3-34:くたびれた墓、くたびれた二人
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罠だと確信があった。そして【変換】があればこそツカサが殺されることはないとも理解した。だが、合流し、道を開き、ここを脱するためにはどちらにせよ救出が何よりも最優先だ。
『ショウリが【イーグリス】という名を使ったのも、罠なのだろう』
「裏切ってないと思うぞ」
『違う、我々に対してではなく、シュンに対してだ。あそこまで商会を育てた男が、そんな初歩的な過ちは犯さないだろう』
言われてみればそうだ。アルは目を見開き、自分が焦るばかりに悪い方に物事を捉えていたことに気づかされた。ばしりと頬を叩き、気持ちを切り替えた。
「確かに、サルムにしろ、ポソミタキにしろ、ショウリにしろ、頭の回る奴らだ。気づかれる危険性に思い至らないわけがないよな。ということは、シュンと罠を読み合って睨み合いはできてたってわけだ」
『もしくは、予想としては二つ。一つ目は、互いに見えないが、【神子】とは違う方法で私腹を肥やすために商会をやっていると思い、その片棒を敢えてシュンが担いでいる。その状態を作った。二つ目は、【イーグリス】というそれそのものをショウリが武器にするつもりでいるか、だ』
アルはラングの言葉に眉を顰め、首を傾げた。
「武器にするつもりって、シェルティーダか?」
『違う』
ゆっくりとラングのシールドがアルへ向けられた。
『あの店、燃えるものが多く置かれていた。店員も潤沢ではなく、限られた人数だった』
アルは姿勢を正して続きを待った。ラングは【イーグリス】という店が雑貨屋だからこそできることだと言った。
少々の滞在期間中、ラングは雑貨屋の品揃えを見せてもらい、この店自体が武器なのだと思ったという。華美なランタンが多く置かれ、その近くにはよく燃えそうマント類、宝石はついていても素材は木材でできている箪笥、箱、テーブルに椅子。目を引き誤魔化す金細工だけは確かに金だった。
『火を利用するランタンの傍に燃えるものは置かないだろう。薬瓶も見せてもらったが、蓋を開けることは禁じられた。媚薬だ惚れ薬だと言っていたが、あれは炎の勢いを増すための、度数の高い酒か何かだったのだと思う』
「なるほど、じゃあ、あれか、もしシュンが手勢をやって【イーグリス】に踏み込んできたら、店を燃やして手勢を減らすための武器にするってことか」
『思いつきに過ぎないが、物の置かれ方からその可能性は高い。繁華街から少し奥に入った位置に店があるのも、建物が密集していて周囲を巻き込んで燃えるからだろう。石造りではなく、木造が多かったからな。兵士が少しまともであれば、消火しようとするはずだ。褒められた手段ではないが、時間は稼げる』
なるほど、しかし、そうか。だとしたら基本の滞在先が【イーグリス】ではなく【宿】であったことも納得がいった。情報のやり取りはショウリがメインで受けていたが、話のほとんどは宿だった。この世界で初めて会った時も即座に宿へ案内され、【イーグリス】に長時間滞在したのはラングとテルマが忍び込んだ時だけだった。あれも神殿に荷運びを行った者たちを逃がすための作業を、ツカサが手伝うと言ったからだった。
何かあってもいつでもそこを捨てられるように【イーグリス】には長時間滞在をしないよう、ショウリが取り計らっていたのだろう。
「俺としちゃ、故郷の名前だ。あんまり気分はよくないけど、確かに手としてはわかる」
ぎち、と手を握り締めて一度呑み込み、アルは息を吸った。
「ツカサの状況も、ショウリの状況も知りたいな。伝達竜でもいりゃ飛ばすのに……」
『伝達竜?』
「手紙を運べる竜が故郷にはいるんだ」
『ほう。ホムロルルは五十メートルという制約があるからな』
「待てよ、伝達竜? 伝達竜だって?」
アルは今気づいたことを慌てて拾い集め、腰のポーチから手紙を取り出した。それを眺めた後、紙を取り出し、鉛筆を取り出し、一言だけ書いて腰のポーチに戻した。
『何をしている』
「ツカサと連絡が取れるかもしんねぇ」
オルファネウルからの通訳を受けてラングが身を乗り出した。待て、待て、とアルは手で制し、深呼吸した。
「俺、ツカサの空間収納と俺のポーチとで、文通ができるスキルを持ってるんだ。世界を越える時は返事を書くのに時間が掛かるんだけどさ、今、同じ世界にいるんだよな。これをツカサが受け取れるなら、連絡が取れる」
『便利なスキルだ。何故もっと早く思い出さなかった!』
「できないって思い込んでたんだ! できるかもわからねぇし! 賭けみたいなもんだって!」
ラングは自身が扱うものではない力にギリッと唇を噛み、無理矢理開いて息を吸った。
『わかった、その結果を待ちながら、行動について決めよう。城郭に入ったあと、ショウリと合流するか、ツカサをそのまま助けに行くか、順番もだ』
「そうだな。放置してて悪い、結局、協力してくれるのは大熊なのか、牡鹿なのか、どっちだ?」
