3-18:任せること、受け取ること
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心配してくれる人がいること、正論をぶつける優越感ではなく、心からの苦言を呈してくれる人がいることを、ツカサは恵まれていると思った。
アルは一頻り賑やかにツカサをもみくちゃにした後、再び真面目な顔で言った。
「そうだ、俺はラングの故郷の言葉をこれ以上習わないからな」
「どうして? 意思疎通大変じゃない?」
「大変だけどさ、武器を手にすれば言葉でのやり取りよりも、視線だとか、足の向きだとか、そういうのでわかるからな。洞窟で見た感じ、ちょっと工夫は必要だけどできなくはなさそうだった。相棒はノリだったから、それに比べればやりようはあるさ」
アルもまた手練だからこそ戦闘時、瞬間のコミュニケーションに卓越しているのだ。確かに、出会って早々、数日ダンジョンに篭っただけの相手と背中合わせに魔獣暴走を乗り越えられたのはそういうことなのだろう。武器と戦闘スタイルの相性もまたよかったはずだ。ラングの武器は双剣、脂を拭わねば斬れ味は落ちる。その間、アルは槍で斬り払い、貫き、持たせたはずだ。
「なぁ、ジンクスってやつ、覚えてるか?」
見たことのない戦闘に思いを馳せているところに声を掛けられ顔を上げた。ジンクス、そういえばイーグリステリア事変の際、何か言っていた気がする。
「俺の場合、話しすぎるのはよくないんだよな。今、情報を話しておかないといけない、とか。今、聞き出しておかなくちゃいけない、とか。もちろんそういうのはあるんだけど、なんとなく、これは後で話そうって思う時があって」
それもまた直感なのだろう。ツカサはうんと頷いて続きを促した。
「今習うと、相棒に習うことがなくなる。それは、嫌だ」
だから学ばない。通訳もいらない。必要なことであれば背中にいるオルファネウルが教えてくれる。ツカサはラングの言葉にだけ注力していい、ということだ。
覚悟が重いと思った。ツカサは膝の上で手を握り締め、真っ直ぐにアルを見ていた。何がそこまでの覚悟を決めさせたのだろう。
「アル、聞いていい? どうして、そこまで覚悟できるの?」
アルは思わぬことを言われたらしく、目を瞬かせてから腕を組んだ。
「覚悟、うーん、そうだな、たぶん、俺は怒ってるんだ」
深く頷きながらアルは言い、ツカサは少しだけ身を乗り出した。怒っている、何に。ツカサが首を傾げれば、たぶん、神とシュンに、だそうで。
「俺はさ、サルムという男を知った。たった一日と半分、短い時間だったけど、いい奴だって知るには十分な時間だった」
妻と子を愛し、村人とも良好な関係を築いていた男。ようやく手にした幸せを守るためにドラゴンをどうにかしてほしいと願った男。その男が大切なものを得た瞬間、奪い取っていった何か。
「自業自得かもしれない。あんな状態になったのだってツカサの考えじゃ、命の女神があいつの願いを拾い上げたからかもしれないんだろ? でも、だからって酷すぎると俺は思った」
「うん、俺もそう思うよ。ショウリを見ていると特にそう思う」
変わろうとしている者を実際に見ているからこそ、ツカサもアルも同じ感想を抱いていた。
「もちろん、シュンはやったらいけないことをやった。あいつが意図して殺した奴だってヴァロキアで多かっただろうし、そのあと、マナリテル教でやったことだって許されないことだ。綺麗事だってわかってる。でもな、胸のどこかが理不尽に叫び声を上げてるんだよな」
本人が選んで進んだ道で落ちていくのは止める必要もない。ただ、どうにか生き直そうとしている誰か、幸せを得た誰かを逃れられない苦しみに雁字搦めにするものが神だというのなら。
「そんな神はいらない。俺はサルムの仇を取る」
