惹かれた。
「儂はこれを見てみたいんだ」
店主が指差したページにはドラゴンと戦う冒険者の簡易な挿絵があった。指を差した部分を、断りを入れて本を持って目を通す。ツカサが朗読をした。
―― 私は死闘を繰り広げた。
仲間は魔力が切れ、傷つき、緑も、青も、赤のポーションですら使い切った。
次の一撃で終わらせなくては、終わるのは私たちだった。
キルファの後援呪文のおかげで私はブレスを避けることが出来た。
背後で悲鳴が聞こえたが、前を見続けた。
その後押しがあったおかげでこの剣はそいつの眉間に突き刺さり、しばらく暴れたのち、大人しくなった。
勝ったのだ。
ここを最後の冒険にしようとパーティ全員で決めたこの攻略が、どうにか終わった。
瀕死の仲間に駆け寄って、わずかばかりの治療を行なう。
一命をとりとめて全員で出現した宝箱を開けた。
素晴らしかった。この瞬間のために私たちは冒険者になったのだ。
美しい炎の剣、熱を持つ鱗、そのどれもが輝いて、私たちは知らず泣いていた。
あぁ、これが終わりで良かった。
ツカサの音読が終わり、三人が店主を見遣る。
「ファイアドラゴンの鱗を見てみたい」
子供のように目をキラキラさせ、店主ははっきりと言った。
「アイスドラゴンの鱗ならあるが」
ラングがそう返せば店主はわかってないと言いたげに首を振った。
「それはそれで見たいが、いいか、旅記の良いところはその風景に辿り着いて同じ景色を自分の眼で見ることだ。冒険譚の良い所はそのアイテムを見て想いを馳せることだ。ドラゴンの鱗ならなんでも良いってわけじゃない。わかったか」
言われ、ラングは肩を竦めてみせた。
「調査からだ、時間は掛かる」
「おお、もちろんだ。依頼した手前死んでもらっちゃ困る。特に本好きの坊主にはな。行くのはアンタだけかい」
「いや、この坊主も銀級なのでな、連れていく」
「そうかそうか、死なんでくれよ」
「努力する、死にたくないから」
「旅記好きのよしみで一つだけ教えてやろうな」
ツカサは本を返し、店主の言葉の続きを待った。
「ファイアドラゴンはここ、ジェキアのダンジョンに出るらしいぞ」
ジェキアのダンジョンに行く口実が出来てしまったことに、ラングは盛大なため息を吐いた。
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