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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第三章 女神の欠片

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3-40:俯いた顔は

いつもご覧いただきありがとうございます。


 疲れた、と【神子】が笑いを切り上げ、ツカサを牢へ戻すように言いつけて立ち去って行った。絶望感を味わわせてやろうという意図だ。己の失態のせいで情報が筒抜け、ショウリたち【シェルティーダ】も、ルシリュも、グルディオも危ないとなれば、ツカサの中で、焦りと後悔とでどうしようもない無力感が責めているだろうと、【神子】は考えた()()()


 ()()()()、と双子にそうっと支えられ立ち上がったツカサは俯いたまま、ふらり、ふらりと覚束ない足取りで地下闘技場を後にした。明るい場所から暗い場所に入り、左のやつに横抱きにされて運ばれながらツカサはじっと目を瞑っていた。

 やがて自室である地下牢に辿り着くと布の上にそっと下ろされた。そこでツカサは目を開き、ようやく声を出した。


「ありがとう、大丈夫、二人とも、手を出して」


 きょとんとしながら差し出された手にコップを乗せ、癒しの泉エリアの水を注ぐ。どうぞ、と促し二人が麻袋を上げ、爛れた唇にそれをざばりと流し込んだ。じわりと痛みが癒えたのだろう、不思議そうにしている二人からコップを回収し、ツカサは息をついた。


「暫くしたら、痛みは引くと思うから。少し一人にしてもらえる?」


 う、うん、とたどたどしい言葉で頷き、双子は何度かこちらを振り返りながら立ち去って行った。

 足音が聞こえなくなってから座り込んだ。マール・ネルに酷い顔になっている、と言われ、ツカサは桶と水を出して顔を拭った。まだ痛い。癒しの泉エリアの水をコップに注いで呑み、その水で手拭いを濡らして鼻を押さえた。ズキズキした痛みは時間を置けば落ち着いてくるだろう。


「マール・ネル、誰か来たら、声掛けてもらっていい?」


 フゥゥ、と使命感に燃えた様子で拳を握る気配がした。ツカサはありがとうと礼を言い、手拭いを桶に浸し、座り、マール・ネルを膝に置き直してから深呼吸をした。

 イメージは【ラング】に連れて行ってもらった夢の中。後ろに倒れ、体が落ちていくような感覚。どぽんと水の中に沈み、態勢を整え、ツカサは暗闇に降り立つと名を呼んだ。


「時の死神、どこにいるの?」


 ふわっと闇が払われて星々の輝きが広がった。星の輝き、連なり、白いカーテンとなったオーロラのようなものを見上げながらツカサは歩きはじめた。ぽ、と道をつくる光に誘われ歩き続ければ少し先に倒れている白い服を見つけた。駆け寄り、その体を支えた。ゆっくりと藍色の瞳が姿を現し、呆れたように呟かれた。


「こういうところには、おいそれと入ってはならない」

「シェイさんは許されてるのに?」

「あれは理の外の者だと聞いているだろう? すまないが、体を起こしてほしい」


 ぐっと腕に力を入れて抱き起し、膝を背もたれに貸した。ふぅ、と息をして時の死神は重そうに瞼を開閉しツカサを見上げてきた。


「何か聞きたいことがあるのだろう?」

「シュンの欠片が俺の中にあって、情報が漏れてるって気づいた。でも、話を聞いていると見えてない時もあったみたい」


 ドルワフロの交易都市でのグルディオとの会話や、南へ、西へという会話をキスクとしたことなどは筒抜けだった。けれど、シュンならば絶対に揶揄ってくるはずのことが出てこなかった。ラングとの喧嘩だ。兄弟ごっこという一言で片づけられるほど小さな出来事ではなく、ツカサの冷静さを欠きたいのであれば最高のネタだったはずだ。だというのにシュンは一切触れてこなかった。


