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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第三章 女神の欠片

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3-7:槍と大ムカデ

いつもご覧いただきありがとうございます。

2026年もよろしくお願いいたします。


 翌朝から大忙しだった。大鷹、ホムロルルの背中に乗って大空を滑空する練習から始まったのだ。狩る相手は元々精霊の一部、動きは素早く、ホムロルルが接敵できてもアルが斬れなければ意味がない。

 凍えるような風が全身を叩き、如何に【時失いの石】があって消耗がないとはいえ、ダメージはある。冬の空の下、活動時間は限られていた。アルはホムロルルに飛び回らないように依頼し、ホムロルルは一つ方角を定めて飛び、そしてその先にいる黒い鳥たちをアルが狩る方針となった。


 槍そのものを当てて斬るにはホムロルルとの連携が求められた。アルが槍を振るいたいタイミングでホムロルルが羽ばたけば、その翼が邪魔になる。二、三日は共に空を飛ぶ練習をする日となり、槍を振るうタイミング、羽ばたくタイミングについてどうにか合わせた。

 結論、目標より高いところに滞空し、一気に下降して翼を畳んでいる間に斜めから槍を振るい、斬る。その手法で決まった。


 【時失いの石】はアルを中心に半径五十ロートルほど、その中に入れさえすれば黒い鳥たちはサルムのように、泡みたいになってしゅわりと音を立て空へ散っていくらしい。そしてこれはアルとホムロルルの命を握る距離でもあった。数度振り落とされてしまった時にはホムロルルは必死にアルの体を拾い、アルは必死に羽を掴んだ。お互い、危なかった、と心臓をバクバク言わせて休憩を求めたりなどした。


 そうして動きの確認ができた後は実戦だ。上空から一気に下降、黒い鳥を槍の穂先で斬り払い、その体がしゅわりと風に攫われ、消えていくのを確認し、狩りが始まった。

 アルはこういう時に捧げる祈りの言葉を知らないことを悔しく思った。スカイ出身、ミヴィスト教徒ではあるが、それ以上にアルの心にあるのは冒険の女神(オルバス)なのだ。

 冒険者の心を支える、人が造った支えである女神。アルにとって、それが存在する理由が明確であるというのは大きかった。何かを一つ支えにすることは、それが失われた時に立ち上がる術を失いやすい。アルは、己が家を捨て、出た身だからこそ、己の足で立たねばならないということをよく知っていた。


「そういや、ラングもツカサには厳しかったよな」


 ――私をすべてにするな。


 ラングの言葉は師匠ならあり得ない言葉だ。その分野で腕のいい者を師と仰げ、などと、弟子に言う師匠をアルは他に知らない。いずれ殺し合いをしてどちらかが死ぬとわかっている男を師に宛がったことは、正気の沙汰とは思えなかった。

 きっとあれは、ラングがもし負けた時、そこに新しい師匠を残しておくことでツカサを守るつもりだったのだ。なんだかんだ、弟には甘い男だった。


「楽しそうではないか」

「仲間のことを思い出してたんだ」


 ぐぅんと大鷹が上空に上がっていき、一瞬の無重力感の後、一気に下降していく。大鷹の背にぐっと体を押し付けて片腕で羽を握り締め、片腕で槍を構えた。


「うおおぉぉ!」


 黒くて大きな鳥が槍の穂先で斬り裂かれ、徐々に見慣れてきたしゅわっとした泡となって空に散っていく。今日はこれで五羽目だ。そろそろ体が冷たくて痛い。


「ホムロルル、ここまでだ。体がきつい」

「わかった、戻ろう」


 谷に下りきる前に翼で空を叩き体勢を直したホムロルルが上空に上がった時だった。ギシャァ、と気味の悪い音を立てながら大ムカデが谷の壁から跳んできた。もちろん、ホムロルルはわかっていて一気に上昇していく。大ムカデは再び風の吹き始めた谷の中で上体を起こしアルに牙を向けている。アルはそれを睨みつけた。


