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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
第一章 スヴェトロニア

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51:渡り人


 エレナの言葉にもラングは動揺を見せなかった。


 それを流石だと思いながら、食事の傍ら、エレナは話を続けた。


 渡り人という言葉は、隣の大陸(オルト・リヴィア)では一般的であること。

 この大陸(スヴェトロニア)では迷い人と呼ばれ、認知度は低いがいるということ。

 エレナの夫がまさしく渡り人であり、元はエレナに保護された身だったこと。

 その夫の関係で、同じ身の上の渡り人を保護し、見つけたらスカイ王国へ連れてくるように密命を受けていたことを話した。


「パーティ入りしてから話を聞いて驚いたのよ。本当に単純に、スカイ王国へ案内するだけのつもりだったから」


 粗方食事は済んで保温魔道具のポットに入った紅茶を注ぎ、デザートの焼き菓子を口に運ぶ。

 クッキーに散らばっている黒い塊を噛めば、チョコレートだ。これは高級品ではないのか、とラングは思う。チョコレートを知っていることがどの程度のランクなのかが測れず、反応はしない。

 ただ、同じ味、食感に僅かな安堵を覚えた。


「元々、何故【異邦の旅人】についてこようと思ったんだ」

「今更聞くのね」

「ジュマに嫌気がさしたのだろうことには、嘘はなかったと思うが?」

「もちろんよ、きっかけはそこだもの」


 エレナは強く頷いてむっすりとした顔をしてみせた。感情を素直に見せるのは演技か本質か、ラングには後者に感じられた。

 

「夫、名前をヨウイチというのだけど、出会ったのがうちのそばの森だったのよ」


 ひょんなことから渡り人として現れ、本人は外国に来てしまったのか、神隠しなのか、と非常に慌てていたという。衣服は擦り切れてぼろぼろ、多少傷を負っていたが致命傷ではなく、へんてこなヘルメットを被っておろおろしていた。

 特攻がとか、お国がとか、エレナにはよくわからない言葉を羅列し、傷の手当てをしようと近寄れば自害をしようとしたり、散々な出会いだったらしい。

 既にその時には魔法を使えたエレナは慌てて風魔法で手に持つ武器を奪い、乱心するヨウイチに言葉をかけ続けて思い留まらせた。

 自分がどこにいるのか、何があったのかがわからずヨウイチはしばらく呆然自失で過ごし、ようやく現実を受け止める頃にはエレナに少しずつ心を開いてくれた。


「私が最初に接したから、頼りやすかったんでしょうねぇ」


 愛しさの滲む微笑を浮かべてエレナは過去を思い返していた。


 ヨウイチは割り切ることのできる人だった。

 元々死んだも同然の命をたまたま拾っただけだと言い、エレナにどうすればここで生きられるのかを問うた。エレナはエレナでヨウイチの身に起こったことを調べていて、書物に書いてあった渡り人が該当するのではないかと当たりをつけていた。

 二人で原因を調べるために行動を共にするようになり、世界を見たいというヨウイチと各地を回るために冒険者になった。元々戦闘に対し覚悟が決まっていたヨウイチはめきめきと腕を上げた。

 タンク職を選び取ったのは背中にいるエレナをただ守りたかったからに他ならない。

 オルト・リヴィアを転々と回り旅を続ける中、自然と二人は夫婦になった。通りすがりの教会で二人だけの式を挙げ、手紙で妹には連絡をした。

 旅を始めて四年、ある日同じように突如現れ街に馴染んだ人がいると聞きつけて尋ねてみれば、なんの因果かヨウイチと同じ故郷の者だった。故郷の時代がどうかはエレナにはわからない。けれど、話を聞きヨウイチは何か吹っ切れたような顔をしていた。

 同じ故郷の人がいることがわかり、民族的な癖なのかその人の癖なのか、同行させてほしいと言われ一日考える時間をもらった。

 翌日、ヨウイチが神妙な面持ちでエレナの手を取った。


「夢だと思うんだ、夢だと思うんだが、あまりに現実味を帯びていて、従ってみたいのだが、良いだろうか」


 その前置きのあとにヨウイチは言った。

 渡り人を保護せよと夢の中で神に言われた、と。


 元々理使い(ナーラー)がいたり、魔導士がいたり、戦女神への信仰もある国だ。神託も時折あるため不思議なことではない。エレナはそれを受け入れ、新しい渡り人を連れて一度故郷へ戻った。

