3-22:情報を煮詰めて
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ルルティヌア、親しい者はルルと呼ぶ。それはキスクの幼馴染で【囁きを聞く人】であり、導き手であった。しかし、【元】がついている。
キスク曰く、十年ほど前に教会に連れて行かれたその人が、まさか無事でいるとは思いもしなかった。
ルル、すっかり呼ばれなくなって久しいその名はくすぐったいと、引き続きルシリュと呼ぶことになったその人は嬉しそうにキスクを抱きしめて温もりを確かめていた。幼馴染の十年前からの変化にキスクは混乱しているようだったが、連れて行かれて、なんの音沙汰もなくなって死んだと思っていた懐かしい友が生きていたことはその涙腺を緩ませた。少しの間二人には再会を喜ぶ時間が与えられた。
スン、と鼻をすすってルシリュが笑った。
「無事だったかァ、トルクィーロ様の件があって心配してたんだァ。ロトリリィーノさんはほら、ちょっと追い詰められやすい人だったしさァ」
「ロトリリィーノ叔父とも話は済んでるからァ、大丈夫だァ。戻ったら頭として頑張るよォ」
「そうかァ、決めたんだねェ……。偉いよォ……!」
キスクより身長の高いルシリュが再び幼馴染を抱きしめ、胸鎧でその首を圧迫していた。不味そうだなと思いツカサが声を掛けた。
「えっと、ルシリュさん? そろそろ話していい?」
「あ、あぁ、すまない、そうだった。まさか再会できるとは思わなくて」
離されたキスクは見栄を張って平然としていたが、喉を圧迫される辛さはよく知っている。椅子に促せばどさりと座り込んだ。再会を喜ぶのはまた後にしてもらい、全員が席に着いた。なかなか大人数の作戦会議だ。イーグリステリア事変の際の作戦会議を思い出した。あの時は立ち会議だったな、とツカサは少し物思いに耽った。
その間に改めてルシリュの名乗りとグルディオの紹介があった。ドルワフロへの交易都市でのことはルシリュにも報告されており、【神子派】を減らしたことへの礼を言われた。【囁きを聞く人】のことであったり、ルシリュが十年前に何があって守護騎士になったのかなど気になることは多いのだが、一先ず先に必要な情報をやり取りすることになった。
雑貨屋・イーグリス、守護騎士、ドルワフロが手を組むこと。その全ての反抗勢力を指して【シェルティーダ】と呼称すること。【シェルティーダ】の件は無事に情報共有ができていたらしく、いい響きだとルシリュは頷いた。それから、【異邦の旅人】は西の大山脈の向こうに行くために道を探していることを伝えた。
グルディオはかつてその部下と自らを縛り上げていた【異邦の旅人】に対し、警戒はあれど、意外なことに敵愾心を持たないで接してくれた。あの時、【神子派】を殺したことがグルディオの中で信頼の一部になっているらしい。ラングの容赦のなさが光ることがあるとは思いもしなかった。考え込んでいるルシリュに代わり、グルディオが尋ねてきた。
「西か、ショウリ殿が言っているのはあれだろう、地下の通路のことだな? 君たちはなぜ西を目指すのだ? 今は状況が悪い」
「教会が西に人を集めてるのは本当ってこと?」
うむ、とグルディオが頷き、ツカサは腕を組んだ。西を目指すことをシュンは知っていたのだろうか。だとしたら、どうやって知っているのだろうか。ショウリはシュンとは繋がっておらず、情報はそこから漏れていないはずだ。まさか【シェルティーダ】内に裏切り者がいるのだろうか。サッと【鑑定眼】で覗き見ても【裏切り者】や【実は神子派】などの言葉はない。ツカサは腰にいるマール・ネルを撫でて自分を落ち着けた。
「西に行く、神獣、いる可能性、ある」
理由について答えあぐねていればラングが代わりに話してくれた。嘘ではない、土地神・神獣がいるからそこに【女神の欠片】があるはずなので行きたいのだ。グルディオたち守護騎士は神獣を探してもいるので理由としては納得感があるはずだ。実際、守護騎士はそれで活動していたこともあって目を見開いていた。