「時の死神が見せないようにしてたの?」

「いいや、私ではない」

「だとしたらなんでだろう。それに、地下の調査の相違は……もしかして、マール・ネル?」

「そちらについては、そのとおり」


 では、今マール・ネルを腰に装備していることは正しいのだろう。アルが通訳を求めてのことだったが、それがよい結果に繋がっていた。ルシリュが女性であることはバレていないということだ。ツカサが話したタイミングやその時の状況について思案をしていれば、時の死神はツカサの手を握った。ヒールを掛けてやれないことを悔やみながらそれを握り返した。


「君は覚えていないだけで、託されたものがあるのだ」


 藍色の目がツカサの左肩を見遣り、その視線を追って顔を向ければハムスター程度の大きさの黒いスライムのようなものが乗っていた。思わずびくりと体を揺らしてしまい、スライムがぺちょりと落ちてしまった。細い腕を生やし、ぷるぷる震えながらその体を起こす様子に申し訳なくなり、ツカサは時の死神の手を離してそっと左手を差し伸べた。黒いスライムはおずおずと()を伸ばし、力無くツカサの指先に触れ、手のひらに乗ってきた。熱いお湯のような塊はツカサの手のひらへ体を寄せてその熱を逃がそうとしてか、てろりと広がった姿に何故か涙が零れた。時の死神はツカサの肩を叩き、自力で座り直してくれた。ツカサは黒いスライムを両手で抱え、溢れる涙に困惑しながらそれを抱きしめた。


「彼女がずっと、君を守っていたのだ。ツカサの中に入り込んだシュンの欠片が暴れるのを押さえ、君が君で在れるように尽力してくれていた。マール・ネルが【変換】の悪用を封じ、やすやすと触れさせず、一気に使わせず、彼女が欠片を叩いた。それが、君が今まで無事だった理由だ」


 ツカサは手の中でふるりと震えた黒いスライムを壊さないように撫でた。


「もちろん、私は私で、君を通じて得た力を彼女へ回していたがね。その力を用いて、先ほどは暴れようとしたシュンの欠片を、彼女が押さえていたのさ。大きな欠片が近いだけに、かなり酷い暴れ方だった」


 どういうことだと顔を上げれば、ツカサの零した涙を啜るようにして黒いスライムがそろりと身を寄せてきた。水を与えた方がいいかと思い、空間収納からスープ皿を取り出して癒しの泉エリアの水を注げば、黒いスライムはぽちゃりとそこに落ちて再びとろけた。それを数秒見守ってから時の死神へ顔を上げれば、会話が続いた。


「彼女はこの世界の理の女神だ」


 これが? という顔をしてしまい、時の死神はゆっくりと頷いた。


「二百年前、私が父より【権能】を継承した折、彼女の世界は隠されていて、時の死神の管轄から外れてしまった。……理由はそれだけではないが、この姿に」


 時の死神を最後に見たのは二百年は前、なるほど、今代の時の死神(セルクス)のことだと思っていたが、大虎が言っていたのは先代の時の死神(セルクスの父)のことだったのだ。話して大丈夫だろうかと不安げに眉尻を下げたツカサに時の死神は微笑んだ。


「戦い続けている者がいるのだ、君たちであり、私であり、我々がな。なればこそ私だって恐れるわけにはいくまい」

「また独特の言い方でよくわからないけど、大丈夫だって、励ましてくれてる?」

「ははは! あぁ、そう、それでいい。しかし、彼女には礼を言うべきだ、ツカサ」


 癒しの泉エリアの水をすっかり呑み干して黒いスライムはおかわりが欲しい様子でツカサを見上げていたので、指先からちょろちょろと器用に空間収納から取り出して掛けてやることにした。水を受けてスライムはごくごくとそれを呑み干していく。


「地下牢に一人残るなどと無茶なことをしたものだ。あの時、シュンがさらに欠片を入れてきたのならば、君はシュンと、本格的に体の所有権について争わねばならなかった。彼女が蓄えた力を放って、それを防いでくれたのだぞ?」

