3-8:トリニクの覚悟
いつもご覧いただきありがとうございます。
「――で、今に至る」
ツカサが空間収納から出して置いてあったパンを取り、アルは齧ってもぐもぐと咀嚼した。ツカサは少し脱力して額を押さえ、胡坐をかいた膝に肘を置いた。アルは、いやぁ忘れなくてよかった、などと肩の荷が下りたと言いたげに笑うが、今聞いた話の大半はとんでもない話だ。
アルから話を聞く前に内輪の話だと伝えたところ、キスクはチュチュリアネを昼寝させてくると部屋を辞してくれ、今ここに残っているのはユキヒョウとそれに翼を毛繕いされている大鷹と、【仮・異邦の旅人】だけだ。ツカサの同時通訳もあってラングも話題にはついてきている。
「アルがすぐに合流する気配を見せなかったのは、そっちはそっちで黒い命を相手にしていたからなんだね」
「そういうこと。いや、でも、俺とホムロルルが対応してよかったとは思う」
ツカサはそれが得物と属性の相性の話だと思い、ラングは負担の話だと思った。この場合はラングの方が正しいのだが、なんにせよアルの配慮だということは理解し、ツカサは顔を上げた。
「ありがとう、アル。それにしても【時失いの石】がかなり強い気がする。それがあれば俺が誘う必要もないんだね。でも、それは完全な消滅ということで……ううん」
「正直、ツカサが抱え込んでるそれだってどうすればいいのかわからないんだろ? だったらここから、俺が一緒にいるなら、本当に眠らせてやるのもいいんじゃないのか」
アルは優しい言葉を選んで命へ敬意を払っていた。ツカサは胸に手を当てて時の死神にどうすればいいのかを尋ねてみた。深く眠っているのか答える声は無い。
「もう世界の大半は黒く溶け、消えかけている。世界が終わる時間を少しでも先延ばしするのであれば、アルの言うとおりにするのもありである」
ユキヒョウの毛繕いで翼がびしょびしょになりすっかりやる気を失った体勢で、小ぶりなサイズの【大鷹】が言った。
「制約、大丈夫?」
「ホムロルル、口調無理すんな。もうバラした」
「ッピェー! これだからヒトはァ! シャムロテス、お前も手伝え、そっちの黒仮面が言葉わからねぇんだろう。オレ様を舐めてないで小僧を見習って通訳しろ!」
「んえぇ、仕方ないのである」
大鷹はよろよろと羽ばたいてアルの肩に逃れ、うわ、濡れてて冷たい、と文句を言われていた。哀れんだツカサがドライヤーのような魔法で乾かせば、少しだけ好感度が上がった気配がした。
それはさておき会話の続きだ。大鷹はアルの胡坐の隙間に降り立ち、そっとブーツを鉤爪で掴んでバランスを取った。握られている感触はあるがブーツを引っ掻くほどでもない、とアルは心配そうなツカサに笑った。
大鷹は翼を広げている時に話すことは小僧が通訳しろ、と言い、会話に交ざった。
「オレ様はもうトリニクになる運命だからな、いくらでも話ができる。だが、シャムロテスはそうじゃねぇ、だから、制約に引っ掛かる通訳はさせねぇ、いいな?」
「わかった、そこは俺が引き受けるよ。シャムロテスもついうっかり話しちゃった、がないようにしてね」
「わかったのである」
シャムロテスはキラキラと輝いた目で大鷹を見つめていた。自分のことを気遣ってくれる大鷹に今すぐにでも飛びつきたそうにしていたがそこは堪えたらしい。さすがのシャムロテスにも内容の重要さはわかっているのだ。
まず、世界が終わる時間を少しでも先延ばしする、という爆弾発言について。大鷹は早速翼を広げ、ツカサが通訳を担った。
曰く、この世界、今いるゴルドラル大陸以外の大陸は既になく、滅んでいる。あまりにも衝撃的な話にツカサは言葉を失ってしまった。ラングに肩を掴まれて息を吸い、ツカサが通訳を始めれば、大鷹は質問を挟ませずに続けた。
突然、敬愛する【理の女神】が消え、時の死神が魂を誘うことをやめた。青天の霹靂、世界はまるで昼夜逆転するかのような変化を受け止めざるを得なかった。
ここ、ゴルドラル大陸は【理の中心地】だったので土地神、精霊が強かった。しかし、そうではない海の向こうのいくつかの大陸ではあっという間に死が蔓延し、自らの命と引き換えに消滅させられた土地神や眷属も半数を下回った。そうだろう、誰だって死ぬことは恐ろしいのだ。
そうしてあっという間に水は腐り、大地が死に、火は消え、風は止んだ。この大陸から暫くは青い海があるらしいが、離れれば離れるほど、徐々に黒く、どろりとしたものに変わり、波すらもないらしい。ツカサはごくりと喉を鳴らした。
『海……』
ぽつりとラングが呟き、ツカサは少しだけ説明をした。塩っ辛い水、満ち引きがあり、波があり、綺麗なのだと話した。いつか見られるよ、見ようね、と笑うツカサに頷くラングを、アルは面白いものを見るように眺めていたが、睨む気配を感じて大鷹に視線を移した。
