3-10:トロッコの道 首都へ
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ユキヒョウの背中に乗っての移動にも慣れてきた。暗闇を照らすのはツカサとキスクのトーチだ。全員が乗れば重いと文句も出たものの、褒め、おだて、その気にさせて走ってもらった。時折休憩を入れながらも進みは早い。それでもあの下っ腹の恐怖には負ける気がした。
『トロッコで進んでた時はやっぱり速かったんだね、あれ』
『トロッコ、乗りたい』
休憩中、アルは手帳と単語帳を手にしながらラングの故郷での会話を努力していた。キスクには出身地が違うんだ、と事実を伝え、不思議そうな顔をされたがそれ以上は踏み込んで来なかった。キスクはキスクで首都・レワーシェで会う予定のショウリが本当に味方なのかどうか不安で仕方がないらしい。ツカサには残されていた手記の意味もよくわかっているが、初対面、特に情報のない者に会おうとするのならば、キスクの反応は当然のことだった。
「笑顔だァ、笑顔がありゃァ、まず大丈夫だァ」
トルクィーロが髭面をにぃっと笑わせてキスクに笑顔の練習をさせていたが、山賊の親分が笑っているようにしか見えず、トルクィーロの場合は笑ったら逆効果だろうなとツカサは思った。そうしてツカサが口にしないでおいたものを、アルが台無しにする流れも懐かしい。
顔、こんな、とアルが悪そうな顔をして指摘し、何が面白いのかトルクィーロと二人で笑い転げていた。コミュニケーション能力が高すぎてついていけず、ツカサは放っておこうと決めた。
食事ついでに少し長めに休憩を取れば、アルは努力も見せた。
『あー、ラング、今日の料理、なんですか?』
『作るのはツカサだ。私は食材を持っているわけではない』
『食材、持つない? あー、ロストアイテム、ない?』
『ある。……要領を得ん、なんだ』
そうですね、んー、とアルはなかなか言いたいことが通じずに眉間にしわが寄ってきていた。手助けが必要かと身を乗り出せばアルから手で制された。頑張るらしい。
『俺はラングの料理、好きです。シチュー美味しい』
『シチュー?』
お、この反応はどちらだろう。単純に突然すぎて話が通じなかったのか、それともラングがまだシチューを作り上げていないのか、気になる。ツカサは練習中のおにぎりを握りながら二人の会話をワクワクと楽しみ始めた。
『赤ワイン、肉、ハーブ、野菜、煮込みます。美味しい』
『赤ワインのシチューか? ……確かに、家に戻れば作るが、まだ試作段階だ。未来では形になるのか』
『しさく? しさくなんですか?』
『面倒だ、もう黙れ』
ツカサがニマニマと笑っていたせいだろう。ラングは視線を一瞬ツカサにやり、以降はアルを相手にしなかった。
皆でおにぎりを食べた後、ツカサは今の会話の言い直しと単語の意味をアルの手帳に書いてやった。キスクも興味津々で覗き込み、徐々にラングの故郷の言語に寄り始めてきた。秘密の会話をするのにはちょうどいいので、キスクに対してもみっちり指導を始めたのはこの時からだった。
ユキヒョウの背中に乗って軽やかな足取りで先を目指す。五時間もしたところで遠くからトロッコがレールを走る音がした。ロトリリィーノが送ったトロッコが何かを積んで戻ってきているのだろう。ドルワフロ側からずっと長い下り坂になっているので、向こうから勢いよく突っ込んでは来ないはずだ。ギィ、ギィ、と音がするのは漕いでいるからか。行きは大変でも帰りは早くなるので、トロッコを使わない選択肢はないのだ。ツカサはトーチを思いきり広げ、向こうから明かりが見えるようにした。そして、アルに声を借りた。
「なぁ! 誰かいるか!」
ツカサはきちんと耳を塞いでおいた。ラングはツカサの動きで予測したらしく間一髪塞げていたが、それでも鼓膜を痛ませるほどの声量に舌打ちをしていた。キスクは蹲っていた。
