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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第三章 女神の欠片

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3-20:享楽の地下

いつもご覧いただきありがとうございます。


 まさしく地下闘技場だった。それも最低最悪の方向のものだ。

 見る者と見られる者。賭ける者と賭けられる者。軽んじられる命と、それを楽しむ命。盆に載せた食事を薄布一枚で運び歩く女、それを買う男。中央では救いを求めながら生き残るために知っている誰かを、知らない誰かを殺さなければならない人々の阿鼻叫喚が響き続けていた。誰もそれを気にも留めない。非常に不愉快だった。

 ここには時間も存在しないのだろう。眠くなれば眠ればいい、腹が減れば食べればいい。飽きたら自室に戻ってふかふかの布団で眠ればいい、そんな感じのようだ。漂う空気にすらよくないものが混ざっているのがわかる。これは麻薬の一種だろう。リーマスから【気をつけるもの】として習ったものに近い香りを嗅いだことがある。長時間いるのは不味そうだ。


「う……っ」


 ぐぷっ、と隣で音がした。テルマは口を押さえ、ぐっと体を真っ直ぐに戻した。ごくっと呑み込む音がして浅く息をついている。吐かなかったことはいいことだ。ラングは視線を闘技場へ戻した。

 すり鉢状に下っていき中央に大きな鉄格子の檻、周囲を観客席が囲み、高いところに広い席があった。そこに座って女を侍らせている黒髪の男、ショウリが見せたもう一つの顔だ。あれがシュンか。ラングは壁に寄り、そっと()()()()()()()()()()()()()


「話には聞いていたが、本当に商会長と同じ顔とは……」


 テルマは少々傷ついたような顔で呟いた。いろいろと衝撃だったのだろう。少し落ち着けてやる必要性を感じ、ラングは壁に背を預け、身を乗り出さないように気をつけてから腕を組んだ。


「商会長、随分、なついている。どんな関係?」

「……私とテルタのことか? 商会長は育て親なんだ、私たちは孤児だったからな」


 わぁ! と歓声が波のように広がった。誰かが死んだのだろう。横目にそれを見遣りながら拳を握り締めるテルマに、それで、と続きを促せば視線が戻ってきた。


「首都・レワーシェでは享楽は許されたものだ。女も男も好き勝手に貪る、結果、生まれるものはある。……私たちは生まれてすぐに、血も拭われないまま、捨てられていたらしい」


 ショウリがその状況を話したわけではなく、あの胡散臭い顔の商会長代理が、どうしても知りたがったテルタとテルマに渋々教えてくれたらしい。頼むから反抗期にならないでくれ、と言われたことをテルマは少しだけ笑みを浮かべて続けた。従業員の中で乳の出る者がいれば分けてもらい、足りなければ山羊の乳を飲ませ、ショウリは何かを大事に抱えるように双子を育てた。ラングはそこにサルムの影を感じた。取り戻せはしないが、償うことはできると考えたのだろうと思った。


「商会長は私たちをただ平穏に育てようとしてくれてた。綺麗な服を着て、お洒落して、恋をして。そんなことを言ってた。でも、首都が狂い始めてそうもいかなくてさ」


 女というだけで道を歩いていれば体を触られ貴金属を売りつけられる。男というだけで女を買うか抱くか食うかを迫られる。この街では俺の考える幸せは与えてやれないとショウリは嘆き、テルタとテルマに商会の服を着せた。それは目印になり、人々は同業に売りつけなくなった。なるほど、首都・レワーシェに入った際、テルタとテルマに物の売買や声掛けがなかったのはそのためだ。それは最低限の規則なのだろう。


「商会の目的がそうした狂った状況を正そうってことだと知って、私は戦う術を学んで、テルタは商会長の補佐になった。……そこからは、まぁ、あんたたちに出会った」


 トロッコの道でのことを思い出したのか不機嫌に言われた。だが、先ほどよりは落ち着いたらしい。では、本題に入ろう。


「西への道、確認したい。ここ、回り込む、できるか」

「回り込む……迂回か、そうだな、さすがにこの中を突っ切るのも厄介だしな。あんたが鍵を開けられるなら、一度戻って……」


 闘技場からの声がどよめきに変わった。さ、と二人、改めて壁に寄り闘技場の光の影に身を潜めた。大きな男が担いだ麻袋に誰かが入っている。毛虫のようにうねうねと動き、出せ、という声が聞こえた。それが二つ分、どさりと闘技場の床に放り投げられた。乱雑に麻袋を開けばテルマが息を呑んだ。


「そんな」


 テルマは檻の中にいる二人の名を呼んだ。ラングとテルマとは別で入ったもう一組の隠密だ。どうやら違和感に気づかず、もらった情報を信じて進み、捕まったらしい。ラングはテルマの腕を掴み、通路の方へ引っ張った。


「だめだ。いくぞ」

「でも!」

「目的まちがえるな」


 道の調査であって救助ではない。ラングは()()()()()はしたくなかった。声を出そうとしたテルマの口を何度目か手のひらで塞いだ。闘技場の喧騒が収まり、静かになっていた。


