3-13:塩辛いハムと硬いパン
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ツカサとアルに緊張が走った。シュンと直接対峙し戦ったのはツカサとアルしかいない。空気のヒリつきに、キスクは先ほどの怒りが逆に落ち着いてきて呼吸ができていた。ラングはそろりと逃げ出そうとしたドルワフロの商人、コーポルヒィオの逃走経路を塞ぐように扉の前に立った。その動きにショウリが眉を顰めた。
「テルタ、あの男は? 仮面じゃない方」
「当店に売り物を持ち込んだ商人です。時折金細工を持ってきてくれる方ですよ」
「あぁ、教会やら上級市民に人気の……、それでこれはどういう状況だ?」
先ほどのやり取りを説明され、ドルワフロ側の意図しないことがあったらしい、ということはわかったショウリはキスクを見遣った。視線を受けてキスクは懐から手紙を取り出して差し出し、ショウリはまずそれを読んだ。ロトリリィーノからの手紙だ。
「――……なるほど、食料庫が満たされたから暫くは問題ない、この手紙を持っているのが甥っ子なので手を貸してやってくれ、ね。頭のトルクィーロの件は、ロトリリィーノから事の顛末は聞いてる。お前がクィースクだったか。あいつ、下手くそなことをするから、大変だったんじゃないか? 俺はやめとけって手紙、送ったんだけどな」
「あぁ、うん、まぁ、でも、誤解は解けたからいいんだ。あぁ、じゃなくて、初めまして、ショウリ殿。キスクと呼んでください」
こっちも呼び捨てでいい、と言いながら差し出された手をキスクが握り返した。ショウリの視線はちらりとラングも見たが、まずは大男のことをどうにかしようというのは同じ思いのようだ。ショウリの視線が上で皆を促した胡散臭い商人に向けば、咳払いの後に口上が始まった。
「商会、雑貨屋イーグリスとしては、正当な査定と値をつけてコポル殿から品物を仕入れていました。その品々がドルワフロより盗んだものだとは、存じ上げませんでした」
「ぬ、盗んだんじゃない! 断じて違う!」
「そうだな、託されたんだ」
キスクから視線を送られてコーポルヒィオは床へ額を叩きつけた。そうじゃなくて、これしか方法が、皆を助けるためにやったことで、と言い訳を並べ立てるその口はさすが商人、よく回る。ツカサの目には視えていた。石畳に額を押し付け許しを請うコーポルヒィオの、どうやってこの場を切り抜けようかと焦りからニヤついているその顔が。ショウリは頬を掻いてから言った。
「俺としては、空回りしちゃいるけどよ、ロトリリィーノの努力を支持したい。俺自身が店先に出ないもんで気づくのが今更になったっていう落ち度もあるし、その男に支払ったのと同じだけ、改めてドルワフロの女に支援を約束する。既に仕入れた分に関しては売れ次第、都度送る。先に言っとくけど、女たちは無事だぞ。その男は、そうだな、キスク、お前がどうしたいかに委ねていいなら、そうしたい」
突然命を手渡されたキスクは一瞬表情を強張らせたが、すぐに息を吸って硬直を解いた。別にツカサが育てたわけではないが、成長を見た気がして嬉しくなった。
「あぁ、えっと、そうだな、牢があればそこへ入れておいてほしい。でも、丁重に扱ってくれ。今はそれよりも先に、話さないといけないことがあるし、後回しにしたい」
「わかった。テルマ、テルタ、任せていいか?」
「承知しました」
テルマはするりとコーポルヒィオの首に腕を回し、簡単に落とした。それをテルタとテルマで引きずるようにして部屋を出て行き、扉が閉じられた。
「お前も出てくれ。本当に、懐かしい友人もいるんだ」
「何かあればすぐに」
ショウリに促されて胡散臭い顔の商人も部屋を辞し、扉の横に立った気配がした。敢えてわかるようにしているのだろうなと思い、ツカサは小さく笑い、日本語で声を掛けた。
『慕われてるんだ?』
『おかげさまで。しっかし、マジでお前かよ』
ショウリは自身の顔を両手で覆い、それがパーカーのフードを持ち上げるように動いた。クリーム色の髪は消え、黒髪、ツカサとよく似た民族的な顔が現れた。【鑑定眼】には特徴的なノイズが掛かっているが、いくつかは読めた。ラングを見れば首を振られた。紋様はないらしい。
「シュン。仮名、ショウリ。欠片を持つ者、ポソミタキ……一部、自身に抗う者、か。状態はノイズで読めない。スキルは入れ替わり? ……いまのやつかな」
ツカサがリガーヴァルとラングの故郷の言語で情報共有をすればショウリは感心したように頷いた。