「神獣がいるのか、北には何もいなかったのでそういった情報は助かる」
「あ、でも、行くのは俺たちだけで、ちょっとした縁があって、会いやすいんだけど、他の人が居ると会えなくて。あの、そう、声が聞こえないというか」
「もしや、君もあの声を聞いたのか」
ルシリュが目を瞬き言った言葉にツカサは目が泳ぐ。聞いてはいない。ただ、会えるというだけで。ラングがテーブルに身を乗り出してルシリュからツカサへの視線を切りながら首を傾げた。
「お前は何を聞いた?」
「頭がおかしいと思わないでくれ。私は昔から不思議な声をよく聞く方で、それが命を救ってくれたこともあったんだ。死体が黒く溶けることが増えた頃、何かが囁いたのだ。少しの間であれば死者を守ることができる。けれど、永遠ではない。言葉の通じるものを探せ、と。そのあとに狼が現れて、死者を弔う場所はどこだと聞いてきたので、こいつだと思ったのだ」
「声は、女、男?」
「あぁ、ええと、確か、女の声だったな」
ルシリュが言い、ツカサはラングと顔を見合わせた。恐らく、ショウリが聞いた女の声と、ルシリュが聞いた女の声は同じはずだ。それがどんな声であったのか声優に当てはめて聞けば整合性も取れるが、それができるのはショウリ側だけだ。ツカサは頬を掻くために腕を解いた。
「【囁きを聞く人】はルシリュさんだけじゃないから大丈夫」
「同じ者がいるのは有難いさ」
ルシリュが親しみを込めてツカサへ微笑んだ。聞こえるのは自分じゃなくて、と否定するのも話がややこしくなるのがわかりツカサはにこっと笑っておいた。
そういうわけで西に行きたいと改めて伝えれば、ルシリュは少し難しい顔をした。
「地下に闘技場が造られているのは知っているのだな?」
「あぁ、手勢が直接確認をした」
ショウリの答えを受けてルシリュはじっと考え込んだ。グルディオはそれを信頼して待っている。グルディオの在り方はまるで従者のようだと思った。ルシリュを主君として守るために居るような、そんな感じだ。あとで十二人の守護騎士についても聞かなくてはと、ツカサはその間に聞きたいことを紙に書き出しておいた。二十分は黙り込んだ後、ルシリュが顔を上げて言った。
「地下にある西への道は通じている。埋められてはいない」
その言葉は希望の言葉だった。テルマが地図を出せばグルディオがペンを借り、そこに詳細な地図を書き込み始めた。細かいことが得意な男なのだ、とルシリュが自慢げに言い、グルディオは少しだけ口元を緩ませてから、悲しげに笑った。
「何人かを犠牲にして得た図ですがね」
元貯蔵庫だった場所を地下闘技場と書き直し、ラングとテルマが立った位置から道を戻り、さらに深く潜っていき地下牢へ、その先にもう一つ部屋があり、そこが四方へ通ずる道がある交差点だそうだ。道は明確になった、有難い。ペンを置いてグルディオが説明を担った。
「四方に通ずるこの部屋は、今は厳重に封じられている。そう易々とは通れまい。地下牢をその前に置いてあるのはそこに看守を置いて監視ができるからだ。我々守護騎士とて、地下牢はおいそれと入れる場所ではない」
「守護騎士、勝手な想像で悪いけど、教会内で権力持っている方なんじゃないの?」
「昔はそうだったのだが、地下牢が増築された際、【神子】が自身の息の掛かった者を地下牢の管理に置き、我々も許可を得て入る場所となったのだ」
ラングは地下闘技場の様子から、その地下牢に閉じ込めた者たちを見世物とするため、正義感の強い守護騎士を置くのは不都合だったのだろうと言った。グルディオは守護騎士を正義と呼んでくれたことが嬉しかったらしく、ラングに対して警戒していたものが少し緩んだ様子だった。そうすると、ラングもようやく剣の柄から手を離した。
そういえば、グルディオはラングから受けた威圧で気絶させられたのだった。ツカサはそっとラングの後ろでグルディオに小さく会釈した。グルディオはそれに気づくと滲むように笑った。
さて、では、どうやってそこに行くか、だ。
「守護騎士に案内してもらって入るのは?」