アルがこの戦いに参戦を決めた大きな理由はそこにもある気がした。兄やイーグリス、相棒、仲間であるツカサやその家族を守るために身を投じる決意はあっただろう。そこにもう一つ、友として譲れないものが積み重なり、覚悟になったのだ。アルはふっと雰囲気を和らげて二ッと笑った。
「一宿一飯の恩ってのがあるしな。借りを作ったままなのも居心地が悪いんだ」
うん、とツカサは微笑んだ。
「俺はサルムを知らないけど、ショウリが今俺たちの味方になってくれてるのも、アルとの出会いがあったからだと思う。きっと、サルムにとっていい時間だったんだろうなって」
「だといいけどな」
「俺やラングだったらそうはならなかったよ」
ラングであればそもそも、人は変わらないが持論だ。だからこそあの人は一度でも刃を向けてきた者、迷惑を掛けてきた者を一切合切殺してきた。時にパーティメンバーやその妻子まで、容赦なく手に掛けてきた。
ツカサだって冷静に話を聞けていたかはわからない。ラングを騙り、故郷と決めた世界は狂い、妻子を、家族を、友を失い、居場所を失った。恨み言を投げつけただろうことは想像に容易い。
アルだったからよかったのだと今は思う。アルから話を聞いていたからこそ、ショウリとの再会時も剣を抜かずに済んだ。冷静に話ができた。こればかりはアルには言えないが、神がサルムを経由させてくれたことには感謝したい。会話中、少しばかり空想に耽るような姿が多く思えたのだろう。アルはどすりとツカサの隣に移動し、肩を組んだ。
「偉そうに悪いけどさ、本当、マジで心配なんだよ。それだけはわかってくれよな」
「もちろんだよ、大丈夫。むしろ、アル、今だから王都マジェタの時のことも、ちゃんとお礼が言えるよ。ありがとう」
お、とアルは目を見開き、照れたように笑った。その日はそのままアルの部屋でホムロルルを押しやって二人でベッドに潜り込み、寝落ちするまでくだらないことを話し続けて眠りに落ちた。
夜中、一度アルに思い切り蹴られ、蹴り返して寝たふりをした。起きてから文句を言われたが知らぬ存ぜぬを貫いた。そもそも先に蹴ったのはアルだと思った。
潜入までの間、ツカサはテルタととも樽に穀物を詰め込み、潜り込むための準備を進めた。結局潜入するのはラングとテルマのペア、もう一組隠密に長けた者が同行するらしい。ツカサはオルファネウルの苦言を受け入れた形だ。マール・ネルは何やら不機嫌だったが、シィィ、というまるで肩を丸めて首を摩るような、オルファネウルの弱気な音に折れたようだった。言葉はわからないが妹に弱い兄を見て、その兄に対ししょうがないわね、と言いたげな妹を見て、その神器たちが生きていて、感情を持っていることを改めて理解した。
決行前夜、ラング、アル、キスク、ショウリがツカサの部屋に集まって最終確認をしている際、キスクは困ったように呟いた。
「カナーリヤを探したんだけど、見つからないんだ」
一瞬、誰だっけ、と思ってしまい、顔に出たらしい。キスクは苦笑しロケットペンダントを取り出した。思い出した、ドルワフロへの国境都市で、守護騎士・グルディオたちを貯蔵庫に放り込んでいいぞ、と言ってくれたあの店の娘だ。店員の婚約者で、ドルワフロの女性たちとともに首都・レワーシェに来ている疑惑の娘。ショウリは眉を顰め、視線を左上にやっていた。それを視界の端の捉えながらツカサはキスクに声を掛けた。
「偉い、探してたんだ。ごめん、それどころじゃなかったよ」
「あぁ、うん、だろうな。忙しそうだったし。アルが護衛に来てくれてたから、俺も勝手に歩き回っていたしな」
ニッと笑い、アルは胸を張った。カナーリヤの足取りは途中までは追えたらしい。ドルワフロの女性たちとともに首都・レワーシェには入った。暫く共同生活もしていたのだが、突如としてカナーリヤは荷物をまとめ、横長住居を飛び出したのだそうだ。首都・レワーシェには仕事も多く、かなり選べる。上手く中級市民に取り入れば下級市民を扱う側にだってなれる。上級市民の目に留まり、もし愛妾などに収まったとしたのならば、生活は安泰だ。