アルはここまでじっと沈黙を守ってくれていた土地神たちに声を掛けた。大熊がのそりと動いた。
『ワシが行こう。土地神としての年齢を考えても、老いたワシが行く方がよい』
「ポットポス様!」
『あれはまだ若いが威勢はあのとおり、よい。世界が生きながらえる期待を込めて、若者は生き残るべきだ。そういう点において、ホムロルルには背負わせすぎてしまったがな』
『オレ様は覚悟ができてるからいいんだ。谷にはもう何もなくなっちまったしな』
ふん、と胸を張る鷹は少しだけ羽が震えている気がして、アルは両手でそれを包んでやった。
城郭を抜ける穴、その後、小さくなっても目立つ大熊は人けのない墓地で待機、ラングとアルはまずショウリと合流する方針を決めた。先ほどの可能性の件もあるが、接触しやすいショウリが確実な味方であるかを一応確認したかった。
加えて、選んだ理由の一つに西の大山脈に兵士が詰めかけていたこともある。神殿内の戦力はある程度出払っているだろうという予測もあった。その状態で【イーグリス】を攻めるかと考えた時、ラングはやらないと言い、アルも乗り気でなかった。リガーヴァルほど情報網の整っていないこの場所で即座に兵を引き上げられるとも思えない。今はまだ安全だろうが、危険は知らせておかなくてはいけないという考えだ。
『何よりもあの【神子】、地下に入り浸っていたからな。ツカサが地下にいるのならば、離れる姿が想像できない』
牡鹿と大熊が抱えていた命を泡に還し、大熊が器用に掘り進めた穴の中を進みながらラングが言い、アルは肩を竦めた。
「俺はいまいち想像がつかないんだけど、ラングはツカサがどんな扱いを受けてると思うんだ?」
ラングは無言を貫いた。地下闘技場を直に見てきたラングは嫌な予感は全てあり得ると考えているようだった。ツカサのことだ、一方的に凌辱されることも、叩きのめされることもないだろうが、最大の火力であり有用な手段、魔法が本当に封じられていた場合、どうなるか。
「いや、大丈夫だよな。魔法が使えなくても大丈夫なように、ラングが鍛えたんだからな」
うん、とアルは自身に言い聞かせ土の中を歩いた。分厚い城郭を越え、大熊が少しずつ上を目指し、ぼこりと穴が開いた。そろりと大熊と鷹と蛇が顔を出し周囲を窺った。
『ヒトはいねぇな』
『うむ、そのようだ。よっこいせ』
『あぁ、だめだぁ、外は寒いや、ぼくはお布団に入ってるねぇ』
にょろりと服に入り込まれてアルはくすぐったそうに身じろいだ。牡鹿は抱えたものを泡に還した後、大熊に別れを告げて北に戻っていったのでここにはいない。ひょいと穴から外に出て空を見上げた。少し話し過ぎていて夜が明け、ぼんやりとした朝が来ていた。アルはちらりと絆の腕輪を見た。感覚としては近い。地面の奥。このままツカサを助けに行くべきではないだろうか。
『ラング、ツカサ行かない? 本当に【イーグリス】?』
『退路を確保しなくては。墓地のここから外へ出るにしても、ここ一つと定めるのは危険だ。あの重い鉄扉を利用するにしても開くのに時間も掛かる。首都・レワーシェから脱する手段、ショウリならば確実にそれを用意できる。地下の集められた黒い魂の件もある。……脱出経路と状況がわからないのに飛び込むような真似はしない』
アルはオルファネウルからの通訳を受け、むぅ、と唇を尖らせた。あの無鉄砲さは【相棒】だからだったのか、と少しの気づきを得て、アルは歩き出したラングの背中を大人しく追った。大熊は自身が隠れるのにちょうどいい場所をともに歩きながら探すらしい。背後をのしのしと大熊がついてくるのは腰の辺りがぞわりとしたが、気にしないことにした。
整然と並んだ墓石は手入れがされなくなり、全てが陰鬱な様子でくたびれていた。雑草は生えっぱなし、石畳には土が薄っすらと被さり、最近人が歩いた形跡もない。墓守が暮らしているはずの小屋も覗いたが、そこに生活感はなかった。けれど、体を休めることはできそうだ。
キィ、と軽い音を立てて扉を開き中に入る。テーブル、椅子、掃除用具、埃を被った二人分の木製食器、ベッドが二つ。必要最低限の生活用品が揃っていた。ちらりと顔を見合わせた。状況はわかっている。だが、これから戦闘がある可能性を考えれば、休息も必要だ。
「ホムロルル、蛇、大熊、悪いけど人がきたら声を掛けてくれるか?」
「構わねぇよ」
「ぼくは一緒に寝ちゃーう」
『ゆるりと休むがよい、大丈夫そうであればワシはそのまま、ここに隠れることにしよう。なぁにヒトの子くらい、咆哮で追い払えるとも』
アルはラングに二ッと笑い、埃を被っているベッドの布団を軽くはたいて横になった。
『おやすみ、ラング』
『あぁ、おやすみ』
とさりとベッドにお互い横になり、あっという間に眠りに落ちたラングとアルに、土地神は小さく笑みを浮かべた。アルに大鷹が寄り添い、ラングには大熊が寄り添った。
今だけは穏やかな夢を見よう。それを責める者は誰もいない。
ツカサからの返事があったのは、次に目を覚ました時だった。