「あ、じゃあ、あの火傷は、この子が?」

「如何にも。ふふふ、あの体に彼女の力は痛かっただろう」


 ツカサがスープ皿を見れば、その中で細い腕を腰に当て、ふん、と胸を張っている姿に少し笑ってしまった。しかし、なるほど、ならば理解できることがある。

 シュンは黒い命を一つにまとめてついに自身を作り上げ、取り戻した。だが、その属性は魔力、黒い命は理から外れたもの、つまり穢れに属するのだ。そうであればこそ、このような姿であっても理の女神、その一撃があれだけの怪我を負わせたことにも納得ができる。


「ありがとう、助かったよ」


 撫でるつもりで指先を寄せれば、すりっと擦り寄ってきた。少し可愛く思えてきた。


「でも、いつの間に俺は君を託されたの? 預かったの?」

「人の身であれば思い出すこともできまい。事実だけを受け止めておきなさい。あぁ、しかし、君は折れなかったな。そしてその顔を隠し通した。素晴らしいことだ」


 時の死神はそう言い、ふあ、と大きな欠伸をした。


「少し力を、彼女に渡し過ぎて、私が起きて、いられない。マール・ネルとともに、上手に力を使いなさい」

「針の相談とかしたかったんだけど」

「答えと覚悟は、いつも自身の中にしかないものだ」


 とん、と時の死神はツカサの胸板を叩き、ごろりと横になって目を閉じてしまった。そのまま深く眠り始めてしまい、ツカサはスープ皿を持ち上げた。


「君は、どこにいるの?」


 空間収納の中なのか、精神世界なのか、今までどこにいたのかすら知らないが、居ることを知ったので尋ねれば、ツカサの腕に移動し、ぺちょりと寄り添われた。


「そっか、そばにいるんだね」


 ツカサはゆっくりと目を閉じ、彼女を連れたまま精神世界からふわりと浮き上がった。


 ――目を開けば真っ暗な地下牢の中だった。懐中時計を確認、いつの間にか日付は変わり早朝を迎えていた。マール・ネルからはよく眠っていたと言われ、傍目にはそう見えたのだと知った。確かに疲れが少し取れていたので眠ってもいたのだろう。起こされなかったので誰も来なかったこともわかった。

 ツカサはぐぅっと体を伸ばしたところで違和感を覚えた。空間収納に何か押し込まれた感覚があった。これは一度だけ経験したことのあるものだった。


『まさか、手紙!?』


 空間収納、アルからの手紙を受け取るポストのような場所を触れば紙を感じられた。ランタンを点けて慌てて紙をその明かりの下に持っていけば、こう書いてあった。


 ――手紙送れる?


 紙を握り締めてから深呼吸、冷静に、と言い聞かせて紙を開き、もう一度読んだ。

 手紙送れる? それはアルの方から送れるかという確認でもあり、ツカサからの返事が送れるか、という確認でもあるだろう。

 どうして思いつかなかったのだろう。あれだけ返事を待ち望んでいたというのに、こうした事態に陥ってすっかり忘れていた。おそらく、アルもどうにか連絡を取ろうとしてこれを思い出したのだろう。世界を越えて手紙をやり取りする場合は時間が掛かると言っていた。けれど、同じ世界にいる今、座標が違うだけで世界に穴が開くことはないだろう。

 たった一言。けれどこれは光明が見えた。


 マール・ネルがともにあればこれ以上【神子】が見聞きすることはないはずだ。ツカサの中の【シュン】を押さえるのはいつの間にか内にいた理の女神が手を貸してくれていた。ただ、そこに安堵せず、慎重に物事を運ばねばならない。【ラング】も、ヴァンもそうしていた。

 針と、魔封じと、状況を逆に味方へつければ、まだ戦えると思った。ツカサはラングの故郷の言葉を選んだ。


『安全に情報のやり取りができる方法を確認して、それから、キスクとショウリたちの安全を先に確保してもらえるようにしよう』

 

 さぁ、反撃の準備を始めよう。



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


一つが繋がっていく。波ができはじめる。

それに呑まれるか、乗りこなせるかで大きく変わる。


1巻書影

挿絵(By みてみん)

2巻書影

挿絵(By みてみん)


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