「声、出すな。バレる」


 テルマが強く瞑目し、開き、頷いた。手を離し闘技場の様子を窺おうとするテルマの腕を改めて引く。


「調べる、帰る。大事。可能性、わかってて来てる」


 見つかれば殺されることはわかっていただろう、見捨てろということだ。ラングもまた、ツカサに言われたことを守るつもりでいた。テルマが諦めに傾き足を踏み出そうとしたところで声が響いた。


「ぁあ? 二人? それも男だけ? 女もいるって聞いてんだけど」


 【神子】が話した。静かな闘技場の中で不思議そうな声が響き、思わず足を止めた。闘技場に転がされた隠密は男が二人。【神子】は明確に潜入している者の人数と性別を把握していた。


「日付も違くね? 地下に籠りすぎた? んなことないだろ。どうなってんだよ!」


 顔を見合わせた。真っ青なテルマと対照的にラングはシールドを揺らしただけだ。確定した。情報が洩れている、もしくは裏切り者がいる。


「このことを知っているのは、あの二人と、私とテルタ、あんたたちと、商会長と、代理と、手引きしてもらう者だけだ」


 ラング、ツカサ、アル、ショウリ、テルタ、テルマ、商会長代理、隠密の二人、そして内通者の少年。テルマは迷いなくラングの胸倉を掴もうと腕を伸ばしてきた。それを軽く受け流し、腕を捻り上げ背後に回り膝の裏を蹴り、いつものように制圧した。叫ぼうとする喉にナイフを添え、声を奪う。


「違う。私じゃない。言い争う、時間の無駄。商会イーグリス戻る、危ない」

「お前じゃなければ誰が……! 皆、志のある仲間たちだ!」

「私はお前たち以外知らない。こころざし、大事なもの変わる時、変わる。落ち着け。考えろ、何する」


 何、大事、と問いかけ、ラングはナイフを離した。手を離せばずるりと腕は落ち、テルマは座り込んで少しの間震えていた。


「……テルタと、父さんが大事。ニテロ兄さん……代理も大事」

「なら、それ守りに戻る、いいな?」


 テルマは泣きはしなかった。強く頷き、立ち上がる。闘技場の方から歓声が上がった。覗けば檻の中にぬらりと身長の高い男が現れていた。


「女いないんじゃつまんねぇわ、せいぜい楽しませろよ。ふあーあ、俺は寝る!」


 【神子】は絹のローブの裾を従者たちに持たせ場を離れようとし、大袈裟にそうだ、と声を出した。


「どこの回し者かしっかり聞きだせよなぁ」


 高笑いを響かせて立ち去る【神子】を檻の中で長身の男が見上げていた。ラングは再びシールドを()()()

 あの男をどこかで見たことがあった。肩までの長さの髪、人相は髭もありわかりにくいがぼろきれのような衣服から覗く腕は太く、長く、手練れの肉体をしていた。手に持たれた剣は湾曲した細長い刀身という独特の形、師匠とハリファに見せられたことのある武器だ。あれは確か。


「やめろ! 死にたくない! わかった、話す!」

「おいやめろ!」

「どうせ死ぬんだ! だったら一人で死にたくない!」


 隠密が叫んだ声にテルマが歯噛みした。これがあるから潜入は単独行動、自分自身だけでやりたいのだ。ラングは武器を手にしようとするテルマを制し、弓を取り出した。


「殺すぞ、いいな。先に戻れ。私も追う。見る必要ない」

「……わかった。すまない」


 あれこれ文句を言われないのは助かった。ラングは矢筒から矢を二本抜いて弦に添えた。なんとなく嫌な予感がしてもう一本、三本に増やし、弦を引く。二本は確実に二人を射抜くため、もう一本は当たれば幸運だ。命乞いをする隠密に剣を手にしたまま特に興味を抱いていない男。あれは目の前の二人の命にも情報にも興味がなく、抗おうとしない姿に絶望をしているような、そんな雰囲気を纏っていた。

 師匠に言われたことがある。そういう奴ほど面倒だ、かかわるな、と。消してしまえるのならばそれがいい。

 ラングが指を離せば矢は真っ直ぐに飛び、隠密二人のこめかみを射抜いた。これには歓声ではなく悲鳴が上がった。予想している死が目の前でくるからこそ興奮するのであって、予想だにしていない死はまだ恐怖として機能するらしい。観客が次は自分かもしれないと恐慌に陥り席を立ち逃げ出していく。


『チッ、当たらなかったか。弓の鍛錬を改めるべきか、腕力をつけるべきか』


 矢を斬り払った男は素早くこちらを見ていた。矢の軌道を読みどこから射られたものか瞬時に判別する能力は男に卓越した戦闘技術があるのをわからせる。暗がりにいたので全貌は見られていないはずだが、こちらを見ていた爛々とした目が気持ち悪かった。かかわり合いになりたくはない。ラングは弓をしまい、踵を返した。押し合いへし合い、階段を駆け上り相手を突き落としてでも出口へ向かおうとする人間に巻き込まれたくもない。

