3-27:扉の向こう
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「あぁ! 畜生! びくともしねぇ! おい、離れてろ!」
さっとラングがランタンを取り出して照らした扉のこちら側は、交差地点というだけあってかなり広く、槍を存分に振るうことができる。集中しろ、できる、ひらける、頼むぞオルファネウル。アルは槍を横に構え、強く振った。バキン。黒い扉に傷はつく。だが、ひらかない。
「くっそ! なんでだ! どうして!」
何度も槍を振るうが結果は変わらず、多少の傷はつくもののひらくことはない。オルファネウルが悪いのではなく、これは自分のせいだとアルは理解した。そして、この聞き覚えのない鉱石も特殊なのだと思った。もっと集中しろ、谷で風を開いた時のように、大ムカデを討ち取った時のように。【黒のダンジョン】では無我夢中で槍を振るい、場所をひらき、仲間が戦える場所に仕上げただろう。
「そうだ、冷静であれ、だよな」
何度も深呼吸をしている間にラングはラングで取っ手を引いて扉を開けようと孤軍奮闘しており、それぞれが扉を開かんと抗っていた。足場は一見土にも見えたので剣先を扉の下に差し込み、掘って越えようという行動もしていたが、ガキン、とその下の石を叩きラングは聞き取れない悪態を吐いた。
扉の奥から何か話し声はする。ツカサが誰かとそこにいて、話している。それは無事であることを示し、同時にツカサが追い詰められている証左でもあった。魔法があればどうにかできると思っているのだろうか、馬鹿なことを! アルは焦りに槍を強く握り締めた。
そこへ、オルファネウルがマール・ネルを通して誰と話しているのか、何を話しているのかを伝えてきた。シュン、それも【黒のダンジョン】で会った奴だ。オルファネウルもまたあの時のシュンを見ているのでよく知っている。槍を持ったまま会話に耳を澄ませてしまい、槍を振るうことに集中できなくなった。
ツカサがラングを逃がした意味がわかった。魔法耐性のある扉はそれがそのままシュンを防ぐ手立てとなる。ツカサ一人であれば魔法障壁をどうにでもできるし、上手くいけば魔封じを、と考えてのことだろう。アルの槍もまた、あの通路では存分に力を発揮できなかった。状況は理解した。
「だからって……!」
アルは自分の気が急いて落ち着かず、オルファネウルを背負い直し、ラングと共に扉を引いた。びくともしない。もしや押す時だけ開き、多少開かないと引いてもだめなのかもしれない。そうだ、この通路を使って誰でも入ってこれるようでは困る。首都側、神殿が許可した者だけを入れられるような仕組みであれば、そもそも潰す必要も埋める必要もない。選択肢は神殿側にあるのだから。となれば、帰路も考えなければならないが、とにかく。
「ツカサァァ! 畜生! ひらけよ!」
『叫んでいる暇があれば引け!』
二人で低い声で唸りながら扉を引き続ける。一度閉まった扉はまるで元から一枚であるかのように開かなかった。嫌な想像をした造りの可能性に汗をかいた。
「やってる場合じゃねぇぞ! こっちもやべぇ!」
肩から離れ飛び回っていたホムロルルが叫ぶ。ハッと振り返れば通路からべちゃり、びしゃり、と湿った音がした。双剣を構えるラングと、アルは槍を手に持ち直した。
『臭う、腐ったものの臭いだ』
『におい? くさい?』
ラングが小さく頷く。アルもランタンを取り出して点け、腰に着けた。ラングもまた同じように腰へ着け、向かってくるものを待った。通路は東西南北にいくため、四つ並んでいる。
「ホムロルル、どの道が西に通じてるかわかるか?」
「右から二番目だ」
『ラング、西、むこう。進む、ツカサ、迎え、あと』
アルは右から二番目のぽっかり開いた通路を槍で指した。意図は通じたらしく暫く悩んだ様子はあったが最終的に頷きがあった。そうだ、ここで延々と戦っている時間があるのならば、先に進み、一つでも目的を達成した方が遠回りなようで近道なのだ。