わかる。ワッと音が通るので痛いのだ。もはや凶器だ。声に威圧を乗せることもあるので正しく凶器だった。ごめん。ツカサは胸中でそっと謝っておいた。
明かりよりも音の方が遠くまで届くものだ。アルのよく通る声は洞窟内を駆け抜けていき、向こうで漕ぐ音が止んだ。まさか途中に誰かいるとは思わなかったのだろう。ユキヒョウに小さくなってもらい、こちらは徒歩で歩み寄っていった。
暫くして予想通りトロッコが見えた。こちらを視認するとブレーキを掛け、下がらないようにしてから覗かれた。
ドルワフロで新しく作られたトロッコよりも古く、けれど、ロトリリィーノの指示で手入れがされたものは歴戦の戦士感があった。構造はほぼ同じだ。レールひとつから想像し、構想し、あのトロッコを作り上げた現代のドルワフロの鍛冶師たちはさすがだったのだと思った。
トロッコには二人の人物が乗っていた。向こうもランタンを掲げており、人間とユキヒョウと鷹を連れた謎の組み合わせの一行を訝しんでいた。ランタンの影になり顔はよく見えないが、どうやら女と男の二人組らしい。
「君たちは? この道は知る者がいないはずだ」
「ドルワフロの頭代理、ロトリリィーノから教わったんだ」
ロトリリィーノ殿から、と女が呟き、ランタンで一行の顔を確認された。ラングの時に少し時間は掛かったがトロッコから下りてきた。トーチを移動させ影を無くすようにすれば、男の方が息を呑んで「神子」と呟いた。女は周囲を見渡してから言った。
「不思議な力を持っているらしい。であれば、敵だな?」
「ちょっ……!」
止める前に動かれてしまった。女が言いながら腰の短剣に手を伸ばした瞬間、影を無くしたはずの場所で影が動いた。くすんだ緑のマントは水の中で揺蕩うように地面を流れ、トーチを見上げて呆気に取られている男の腹部を蹴り飛ばしてトロッコに叩きつけると、一瞬の反応遅れで振り返った女の肘に合わせてその背中をぐるりと回り、回転して軸のぶれた足首を思いきり払った。女は体勢が崩れてなお手をついて戻ろうとしたのはいい動きだった。それを許されてさえいれば、だ。
くすんだ緑のマントが回転の勢いを残し、女の頬を撫でた。片手の剣はトロッコに叩きつけた男の喉に。もう片方は女の眼前にあった。
「動くな。短剣、離せ」
受け身を取り、体を起こそうとした体勢のまま、女はついた腕をぷるぷると震わせている。片手に握った短剣を手放して体を支えるものを増やさなければ、自らその剣に顔を突っ込むことになる。
「おい! やめてくれ! 抵抗しない、わかったから! テルマ! 武器を置け!」
男は背中を打った激痛に脂汗をかきながら両手を上げ、降伏の意を示しながら叫んだ。女はそっと短剣を置くと両手をついて体を支え直し、膝をついた。これで剣に顔を突っ込むことはない。ゆっくりと両手を上げて降伏するかと思いきや、女が着けていた手甲に仕込まれていたナイフが飛び出し、ラングの足を狙って振り抜かれた。
「あちゃぁ……」
許す人ではない。そして何が不運かというと、こっちの兄は【ラング】よりも乱暴であることだ。
「やめろ!」
アルの槍が地面に突き刺さり、女の腕を止めた。ラングは蹴り飛ばして手をすべて砕くつもりだったのだろう、少しだけ片足が後ろに下がっていた。水を差されたと言いたげにラングはアルを見遣り、容赦のない対応をする予定だったものを戻した。
腕を止められてぶつけたところは痛いのだろうが、女はそれでも次の一手を打とうとした。
「やめろ!」
アルはもう一度叫び、槍の石突側でその背中を叩いた。これは体に響いただろう。背中、肩甲骨を叩く一撃というのは全身が一瞬停止するほどの痛みが走るのだ。地面に叩きつけられ息ができないでいる女、アルは槍の穂先を男にも向け、動くな、と言葉を繰り返し、ラングを振り返った。
『殺す、だめ!』
