3-1:落下した先
いつもご覧いただきありがとうございます。
アルは落下し続けて、叫び疲れて、オルファネウルを抱くように腕を組んだ。刻の神・ジンとの会話のあと暗闇に放り出されてから、今はいっそのこと冷静だった。
ラングが命を狙われた。二十二、若い時らしい。知っているラングがあまりにも強すぎて、巻き込まれて帰れなかったことに納得がいかなかった。
「でも、確かに渡り人の街は燃えてたな。見せられたあれがどういうものかも、嘘か真かもはっきりしないけど、事実だとしたら不味いのはわかる」
何より兄の負担が心配だった。ラングと【快晴の蒼】と共に止めた【紫壁のダンジョン】、ツカサたちと共に行った【黄壁のダンジョン】。そうでなくともツカサが合流するまでの間、アルはラングの協力を得て、西街をかなり牽制した。
異質な格好の冒険者が銃弾を僅かな動きで避ける、剣で逸らす。それだけの行動で「あいつはヤバイ」と西街に印象付け、余計な衝突を防いでいた。もちろん、アルがその横で槍を振るい叩き落としたこともそうだ。銃という西街最大の物理武器、それを防げる手段を持つ生身の人間というのは彼らにとって厄介極まりない存在だったのだ。
そうした抑止力がなく、ダンジョンの停止もできていなかったとなれば、あの泥沼の光景には納得がいく。
「未来を元通りにする、か」
それは西街を制圧し、平和なイーグリスを取り戻すことだ。願ってもないことだが、ツカサがいてシグレと協力しない意味がわからない。【快晴の蒼】だって実力者が揃っている。なんだかよくわからないが【未来】を取り戻したいのであれば、神がやればいい。そもそも、イーグリステリア事変での功労者、ラングは守られて然るべきだろう。だというのにアルをこうして放り出し、どこだか知らないが差し向ける現状はどういうことだ。
「どうして神様ってのは人の手を使うんだろうな、怠慢だろ」
イーグリステリアの時だってそうだ。勝手に加護を与えて神殺しを背負わせ、相棒は死にかけ、ツカサは目の色を失った。粘液まみれ、泥まみれ、血まみれ、足を止めることを許されず、走り、剣を、槍を振るい続け、魔法を撃ち続け、ようやく手にした勝利だった。平穏だった。
「神様がやればいいってのに、なんでヒトを巻き込むんだ?」
嫌になる。そんなことを考えていれば体が、くん、と一度引っ張られる感覚があり、どこかは知らないが到着したなと思った。もはや変な慣れになりつつある。
オルファネウルを手に地面に着地。周囲を見渡せば自身が落ちてきた穴はどこにもなく、森の中だった。空は晴れていて日中だと理解した。とにかく誰かに会ってここがどこだか聞こうと思い、歩き始めた。立ち止まるのは性に合わない。
さわさわと木々が風に揺れる音が心地よい。さほど長く落下はしていなかったはずだが、永遠にも感じていたのでやはり新鮮な空気は美味い。鳥の鳴き声、どこかで羽ばたく音、よくある森と変わりはなさそうだ。
暫くして人の気配がした。そちらを目指せば人が踏み、馬車か何かでできた溝のある道があった。鶏らしい家畜の鳴き声、誰かの声がしてアルはそちらへ向かって歩き出した。
森の中の小道を抜けた先は広々とした牧草地だった。遠く緑と白い岩肌の見える山々の連なりが見え、その先の空が青くて気持ちいい。視線を空から戻せば木の柵だけがぐるりと遠くまで囲っており、その中に木造の家々が点在している。人数は少ないが、広く土地を持っている村なのだと思った。
羊を犬とともに追いかける子供もいれば、頬を撫でて通る風に洗濯物を任せるように干している女性もいる。牛もいて、随分と手広く家畜を育てているらしい。けれど、村の雰囲気としては開放的でとてもいい。
「一先ず、情報収集といくか、オルファネウル」