「あの野郎、絶対倒す」

「眷属たちの命を救った後であれば付き合ってやる、今は優先すべきことをしようぞ」

「約束だぞ、あれを狩るのは俺だからな!」


 槍が弾かれたことに思ったよりも誇りを傷つけられていた。

 大鷹の巣に戻り、その暖かな陽光に身を差し出して冷えたものを癒す。【ラング】から分けて貰っていた癒しの泉エリアの水が時間停止機能付きのアイテムポーチの中にあり、それで凍傷になりかけている手を治す。ブーツを脱いで膝からゆっくりと摩っていき、足先に血を巡らせる。患部を直接触ると手のひらの熱で火傷をしてしまうと聞いたことがあり、少し離れたところから熱を巡らせるのだ。


「ジェキアではロナがヒールをかけてくれて、あっさり治ったんだっけな」


 呆れたような、困ったような顔をして、もう大丈夫ですよ、と笑ったあの少年の治癒魔法のレベルの高さに驚いていたことも思い出した。カダルには叱られ、エルドにはロナを自慢され、マーシには指が落ちなくてよかったな、と肩を叩かれた。【真夜中の梟】のメンバーはいい奴らだった。


「はは、なんだか思い出してばっかだな。いいことなのか、悪いことなのか、わからねぇや」


 ちょっと寝る、とアルは大鷹の巣に散らばっている羽毛を掘り起こして体を潜り込ませ、いつものように槍を抱いて目を閉じた。腹は減らないが、空腹でたまらなかった。あぁ、これは心が枯渇しているのだな、とアルは思い、その日は少し長く眠った。大鷹はアルに身を寄せ、暖を取り、取られて少し目を瞑っていた。


 討伐時、時折大ムカデと遭遇した。

 黒い命と化した鳥たちは本能で死にたくないと思うらしい。大鷹とアルから逃げていき、風の吹きすさぶ谷へ行くこともあった。大鷹はそれを習性だと言った。この谷の一方向に吹いている風は眷属を空高く舞いあげるための加速装置なるものでもあるそうで、つまり、逃げるのに使えるのだ。とはいえ大鷹の方が立派な翼を持っており、あっという間に追いついていく。

 そこに牙を突っ込んでくるのが大ムカデだ。大鷹の背中の肉、アルを狙い何度も襲い掛かってくる。アルは槍を振るい、少しずつ大ムカデに当てるためのコツを掴み始めた。【ひらく】力が有効だった。ホムロルルが来るぞと言ってくれるのでアルはその時は大ムカデに集中し、その甲殻を砕くために槍を横から振るう。少しずつ大ムカデの纏うものが剥がれ、【ひらく】ような感覚を掴んだ。

 オルファネウルの力を借りて一線を描けば大ムカデを倒せると確信を得たのは、一度上手くいってその身を包んでいるものがぶわりとほどけたからだ。黒い命と化した眷属を追うため、そこに追撃はできなかったが勝機は見えた。


「もう少しでお前を倒せるぞ!」


 アルが叫び、その声に被せるように、帰るぞ、とホムロルルが言い、アルは大ムカデが見えなくなるまで睨んでいた。


 そんな狩りの日々が続いて二十日程度、日付を数えていないので確かではないが、ある日、絆の腕輪がぐっと近くなった。ラングかツカサがこちらに向かって来ている。合流に時間が掛かっていてしびれを切らしたか、別の理由があるかだろう。


「ホムロルル、東の方からこっちにくるにはどうしたらいいんだ? なんか、結構早く来てる気がするんだ」

「ふむ、かつて崖の街、ファンファルースの街と鋼の国ドルワフロ、それから首都を繋いでいたトロッコなる鉄製の乗り物があったはずだ。長く動いていなかったはずだが、ヒトが手入れでもしたのか」

「へぇ、ここにもトロッコとかあるんだな。昔、親父の視察についてった時に遊んで叱られて……、なぁ、ファンファルースの街、行ってみないか?」

「構わんが、あそこは大ムカデの地になっており、水が死んでいる」


 それはどういうことだと問えば、ヒトが口にできる水がなく、作物もまたその水のせいで育たず、腐り果てていくのだそうだ。つまり、ヒトが生きられる場所ではないということか。


「ツカサがいるなら水は大丈夫だろうけど、なんで水が死ぬなんてことに?」

「優先順位の違いだ。我らは風の理に属する者であり、水がなくともまず死なぬ。だが、風を上に舞い上げる火はあった方がよい、翼を休めるための大地もあった方がよい。お主には水が必要だろうが、それもまた【時失いの石】のおかげで保たれる」