 そこで妹のマリナと良い仲になり、その渡り人は定住の地を見つけることが出来た。


 その後ヨウイチとエレナは、共に渡り人を探していくことを目的として各地を回り始めた。

 最初の冒険の理由が世界を見て回るだっただけに、一石二鳥の目的でもあった。

 何人かの渡り人と出会い、保護や救いを求める者がいればスカイ王国へ案内をした。既に馴染み終の住処を見つけている者には何も言わずに立ち去った。

 不思議なものでヨウイチには渡り人とそうでない人間の見分けがつくようで、尋ね歩く必要がなかったのは幸運だった。

 世界を見て回る目的はそのままに、海を渡ってこの大陸(スヴェトロニア)に来た。そしてジュマで迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)に巻き込まれた。

 金級だったこと、責任感が強かったこともあり、ヨウイチは最前線で盾を構え剣を振った。

 そして他の冒険者を庇い、その身をズタズタにされて死んだ。エレナの旅の目的はヨウイチと共に死んでしまった。


「その時に庇ったのが、まだ中堅に差し掛かるかどうかだったエルドとアルカドスだったのよ」


 同じタンク職のエルドと、大振りだが攻撃力のあるアルカドスが共に最前線にいた。そして二人を、その後ろにいる冒険者たちを守るためにヨウイチは死んだ。

 しばらくはエルドもアルカドスもエレナに対して負い目を持っていた。

 エルドはその負い目をカダルと冒険の女神(オルバス)で乗り越え、盾の重さを忘れないようにした。

 アルカドスは同じような目に遭わせないように力をつけていたはずが、いつからか違う方向へ歩き出した。あるいは、負い目があったからこそかもしれない。


「もうここには居たくないと思ってしまったら、そこまでよね」


 ツカサの話を聞いて、スカイ王国まで行くと言った時に便乗してしまおうと思った。アルカドスの暴挙もあり、ヨウイチの死があんなことのためにあったと思いたくはなかった。様々な要因が重なっての【異邦の旅人】加入だった。

 しばらく沈黙が続いた。

 防音の魔道具が動いているため、どこからも声がしない。響いているのは弦楽器の物悲しいメロディだけだ。

 エレナが少しだけすんと鼻を鳴らした。


「冬が終わるのを待たなくちゃならないから、答えはもっと先で良いわ。もう十年もヨウイチの想いを無視していたけれど、スカイ王国で手助けが必要なら、私はいろいろ伝手もあるわ。ツカサにそれを話すのもお任せするし、スカイ王国に着くまでで、その後私が必要なければ私は故郷に帰るだけ」


 空になった紅茶のカップの淵をゆっくりと撫でる。


「ひとまず、それまではよろしくね、ラング」

「あぁ」

「貴方って本当に落ち着いているのね」


 面白くなさそうにエレナは紅茶のお代わりを注ぐ。


「元の故郷に戻った者はいるのか」

「私が出会った人たちは全員ここに残ったわよ。ある程度生活もしていて手放せないものがあったり、戻りたくないという人もいたわ。だから、帰った人は知らないの」

「そうか」


 ならばスカイ王国とやらに着いてからが本番なのかもしれない。渡り人を集め保護して何をしているのかもわからないが、エレナの様子からして洗脳のようなものも感じない。

 

「神か」

「ラングは何かを信仰したことはあるのかしら?」

「ない」

「ふふ、でしょうねぇ、貴方は自分の中で自分を立たせるものを知っているようだもの」

「捨てたという方が正しい」

「あら」


 端的に会話するラングが話題を続けたことに驚き、エレナは首を傾げて促した。


「こちらの神がどうかはセルクスの件もあるが、私の故郷では祈っても、神は救いの手を差し伸べてはくれなかった」

「祈りたくなるようなことがあったのね」


 私にもあったわ、とエレナが呟く。わかる、とは言わない。言ってはならない。

 様々なその傷はかさぶたに成りはしても痕は残るものだ。


「貴方とツカサの道を、少しでも行き易いものにできるように頑張るわ」

「あぁ、頼む」


 エレナが右手を差し出し、その手をラングが取る。

 


「旅を再開したエレナに祝福を」

「まぁ、ふふ!ありがとうラング」

 


 ランタンの灯りが、エレナの滲んだ眼をゆらりと掻き消した。



 空腹を満たし店を後にして、宿に戻りおやすみを告げる。

 エレナは清々しい顔で部屋へ戻り扉を閉めた。



 ラングは誰にも知られないよう、胸中で黙とうを捧げ、部屋へ戻った。




 ツカサが孤児院から戻ったのはそんな夜のあとだったのだ。




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