 すぅ、ふぅ、と呼吸を入れながらあっという間にテルマに追いつき、腕を引く。想像していたよりも遅かった。ぐいと引かれて数歩たたらを踏みながらテルマも懸命に走り、錠を引っ掛けただけの鉄格子の奥へ行く。腕を出し、鍵をしっかりと掛けてあとは息を整えながら通路を戻り、階段を上り直した。遠くで悲鳴が響いている。地下の騒ぎに都合よく人が離れていた。堂々と廊下を歩き、中庭への扉を出た。

 空は日が昇り水色の淡い色を見せていた。ここではほとんど灰色の空ばかりだったので違いがあまりわからないが、ラングの故郷よりも空の色は薄い気がした。


「……戻ろう、とはいえ、どの道を行けばいいのか……」


 誰かが裏切った。その事実が少しの間を置いてテルマに襲い掛かっているらしかった。ラングは小さく息を吐いた。誰かにものを教えるのは不得意なのだが、帰還まで導く必要はありそうだ。


「ついてこい。街戻る、そこからは任せる」


 一先ず脱する。街に出ればお前の方が詳しいだろう。テルマはなんとなく理解したようで、頷き、ラングの後についてきた。大体、秘された場所にある闘技場などは大手を振って正門から出ることはない。正門からぐるりと回った裏側に存在するものだ。では手薄なのはどこか。ラングは茶色いマントを取り出し装備を変えた。くすんだ緑はしまい、テルマに白い布を手渡した。


「つけろ」

「どこを行くつもりなんだ」

「私を、見るな」

「どういうことだ? ……わかった、話している場合ではないということだな、わかった」


 白い布を羽織り、マントのように胸の前で手繰り寄せ、テルマは体を隠した。腰に着けている短剣などはこれで見えなくなった。視界も随分と狭い。テルマは落ち着かないと思ったのか身じろいだ。見るな、と改めて釘を刺せば、わかっていると答えがあった。ごそ、しゅるり、カチャリ、と何かが外れた音が気になるのだろう、窺うようにこちらを見る前に視界に腕を差し出した。


「腕を」


 テルマは恐る恐る手を乗せてきた。違う、と直し、腕を絡めるように掴ませた。慣れないことに困惑が浮かんでいるらしい。知ったことか。

 ラングは迷わずに中庭を通るようにして歩き、堂々と正門を目指した。おい、本気か、とテルマの咎めるような声を無視してラングは教徒や荷を運び入れる者たちの間をするりと抜けていく。


「おい! お前、何者だ!」


 正門を出て行く二人に声が掛かる。短剣を手にするために腕を離そうとしたテルマの挙動を鋭く察知し、ラングの手がそれを押さえた。ラングは呼び止めた兵士の方へ歩み寄り、少しフードを持ち上げて顔を見せた。兵士がハッと目を見開き、顔を赤くするのを見てからラングは自身の唇に指を立てた。


「遊びに行く。秘密だ」


 チャリ、と金を握らせてからラングはテルマの腰を抱き寄せてみせた。兵士は目を泳がせてから、やれやれと呆れた様子で目を逸らし、何も見ていないと背を向けた。思ったとおり、教徒の遊びは街でもあるようだった。

 正門から出て暫く歩き続けた。誰かに追われているのではないかとテルマは何度も振り返りそうになり、その度にラングは腰を抱き寄せた。よそ見をするなと言いたいことはテルマに伝わったらしい。そのあとは大人しく前だけを見ていた。

 歓楽街に入ればいい部屋があるよと声を掛けられ、商店街に入れば女を着飾れる男はもっとモテるよと声を掛けられる。その全てに乾いた笑いを返し、ラングは足を止めなかった。


「裏路地は」

「そこの左手」


 指示された方に入り込み、人けのないところでようやく止まった。テルマが深く息を吐いて白い布を外そうとしたので押さえて止めた。


「まだ、私が」


 先に整える、と言いたいのも伝わった。テルマは両手を上げて背を向けた。ごそり、しゅるり、やはり音が気になるのかテルマがそうっと覗き込んできた。その時にはもういつものマントと黒いシールドを着けていたが、ラングは、こいつはツカサとは違いこらえ性が無いと思った。


「あんた、なんで顔を隠す?」

「便利」


 確かにそうかもしれないが、とテルマは少し食い下がった。ラングは腕を組みそれを睥睨した。


「気分を変える、戻ってからやれ。私使うな。調査は失敗」

「あぁ、そう、そうだな……戻らなくては」


 テルマは地下闘技場でのことを思い出し、白い布をラングに突き返すとそのまま裏路地を行った。その後をついて行きながらラングはぽつりと零した。


『そうか、あの剣、タルワールだ』



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


疑問と謎は、知る者があれば解かれる。


1巻書影

挿絵(By みてみん)

2巻書影

挿絵(By みてみん)



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