『なぜだ、武器を手にされたんだ、殺すだろう』
「ツカサ! なんで止めないんだよ! ラングを止める、まず会話はお前のやることだろ! びっくりしたわ!」
「ごめん。ちょっと変に慣れちゃって、止め損ねた。今のラング、本当に手も行動も早いんだよ。次からはちゃんとマントを握っておくよ」
アルは唸り、女の背中に座った。身長もある槍使いの体は重いだろう、女は呻いて身じろいだが石突を顔の横に思い切り叩きつけられてさすがに沈黙した。穂先はトロッコに叩きつけられた男の前にある。
『話、するしろ』
『及第点だ』
『ラング、及第点、ない!』
イラっとしたラングの気配を察知し、ツカサは二人の間に素早く入り込んだ。ラングを止めるのはツカサの役目であって、確かに会話は専売特許だ。少々悔しい。さっと【鑑定眼】で男女を視て、その職業に【神子排斥派】【ショウリの腹心】とあるのを確認して声に出す。二人は驚いていたがツカサはにこりと笑って声を掛けた。
「武器を抜かないで、あなたたちがロトリリィーノさんの手紙を見てチュチュリアネを助けに来てくれたのなら、俺たちは敵じゃない。武器を手にすると反射で戦っちゃう人がいるんだ。フォートルアレワシェナ正教の神子を俺たちは倒したくて、仲間を求めてレワーシェに行くところだったんだ」
アルの肩を叩いて退かせ、ツカサは女性に手を差し伸べた。仕込んである武器や短剣などを手にすれば、いつでも斬るぞ、と黒いシールドが真っ直ぐに向いていたこともあり、大人しく手を乗せてくれた。ぐっと力を込めて引き起こし、ツカサはそのまま治癒魔法を使い、苦痛を癒してやった。女は、これには驚いたらしい。ツカサは手を離しながら尋ねた。
「シュン・タカミヤはいるか? って聞いた方が早い?」
「テルマ、本当に敵じゃなさそうだぞ」
男の方がそうっと声を掛け、キスクがそれに何度も頷いていた。女は男の方へ後退しながら吐き捨てた。
「しかし、こんな変な組み合わせがあるか?」
ちらりと見られた視線の先、それぞれがお互いを見遣り、どう見えるかを再確認した。
人畜無害そうな顔の青年、黒い仮面の不機嫌そうな男、槍を背負った身長の高い男、オロオロしている帽子を被った青年、でかい髭面のおっさん、それにユキヒョウとその背中にいる鷹。
「まあ、変な組合せに、珍獣ではあるかな……?」
「ホムロルルのことを言っているのである!? 酷いのである!」
「馬鹿、でかい猫と髭面のオッサン人間のことだろ」
「喋る鷹も珍獣だよ」
ピェー! と鷹はひと鳴きしてアルの肩へ移動した。アルは楽しそうにわははと笑い、ツカサとキスクが苦笑を浮かべ、トルクィーロがボリボリと頭を掻いてこちら側が和んだところで男がそうっと歩み出てきた。
「テルマが悪かった。ロトリリィーノ殿の手紙で、ドルワフロが危ないと聞いて気が気じゃなかったんだ。ここで足止めをされるわけにはいかないという、焦りが……えっと」
誰がリーダーなのかわからず、男の視線があちこちを見遣る。先ほど前に出てきたツカサに視線が止まりそうになり、ツカサはキスクの背を押した。【神子排斥派】と協力関係を結ぶのはキスクなのだ。押し出されたキスクは不安そうな顔でツカサを見た後、男を見て、咳払いをしてから言った。
「あぁ、うん、理解できる。チュチュリアネの心配をしてくれてありがとう。ドルワフロは一旦、問題が解決した。ロトリリィーノ叔父が頭代理であることは変わらないけど、頭は俺が、あとで引き継ぐ」
「君は?」
「クィースク・トゥア・マー・ドルワフロ。あぁ、うん、いや、その、親父殺しって言われてたけど、冤罪だ」
女が訝しみ、男が驚く。警戒するのは女で、話し手は男なのだとツカサは思った。
「ちなみにィ、俺が殺されたってェ元頭だァ!」
トルクィーロの豪快な笑い声がさらなる混乱を呼び、ツカサは、ちょっと静かにしてて、と髭を黙らせた。




