3-11:終点・首都側 到着
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ロトリリィーノと手紙のやり取りがあるらしい男女二人、改めて名を聞いたところ、話し手の男はテルタ、女はテルマ、双子らしい。人相を隠すように前髪が長くて気づかなかったが、よくよく見れば確かに同じ顔だった。髪の流れ方が右か左かの違いだ。
まずツカサから仲間がすまなかったと言えば、テルタがこちらこそすまなかった、と謝意を見せた。ここで握手をして一度水に流し、位置情報を尋ねた。
ちょうどここは首都側から見て三割ほどの位置にあるらしい。あまりに長いトロッコの道は乗る者が不安になるので、目印に石が置いてあるのだそうだ。崖の街へ試運転した時には速さに気を取られ気づかなかったことだ。それが等間隔にあり、三つ目を越えたところなので三割、なのだそうだ。ここからなら歩いても三時間ほどだというので、それならば話しながらいこうと提案し、テルタが了承を返した。
「私は先に戻って、仲間に伝える」
テルマはラングを睨みつけてトロッコに乗り直し、ブレーキを外して下り坂を先に戻っていった。
「悪い、あれでテルマは仲間内で一番の腕利きで、悔しかったんだと思う」
「いいよ。こっちも怪しい一行だったし。ね? ラング?」
くるりと振り返って念を押すように尋ねれば、ラングは肩を竦めていた。改めて自己紹介と目的を話した。
ショウリが残した伝言を見つけ、キスクの目的が【神子】を排すことであること。要はゴルドラル大陸における今の信仰を崩すこと。ツカサたちはその協力者であり、【不思議な力】の持ち主であること。ユキヒョウと大鷹が神獣であることも素直に伝えた。テルタは本物か、とユキヒョウと大鷹をまじまじ眺めていたが、それぞれが少し大きくなり、様々なことを捲し立てたこともあって納得したらしい。そして、それならば、と期待も口にした。
「実は、神獣も探していたんだ。死体が黒く溶ける事象はもちろん知っているだろう? 前に狼の神獣が現れて、その状況を救っていたことがあって、だから連れてきてくれて助かる」
「待って、悪いけどユキヒョウも大鷹さんもそういう役割をさせたくて連れてきたんじゃない」
テルタの発言はものを知らないから言える言葉だ。狼の神獣・オットルティアが詳しく話せなかったのはわかる。理の制約に触れる話をして自らの寿命を縮めたりしたのならば、土地神・神獣たちから命を預かったあとも首都・レワーシェで暫く耐えるなどできなかったはずだ。真実はだからこそ見るだけに限られ、告げられることはなかった。
土地神や神獣を死なせることはもうさせない。ツカサが話をすれば、テルタは言葉を失って暫く黙り込んでいた。
でも、神獣が引き受ければ黒い何かに襲われることは、とか、神獣の役目はそうなんじゃないのか、とか、時折言葉にはするものの、キスクが珍しく怒りをみせてそれも最後には呑み込んでいた。
「ユキヒョウは俺の友達だ。ドルワフロの土地神だ。そんなこと、絶対させないからな」
ユキヒョウはうるうるした目でキスクを眺め、勢いよく頭突きをしてキスクを地面に倒れさせた。かっこよく決まらないねとツカサが笑うと、キスクは、あぁ、うん、いいよ、と笑った。その鼻血をヒールで治してやれば、テルタはそれにも目をつけた。
「ツカサ、だったな、あんたのその【不思議な力】、本当に……使えるな」
「悪いけど俺のこれも、俺が使いたい時にしか使わない。利用しようと思う気持ちをまずは捨ててほしいな」
ツカサはゆっくりと顎を上げて剣呑に言い、テルタを威圧した。ひゅう、とアルが口笛を鳴らして笑った。テルタは自身の価値観と戦う時間になったようだった。
ある程度こちらの事情を話した後はテルタ側、【神子排斥派】の話を聞きたいのだが、それはリーダーから聞いてくれと言われたので首都・レワーシェについて尋ねた。
「初めて行くんだ」
「あぁ、うん、俺も初めてだ。一回捕まりかけたこともあって、首都は怖くて」
「そうなのか。そうだな、じゃあ、少し話しておく」
テルタは身振り手振りをつけて話してくれた。
曰く、ゴルドラル大陸最後の歓楽都市、だそうだ。宗教国家の首都にしては印象が違い、キスクと顔を見合わせてしまった。単語がわからなかったラングに問われ、答えれば鼻で笑われた。
「宗教、最後は自分の幸せ、考える。信徒、教徒、考えない。人々、助け求める。金、女、食事、集まる」
「あぁ、なるほど」
どうにか救ってもらおうと誰よりもお布施をしたり、貢いだり、一番潤うのがそこなのだろう。【神子】が陣取っているのはそういう満たされた場所なのだ。テルタは苦虫を噛み潰したような顔で首肯した。
「リーダーは、【神子】がいなくなれば世界は変わるかもしれないって言った。俺は今の現状をどう変えればいいのかわからないけど、リーダーは何か確信があってみんなを励まして、フォートルアレワシェナ正教と戦おうとしてる。やらなきゃ変わらないんだ、って言ってた」
