3-17:嘘のない厳しさ
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ドルワフロの女性たちと会話して宿に戻る帰路、全員が沈黙していた。
ラングは元から寡黙だが、おしゃべりなアルですら口を噤み、ツカサはぼんやりしているキスクが歩くのを手助けするつもりで手を引いていた。
厳しい話だった。ツカサは少し前に命がどう巡るのかと考えていた。死した命が黒く溶けるのならば、新しく生まれる命はどこから来るのかと。死した命を誘う神が機能しない今、どうやって、と。もちろん、その答えは出るはずもないのだが、一つだけわかった。この世界で新しい命はもう生まれないのだろう。ドルワフロの子供を見ても、街を見ても、チュチュリアネが最後の子供かもしれないと思うほど、腕に抱かれた赤子も、小さな子供もいない。
元々、食料不足があって女子供たちは首都・レワーシェへ避難してきた。ショウリの厚意もあって腹を満たし、その身に宿していた命を安全に産むためにここへ来たはずだった。ロトリリィーノの言う次代を産み育てる女たちだけでも、はまさしく言葉通りだったわけだ。だが、妊婦だった二十名、全てが死産だったそうだ。
到底最期を抱かせてあげられる状態ではなかった。赤子を取り上げた産婆すら直視ができない状態で生まれた子供は隠すように布で巻かれ、泣き喚く母親の腕に暫く抱かれた後、荼毘に付された。取りまとめの女性曰く、赤ん坊は少しの間肌を保っていたが、産声を上げようとした瞬間、どろりと黒く溶けたらしい。近年ドルワフロでも見るようになった死者の姿。皆が察した。ドルワフロは滅びる運命なのだ、と。
「違う、命が誘われなくなったから。時の死神が傷ついてしまっているから。……理がおかしくなっているから、なんだ」
ツカサは自身の胸を握り締めた。その場しのぎの革紐で腰に差せるようにしたマール・ネルが心配そうにツカサの顔を覗き込んだ気配がした。ありがとう、大丈夫、と胸中で返せば、それ以上踏み込まれることはなかった。専用のアタッチメントは明日にはショウリの商会が準備してくれるという。
取りまとめの女性は、死ぬならばドルワフロの地がいいと言った。懐かしい故郷で骨を、灰を埋めたいと一筋の涙を零した。
「子を亡くした女は、享楽に耽るようになりました。失ったことの悲しみをどう忘れればいいのか、寄り添ってほしい夫が遠く、それを別に求める、仕方のないことなのです」
これ以上何かがおかしくなる前に、狂う前に、皆でここを去りたいと女性は言った。そして今いる子供たちもまた影響を受け始めているのが心配だともいう。ここは暖かく、ドルワフロの雪もない。暗い洞窟で暮らす必要もなければ、必死に田畑を耕し、炎に肌を焼かれながら鉄を叩く必要もない。楽な方に流れていくのも人の性ではあるものの、少し意味合いが違うらしい。
その理由というのがツカサの抱いたものと同じだった。恐怖だ。日々の生活のための洗濯や料理はあるものの、生きることに困らない場所。享楽に耽り、快楽に溺れ、そうして人々は苦痛を忘れていく。元々厳しい雪と自然の中で生きてきた大人たちはここが如何に歪んでいるか気づく者も多いのだ。子供というのは歪みであれなんであれ、順応が早い。これが正しい在り方なのだと染まる前に、歪む前に脱したいというのがあるらしい。
「もちろん、助けていただいたこと、身を寄せさせていただいたことには感謝しております。ただ、ここにいると、何か大事なものを失ってしまいそうになるのです」
その一言はツカサの心に刺さった。ツカサが言いたかったことの全てがその一言にあった。キスクはショウリに話しておく、そちらは女性陣の中で戻る者、残る者を尋ねてほしいと言った。放浪し、ドルワフロの厳しさを知り、いくつかの街を知り、首都・レワーシェを知るキスクだからこそ、選択肢を与えられたことは偉いと思った。美しく冷たいドルワフロでは、いや、どこでもそうだが、本人にその気がなければ生き残れないのだ。いくつかの課題と苦悩を抱え、一行は宿に戻った。
