3-21:帰還とひと息
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まる一日掛かるだろうと見込んでいた時間よりも早く、ラングとテルマが戻ってきて全員が驚いた。
荷を運び入れた運び手は既に脱出済みだ。身の安全を確保するため、ゴミを持ち出す体で首都・レワーシェを出て、豊穣の剣産の穀物を持ちドルワフロに身を寄せるのだ。その手筈が完了しテルタが門まで付き添いに行ったところへラングたちが戻ってきた。
結果、調査は失敗、もう一組は情報を零しそうだったので殺した。道はわからない。殺した、という言葉にショウリは声を荒げなかった。膝の上に置いた手を一度握り締め、解いた。
貯蔵庫か何かだった広間は地下闘技場に変わり、そこを迂回しても人の目は多くなっている。ラングの懸念したとおり日程をずらしていなければ捕縛されていた可能性も高かっただろうという。
「誰が情報を漏らしたんだろう?」
ツカサが首を傾げたことに対し、テルマは唇を悔し気に噛んでいた。ポソミタキの顔を借りたショウリは深い溜息をつきながらソファに寄り掛かった。
「教会で情夫をしてる奴だな。前にもあったんだよな、真実の愛に目覚めた! とかでこっちから離反、情報を漏らすってのが。情報を漏らすことの何が真実の愛だっつんだよ。無関係になって知らん顔しとけよ。そいつ結局殺されてるからな、今回もそうだろ。あぁ、当然、こっちだって本拠地が【雑貨屋イーグリス】だなんてこと言ってねぇから安心しろよ」
ショウリが最後まで話してグッと親指を立てたが、【仮・異邦の旅人】の視線は白い。キスクもダメなものを見るように見ている。
「だとしても、そんなことあったなら先に言ってよ。ラングの警戒心が強くてよかったよ」
「悪ぃ、こういうの、どこから情報が漏れたかわかるようにすんのに、共有する時、それぞれ特定の情報だけしか渡してねぇんだよ。女ってキーワードはそいつにしか出してねぇんだわ」
なるほど、それで情夫が出所とわかったわけだ。ツカサもまた深い息を吐いた。どこが本拠地だと言ってあるのかと問えば、胡散臭い顔の商会長代理が首都・レワーシェの地図を開いて示してくれた。商店街の小さな店だ。商店街で働く人の自宅のようなところで、おあつらえ向きに地下倉庫がある。人はいないらしい。
「勝手に住みついている人が居た場合は、その人の自己責任です」
ツカサは何も言わなかった。空いているからいいだろう、とそこで生活を始める人がいたとしても、それを身代わりにできるということだ。正規の手続きを踏むことの大事さを痛感した。
「で、じゃあ、失敗して、これからどうするのかって話だよな」
アルが切り出し、ツカサは頷いた。道が通っていればそこを駆け抜けて西に行ける。だが、そもそも抜けていなければいっそのこと山を目指して歩いていけば、ツカサがそこで魔法を行使するのもありなのだ。地上より地下の方が目立たないというだけだ。ただ、それができない理由もできていた。胡散臭い顔の商会長代理が言うにはこうだ。
「ここ数日、教会の手の者が西側、大山脈の方へ陣を置いているようなのです」
まるで次の目的地が西であると知っているかのような動きだ。これを正面から突破するには西の状況があまりにもわからなすぎる。行き当たりばったりでもあっても、機転の利くラング、魔法があるツカサ、ひらけるアルがいればどうにかなりそうではあるが、そこで待てと言ったのがホムロルルだった。言語をラングの故郷に合わせ、アルに対してはオルファネウルの出番だ。まるでオルファネウルが耳打ちしているかのようにアルは首を槍側へ少し傾けていた。
『西の山、まだ土地神が生きている気配がしてんだ。管轄の土地で人が死んで、限界を迎えないように山を閉じたんだと思うぜ。ってこたぁ、強引に大山脈を越えようとすりゃまた噴火が起きるだろうぜ』
『噴石とかで人が死んでも、管轄の土地でなければ命を預からなくて済むから?』
『そういうこった。責めるなよ、俺が聖域を手放したのと同じ理由だぜ。大地が熱を失えば、草木も育たねぇ。今はまだ保ててるんだ、なら、どんな手であってもやるっきゃねぇだろ』
人という大きな命は既に巡らないものの、植物や家畜はギリギリのところで耐えている。膨大なエネルギー量の差であって命の価値の話ではない。少しでも長く世界を、命を持たせるために土地神は取捨選択を迫られて対応しているのだ。だとすると、やはりどこかに道を探すしかない。人が死ねば死ぬだけ世界は黒く染まっていく。地下の調査をやり直すか。いや、もう手配が回っているだろう。
テルマと商会長代理はツカサたちがなぜ西に行きたいのか理由は知らない。キスクは父が持つ欠片と同じものを探しに行くと理解しているが、危険を冒してほしくはないという。その膝でユキヒョウは猫のふりだ。
手詰まりかと皆が唸り声を上げ始めたところで、テルタが部屋に入ってきた。
「ただいま戻りました。商会長、ルシリュ殿たちが宿に入られたようです。いつでも来てほしいと伝言を預かりました」
「あぁ、わかった。ちょうどいいや、地下と道の件、奴らにも聞いてみようぜ」
「そうだね、関係者だしわかるかもしれないよね」
行き詰った時は視点を変える。常にラングがしてくれたことだ。よっこら皆が立ち上がり、宿へ向かって移動を始めた。ツカサにそっと声を掛けたのはテルマだ。
