3-38:招待状
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時々、牢番が見回りに来たものの、概ね問題なく時間が過ごせていた。通路いっぱいにミチミチになって座っている巨体の二人に牢番は鞭を振り上げもしたが、ツカサがやめてくれと頼めば【ツカサの味方】に変えられている牢番は、そうか、と呆気なく鞭を収めて戻っていった。そうして体罰から守ったことも巨体の二人の信頼に繋がったらしい。
かくいうツカサは【変換】の効果の恐ろしさの再確認と、後ろめたさを覚えていた。話してもわからない奴はいる、言葉を重ねても理解し合えない者もいる。そういう時にこの【変換】は最強の武器にはなるが、同じ人を二度と取り戻せない事実はある。覚悟して使ったことではあるが、いつもすっきりとした気持ちにはなれなかった。この感覚を大事にしたいと思った。
巨体の二人は改めて【鑑定眼】でよくよく調べたところ双子で、自分たちがどこから来たのかすら知らなかった。覚えていることを問えば、誰かが頭を撫でてくれていたこと、ふわふわしていたことだけだという。どういう経緯で門番をする流れとなったのかが気になった。
口下手な二人から根気強く話を聞いた。こんなことをしている場合ではないかもしれないが、正直、先の見えない崖生まれであることが気になった。たどたどしい言い方と単語を知らないせいか非常に時間が掛かった。
ざっと要約するとこうだ。生まれは知らない、気づいたらこの場所で、前の牢番が親代わりだったらしい。外に出ることもできず、ただ飢えることだけはなく、牢番は言葉を教えてくれていたが、いつからか動かなくなってしまった。この地下の環境を考えれば病になってもおかしくはない。
牢番が代替わりしてこっそり育てられていた子供が暴かれた。いつからいるかもわからない子供を不気味に思った牢番、先ほど鞭を手にしていた男は二人を殺そうとしたらしい。それを止めたのが【神子】だった。
恐らく、【鑑定】により先の見えない崖の生まれであることや、筋力増強というスキルなど、使えそうな能力を見て生かしたのだ。彼らはその時命を助けてくれたシュンを救いの主として【みこさま】と呼んだ。
【神子守り】というスキルがいつ発現したのかが問題な気がした。シュンを【神子】と定めてついたのか、それとも生来のものなのか。生来であれば守護者の家系の生まれであることも可能性としては考えられた。先の見えない崖でのことを覚えていないので調べようがない、一度置いておく。
そうして彼らは地下牢の奥、黒い門の門番となり、時にここから地下闘技場に立たせる者を担いで運ぶ。それが仕事らしい。今日もこれから運ぶ仕事があるという。運んだあと、どうなるかは聞かないし考えないことにした。
「お、おわったら、また、きて、いい?」
「おで、やさしく、さわる」
「うん、いいよ、おいで」
えへ、えへへ、と子供のように笑い、のそりと起き上がった二人は何度もツカサを振り返りながら牢から立ち去って行った。フゥゥ、マール・ネルがいい子たちだね、と微笑んでくれ、ツカサは頷いた。
「利用するようで悪いけど、奴隷の針を変えられれば、自由に動けるはずだよね。今日はそっちをやろうか」
そうだね、とマール・ネルがツカサの横に正座をするかのように意気込む雰囲気が伝わってきた。辛気臭い地下牢で話に付き合ってくれる人がいるだけで気持ちが違う。
ツカサは首筋に触れた。ちくりとした感覚から何かを刺された実感があった。魔力を辿るように神経をとがらせれば首筋の痛みを感じたところから、血管を巡り心臓から筋肉から内臓、脳まで、何か糸のようなものが張り巡らされている気がした。これだと思った。
「糸のついた針を刺して、血液の流れで全身に行き渡らせる感じ? 針を抜く前に糸を先に【変えた】方がいいかも」
針を摘まんで引っ張り抜こうとしたら、糸の先が引きずられるような、そんな嫌な予感があった。こういうのは丁寧に対処しよう。まずは糸の端を探り、見つけ、【変換】でこれも【自分の魔力】に変えていく。筋肉や臓器、皮膚にくっついているような違和感の糸を刺された針から遠いところを優先的に。一つ端を掴めばそこから辿っていくだけだ。
ツカサは作業をしながら考えた。【神子】はツカサの持つスキルや装備を視ようとしていた。先ほど考えたとおり【鑑定】を持っているだろう。けれど、ルシリュたちのことはバレていないのだろうか。