「余程、緊急事態として入らなければ面倒になるな。我々守護騎士も一枚岩ではないのだ。グルディオは守護騎士については話していないのだったか?」
「はい、人数のみです。そのような状況でもなく」
ふむ、とルシリュがツカサの手元の紙を強請った。商会長代理が紙とペンを差し出し、礼を言いながらルシリュが書き込み始めた。着けている分厚いグローブのせいか思ったより字が汚い。書かれたものはこうだ。
現在十二人が守護騎士の称号を受けている。
守護騎士とは、【フォートルアレワシェナ正教】における悪を滅する刃である。
ただし、現在は各地の死体が黒く溶ける事象を隠すため、該当地域の者たちを滅する存在となっている。
ルシリュたち【シェルティーダ】はその任務を聞き込みとして扱い、狼と同じ神獣を探し求めていた。
「でも、グルディオさんと一緒にいた二人が【神子派】だったから、守護騎士も内部争いがあるんだよね?」
「そのとおり。こちらの手勢も奴らの側に数名置いている状態だ。名前を羅列しても厄介だろう、数字で書かせてもらうよ」
ルシリュが現在守護騎士の取りまとめであり、【1】。グルディオは【2】。以下【6】までは【シェルティーダ】で、【7】から【12】は【神子派】である。
「綺麗に半分なんだ。どうして全員同じ志じゃないの?」
「【神子】の与える享楽が手放せないのだ。それに、本来守護騎士の称号を受けてはならない者たちもいる。殺戮を好んだり、奪うことを楽しむ輩が教会の後ろ盾を得て好き勝手しているのさ。その分、敵ではない。己を鍛えることを知らない奴らなど取るに足らないものだからね」
守護騎士の序列はマントに刺繍されていると言い、グルディオが立ち上がり、背を向けてくれた。白いマントによく見たら銀糸で刺繍が施されており、ツカサの目には【2】と読めた。つまり、相手の名前がわからなくても、数字さえ把握できれば敵味方がわかるということだ。この判別方法は助かる。ラングに数字を書き直して教えていればルシリュが困ったように唸った。
「私やグルディオが君たちを地下牢に案内した場合、その後我々が動きにくくなってしまうのだ。抵抗して逃げ出した体を取ってもらわねば責が及ぶ。しかし、抵抗され逃がしたとあっても面目が立たない。守護騎士の威光は地に落ちるだろう」
何より、【神子】に目を付けられる。今ある程度自由に動けているのは、従順なふりをして裏でこっそりと動いているからなのだ。ルシリュたちは死体が黒く溶けると聞いても村人や町人を殺してはいない。【シェルティーダ】のメンバー、それも守護騎士が動きにくくなるのは確かに不都合だろう。
『ならば失脚を狙えばいいのではないか?』
ラングが言い、ツカサは顔を上げた。失脚、などの単語がわからず故郷の言語で話され、ツカサがまずは聞いた。
『【神子派】の守護騎士に我々を捕まえさせ、地下牢に案内をさせる。そこから脱すればいい』
『なるほど、そうしたら【神子派】の守護騎士も失脚するし、守護騎士の中の敵も減らせる? ありかも……?』
ツカサが感心した様子で頷けば皆が共有を待っていた。ラング案を伝えたところ、ルシリュは願ってもないことだと笑った。
「しかし、それでは君たちが非常に危険だと思うのだが、それはどうなんだ?」
「大丈夫、俺たち強いから」
「ふふ、大きく出たものだな。その方針でいくのならば、さて、何番に当ててしまおうか」
ルシリュは苛立ちも含めて笑みを浮かべ、その人相は悪い顔だった。どの守護騎士が当てられるかはわからないが、キスクは不安そうな顔でツカサの腕を叩いた。
「あんたたちが強いのはわかっているけど、いや、その、うん、大丈夫なのか? 向こうに行って、戻る手立てとか」
「きっとなんとかなるよ。とにかく行かないことには始まらないしね」
世界の扉を開くための鍵を得る、まだ生存している土地神の命を引き受ける。きっと、それだけでも何かが動くはずだ。もしかしたら、その場で道が開く可能性だってある。
立ち止まっているだけでは何も得られない。歩いて、進んで、その先で掴んだものがここまでツカサを連れてきた。
「大丈夫」
ツカサは呟くように言った。