「ツカサ殿、ラング殿はどんな顔をしている?」
突然の問いかけに目を瞬き、歩きながら声を潜めてしまった。
「突然何? どんな質問なの、それ」
「いや、離脱する時に黒い仮面を外していたようなのだが、兵士の対応がよくて」
ツカサはちらりとラングの背中を見た。へぇ、シールドを外したんだ、とジト目になった。その視線に鋭く気づき、会話すらも聞こえているのだろうラングは少しだけ顔を傾けて聞いているぞと示した。
「秘密、あんまりそういうの聞かない方がいいよ」
ツカサはふいとテルマから視線を外し、ラングの横に並び、文句を言った。
『シールド、どうして外したの?』
『シールドは目立つと言われた』
『もう外しちゃダメだからね、俺が勝って見る時まで他の人にも見せないでよね!』
『うるさい。必要だったから外したんだ』
だからって、と食い下がるツカサにアルが肩を組んだ。
「はい、はい、そこまで。お兄ちゃんの顔面は未来でな、ツカサ」
「そうだけど、そうじゃなくて! そんなズルを誰かがするのがさぁ!」
「ズルだなんて言うのも未来でな、飛び方覚えてからやれ」
ツカサは唸ってアルの腕を振り払い、再びラングを追いかけた。その背にアルが笑い、ショウリは惜しいものを見るように目を細めていた。
――宿街は落ち着いた宿と嬌声の響く宿と、おかしなにおいが立ち込めている宿がある。ラングはマントで口元を覆いながら歩く通りがあった。それが麻薬か何かだということは、なんとなくわかる。鼻のいいラングには様々なにおいが立ち込めているのは辛いはずだ。そっと魔法障壁を調整、ラングがマントから手を離せばできている証拠、ツカサは同じようにマントを口元から離した。
テルタが身に纏う雑貨屋・イーグリスの制服とその先導の甲斐もあり、おかしな客引きに遭うこともなく、空気が臭くないエリア、静かな宿、今はツカサたちも滞在先として利用している宿に到着した。部屋には行かず、ショウリは受け付けでルシリュを呼んでほしいと言った。
「会議室があるからよ、そっちで話そうぜ」
ここも雑貨屋・イーグリスが名を変えて運営している宿なので受け付けは仲間だ。ショウリの案内で三階の奥まった場所にある部屋に入った。客室のような扉もカムフラージュか、ここは初めて入る場所だ。
長机が置かれた部屋だった。カーテンは暗めの赤で、足元の絨毯は毛足が長く、ふかっとした感覚が足の底から伝わってくる。いい部屋だ。争いにくい造りになっている。
暫くして先にお茶と軽食が届いた。鑑定の結果問題ないと言えばラングは紅茶に口をつけ、アルはサンドイッチを頬張り、パンを千切ってホムロルルに与えていた。こうして見ているとただの鷹だ。ユキヒョウは毛足の長い絨毯が気持ちよかったらしく、キスクの腕から飛び出してゴロゴロと転がったり、突然飛び跳ねたりして感触を楽しんでいた。雪山、岩山、洞窟にいたユキヒョウにはこれらも目新しいのだろう。
少々の休憩を挟んでいたところにノックの音が響いた。ラング以外、姿勢を正すように手に持っていたものを置いた。どうぞ、とショウリが答え、扉が開き、二人が部屋に入ってきた。
ドルワフロへの交易都市で縛り上げた守護騎士・グルディオが扉を開いて先導し、後続の人物を恭しく迎え入れた。銀の兜に白いマント。守護騎士のトレードマークはそのままに、すらりとした印象の立ち姿だった。それを確認していればグルディオの手により丁寧に扉が閉められ鍵が掛けられた。
上座に座っていたショウリが立ち上がり、守護騎士へ近寄り互いに握手をして知己であること、味方であることを示した。ラングはそれでも片手を剣の柄に置いていた。
「ルシリュ、無事で何よりだ」
「そちらも。神殿に侵入者があったと聞いたが、君の手勢か? ショウリ。巻き込まれる前に気づかぬふりをして出てきてしまったよ」
「まぁな、その件でちっとあんたの知識を借りてぇんだわ。協力者の紹介もする」
「ふむ、それは有難いな」
女性だ。兜の鈍い反響音があっても涼やかな声で聞きやすい。紹介を受けるらしいので立ち上がり、ツカサは胸に手を当てた。アルは元から座っておらず、キスクはノックの時点で立ち上がっていた。
「守護騎士のリーダー、ルシリュ。それから知ってる奴もいるらしいけど、グルディオだ。ルシリュ、【異邦の旅人】のラング、ツカサ、アル。それからドルワフロの未来の頭、クィースク。キスクって呼んでる」
「クィースクだって?」
ルシリュは驚いた声を上げ、カチャリと兜を外し、やや後ろに控えていたグルディオに渡した。金に近い茶髪、柔らかい髪は兜の中で顔に張り付いていてそれがゴツゴツしたグローブで払われた。そばかすの散った頬、キリッとした顔つきの女性が嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「クィースク、本当にクィースクかい?」
「そ、そうだけど、うん、どこかで会ったか?」
「なんてことだァ! いやァ、そうだよなァ、もう随分昔のことだァ。懐かしいなァ、無事だったのかィ!」
ドルワフロの訛り、ツカサは素早く【鑑定眼】でルシリュを視た。
【ルルティヌア・フ・ドルワフロ(21)】
職業:仮名ルシリュ 守護騎士 囁きを聞く人 元・導き手
レベル:70
HP:--
MP:0
【スキル】
声音変え 声を変えられる
斧術 ぶった切る
ツカサが叫んだのとキスクが叫んだのは同時だった。