その夜、ツカサはなんとなくラングの部屋に入り浸った。何を話すでもなくソファに座り、ショートソードに魔力を込めて手入れを行い、豊穣の剣を握り締めて小麦や大麦など、とにかく出てくるものを空間収納に入れ続けた。魔力を使って疲れて眠りたかったのかもしれない。何も考えずに穀物がざらざら流れていくのを眺めていれば、いつの間にか隣にラングが座っていた。パチリと懐中時計を開く音がして気づき、息を吸い、吐いて、豊穣の剣を鞘に収めた。
『ごめん、なんか居座っちゃった』
『構わない』
何時かと問えば二十一時と返ってきた。夕食も食べずに豊穣の剣を握り締めていたせいか、手が痺れているような気がした。夕食は宿に言えばもらえるとショウリが言っていたので、遅い時間帯だが何かをもらうことにした。部屋を出て受付に頼みに行こうと扉を出て、振り返ったところでアルと鉢合わせた。肩にはホムロルルがいてツカサを覗き込んできた。
「ツカサ、よかった、ラングのところにいたのか」
「アル、それ、どうしたの?」
ホムロルルから視線を移した先、アルの腕にはたくさんの食事が抱えられていた。紙袋に入ったもの、剥き出しの串焼き、パン。こっそり腰のポーチにしまう暇もなく押し付けられたらしい。
「ちゃんと金はラングから預かって持ってったんだけどな。いいからいいからって感じで」
だからツカサと食べようと思って、とアルが笑い、その気遣いに釣られて笑顔になる。
「ちょうどよかった。ラングもまだ食べてないんだ、だから俺、宿に依頼しようと思って」
「あぁ、じゃあこれ、【鑑定】して大丈夫そうならラングに分けような」
首を傾げた。アルの言いようはラングとは一緒に食べないと聞こえた。アルは苦笑を浮かべて、ほれ、鑑定、と腕を揺らした。
「ちょっとさ、ツカサと二人で話したいんだよ」
「俺と? 珍しい気がする」
「俺もそう思う」
とかく【鑑定眼】で視て毒や麻薬が入っていないことを確認し、ラングに食事を分けた。シールドを揺らして入れと示してくれたが、アルが話したいと言っていると言えば、ラングはわかったと答え、扉を閉めた。ツカサを知るアルとの差しでの会話、初めてだ。
いや、思えば、アルと二人きりで過ごしたことがあっただろうか。出会いは四人パーティ、その後別行動、再び合流とあったが、ラングとの二人旅はしてもアルとは二人きりにならなかった。いったい何を話したいというのか、少々身構える。
一先ずアルの部屋に移動し、同じ内装の中で腰を落ち着けた。ホムロルルはベッドのど真ん中に陣取って目を伏せ休み始めた。布団で巣がつくられており、アルはどうやって寝るのか気になりつつ目を逸らした。
手に持ったものをテーブルに並べ、取り皿はツカサが空間収納から取り出して手を合わせ、会話の前腹を満たした。そもそもアルは空腹状態だと会話に気が向かないので当然といえば当然だ。鶏肉を串に刺して豪快に炭火で炙ったもの、パンも外はカリカリ、中は柔らかく品質が高い。ところどころ穀物の粒々感が残っているのがいいアクセントだ。つまみの干し肉、焼いた芋、茹でたまごなど雑多に、持ち運びしやすいものが渡されていたらしい。
「ツカサ、酒は飲むんだっけ?」
「少しなら。でも、アルが下戸だもんね、ハーブティーにしようか」
「有難い、頼む」
うん、とツカサはポットに水を入れ、魔法で手っ取り早く沸かした。コップに淹れて差し出せば、これこれ、とアルはゆっくり味わい、美味い、と言ってくれた。腹が七分目ほど落ち着いてからツカサが切り出した。
「アル、どうかしたの?」
「どうかしたってわけじゃないけど、ほら、なんだ、俺とツカサだけなんだろ? 今を知ってるの」
今って言っていいのかわかんないけど、とアルは苦笑を浮かべ、説明しにくそうに頬を掻いた。同じ時を歩んでいる者同士、話しておこうと思って、と付け加えられ、ツカサも同じような笑みを浮かべた。
あらすじは聞いた。互いに話した。だから状況はそれなりに認識が合っている。ただ、アルは知れば知るほど不安を抱いたらしい。どのような不安なのかと問えば、それなりに厳しい言葉が出てきた。
「俺は今のラングの力量を知らない。ややこしいから故郷で会ったラングを相棒って呼ぶけどさ、相棒に比べたらやっぱり、鍛え方が足りないんだよな」