『マジで便利なスキルに恵まれてんな。説明の手間が省けていいけどよ。というか、お前、日本語話せんじゃん』
『あの時は面倒で……』
何がどう面倒だったのかは説明しなくともわかるのだろう。ショウリは苦笑を浮かべ肩を竦めた。補足は必要なさそうだったのでツカサは微笑んで言った。
『それに、俺は運がよかったんだよ』
『で、あとは覚悟して選んできたんだっけ?』
そう、とツカサが素直に頷けば、毒気を抜かれたのかシュンは笑った。
『本当なら、もっと文句だって言いてぇけどな。なんで俺が、っていう気持ちは今だってあるし、あの時の恐怖は今でも夢に見る。でも、もう、いいんだって気持ちもあんだよな』
シュンの視線はアルを見て、アルは真っ直ぐにシュンを見ていた。
『……サルムがあいつにぶつけたからさ』
『見てたの?』
『ポソミタキと一緒に聖域? に行って、【欠片】を手に入れるまではな。なんだかんだ、あの夢が俺の支えになってた。嫁も子供いて、村人も親切で優しくて、こういう異世界転移、転生だったらよかったよなぁって思える幸せがそこにあって。いろいろあって殺された、いや、殺してもらったけどな』
サルムのひとかけらを持っているからこそ、シュン自身、アルには敵意というよりは戦友という気持ちが強いようだった。アルもまた、そこに何かを感じ取っているからこそ槍には手を伸ばさない。シュンの向こうにサルムが見えるのだろうか。ツカサは少しの間沈黙を守り続けた。サルムを知る欠片と、サルムを見てきた男が無言で言葉を交わしているように思えたからだ。アルの方が息を吸って槍を振り返った。オルファネウルに呼ばれたらしい。それが場を動かしてシュンはツカサを振り返った。
『ちょっとさ、ワリィけど先に日本語であれこれ共有させてくれよ。そっちの状況とこっちの状況、確認しておきてぇんだわ。仲間に共有するにしても、情報の精査は必要だろ?』
『あぁ、それ助かる。キスクに、実は伝えたくないこともあって』
『なんだよ?』
『この世界、寿命があと百年なのは知ってる?』
はぁ!? というシュンの大きな声に慌てて胡散臭い顔の商人が飛び込んできて、ラングが裏拳を入れて意識を奪った。一応、これはシュンの姿が変わっていることに対しての配慮だったのだが、手段について叱られたラングの機嫌は暫く悪かった。
――懐かしい友人なので積もる話がある、ということで、話す時間をもらうことにした。ラングとアルには一応味方として考えていいこと、情報収集と共有を兼ね、二人で話したいと伝え、許可を得た。アルはツカサにマール・ネルを手に持っているようにと言った。先ほど槍に呼ばれていた雰囲気もあったので何か意味があるのだと思い、ツカサは素直に従うことにした。
話し合いをする場所も含め、移動疲れもあったので今日は商会所有の宿を斡旋してもらい、各々休むことになった。富裕層向けのいい宿を宛がってくれたおかげで個室だ。女はいるかと問われ、妻がいるからと答えれば意外そうな顔はされたものの、おめでとう、と言ってもらえた。まさか祝ってもらえるとは思わず一瞬固まってしまったが、嬉しいものは嬉しいので礼を返した。
ラングは当然、アルは足を伸ばして眠りたいと遠回しに、キスクは不純異性交遊と真っ赤になって断っていた。ラングもアルも自身の身を守れる。ツカサは服の中からずるりとユキヒョウを取り出し、キスクに渡してからショウリの部屋へ入った。
ツカサの部屋は別途あるが、会話はシュン改めショウリの部屋でする。間取りや調度品は同じだというので話の前に軽く見させてもらった。とてもいい部屋だった。ランプの数も多く、明るい蜜蝋が使われていた。煤の少ない蜜蝋のおかげで天井に嵌めこまれた美しい柄がよく見える。華美なものではなく、陶器製の色鮮やかなそれは自然を現していて懐かしさを覚えた。
窓はガラス、カーテンは刺繍もたっぷりと施されていて、まとめるためのタッセルは金糸で編まれた紐だった。これだけでも結構な値がしそうで触るのが怖かったが好奇心が勝った。さらさら、柔らかくて気持ちいい。振り返って、分厚い絨毯に豪奢なソファ。風呂は蛇口をひねれば湯が出るというので、ここはライフラインがとても整っているのだ。この世界で初めて味わう贅沢といえるだろう。いや、温泉ほどの贅沢ではないか、とツカサは自分の中の価値観に小さく笑みを浮かべた。揉んでいたタッセルをほどきカーテンを閉めて振り返ればショウリが酒瓶を揺らした。
『酒は飲むのかよ』
『多少はね。でも、ハーブティーが飲みたいから淹れようと思うけど、いる?』
『へぇ、ハーブティーねぇ』