「生きるために何かを口にしたい俺としては、微妙なところだけどな」


 とにかく、何やら理由はあるらしい。あれが足りない、これが足りないと言ったところで始まらないのでアルは一つ息を吐いて話題を戻した。


「で、ファンファルースの街ってのはいつ行ける?」

「あと三羽だ、その後はお主の行きたいところへ付き合おう」


 まぁ、それなら、とアルはすぐに合流できないことを胸中で詫びながら、その日は大鷹の巣へ戻った。

 翌日、なんだかそわそわしていた。昨日仲間が近くにいることを知ったからか、足元が落ち着かない。いつもならゆっくり目を覚ますアルがシャキリと起きていることに大鷹も驚いていたようだった。残りの三羽を眠らせに行こうと言えば、大鷹は一度翼を広げて整えた後、乗れ、と言った。


 大空を滑空し残りの三羽を眠らせ、大鷹の巣へ戻ろうとした羽をアルが軽く引っ張った。


「このままファンファルースの街に行こう」

「構わんが、いいのか? お主、体がきついのではないのか」

「いいから。俺はこういう時の自分の直感を信じてるんだ」


 アルの声には揶揄う音もなく、ただ真剣に告げられた言葉に大鷹はふむ、と軽く眉を上げるように答え、向きを変えた。絆の腕輪の位置を探る。


「なぁ、俺の仲間がここから少し、かなり下の方にいるみたいなんだ。向きとしてはあの山の下の方、どうやっていけばいいんだ?」

「ふむ……、まさか聖域に辿り着いたのか? あそこは守り人が隠しているはずだが。いや、今やヒトがおらぬのだったな。あの場所は……」

「ホムロルル、悪い、ちょっと時間がない気がする。無理して口調変えなくていいから教えてくれ」


 む、とホムロルルは少々機嫌を損ねたが、ここまで背に乗せ、共に戦ってきたアルに対し許せるだけの関係性は築き上げられていた。深い溜息の後に諦めをみせたホムロルルは羽ばたき、速度を上げながら言った。


「ズバリ斬り込んできやがらぁ、ちったぁ背伸びさせろってんだよ」

「言っただろ、時間がない気がする。行き方を教えてくれ」

「オレ様が運ぶから安心しろ。聖域は少し深い場所にあんのさ」


 ホムロルルは風に乗りながら話してくれた。聖域とは、そこに【守らなければならない】ものがあるのだという。大鷹は本能的にそう思い、理解し、そこに近づく者があれば、山のてっぺん、開いた穴から風を吹き込み、ヒトを舞い上げ追い出す役割も担っていたらしい。ただ、命が黒く溶けるような状況下でその任を果たすこともできず、今はそこに【守らなければならない】ものがなく、大鷹は目を背けていたという。


「大ムカデがそこに巣を作っちまった。前に言った、トロッコっていう乗り物を通した洞窟とも繋がっててよ、大ムカデの移動範囲が広がって、そのせいで交易が頓挫したんだな」

「あのムカデ、我が物顔じゃんかよ」


 ぶるりと体が震えた。びゅうびゅうと顔を叩く風にぎゅうっとマントを抱き寄せ、できるだけ大鷹の背中に体を埋めた。


「あとどのくらいだ?」

「ほんの数分だ、ファンファルースの街の空を通って管理穴へ行く。それに、もう少しすればオレ様にも位置はわかる」


 頼むぞ、とアルは指を凍らせないように羽毛に埋めた。オルファネウルがじわりと熱を持ってくれて助かった。


 ――本当に数分だった。山を越えた先で崖に段々になった箱の形をした家々が見えるようになった。本当ならこういった光景をじっくりと眺め、どんな生活だったのか、どんな奴が居たのかを考えたいところだ。【鷹の目】、アルの持つスキルは遠くに懐かしい仲間の姿を捉えた。