そして今、残る大地はこのゴルドラル大陸のみだという。
本来世界を守るはずの【理の神】、この世界では女神らしいそれと、魂や命を誘う時の死神を失って、世界はそれほどの速さで腐り果てていくのだと知り、ツカサは下っ腹に緊張が走った。
では、今は、どの程度の腐り具合なのかと気になった。崖の街では既に水が死に染まっており、口にすることもできなかった。ショウリが育てても育てても量が取れなかったのは、もはや大地すら生気を失っていたからかもしれない。大鷹はそうだと嬉しくもない肯定を示した。
「お前らが崖の街って呼んでる、ヒトが呼称するファンファルースの街はかなり前にヒトが離れて滅びた街の一つだ。死んだ命を拾う前に、黒く溶けちまって拾えないままだったんだけどな、いつの間にかきれいさっぱりなくなってやがった」
「ショウリが拾ったんだ。ポソミタキさんの命と一緒に」
「お前らの話を聞く限りそうだな。【女神の欠片】もそいつが持ってっちまった」
『些か、聞いていると職務怠慢のような気はするが』
ラングがこてりと首を傾げながら問えば、大鷹はピェー! と苛立たしげにひと鳴きした。
『うっせぇな! オレ様には仕事が多いんだよ! あの谷の風がこの大陸の風をすべて動かしてるモンなんだ! あれが止まれば次は火が消えて、大地が冷えて、水が腐り、枯れんだよ!』
「えっ! 俺一回止めちまったけど!?」
「たった数時間だ、ヒトは、今日は風が弱いな? くらいは思ったかもしんねぇけどよ、あのくらいなら問題ない。だから、そっちに注力してて、【守らなければならない】とは思いつつも、翼が回らなかったんだ」
使命と世界を秤にかけた時、大鷹は世界を取ったのだ。その決断もまた、今、世界がまだ息をしていることに繋がっている。ラングはふむ、なるほど、と腕を組み呟いた。ツカサは話が脱線するのをわかった上で気になったことを尋ねた。
「大虎さん、エントゥケさんも風を纏ってる土地神、神獣だった気がする。風の土地神って多いの?」
「土地ごとに全部の属性の土地神がいるんだ。オレ様が大陸の風のまとめ役、谷から風を吹かせて、それをエントゥケたちが受け止めて、吹かせる。オレ様がトリニクになった後は、それこそエントゥケあたりが権能を引き継ぐだろ。世界が残っていればな! ハハハ!」
大鷹はトリニクになると決めてから怖いものがないらしく、自暴自棄に笑った後、一度翼を畳んだ。アルはその翼を労うようにゆっくりと撫でた。心地よさそうに大鷹がうっとりしている顔を見て、ツカサは小さく笑った。リガーヴァルで風の精霊に友と呼ばれる男だ、その手はきっと風を纏っているのだろう。身じろいでアルの手を離させた後、大鷹は再び翼を広げた。
「オレ様がとりあえず話しておきたいのはこんなところだ。質問あるかよ?」
「あ、はい。あの、どうして【理の女神】は消えたんだろう? 二百年前までは時の死神もいたんだよね? どうしていなくなったんだろう?」
「世界の命を延ばすって、あとどのくらい残ってんだよ?」
『【精霊の道】の場所と、揃えればいいとはなんだ』
「一気に言うんじゃねぇ! まずはアルからだ、ざっと残り百年くらいだぜ」
本当に終わりかけの世界だったのだ。ツカサはこの世界がラングを殺すための檻であると考えたことがあった。それはある意味で正解だったらしい。今日明日に滅びないとわかっただけマシではある。抗うことはできるのだ。キスクとチュチュリアネが寿命をまっとうすることもできるが、ただ、その子孫は世界の崩壊を見ることになるだろう。
空を埋め尽くす赤い光。ツカサをリガーヴァルへ運んだ光。イーグリステリアへの罰として世界が消滅したからこそ、命がまともな形だったからこそ運ばれたが、この世界の命はどうなのだろう。ツカサの試案はそのままに、大鷹は続けた。
「【理の女神様】が消えたのは本当に突然だった。オレ様たちに届いた最後の声は、守れ、だけで、何を守ればいいのか、数秒わからなかった。でもな、その後すぐ、聖域と歌が生まれたんだ。それから、本能が叫んだ、それを守らなければならない、ってな」
キスクの歌ってくれたものだ。聞く者にとっては戒め、また、別の角度から聞けば道標。時の死神が仕込んだものではなく、これは【理の女神】が仕込んだものらしい。ということは、歌自体は信じてもよさそうだ。
ツカサはついでにもう一つ、大虎・エントゥケが名を呼ばぬ、許さぬと言った件についても尋ねてみた。
「【理の女神様】が消えた瞬間、そこに座った奴がいんのさ。一切オレ様たち理の眷属を見ることもなく、ただ、この世界に蓋をするようにした奴がよ。その正体までは悪いがわからねぇ、つまり、【理の女神様】以上に何かが強ぇんだ」