あの場所で唯一変わらなかった相棒の槍に声を掛け、首肯をもらう。ざぁ、と吹き抜けた風に草のにおいが乗っていた。短く青い草の波の中から吹き上げられるやつもいて、その端切れが髪を掠めていく。それを目で追って見たことのない色の青い空を再び眺めてから視線を戻した。誰かの存在に気づいた子供が吠える犬をそのままにこちらをじっと眺めていた。アルは大きく手を振ってみた。子供は木切れを握り締めたまま手を振り返してきた。コミュニケーションは取れそうだな、とアルは村の入り口らしい木の柵の中へ入った。
少し近寄れば好奇心旺盛な子供が駆け寄ってきた。しゃがみ込んで目線を合わせ、アルは尋ねた。
「こんにちは、ここはなんて場所ですか?」
子供はきょとんと目を瞬き、聞き慣れない言葉で何かを話していた。言語がわからない。
「まいったな、ツカサがいればな……。いない仲間を頼るなって? オルファネウルはどうなんだよ」
わかるが、ためにならないだろう? と返ってきて溜息をついた。とにかくこういう時は自己紹介だ。アルは自分を指差して、アル、と何度か言い、子供が、ある、と呼ぶのを聞いて大きく頷きその頭をわしわしと撫でた。その頃になってアルに気づいた母親が必死に駆け寄ってきて子供を抱き上げ、何かを叫んだ。アルは両手を前に出し、背中のオルファネウルを一度地面に置いて、身振り手振りで母親を宥めた。
「落ち着けって! 傷つけようとは思ってない、ここがどこだか知りたいんだ。俺はアル、冒険者だ」
これ、と二枚の冒険者証を取り出して差し出してみせた。リガーヴァルの身分証である冒険者証と、ラングの相棒としての身分証のギルドラーカード。覗き込んでも書いてあるものがわからなかったのだろう、母親は誰かに助けを求めてか、叫びながら走り去っていった。
「オルファネウルをポーチに入れておくべきだったかもな」
しぃぃ、と異議を申し立てられて笑い、背中に戻した。とにかく、殺されそうになるなら戦えばいいと思い村の中に入った。嫌だな、こういう最終的にはやればいいだろ、という思考回路。相棒から移ったな。よくないぞ、と自分自身を叱りつけ家の多そうな方へ向かった。
突然の来訪者に村は大騒ぎだ。こういう山の上、丘の上の村には決まった時期、決まった商人が来るものだ。それ以外の来訪者は敵か味方かわからず、まず警戒される。ガバガバの木の柵だけの村だ、そもそも盗賊だって来ないくらい平和なのだ。一人で旅をしていた時に散々経験したことだ。なんなら、そうした旅人を襲い、殺し、財産を奪う村があることだって知っている。アルは面倒なので追ってくる者だけを叩き伏せて村を飛び出して逃げていたが、相棒がいたなら証言と証拠を確保した上で必要最低限の生存者を残し、あとは殺すだろう。いや、やらないぞ、とオルファネウルに胸中で伝えた。
少しだけ家が密集しているところに辿り着いた。ここは商店や宿、雑貨屋にパン屋などが集まった、いわゆる買い物エリアだ。何かしらの取引を行う際、主要施設は一か所にまとまっている方が効率的だ。一朝一夕では出来上がらない在り方に、ここが外界ともかかわりのある村なのだと認識した。助かる、村から町へ行った方が得られる情報は多い。
家と家の間隔がそれなりに広いこと、皆が仕事中だったので人が集まるのにも時間が掛かった。アルはそれをのんびりと待った。喉が乾いていたので井戸を借りて水は飲んだ。大人が大人を集めている間、それ以上に耳聡い子供たちが集まってきて取り囲まれる。話している言葉の意味はわからないが、アルだったら「どこから来たのか」「その槍はなんだ」「マントの毛皮がふわふわ」など、聞くだろうなと思い、そんなことを言っているのだと思うことにした。
