3-23:新しい謎
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ルシリュは神殿内の派閥の様子や、今回の情報漏洩を利用した者を見極めてから実行に移したいと言った。その慎重さは有難い。できるだけしっかりと計画し、その後何が起こるかを予想して心の準備をしておきたいし、計画が実行に移されるまでは少しの間、休憩となる。ルシリュは三日くれ、と言い、今日はゆっくり休んでから神殿で業務に戻ると会議室を辞していった。その際、キスクは腕を引いて連れて行かれ、ユキヒョウが慌ててそれにぽてぽてとついていった。懐かしい会話に花を咲かせるのだろう。
会議室に残された面々は暫し無言を貫き、少ししてからショウリが椅子にずるりと沈んだ。商会長代理が呆れた様子でその背後に回り、肩を揉んだ。
「会長、はしたないですよ」
「年寄りには疲れんだよ、こういうの。もうお前に任せてる分野だしさぁ」
この世界に来て百年近く、ショウリはその身に持った【女神の欠片】で見た目こそ若いものの、生きている年数を思えば老人で間違いはない。そういった話を口にしていいのかと問えば、商会長代理、テルタ、テルマの三人は知っているらしい。そもそも顔を変えられる不思議な事象を見ていればそれもそうか。商会内ではポソミタキの代と黒髪のショウリの代で、担当交代のふりをしているらしい。そういう細かいところに気を遣うのはなんというか、らしい。
ショウリは商会長代理に引っ張られるようにして姿勢を戻し、日本語で話しかけてきた。
『俺の持ってるこの【欠片】、どうやったらお前に渡せんだろうな。……やっぱ殺されるわけ?』
『必要だったらやるけど、別の手段がないかなって思ってる』
『別の手段あんのか?』
『思いついてるわけじゃないけど、殺すのは乗り気じゃないなって』
ツカサは少し唸り、ちらりとテルタとテルマ、商会長代理を見た。ショウリはちょっと故郷話、と三人に部屋から出てくれと頼んだ。ここで嫌がったのはテルタだった。
「話がわからなくたっていい、俺はここに残ります。口だって堅いです」
「しかしなぁテルタ、たぶん見せたくないもん、知られたくないことがあんだよ。俺の顔の件だって、お前たちにしか見せてねぇだろ? それ系なんだと思うんだよな」
「だとしても、俺は残ります!」
肩を竦め、どうするかを視線で問われ、ツカサはラングとアルを見た。アルがすっかり冷めたお茶を飲みながら首を傾げた。
「そもそも、ツカサは何をするつもりなんだ? オルファネウルはさっきの言語は通訳してくれないんだよ。なんとなく、なんか秘密の話をしたいのかな、とは見ててわかるけどさ」
「え、そうなの? いや、【女神の欠片】を受け取るために、どうするかって話をしてて。殺す以外にないのかっていうから。本格的にやらなくても、少し試せたらなって」
あぁ、とアルはテーブルに突っ伏した。その脇腹にラングが肘を入れ、アルは呻いた。
「お前、ちょっと相棒よりも俺に厳しくないか!?」
「ショウリだって怒られてたでしょ、アル、同じだよ」
「ツカサはもう少しラングのやることに異を唱えろって! 甘やかすなって言ってるだろ!」
まったく、とぶつぶつ言いながらアルは椅子に座り直した。ツカサはショウリとテルタを交互に見た後、頷いた。
「いいよ、口が堅いというならそれを信じる。裏切られた時、責任を取るのはショウリだからね」
「感謝します。必ず守ります」
「したら、悪ぃけどテルマは諜報、戦闘部隊に人員が減ったこと、状況の共有を頼む。ニテロ、商会のことを任せていいか?」
「もちろんです。夜になったらお食事はこちらに運びます」
「いつも悪ぃな、ありがとよ」
「では、私は失礼します」
テルマがショウリの頬にキスをしてから部屋を出た。一瞬驚いたが、あれは子供が親にするものだとツカサは理解した。そうか、そういう関係なのだ。そうであることを見せてもいいと、ラングが信頼を勝ち取ったのだとわかった。ニテロはテルマの行動に驚いていたが、小さく微笑んでからショウリに後ろから一度抱き着いて腕をポンポンと叩かれ、同じように部屋を出た。テルタはショウリの隣に座り直し、ぐっと姿勢を正して真剣な面持ちだ。
「家族なんだね」