「みんなに聞いたんだけど、その頃、子供の死産もあって、うん、あんまり気を回してなかったらしい」
「その頃に消えたんだ。どうしたんだろうね」
「ショウリに聞いたら、ここ、入るのはそれなりに簡単だけど、出るのは結構厳しいらしいんだよ。だから、首都には居ると思うんだけどな」
オルファネウルの同時通訳が有難い。話についてきたアルが言い、ツカサは首を傾げた。思案していたショウリは誰かに肩を叩かれた様子で会話に戻ってきた。ポソミタキと話していたのだろうなとツカサは思った。咳払いで喉を鳴らしてショウリが首を摩りながら言った。
「こんな最高の都市から出る奴なんて、なんか後ろ暗いことがあるんだろって、商人以外は入るのは楽でも出るのは厳しいんだよな。お前らが出る時はうちの商会の関係者として出すから安心しとけよ」
「入出記録とかはないのかな」
「首都にはないな。お前らもなかっただろ? あの変な水晶とか、カードとかよ。記入するもんだってねぇよ」
確かに。テルタの先導で入れてしまい、他の街でされたように冒険者証の確認などもなかった。急に悪寒がした。入るのは簡単に受け入れて、出ることは許さない。けれど、城郭に囲まれている都市であれば人数の上限はあるはずだ。だというのにいつまでも受け入れることができるこの場所、そこに何か嫌なものを感じてしまった。首都・レワーシェに入ったのは早計だったかもしれない。ツカサの顔色の変化でラングは鋭く機微を察知する。強く肩を掴まれてツカサはその手を握り返した。
「大丈夫、ありがとう」
ゆるりと離れていく手の温もりが肩には残っていた。ショウリは少しの間ツカサたちを待たせてから顔を上げた。
「カナーリヤだったっけ、確かに、ドルワフロの女たちに比べて細いのがいるなとは思ったらしい。こっちもロトリリィーノへの物資の手配だなんだで忙しくて住居を提供してから、あんまりフォローできてなかったんだよな。人と同じで物資を持ち出すことも厳しくてよ」
「ここが一番人が多いし、商人が儲けるなら人の多いところ、ってことだよね。目立つんだ」
そうそう、とショウリはポソミタキの顔で頷いた。結局、ゴミを捨てるという体を装って物資を運び出し、トロッコに載せていたらしい。カナーリヤの手掛かりはキスクが受け取ったロケットペンダントただ一つで、人相なども知らない。ツカサが【鑑定眼】で街を視ながら歩くのも時間が掛かるので、これはショウリに引き継がせてもらった。キスクは自分が請け負ったものを手渡すことに躊躇していたが、ラングの言葉が鶴の一声となった。
「人の上に立つ、誰かに任せること、大事」
キスクの脳裏にはロトリリィーノが浮かんだのだろう。一人で抱え、決断し、追い詰められた叔父の姿。今後ロトリリィーノとともにドルワフロを治めるにしても、キスク自身が人を頼ること、使うことを覚えなくてはならないと言われ、握り締めたロケットペンダントをショウリの手に渡した。
「探して、見つけて、婚約者が待ってるって伝えりゃいいんだろ? 首都のことなら任せとけ」
「あぁ、うん、頼む」
キスクはぺこりと首を揺らし、ショウリはロケットペンダントを手に開いたり裏を確認したり、早速手掛かりを探してくれていた。もうすぐ休まなければならない。早朝、厨房が動き出す頃、忙しさの隙をついて入り込むために睡眠は早めにとる予定だ。ツカサはラングを見遣り、言った。
『ラングのシールドは特殊だから、絶対バレるから、姿見せちゃだめだからね。何かあったら逃げてきて、絶対に、進んで戦おうとしないでね』
『留意しておく』
『そこはわかったって言ってよ』
もぉ不安だよ、と両手で顔を覆ったツカサに皆から苦笑が零れていた。