「まぁ、それは、故郷だと兄さんは完成形だから。俺が今まさにそうだけど、兄さんにだって成長期はあったんだよ」
「わかってる、言いたいのはそうじゃない」
アルは膝に肘を置いて身を乗り出した。
「言いにくいんだけど、今のラングは、俺は、相棒と並ぶというよりは、俺が前に立たなきゃいけないって感じるんだ」
「……弱いから守らなくちゃいけないってこと?」
「違う、そうじゃなくて、俺本当こういう時上手く言葉が出ないんだよな。エレナと話した時もそうだったけどさ」
いいよ、ゆっくりで、とツカサが言えば、アルはありがと、と言ってから暫く考え込み、ゆっくりと体を起こした。
「粗削りだけどいいものを持ってる。さすだがなと思う。でも、ラングの強さを信用できない」
最高の相棒を知っているからこそ、要求するレベルが高いからだ。ツカサはそれも当然だろうと思った。アルは何が言いたいのだろう。頼れないというのなら、ツカサも補佐をするし、アルが立ちまわりしやすいように動くことも辞さない。ただ、そういうことを言いたいのではないとアルは言う。また少し言葉を待った。アルは唸り続け、やがてハッと顔を上げた。
「あのな、ツカサ。俺はエレナと、相棒とツカサについて話したことがあるって言ったよな?」
「うん、言ってた。草原に行っている間に随分心配をかけたんだなって思ったの、覚えてる」
「俺が言いたいのはそれなんだよ。あの時とは逆なんだ。今のラングの強さはツカサが一番知ってる。未来を元通りにするためにラングを守らなくちゃいけないから、どうしたって主軸は防御に回る」
そうだろう。事実、ツカサはラングに対し魔法障壁を常につけているし、戦う時は必ず横に立つ。
「俺は、それがツカサを殺すんじゃないかって、心配なんだ」
こういう時、アルの心からの言葉には嘘がなく、同じだけ真摯に答えなくてはならないと思う。ツカサは言われたことをじっくりと考えた。ラングの実力、戦い方のスタイルは兄に似ているがまったく違う。その手に持つ剣が特攻の双剣(対)などという名前なのもあって、カウンターではなく自ら飛び込んでいくスタイルも見せている。ツカサがそれに引きずられ、中衛から後衛という慣れている距離感から足を踏み出し、窮地に陥ることを心配されているのかもしれない。ツカサが唇を開こうとしたのと同じタイミングでアルが先に声を発した。
「ラングを守らなくちゃいけない。だから、ツカサが自分を囮にしたり、犠牲にしたりするんじゃないかって怖いんだ。いいか、ラングを守るだけじゃない、ツカサも自分を守らないとだめだ。ラングを取り戻して、全部未来が元通りになるなんて、俺は信じてない」
アルの直感は何を感じているのだろう。その鷹の目に何が見えているのだろう。ツカサはぞくりとしたものを感じて息を呑んだ。
「約束してくれ、ツカサ。生きて結果を見るんだ。ラングを元の場所へ戻す、ツカサは生きてその結果を確認する。いいな? 絶対に自分を捨てるんじゃないぞ。頼むから、託さないでくれ」
約束だ、とアルが拳を突き出してきた。ツカサはぐっと握った拳を少しの間眺め、ゴツリとアルの拳に当てた。
「アルが俺とラングを守ろうとしてくれてるのはよくわかった。それを忘れない」
「そうしてくれよ。エレナとモニカに叱られるのは勘弁だ」
「だね。あ、そうだ、モニカといえば、子供ができたんだよ」
「なんだって!? お前、そういうのもっと早く言えよ! おめでとう!」
「ありがとう、なんか言い損ねちゃってて」
わぁ! とアルは全身で喜んでくれ、ツカサは照れたように笑った。その笑顔の影で、ツカサはラングを守るためにいざという時は身を投げ出すつもりでいたことを見抜かれていたことに汗を流していた。そうしてそれすらもアルの目は見抜いているだろうが、敢えて言わない選択をしたその厳しさに身を引き締めた。
ほんの少し年嵩の青年は、一人で生きてきた旅路で得たものを、仲間を大事にするという当たり前だが難しいことをいとも簡単に成し遂げてくる。この信頼もまた裏切ってはならないもなのだと、ツカサは思った。