確かに、ルシリュには【反逆者】などの記載はなかった。グルディオにも【ルシリュの忠実な部下】という記載はあれど【神子排斥派】などの記載はなかった。ドルワフロの交易都市でツカサが「お前にとって神子とは何か」と尋ねたのはそのためだった。グルディオの回答次第でルシリュの立ち位置がわかる、とラングに言われたからだ。
いろいろと考えたいことはあるが、指先が糸を離してしまうような感覚があったので、まずは針を抜くことに全神経を注いだ。
集中力が必要な作業だった。目を凝らし、絡まった糸を解きながら外しては変えていく。ゆっくり、確実に、けれど一気にやらなければ針からまた糸が出る。魔力が手に入るのは嬉しいが地面に叩きつけられるのは困る。あと少し、もう少し。ツカサのイメージの指が針を摘まもうとしたところでガシャン、と鉄格子が揺れる音がした。
「うわっ、何!?」
びくりと飛び跳ね針を掴み損ねた。再び全身に糸が広がっていく感覚に苛立ちと脱力を覚えた。誰だ邪魔をした奴は、とツカサが睨みつけるように顔を上げれば、そこにいたのはグルディオだった。
「すまない、声を掛けても反応がなかったから」
ツカサがそこまで驚くとは思わなかったようで、申し訳なさそうに眉尻を下げていた。グルティオの向こう側、少し離れたところで【3】の刺繍を持つ守護騎士がこちらに背を向け、哨戒するように立っていた。
【鑑定眼】で視たところ【神子派】でもなく【裏切り者】でもなさそうだ。こちらには【苦労性】と記載がある。大きな弓を背負っていて、矢筒も長い。マントで全貌は見えないが、あの矢筒の長さ、腕も長いのだろう。確認を終えて立ち上がり、鉄格子越しにグルディオに笑いかけた。
「思ったよりも元気そうで安心したぞ、青年。……鍵が開いているのは何故だ?」
「【10】の守護騎士が来て、開けてた」
ぎょっとしたグルディオの表情から【10】の守護騎士の趣味趣向は知っているらしい。小声でよく無事だった、と言われツカサは胸を叩いた。【10】の守護騎士が昨日から行方知れずらしいのだがと問われ、針を抜く作業に随分時間が掛かっていたのだとわかった。
【10】の守護騎士の話題には触れずに現在時刻を聞けば、既に日が変わり、また朝が来ていたらしい。まる一日作業をしていてあと少しというところを邪魔されたのだ。じとりと睨みつければグルディオは何か不味いことをしたのかと困惑した様子で眉尻を下げていた。
「君なら抜け出せるだろうに、何故逃げない?」
「不思議な力を封じられちゃったから。きちんと戦えるまで下手な真似ができない。それに、【神子】が何をしようとしてるのかできれば知りたい。グルディオさんはどうしてここに?」
「敢えて残っているというわけか。まぁ、そのおかげでルシリュ様にも責が及ばずに済んだが……」
グルディオはまじまじとツカサを眺め、その横に置いてあるランタンの蝋燭が残り少ないことに気づくと、自身のランタンの明かりを消し、地下牢に入って差し出し、蝋燭の交換を示した。ツカサは有難く受け取りながら改めて何の用かと問うた。地下牢に縁のない守護騎士だ、わざわざそれだけのためには来ないだろう。
「君の確認と伝言を伝えるようにと命を受けた。名目上、君をここに入れたのはルシリュ様だからな。直属の部下である私が引き受けた」
うん、とツカサは頷いて続きを促した。
「今夜、君を地下闘技場へ招待する、だそうだ」
「見学席じゃ……ない?」
「……舞台の方だ」
グルディオの声が緊張の色を持った。
「逃げるのなら今が好機だ。【神子様】はお眠りになっているし、兵士のほとんどは西の大山脈へ詰めかけている。【6】までの守護騎士はルシリュ様を筆頭に教会から離反する準備はできている」
ツカサ一人を救うためのことではなく、元から計画されていて、それに合わせてどうか、という誘いなのだと気づいた。有難いが、悩ましい。コツは掴み始めたとはいえ奴隷の針が刺さっている今、ツカサがラングにつけていた迷子札同様、これをもとに位置を掴まれては困る。せめて、これを外すまでは動けない。どこにいるのかを知らせてしまうのは危険だと思った。
「ありがとう、グルディオさん。でも、今は動けない理由があるんだ」
「兄君とお仲間と何か決め事が?」
「ううん、特には。だけど大丈夫、合流する手段はあるからさ」
ツカサの発言は要領を得なかったのだろう、グルディオは眉を顰めながら、ただ、ツカサがここから出る気がないというのは理解したようで地下牢からそっと出て行った。