どうぞ、と促されツカサはソファに腰掛け、ソファにマール・ネルを置いた。フゥゥ、と優しい吐息のような声で膝の上、と聞こえた気がして膝に置き直した。ショウリは訝しんではいたが何も聞いてこなかった。
次いでテーブルの上に三脚コンロ、火を点けたクズ魔石をそこに入れ、水を入れたポットを置いた。見慣れないセットにショウリは首を傾げ、構造と意味を思い至ったのか何度か頷いた。
『面白いな、キャンプ道具ってやつか』
『そう、兄さんの故郷でよく使われてるんだ』
『あの黒仮面かよ。あれか? 三国志の義兄弟の契りみたいな?』
『俺、授業でやったくらいでよく知らないんだよね、三国志』
マジかよ、とショウリは本気で驚いていた。そこから湯が沸くまでの間知っているゲームや漫画、小説の話になって盛り上がった。それもわかる、というところもあれば、そっちはわからない、ということもあり、お互い、薦めてもプレイできないゲームや、読むことのできない漫画や小説などをプレゼンした。それで知ったのはシュンの方がツカサよりも前にリガーヴァルに渡っていて、世界の消滅を知らなかったことだ。
『俺が転移したのはラノベでよくあるパターンの一つ、振り返ったら異世界だった、っていう感じのシチュエーションだったんだよな。で、スキルは魔法、嬉しかったよなぁ』
『重なった時に落ちたのかな……? 無双してたみたいだしね。あれさ、俺、魔法の師匠から習ったんだけど、魔力酔いっていうのがあるんだよね。ショウリ、それもあったんじゃないかな』
魔法酔いとはなんだというので説明をした。あまりに大きい魔力に触れると自分が最強で何でもできるという万能感に満たされ、態度が大きく気の強い、他者を見下すような態度を取る、大きな魔力に触れると魔導士が陥る状態である。実はあの後イーグリスで教員をやっており、実際にショウリとよく似た言動の少年と関わり、その確信を強めている、と締め括れば、ショウリはぐったりとソファに倒れ込んだ。ツカサはその間に沸いた湯をコップに注ぎ、ハーブティーを淹れ、ショウリ側に一つ差し出した。よろよろ起き上がって受け取り、ショウリは恥ずかしい様子で呻いた。
『マジかよ、そんなのあんのか』
『魔力酔いの時ってあんまり覚えてないみたいだけど、どうだったの』
『あー、いや、普通に覚えてるわ。マジであれも黒歴史』
『じゃあ単純にショウリの性格が悪かった可能性もあるね』
失礼だよなお前、と文句を言われ、ツカサは笑いながら謝った。
ハーブティーの感想を、草の味がする、と風情のないことを言われつつ、今まで何があったのかを話した。
シュンを倒した後のこと。簡単に日常のこと。シュンが兄を騙って現れ、突然世界がおかしくなったこと。誘われ、まだ年若い兄に再会し、そしてなぜこんな状況になっているのか、今までに考えた様々な予測と憶測を書いたメモを並べた。
キスクとの出会い。聞いた歌と声のこと。アルが持ってきてくれた世界の知識と真実。ショウリは気になるところは質問をしながら、時々こめかみを揉みながらついてきた。それを伝えるだけで三時間は掛かった。時計は夜の十九時、まだまだ話せる。夕食が運び込まれ、他の部屋にも届けてあると聞いて礼を言った。
ナイフとフォークを使って食べるものよりも、片手で食べながら話せるものを選んでくれたらしく、パンとハムの皿がいくつか置いていかれた。パンを切り、ハムを乗せ、二つほど食べて多少満たしてから話の続きだ。
『ショウリが南の聖域に行ったのっていつ頃なの? 新しく手紙を置いたのは多分三年くらい前だろうなとは思うんだけど。キスクが声を聞いてたからさ』
『あー、書くわ』
確かに口頭で説明を受けるよりはいい。ショウリはこの世界では高級品である紙を広げ、鉛筆で書き込んでいく。わかる、インクよりも鉛筆の方が間違えた時にぐしゃぐしゃすることへの罪悪感が少ない。
ショウリが書いたのはこうだった。この世界に来たのを百として、今いる場所をゼロとする。そうすることで何年前かわかりやすいだろうと言われ、確かにそうだと思った。年代はざっくりだと前置きを置かれ、書かれたものを確認した。
100 この場所にきたと思う。【女神戦争】真っ只中だった。戦禍に巻き込まれて死にかけた。
けど、終結も早かった。全部終わってから【神子】の存在を聞く。ポソミタキに拾われた。
この世界の言葉がわからなかったから、ポソミタキに教わった。
90 交易路に問題が発生。ファンファルースの街の衰退がはじまる。
85 ファンファルースを出る。別の俺の夢が明瞭になってきたのはこの頃。