怪我をされても装備を奪われても困るので伸びてきた子供の手を掴み、引き寄せ、脇の下に手を入れてぐるりと回してから着地させてやれば、そういう遊びだと思われて順番待ちの列ができた。石を投げられるよりはましだ、アルは大人が集まるまで子供たちに遊んでもらった。
暫くして大人が草を集めるためのフォークを手に取り囲んできた。物々しい雰囲気に子供たちがアルから離れて逃げていく。老人が一人前に出てきて話し始めた。さっぱりわからない。アルは腕を組んで唸ったあと、嫌々習ったお辞儀をしてみせた。貴族的なものは性に合わなかったのでヴァンに教わった軍人としての礼だ。右手の指を揃え親指と人差し指で胸をドンと叩き、左手で太腿を叩いたあと、その手を腰の後ろに回すのと同時、左足の踵を右足に揃える。しんと問いかける声がなくなり眉を顰められた。アルはそのまま左足を後ろにずらしながら右膝をゆっくりと曲げた。そうして、頭は下げないが礼を尽くせば老人が胸に手を当ててそちらの礼を返してきた。言葉の壁は取り払えないが、一応敵意がないことは通じた。やっておいてよかった。
「俺は、アル。冒険者だ。ここはどこだ?」
言葉が通じないながらゆっくりと老人に近寄り、ポーチから先ほどと同じものを出して提示する。老人の確認が終わり、返却されるのを受け取って右手を差し出し続けた。握手の文化はないのか、警戒されているのか、暫く何もなかった。恐る恐る老人が手を差し出してくれたのでぎゅっと握り返す。そこまでいけば上々だ。肌が触れるというのは相手に敵意も真心も通じやすい。案外、この時にゾッとするものがあると上手くいかないのだ。相性が悪かったり、腹に一物あることが多い。これはアルの経験だった。老人は問題なかった。
何度も自分の胸を叩きながら名を言い、老人が覚えてくれた。老人は同じように自身の胸を指し示し、ポムテ、と名乗った。
「ポムテ、ここはどこだ?」
地図を取り出せば場所を知りたいとわかってくれて、首を横に振られた。地図が読めないか、ここではないと言われたのかはわからないが、少なくともアルがこのあたりに明るくないことはわかっただろう。アルもまた、ここが知らない場所だとわかった。
ラングの故郷の言葉でもなく、リガーヴァルの公用語でもない。ラングの故郷は国境を一つ越えればそれだけで少しずつ言語が変わっていくのだと聞いており、単純に違う国に来た可能性もある。ただ、あの落下、場所を移動するようなものではないと直感が囁く。
「ということは世界を越えたってことだろ」
アルの以前経験した世界渡りはとても丁寧なものだった。光る扉をくぐるだけ。気づけばラングの家の近く、森の中に居た。そこからのギルドラー狩りは置いておいて、だ。アルは地図をしまい、頬を掻いた。
そこから身振り手振り、大きな街に行きたいことをどうにか伝えた。馬に乗る真似をしたり、徒歩を示して見たり、大人も子供も言い当てる遊びみたいになり、随分単語が手に入った。どれもなんとなくなので間違っている可能性は大いにあるが、自分の伝えたいものを示しながら使うことで正誤はわかる。これはラングと言語を学んだ経験が生きた。手に入れた情報によると、数日後、羊の毛皮を売りに行く、乗っていくか? だろう。有難い、という気持ちを示すために村長・ポムテを抱きしめ、その縮んだ体を持ち上げてぐるりと回せば笑いが起こった。助かる、今夜は一先ずどこかで眠れそうだ。
「おい、嘘だろ」
聞き取れる声と言葉に、アルは素早く振り返った。村人の奥、今、合流したらしい男。その人相はあの青年とは似ても似つかないものだったが、なぜかわかる。
【黒のダンジョン】で戦い、相棒がその首を斬り落とした青年。
「お前、もしかしてシュン……!?」
「ツカサの……!」
アルは腕に抱えていた村長をぬいぐるみのように抱きしめ、金髪碧眼の壮年の男は顔を真っ青にして固まっていた。