「君たちには君たちの目的があると聞いてはいるが、ルシリュ様が号令を掛けた時、我々は離反に向けて一気に動く。それだけは忘れないでくれ」
「わかった。号令ってどんなの?」
「行動をともにしない者へ伝えることはできない」
それもそうだ。ショウリが情報を全て出さなかったのと同じことだった。ツカサはマール・ネルを撫でて少し自分を落ち着けてから言った。
「地下闘技場で何をさせられるんだろう?」
「私刑だろうな」
グルディオはゆっくりと扉を閉め、お飾りの錠を引っ掛けた。では、と立ち去ろうとしたグルディオを少し引き留めた。
「もしわかればでいいんだけど、気をつける対戦相手とかって、いる?」
「君は危機感がないのか?」
「あるよ! 牢屋は入ったことがあるけど地下闘技場なんて初めてだし、だから気をつけようと思って」
牢屋に入ったことがあんのかよ、と弓を持っている方が意外そうに振り返って呟いていた。ランタンの明かりで見えた【3】の守護騎士は褐色肌で、濃い緑色のロングヘア―を編み込んだ男性だった。あの髪形の手入れはどうするのだろうと一瞬脱線し、すぐに戻った。
「地下闘技場、随分長くやってるし流行ってるでしょ? 人気の剣闘士とかいるんじゃないの? 映画とかだとそういうのあったんだけど」
「君は変なところで情報通なんだな。私も噂しか知らないんだが、フィエルタ、何かわかるか」
【3】の守護騎士・弓のフィエルタ。その人は数秒の哨戒の後、地下牢へ歩み寄ってきた。身長はアルと同じくらいか、それなりに高い。人を小馬鹿にするような嫌味な視線をしていたが、ツカサの顔を覗き込み、ふっと微笑んだ。目じりが下がってイイ兄ちゃん、といった表情に変わった。
「話しにゃ聞いてたが本当にガキんちょじゃねぇか。大丈夫か? グルディー、オメェをやったっていうのはこいつの兄貴であって、ガキんちょじゃねぇんだろ? つべこべ言ってねぇで担いで逃がした方がよくねぇか?」
案外、気安いノリで言葉が紡がれてツカサは驚いた。グルディーと呼ばれたグルディオは【3】の守護騎士の胸板を軽く叩いた。話してやれという意図らしく、【3】の守護騎士・フィエルタは大袈裟に肩を竦めてから鉄格子に寄り掛かった。
「初めまして、地下闘技場で遊ぶ担当の守護騎士、フィエルタだ」
扉を開けて腕だけが中に入ってきて、変な律義さにツカサは笑いながら握手を返した。
「初めまして。【異邦の旅人】っていう冒険者パーティのツカサ・アルブランドー。今は仲間と別行動中。地下闘技場で遊ぶ担当ってなに?」
「ガキんちょの割りに物怖じしねぇ、ハハッ、気に入ったぜ」
へへ、と笑い、手を引いて扉を閉め、フィエルタはさくりと話した。ルシリュやグルディオは正統派守護騎士として地下牢や地下闘技場には出入りをしない、させられない。けれど、情報は欲しい。そこで汚れ役を買って出たのがフィエルタなのだという。円形闘技場で矢を射り、罪人を殺し、救いを求めてここに来たはずの市民を殺す。そうして【神子様】や上級市民、教徒たちに娯楽を提供しているという。
酷い話だ。けれど、だからこそグルディオが地下の扉までの地図を把握していた意味が分かった。情報源はこのフィエルタなのだ。こうしてグルディオとともにここまで来ていた理由も同じ、道案内だろう。フィエルタはひゅう、と口笛を吹いた。
「もっと軽蔑するような目を向けられると思ったぜ」
「必要な立場があるってことくらいは、理解できる」
へへ、とフィエルタは再び笑い、鉄格子に腕を通してツカサへ身を乗り出した。
「ルシリュ様の派閥で地下闘技場と地下牢への出入りを許されてんのは俺だけだ。守護騎士じゃ、あとは【9】だな。気をつけるのはこいつと、処刑人だけだ」
ツカサは鉄格子に同じように手を掛け、フィエルタに顔を寄せた。
「今、なんて言った?」
「【9】の守護騎士と処刑人」
処刑人、と言葉を繰り返すツカサへフィエルタは囁くように言った。
「【9】の守護騎士は相手を嬲ることに命を懸けてるクソ野郎だ。ある程度技術も持ってやがるし、武器をあれこれ持ち替えるからよ、めんどくせぇ。ただ、一番気をつけなくちゃなんねぇのは処刑人だ」
ツカサはごくりと喉が鳴った。
「アレとだけは戦いたくねぇ。処刑対象じゃねぇ守護騎士である身に感謝したぜ。アレの実力は本物だ。余程のことがねぇと出てきやしねぇが、アレが出るとどんなに善戦していた奴でも必ず死ぬ」
「名前は?」
「誰も知らねぇ。戦いてぇって自ら地下闘技場に下りた狂人だ。髪の色から観客は腐ったワインの処刑人って呼んでるぜ」