70 ファンファルースに戻る。ポソミタキの死体を見つけ、街が滅んでいた。
ポソミタキと一緒に聖域に足を向け【欠片】を得た。
この世界に来た当初と同じくらいまで若返った。
ここから【他の自分】の夢を見なくなった。あちこち放浪してみた。
50 世界全体が衰退していくのを感じて、何かできないかと思って、
ポソミタキと一緒に相談しながら商会を作った。
よく見ていた夢の、商売人だったサルムの影響もあった気がする。
40 教会の権威が強くなっていく。
20 海の交易が途絶えた。船が出ても戻って来なくなった。
損失が大きいので船の貿易から撤退した。
10 ごく少数ながら死体が黒く溶ける事象が起きはじめた。教会は隠ぺいしていた。
たまたま噂を耳にして、実際にファンファルースを知っていたので事態を把握した。
5 教会への不平不満が中級市民から下級市民にかけて爆発しかけていた。
上にいる【神子】がかつて見ていた夢のとおり俺なら、見せしめが始まると思った。
無駄に命を落とさせるのも黒く溶ける事象が気になって、戦力として抱え込むことにした。
商会が反抗勢力の本拠地になってきたのはこの頃からだった。
3 声が聞こえた。女の声で、
「【異邦の旅人】に偽りの声を届けようとする者がいる。哀れな少年と【異邦の旅人】をあなたが救うのです」
という声だった。
ポソミタキに相談、ファンファルースに再度赴き、もし何かに導かれてこの聖域に来るのならば、会いに来てもらえるように仕込んでおいた。
2 商会を作った頃から、やり取りのあったロトリリィーノから救援を求める手紙が届いた。
女子供の保護依頼だった。
教会にも荷を入れていたこと、【神子】が女狂いであることなどから、教会の権威をこっそり借りて首都・レワーシェに避難させた。
「ドルワフロはもう終わりだ、せめて次代を産み育てる女たちだけでも」
と書かれた手紙からロトリリィーノの覚悟を受け取った。
1~0 ツカサたちがきた。←イマココ。
『ドルワフロの女性やこどもたちはどうしたの?』
『俺の商会の裏方で働いてもらってる。反抗勢力なんて大仰なもんになっちまって、案外手が足りてなくてよ。チュチュリアネとか、ロトリリィーノは大丈夫なのか?』
『ちょっと物資に余裕があって、五年は食べられるようにしてきた。冬を越えられれば薪も、石炭とかも採れるって聞いてる』
そうかよ、とショウリはホッとしていた。ツカサはショウリ年表に首を傾げた。
『アルがサルムを見たのは、ざっくり考えて二十日と少し前。でも、ショウリが夢を見なくなった七十年前まではサルムのことも見てて、殺されるのも見たんだよね? どうして』
『あれだろ、単純に時間がずれてんだろ? ほら、映画とかでよく、ワープゾーンみたいなの開いて、その先が実は百年後でした、とか』
『あ、あぁ! そっか! つい直近の日数を数えちゃってたけど、そうだよね、アルもそんなこと言ってたっけ。ラングだってリガーヴァルに渡った時、時間がずれてて、シェイさんのお師匠さんが七年前に別れて、ラングが三十年以上前に会ったとか……。それと同じだけのずれがあったなら、アルが最初に落ちた世界と、この世界のずれは大きくてもおかしくないよね』
もしかしたら、刻の神が微調整するためにサルムのいるところを中継させた可能性が浮上した。そこでサルム、シュンと出会わせ、何が起きているのかを見せる。そして本題のこの世界へ落とす。いくつもの世界があるらしいので、この世界に直接落とせなかったのかもしれない。だから、ツカサたちがこの世界に来たのに対しアルはズレがあった。とはいえそれが年単位であったり場所が大きくズレていなくてよかった。
そうだ、世界の時間のズレを失念していた。アルはサルムのいた世界で空が割れたと言っていた、ツカサがリガーヴァルでセルクスを受け止めた時も空は割れていた。なんとなく、あの時、ツカサとアルの時間は同じだったのだと思った。アルが一度、どこかに落ちてサルムと対峙している間、ツカサは自分を知らない人たちに絶望を感じながらも【快晴の蒼】とコンタクトを取り、話すことができた。
高原でサルムとドラゴン退治に行ったアル。
【快晴の蒼】と話し、セルクスとの約束を待ったツカサ。
サルムを殺し燃える村に戻り、その世界で最後の一振りをした、夜、二十時。
イーグリスの駐屯地で話ができ、セルクスとの約束が果たされた、夜、二十時。
世界が時を止めたのは同じタイミングだったのかもしれない。場所だけが違ったのだ。