「ツカサ! ラング!」


 見覚えのある灰色のマント、記憶とは少し違う色合いの緑のマントだが見間違えることのない黒いシールドが大きな家から出てきたところだった。手を振って再び名を呼ぼうとしたところで家が吹き飛んだ。大ムカデの体が粉塵を突き抜けて現れ、ツカサとラングを捕食しようと体を向けて雪崩れるように跳び掛かっていった。


「おいあのクソ野郎! ホムロルル! 助けに行くぞ!」

「やれるのか!?」

「やらなきゃならない! やってやる!」


 階下へ向かって飛び降りるように逃げていく二人に向かって下降していく。ツカサが振り返りながら炎を投げ、それが大ムカデの纏った何かに吸い込まれるようにして取りこまれ、そして、大爆発した。

 爆風に煽られてホムロルルの体がぐるんぐるんと回転し、その背中で振り落とされないようにアルは羽を掴み続けた。遠心力で足が投げ出され、堪えきれない。


「ホムロルル! 五十ロートル! すぐにだ!」


 パッと手を離してアルが槍を振り抜く。フォン、と音を立てて振った軌跡が爆風の余波を斬りひらき、ホムロルルは素早く体勢を整えた。ぎゅるんと体を回転させてホムロルルがアルを拾う。胸を撫で下ろしている場合ではない。爆風に追いやられながらアルは投げ出されたツカサを視認していた。


「戻れ! 速く!」

「鳥使いの荒い奴だぜ!」


 舞い上げられていた体を、翼を畳み、ホムロルルが一気に下降した。ラングがツカサを引き寄せ、弦をしならせて矢を撃ち上げ、手早く体を支えているその上、大ムカデが黒い煙を上げながら崖を目指していた。

 させるかよ。アルは深く息を吸い、吐いて、オルファネウルと呼吸を合わせた。

 いくぞ、オルファネウル。


「――うおおぉぉ!」


 音はなかった。ホムロルルの背から足を離し、体を浮かせながらアルは渾身の一線を描いた。ラングへ向かって落ちてきていた大ムカデにようやく槍の斬撃を届け、その体を真っ二つにしてやった。その後についてきたズバンという音、大ムカデの黒く焦げたいくつもの瞳が最期に捉えていたのは、何度も食い損ねた槍を持つ男だった。

 畜生、と聞こえた気がした。俺の勝ちだ、とアルは返し、素早く旋回して戻ってきたホムロルルの背中に戻った。【鷹の目】にまた危機が映る。


「ホムロルル! ツカサが落ちる! 行け!」

「わかってらぁ!」


 投げ出されたツカサの腕が宙を掻く。落下の勢いを取り戻し加速していくその体を、どうにか横から抱き留めた。灰色のマント、その下にある装備に変わりはない。温かい、生きている。風雪に晒されて冷えていたアルの指先に温もりが移っていく。暖を取るために強く抱きしめたかった。それだけで泣きそうだった。けれど、それはこの青年に譲ってやろうと思った。


 恐る恐る開かれた白い右目と黒い左目。今自分のいる場所を理解するために見渡し、辿るそれがこちらを目指して上がってくる。煌めく艶のある焦げ茶色の羽毛の上、冷たい風が頬を打った。ツカサの体を支える金の腕輪がついた槍を握る手、見たことのある左腕の傷痕、風になびくざんばらの黒髪。そこまで確認されてから、アルは二ッと笑ってみせた。

 ほらな。思っていたとおり、色の違う両目にぶわっと涙が溢れた。


「待たせたな、ツカサ!」

「アル!」



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

2026年、あけましておめでとうございます。

旅人諸君は本年の抱負など決められましたか?

きりしまはまず新作をちゃんと出すこと。【境怪異譚】の2章を書き上げること。

そして【処刑人と行く異世界冒険譚】を書き続けることです。

腱鞘炎と相談しながら、本年も旅路を書いてまいります。

何卒お付き合いのほどよろしくお願いいたします。


そしてもはや恒例の書影は今年もぺたぺた貼り付けていきます!

よろしくお願いいたします!


1巻書影

挿絵(By みてみん)


2巻書影

挿絵(By みてみん)

面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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― 新着の感想 ―
やっと最新話まで追いつきました! 面白さに引き込まれて、次の話もその次もと読み進めてきました。 これから書籍版を読みます。 とても楽しみです!
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