おぉ、おぉ、と地の底から救いを求めるような声がした。アルは苦手なものが近づいてきていることを察した。逃げて、ここに来て、百年近く扉が開かなければ、死んだ命もあったということか。それはつまり戻れなかったということでもあり、この通路が長いことも示していた。他国まで続いているとあればそれも当然か。加えて、もしかしたら迷路かもしれない。
アルが思いつく様々な嫌な予感に眉尻を下げていれば、ランタンの明かりの下へ黒くてどろどろしたものを纏った死体が辿り着いた。ランタンの明かりに救いを求めてか骨と腐ったどろどろの黒い水分がこちらへ手を伸ばしてくる。もはやどうやって動いているのかすら頭が理解を拒否した。言い知れぬ臭いだった。腐った生ものをぐちゃぐちゃに混ぜて差し出されたような気分だ。胃からせり上がってくる夕食をぐっと飲み込み、アルは槍を横に構えた。
ラングと視線を交わし合う。どちらもどろどろの物体に触れたくなくて譲り合った。お前が行け、とシールドが揺られ、いや、お前から、とアルは視線でどろどろを指した。何回かやり合い、オルファネウルが、行きなさい、と言った。
「くっそ! わかったよ!」
とん、とん、と体の緊張を解してからアルは雄叫びを上げた。
「うおおぉぉ!」
威圧を込めた咆哮。自身を奮い立たせ、敵視を、注目を集める。真っ黒な眼窩、そこに眼球すらないが何故か視線を感じてぞわぞわした。得意じゃないんだぞ。
槍を振るい、まずは横に槍で一閃を描き、一瞬の間を置いて死体が真っ二つに斬れて崩れ落ちた。【時失いの石】のおかげで黒いどろどろが残ることもなく、しゅわりと柔らかい音を立て、ダンジョンのように全てが消えていく。残る物はないが、あの状態で残り続けるよりは安らかだろう。
「武器が溶けたりはしなさそうだ、大丈夫そうだぞ」
先陣を切ってやったからな、とアルが槍を肩に乗せて自信満々に振り返ればラングは肩を竦め、すぅ、はぁ、と呼吸を入れてから地面を蹴った。死体の首がぽんと軽く飛んでいく。肉を失った骨だけの姿、黒いどろどろしたものを飛び散らせ、泡に変えながらラングの双剣は容赦なくそれを斬り落としていく。その姿に焦燥を感じた。その気持ちはアルも同じだった。
ツカサを置いてきてしまった。庇われてしまった。魔法という分野ではツカサは三人の中で一番秀でており、よく知っている。アルとてイーグリステリアという魔導士を、シェイという魔導士を知っており、その厄介さもよくわかっている。せめて通路がもう少し広ければツカサは残らないでくれただろう。託すなと言いながら、その状況を打破できなかった己の情けなさに泣きたくなった。
お互いに時折雄叫びを上げながら黒い死体を泡に変えていった。残ることのない死体。還ることのない魂。引き継がれることのない記憶。西の噴火のせいか、それ以外の理由か、この首都への出口を目指して詰めかける数ときたら、簡単に数えられるものではなかった。隣同士くっついてしまっているものもあって、それが一人か二人かもわからないのだ。それでも先に進むしかない。
「そうだな、ツカサは後を追うって言ったんだ、だったら、道をひらいておくのが俺の役目だ!」
そうだよな、オルファネウル。ぎゅうっと握り締めた槍は、そうだとも、と答えた。
「ラング! 進むぞ! 前!? 後ろ!?」
先陣を切るか殿かを動作で問えば、ラングは先陣を選んだ。先ほど指定した右から二番目の通路に向かって死体を斬り刻み泡に変えながらとにかく突き進む。横から伸びてくる手はアルが斬り払った。通路の奥からもいくつか呻き声はしているが、交差地点であるこの広間よりはマシだろう。通路は槍を思いきり振れる幅がない。それも判断した上での前衛だ。さすが、正直助かった。後ろから来るものは突き刺すしかなさそうだ。
オルファネウルがマール・ネルの名を呼んだ。五十ロートル。扉から離れ声が聞こえなくなるのだ。