ツカサの脳裏で【命司る女神】と【シュン】が思い浮かんだ。命を司るのならば、命に対してこんな扱いはしないだろう、しかし、シュンがそのまま座っているわけでもないような、いったいどういうことなのだろう。それ以上の情報がホムロルルにない以上、この話題はここまでだ。
時の死神が離れたことに関してもホムロルルはわからないと言った。これはツカサの中で眠る時の死神が話せるようになったら聞いてみようということで落ち着いた。
ラングの質問に対しては、トリニクになる運命の大鷹がさらりと答えを教えてくれた。
「場所はすべてが揃った後じゃないと意味がねぇから後回しだ。揃えればいいってのは、この大陸での土地神の加護を揃えればいいってことだ。北はエントゥケからもらってる、東はシャムロテス、南はオレ様がアルに与えてる。西の土地神の加護をもらえりゃ、ヒトの言葉で言えば、鍵が開くってやつだ」
「あれ、だけど、【ラング】は遺跡の探索をしててそのまま渡ったみたいだけど?」
「平時なら鍵は開きっぱなしなんだ。あれだ、ヒトが……ほら、逃げた人の家に入り込んだり……、逃げようとして国を越えたり……」
「あぁ、火事場泥棒とか、密入国とか?」
それだ、と大鷹が頷く。なるほど、防火シャッターみたいなものかもしれない。【その世界の理の神】に何かあった時、その世界から精霊や人々が我先にと別の世界に移動しないよう、扉が閉じられ、鍵が掛かるのだ。ラングが正規の手段で通っただけでも穴は開いたと言っていたので、ぼこぼこ開けられないように、ということだろう。
だからこそ、開くために土地神の加護という鍵を得なくてはならない。それは一人にまとめる必要はなく、持つ者が揃えばいい、というのが真相だそうだ。
エントゥケからの加護はツカサが。シャムロテスからの加護はラングとツカサが。ホムロルルからの加護はアルが得ているという。
もはやこれまでとトリニクを受け入れ、失うもののない大鷹は真実の宝庫だった。
――南に風が吹きすさび人の通れない谷がある。風は世界を知る知恵を授けてくれるだろう。
そこに捨て身という覚悟があればこそ、確かに、歌のとおりにはなっている。ツカサは唸り、大鷹・ホムロルルの死を前提に歌われたものに対し、この胸のモヤモヤを誰に話せばいいのかわからなかった。ツカサは八つ当たり先はあとで決めようと思い、前へ進んだ。
「そういえば、俺、大虎さんに頭突きされて、顎の下を撫でた。加護をもらったのはその時かな」
ツカサは両腕を上げて感触を思い出すように指先をわきわきと動かした。あの時、エントゥケはこっそりと加護をくれていたのだろう。ラングは恐らく、押し退けていたのでもらえなかったのだ。アルは翼を広げ続ける大鷹を覗き込んだ。
「いつの間に?」
「お前が寝てる間だぜ、間抜け」
この野郎、とアルは大鷹の腹をわしりと掴んで振り払われていた。和気あいあいとし始めた空気に水を差すのはいつだってラングだ。
『キスクが聞いた、片鱗を集めよ、という声は誰だ』
は、と息を吸ったのはツカサだった。大鷹は翼を改めて広げ、やや前傾の姿勢で言った。
『あぁ、聞こえてたぜ、胸糞悪い声だった。黒き命を伝うものだ。オレ様たちの言葉で【穢れし者】とも呼ぶ』
『……魔導士』
ツカサが呟き、視線を集めた。
理があるところに穢れはある。穢れを身に引き受け、理に還すもの。魔導士。
マナリテル教で喰らわれた数多の命。抱え込まれた魔力。この世界に渡ってきた千切ったパンが、理の弱っているところに撒き散らした穢れだったため、ろ過できる魔導士がこの世界には極端に少なかった。だからこそ、世界を守るため、命とともに穢れを多少なりとも抱え込んだホムロルルたち土地神にも、その声は聞こえたのだろう。
魔力を反響させ、魔力を持つ者に響かせ、聞かせ、使命を与え、そうして【最大の戦力】を持つツカサに仲間意識と親近感を抱かせ、【異邦の旅人】という言葉によすがを与えた。
あぁ、さすが、よくわかっている。まんまと騙され、導にしていた。ツカサはくしゃりと髪を握り、項垂れ、そして顔を上げた。
「気づかなければ、本当に死刑宣告だったんだ。キスクの聞いた声は、シュンだ」
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
きりしまの定期的な謎解き答え合わせ考察フェーズ。
今回は、大事なことは書きつつもあっさり抜ける感じです。
本日、18時にも更新します。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。