ツカサはふと、【神子排斥派】の縋るものがフォートルアレワシェナ正教からリーダーに変わっただけなのではないかと考えた。心の内を覗く術のないツカサには考えても答えは見つからないが、胸の奥でブレない声が言う。
「私をすべてにするな」
「うん? なんだって?」
「なんでもないよ」
泰然自若とした兄の姿。教え、鍛え、生き方を叩き込まれた。師匠として、兄としてその背中を追いさえすれば安泰だと思いたかったのに、都度突き放し、手を離し、けれど決して離れず心に寄り添ってくれた存在が今も大きい。こっちの兄は兄で、とラングを見遣ればツカサの表情に思うところがあったのか指が伸びてきた。慌てて頬を守り距離を取る。
「やめてよ」
「気持ち悪い」
「ひどくない?」
アルが懐かしそうに目を細めていて、ツカサはそちらを指差した。ラングは穏やかに頷いているアルの表情にもイラっと来たらしく、剣の柄を握り、アルの太腿に向かって鞘を振り抜いた。アルは跳び、それからよろめき、太腿を摩った。
「いっ……! ってぇ! おま、その歳の時からそれ!?」
『お前のその顔は特に腹が立つ』
おいこら、という文句を言うアルを置いてラングは足を速めてしまった。待つのである、とユキヒョウが並び体をすり寄せ、まるで慰めているかのようだった。マントでよく見えないが撫でている気がした。呆気に取られているテルタに兄なんだと伝えれば、ツカサの顔をまじまじ眺められた。これもすっかり慣れた。
雑談をしながら歩いて三時間。トロッコの終点に辿り着いた。こちらは人が居て明かりがあり、物が置かれ、随分と拠点めいている。トーチが要らないほどの明るさだ。キスクと二人トーチを解除しても問題なかった。突然消えた明かりに警戒はされたが、客人だ、とテルタが紹介をしてくれて武器を構えられることはなかった。ツカサはラングのマントをしっかりと握り締めていた。
改めて見渡せば段差は新しく木の板が置かれ舗装され、トロッコの道に辿り着くまでの通路も新しい支えができていたりと使用感も新しい。人もここだけでテルマを入れて五人いる。テルマは素早く駆け寄ってきてテルタに抱き着いた。
「テルタ、無事だったか。カッとなって置いていってすまない」
「テルマ、大丈夫だ。やっぱり味方だと思うぞ。リーダーに指示を仰ごう」
そうだな、とテルマはラングを睨んだ。その視線を受けて小さく首を傾げるラングの手は、マントの中で剣の柄を握っている。ツカサはマントを引っ張って首を横に振った。
「よぅく手入れされてるじゃァねぇかァ」
トルクィーロが感心した様子で言い、その巨体にその場にいた人々が後ずさった。
「トルクィーロ殿の大きさは、ちょっと、目立つかもしれないな。こちらに留まっていただいても?」
「仕方ねェなァ」
ボリボリと頭を掻き、トルクィーロは地面に座り込んだ。ドルワフロの中でも群を抜いて体の大きいトルクィーロを連れてとなると確かに目立つ。ショウリと秘密裏に接触したい一行としてはできれば避けたいところだ。ラングのシールドが悪目立ちしなければいいが、テルタは特に指摘しなかった。
「親父、大人しくしててくれよな」
「ぬかせェ! 俺ァ、カカァの前ではァいつもいい子だったぜェ! ガハハ! お前ェには早いかァ!」
顔を両手で覆うキスクに対しでかい声で笑い大男はごろりと寝転んだ。死者であるトルクィーロは水も食事も必要とせず、今はユキヒョウと離れても問題ない。むしろ、ユキヒョウが土地を離れて行動するためにはキスクという点を利用する必要があるらしく、そちらと離れられないそうだ。友として受け入れられた時の頭突き、あれで土地神と人の契約が成ったらしい。この世界の理の眷属、ヒトに説明せずに事後報告がとにかく多い。制約のこともあり何も言わずに行動する傾向にあるらしい。
「でもユキヒョウもどうしようね? ユキヒョウサイズでも目立つよね」
「ツカサかラングのマントに隠れるのである」
「入らないでしょ」
「入るのである!」
喋るユキヒョウにざわつく人の声は無視をして、ユキヒョウは雪を纏いながらくるりと回り、子猫程度の大きさになった。手足の短いもふもふ、ツカサはそれを素早く抱き上げてふかふかの腹に顔を埋めた。温泉のにおいがする。
「大丈夫そうだな」
ツカサの反応にラングが溜息をつき、任せると言いたげに通路に足を踏み入れた。アルは通りすがりにユキヒョウの毛皮を撫でて、おお、売れそう、と言った。大鷹はアルの肩で鷹のふりだ。ツカサはユキヒョウの腹を思う存分吸った後、ソワソワしていたキスクに渡して踵を返した。
「ツカサ?」
「ちょっとトルクィーロさんに伝え忘れたこと思い出した、すぐ追いかけるよ!」
テルタが先導し、テルマがラングに警戒しながらついていき、残った見張りたちの困惑の中に戻ったツカサは寝っ転がるトルクィーロを立たせると暗がりへ連れて行った。
「トルクィーロさん、ちょっと提案があるんだけど」
この時の判断が後で自分の命を救うことになるとは、ツカサは思いもしていなかった。