ツカサが微笑を浮かべて言い、ショウリは隣にテルタがいるのもあって気恥ずかしそうに首を摩った。
「商会長代理を任せてるニテロが長男、テルタが次男、テルマが長女って感じだ。平穏でありきたりな毎日ってのを送らせてやれないのは申し訳ねぇけどよ」
「父さんのせいじゃない」
話題に出ていたからか、思わずか、テルタが言ってから幼い子供がやってしまった、と言いたげに少し俯いた。テルタとテルマ、【鑑定眼】で視た際【ショウリの腹心】とあったが、それは親と慕う心があってのことだったのだ。
穿ったものの見方かもしれないが、聖典ではよくある話ではないだろうか。幼い頃から育てて自身の腹心にするという展開だ。奴隷でないだけマシかも、とツカサの目がありありと語っていたのだろう、ショウリは少しムッとした顔で日本語を話した。
『言っとくけどな、俺はテルマもテルタも、ニテロだって巻き込むつもりはなかったんだぜ? 良い生活させて、嫁もらって婿もらって幸せになってくれりゃいいと思って、ポソミタキと一緒に育てたんだ』
『ポソミタキさんと?』
『当然だろ、顔借りてんだし。それに、子育てなんて見てたけどやったことねぇし、こないだは偉そうに言ったけど、正直手探りだったぜ?』
少しだけ父親トークに脱線し、ショウリが、ポソミタキが如何に彼らを大事にしているかはわかった。テルタは言葉はわからないながら、時折ショウリがその肩を叩き、頭をぐりぐりと撫でるので、話題にいることは理解したらしく、やめてよ父さん、と言いたげな顔で照れを滲ませていた。
ショウリは確かに彼らを愛し、慈しんで育てた。それだけの稼ぎをポソミタキとサルムとともに得ていたのは幸運だった。そして、秘されていた父のやっていることと目的を知り、その片腕として立つことを決めたニテロは商会長代理を。三年前、ショウリが声を聞いた頃からテルタが外に出ての調整役を、テルマが本腰を入れて部隊を作り上げた。その話を少しラングとアルにも共有をすれば、ラングは得心がいったと言いたげに頷いていた。
『道理で動きが鈍いわけだ。たった三、四年であの動きならば及第点だろう』
『どんな潜入捜査してきたんだか』
じと、と横目に見遣ればシールドの中で目が伏せられる気配がし、黙秘された。そこについて言及していると三日は掛かりそうなので一旦、胸に収めた。ショウリは言語をこの世界のものに変えてきた。
「で、じゃあその【欠片】ってのをどうするかってところだな」
「テルタは知ってるの?」
「そりゃ、顔も変えられる、歳も取らないとなりゃ、話さないわけにはいかねぇし?」
「それもそっか。ええと、それで、どこまで知ってるの?」
ショウリは軽く肩を竦め、テルタの肩を叩いた。
「テルタは全部知ってるぜ。ツカサたちが【欠片】を求めて俺のところに来たことも、いずれ俺がそれをあんたらに渡すってことも。だからテルタは残していいと思った」
それもまた、特定の情報だけを渡すという手法なのだろう。ショウリに何かあった場合、三兄妹が情報を照らし合わせ、その後を生きる。もしどこかから情報が漏れた場合、三兄妹の誰から漏れたのかを判別できる。厳しいが、正しいと思った。ツカサは扉の外にも気配がないことはわかっていたが、ここで初めて防音魔法障壁を使った。テルタが自身の身を駆け抜けていったぼわんとしたものに震え、周囲を見渡した。ショウリは驚いたものの、天井を見回した後、笑った。
「バリアでこんなこともできんのか、これ防音とかそういうあれだろ?」
「話が早くて助かるよ。魔法の師匠から習ったんだ」
「……そういう奴が俺にも居りゃな」
周りを見渡せばいたのだろう、と言葉が続くことはなかったが、ツカサもそれを言うつもりはなかった。さて、本題だ。
「そもそも、まず【欠片】がどういう状態でショウリの中にあるんだろう。溶け合っているのか、ファンタジーにそれだけ抜き出せるのか、外からじゃわからないんだよね」
「そうだな、俺の感覚としちゃ心臓のあたり、ここらへんにあったかいもんがあるなぁって感じだ。物理的に感触はなくてただ、あったかいだけだ」
「触ってもいい?」
あぁ、と了承を得て近づき、ツカサは示された場所に触れた。【時の死神】の権能が何かを示さないかと思ったが、ショウリの鼓動が手のひらに感じられるだけだった。【欠片】を感じることもできない。