「頼むから無事でいろよ……! 加護携えてすぐ戻ってくるからな!」
聞こえてはいないだろうが叫ばずにはいられなかった。
西への通路は暫く真っ直ぐだった。途中分かれ道があり、ホムロルルが先を飛んで示した。土地神・神獣という特性もあってかホムロルルに伸びる死体の腕もあり、それも守りながら進んだ。
二つのランタンの明かりが互いの影を伸ばして揺らす。零れる息と道を駆ける足音。剣が、槍が何かを斬る音、貫く音、泡になる音。まるで暗闇の中で終わらないワルツを踊らされているような錯覚に陥った。
「だめだ、息を吸え!」
アルはハッとして息を吸い、ラングを追いかけた。くすんだ緑は暗闇では見えにくい。ラングはラングで【時失いの石】の距離は測っていてそこまで離れないが、見失いかねない。ふとラングが足を止めた。その後ろからランタンを掲げて前を覗けば分かれ道だった。だが、これは。
「埋まってるな?」
アルはフンカというものをよく知らない。ツカサに聞いたところ、山が高熱の溶けた大地の川を抱えきれず大地を突き破って空へ吹き上げるもの、零れるもの、といわれ、それでも混乱した。ドルワフロの鍛冶場を思い出せと言われ、溶けた鉄のどろどろ、あれみたいなのが流れてくる、と説明を受けてようやく危険なのだと気づいた。そしてそれが固まれば堅い岩石のようになるはず、というぼんやりとした思い出話も聞いた。それが片方の道を塞いでいた。
「っつーことは、こっちが正しく西に繋がる道ってことなんだけど、えぇー! どうすんだよこれ!」
『ホムロルル、違う道はないのか』
「ないわけじゃねぇが、険しいぜ?」
「行くっきゃない! 先導頼んだ!」
ホムロルルが埋まっていない道へ向かいながらひと鳴きし、アルの肩に乗った。次はアルが先導をするということだ。通路は徐々に下り坂、階段となった。ただでさえ地下牢に行くために下りたはずだが、さらに下りていく。じめじめした湿気と暗闇、呼吸ができるか、ラングは時々大きく息を吸い、そこに毒がないことを確かめているようだった。アルはオルファネウルの穂先を暗闇の底に向け、何かあれば教えてくれと頼んだ。
「ホムロルル、毒とか、空気に混ざってないよな?」
「あぁ、大丈夫だ。さすがにヒトが死ぬもんはちゃんと言ってやるさ」
頼むぞ、とアルは先導を続けた。ランタンの明かりで照らし出す通路の幅はアルが両腕を広げたくらいだ。足元は地下牢と同じ石造り、これははめ込み、置かれたものなので人の手が入っている。ところどころ欠けていたり、踏んだことでヒビが入る段もある。先の方からまた呻き声が聞こえた。穂先をそのまま前に出していれば、勝手に刺さり、泡になって消えていく。時に払うようにすればそれでも足りる。問題は上りであれば進行方向の上から、下りであれば後方から雪崩れて落ちてこないかどうかだ。ちらりと背後を見遣ればそこはラングも警戒をしてくれていた。
足早に進み続ければ分かれ道だ。ホムロルルに道を尋ねれば進むべき道の方へ鳴き声を上げてくれた。真っ直ぐに平たんな道を進む時もあれば、階段を下りる時も、上る時もあった。いったいどういう意図でこんな道になっているのか。帰り道がわからなくならないよう壁に穂先で傷もつけておいたが、この先はどうなっているのだろう。
「この先はどうなってるんだ?」
我慢できずに問えば、ホムロルルから唸り声が返ってきた。
「俺様が感じ取れるのは、西の土地神の位置くらいだ。あいつの気配が風に乗って流れてきてんだよ。だから、この道だって遠回りだが辿り着く」
「で、この先は?」
「わからねぇんだよ!」
ケーッ、とアルは耳元で鷹に鳴かれ首を逃がした。崖の街、谷とまったく違うところにいたのだから知らなくても責める気はなかったが、だったら素直に言えとアルは思った。
『ツカサ……』
ぽつりとラングが零した声は形容のし難い音をしていた。アルは息を吸い、その前を歩き続けた。地下の冷たく重い空気が全身に纏わりついていた。