思えば、ツカサは自身の中にいる【時の死神】が【女神の欠片】を持っていると予想しているが、空間収納の中だからか、精神世界だからか、それを感じ取ることはできない。難しい。
「ううん、どうしたらいいんだろう。トルクィーロさんみたいにもう確実に死者なら、正直誘いもあるからやりようがあるんだけど、ノイズが掛かっててショウリの状態が正確にわからないんだよね。自認は?」
「この世界で死んだ覚えはねぇけど」
「うーん」
困った。ポソミタキを抱え込めるだけの何かはあるのだろう。ただ、それができた理由がわからない。加えて崖の街に揺蕩っていた黒い命たちも抱え込んでいたはずだ。謎が増える。ツカサが部屋中を歩き回って唸っていれば、話が頓挫したことはわかったのかテルタが気分転換を差し込んできた。
「話は変わりますが、ツカサ殿が所有しているあの不思議な剣、どこで手に入れたんですか? ドルワフロですか?」
それは、穀物を得られればいいと思ってのことだったのだろう。ツカサは豊穣の剣を取り出して机に置いた。
「これは俺の故郷から持ってきたものだから、ドルワフロじゃないんだよ。この大陸のものじゃなくて、えっと」
「昔話して聞かせただろ? ダンジョン産ってやつだな」
「え、あの話って寝物語じゃないんですか……?」
テルタが目を見開き、そっと豊穣の剣を手に取った。どうやら、ショウリは寝物語にダンジョンや冒険の話をよくしていたらしい。かつてシュンがヴァロキアで冒険者活動をしてもいたので話題には事欠かなかっただろう。テルタは本当にこれが、と最初に豊穣の剣を手にした時とは違い少年のように目を輝かせて鞘を抜いた。
「おい、テルタ、あぶねぇぞ。お前テルマと違って刃物弱ぇんだからやめとけって」
「それ、人体は斬れないから大丈夫だよ」
「ぁあ? マジで?」
興味を惹かれたショウリが身を乗り出した。テルタが恐る恐る手を刃に当てて、斬れないことに感動し、ショウリに手渡した。ショウリは刃をまじまじと眺めた後、その刃先に指を滑らせた。
「マジかよ、本当にダンジョンって意味がわから……!?」
「え!?」
ざらり。豊穣の剣に滑らせたショウリの指先は、小麦や大麦、小豆となった。ショウリは豊穣の剣を放り投げた。ラングがそれを掴まえ、アルがテーブルに両手をついて立ち上がり、ツカサは口元を手で覆い、テルタが毛足の長い絨毯に埋もれたそれらを呆然と眺めていた。ハッとして見遣ればショウリの手はそのままそこにある。血も流れていない。だが、確かに豊穣の剣はそれを穀物に変えた。
「ど……!?」
どういうことだ。刃が斬れないこと、触れただけでは穀物が出ないことはテルタで実証されている。ショウリが魔力を通したというのならば、豊穣の剣の刃からざらりと出てくるはずだ。それはツカサが常々見ているので実証されている。だとするならば、答えは一つではないだろうか。
「ショウリ、その体、全部魔力だったりする?」
「んな、わけ、いや、わからねぇ。ツカサ、お前【鑑定】あんだろ!? 確かめろ、あの剣も、俺も!」
「視てるけど! ノイズが掛かってて視えないんだって! 豊穣の剣も豊穣の剣ってだけで!」
「役に立たねぇな!」
なんだと! と喧嘩になってしまい、アルに手早く引き剥がされた。
「やってる場合か! とりあえず、ショウリは怪我ないんだな? 指はあるな? 欠けたと感じるところは?」
「ねぇよ」
「ツカサも視えないからって悔しがるなよ。俺はいつも視えないぞ」
「うぅ、そうだけど、豊穣の剣って謎が多いんだよ、解くカギになるのに!」
わかったわかった、とアルがツカサの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわし、呆然としているテルタの肩を叩きに行った。肩を叩かれ、テルタは泣きそうな顔でアルを見た。
「お、俺のせいで父さんが怪我……」
「してねぇ、大丈夫だテルタ」
ショウリがほら、と手を見せてテルタの頬を包み、宥めて安心させた。ラングが豊穣の剣を鞘に収めながら場をまとめた。
「話、ここまで。【欠片】を得る、まだ先になるだろう。仕方ない」
「うん、まぁ、そうかも。謎だけ増えちゃったな」
返された豊穣の剣を空間収納にしまい、ツカサはがっくりと肩を落とした。




