2-70:槍使いとの再会
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一先ず、ロープにぶら下がっていたラングも回収し、大ムカデに蹂躙された崖の街へと戻った。二人分の体重の掛かったラングの手は指ぬきグローブごとずるりと肉が剥けて指が震えており、ツカサは即座に治癒魔法を使い、死ぬ覚悟で助けてくれたその両手を強く握り締めた。そうだ、あの時、ファイアドラゴンの時も、ラングは自身の体を盾にしてツカサを守ってくれた。そういう人なのだ。
反省することばかりだ。放り出されてそこに地面がないことに真っ白になって、一瞬考えることができなくなった。風魔法で壁を駆け上がったこともあった、上手く使えば空を飛ぶことだってできるんじゃないかと思いついていただろうに、ここに来るまで検証しなかった。どこでもいい、検証と練習がしたかった。
『ありがとう、もう大丈夫だ』
考えながらずっとヒールをかけていたツカサにラングが言い、治された手を握って腕を引いた。ツカサは怖くて暫く力を抜けなかったが、大丈夫だ、ともう一度言われ、縋りつくように握っていた手を離した。
『ごめん、ラング。ありがとう』
『構わない、お互いに生きている。そいつは?』
『あ、うん、そうだった』
治癒魔法を使っている間、黙って待っていてくれた仲間を振り返る。意思のある不思議な槍、オルファネウル・ネルガヴァントを背に、つい昨日会ったのと変わらない姿でアルが笑いかけてくれてまた泣きそうになった。名前を呼んでくれたということは、ツカサのことを知っているという証拠だ。しかし、その隣にいるでかい大鷹はなんなのだろう。敵対しているわけではなさそうなので、まずはアルからだ。
「アル?」
「おう、そうだぞ。久しぶりだな、ツカサ!」
「【異邦の旅人】の?」
「当然だろ、どうした?」
だめだ、やっぱり泣いた。ぼろっと零れた涙があっという間に地面に落ちて、子供のようにしゃくり上げ始めたツカサに、ラングが剣を抜いてアルは慌てて両手を前に出して首を振った。
「待て待て待て待て! ツカサどうした!? ラングも剣を抜くなよ! なんなんだよ!? あれ? ラング、ちょっと装備変わったか?」
「アル、俺の、こと……っ覚えて……!」
「忘れるわけないだろ。本当に何があったんだよ……」
あぁもう、と言いながらアルが腕を広げてくれたので、ツカサは大人しくそこに収まった。背中を叩かれ、うわぁ、と泣き声を上げた。国境都市キフェルを目前に別れた後、再会したエフェールム邸でもアルはこうしてスキンシップを取ってくれた。年下を宥めるやり方だが今はそれも嬉しかった。ラングは小さな溜息をついて双剣を鞘に収め、腕を組んでツカサの感情が収まるのを待ち、アルはツカサの背中を叩き続けてくれた。
寒空、雪の降る中、泣き続けるものではなかった。鼻は真っ赤、目はヒリヒリ、ずびっと啜る音が情けない。すっかりアルの胸元はびしょびしょで鼻水も付けたような気がして申し訳なかった。あとでしっかり洗濯しますと思いながら、魔法障壁を張り、話はあとで、とにかくドルワフロへ戻ろうということになった。
トロッコの道に行きたいのだと言えば段々になった街を目的の階層まで、最終的にトロッコの道までと説明をすれば大鷹が背に乗せて颯爽と運んでくれた。首から背にかけての少し広い場所に乗らせてもらったが、飛び立つ前の背中に乗るのがそこそこ大変で、ユキヒョウと大虎の乗りやすさを痛感した。けれど、飛び立ったあとはふわふわの羽毛が気持ちよかった。少し奥まで手を突っ込めば羽の根元が硬かったので乗り心地で言えばやはりユキヒョウや大虎が勝つ。
大鷹の協力を得て穴の開いたトロッコの道へ簡単に戻ることができ、ツカサは大鷹を振り返った。
『ありがとう! すごい、早かった! でもさすがにその翼じゃこの中は飛べないよね』
『ッハ! 造作もないことだ』
随分粋のいい口調で言った大鷹は、動物園で見たことのあるサイズになってアルの肩に乗った。それでも大きいのでアルは少し顔を逃がし、傾いている。そういえばユキヒョウもサイズを変えられるのだった。さっと覗かせてもらったが、想像通り土地神だった。
【時止まりのホムロルル】
風の神獣 土地失い
レベル:表記不可
時が止まっている。はやく回収せんか小僧
うん。わかっていた。ツカサは一瞬目を瞑り、それからラングを見た。ツカサに頼まれたアルが鷹を両手で持ち、ラングが容赦なく双剣の切っ先を刺してひと悶着あったが命は誘った。
ユキヒョウの迎えはないので線路の横を徒歩でいく。真っ暗なトロッコの道、洞窟の中、トーチを置いて魔法障壁で暖を取りながら、話したいこと、確認したいことは多い。時止まりとはなんだとか、アルは今まで何をしていたのか、どうしてここにとか、いろいろだ。ようやく落ち着いた空気になってからアルが叫んだ。
「いやーびっくりしたわ! もう本当なんなんだよ!」
「俺もびっくりした。あのさ、アルはどうしてここに? 久々だし、ラングの故郷に行ってどうだった、とかいろいろ聞きたいけど、その前に情報揃えたいよ。大鷹さんのことも知りたいし」
「そうだな、状況が状況だもんな」
確かに、と言いながらアルはちらりとラングを見遣った。その視線にシールドの中で視線を返したらしいラングはそれ以上の反応を示さない。それを不満に思ってか、アルが絡んだ。
「ラング、お前どこ行ってた? おかしなことになってたんだぞ!」
『何語だ?』
「何語って、リガーヴァルだろ、俺の故郷の」
『ツカサが時々、独り言を零している時の言語だな? 音が似ている気がする』
『俺そんな独り言多かったっけ。でも、そう、俺とアルの故郷の言葉なんだよ。そっか、ラングまだ知らないんだっけ』
つい、三人揃って安心していたが、年齢が違うのだ。ラングはリガーヴァルの公用語を知らない。ツカサはまずそこからアルに説明し、アルは混乱しつつもどうにか受け止めた。
そちらはどういう状況なのかと問えば、アルは少し唸ったあとに答えた。
「いきなりラングの家が古びてさ、街に行ったんだ。レパーニャ。そこで、ラングが戻らなかったって話を聞いて、家に戻ったら穴が開いて落ちた」
未だ混乱しているらしく、思いついたことをポンポン話していくアルの話を整理するとこうだ。
その日、出掛ける支度をして部屋を出たら、家はまるで長年無人だったかのように古びていた。状況を確認したくてラングとアルが拠点にしていた街に行ったが、アルのことを知っている人もおらず、住んでいるはずの住民もおらず、結果としてわかったのは【ラングは戻って来ず、アルが相棒と呼んだ人物はいない】ということだった。そして、落ちて、ジンという神に出会った。
「神様に会ったの!? あ、待って、それ以上名前は呼ばないで、ちょっと危ないんだ。書いて」
「わかってたけど厄介そうな状況だな? あいつこれも見越してたとか? ジンって名前は偽名だって言ってた」
「じゃあ、大丈夫かも」
アルはそこで、なんで、どうしてを問わない。仲間が危ないというからには危ないと受け止めてくれる。順を追って説明がもらえるという信頼もあり、アルは会話をツカサのペースに任せてくれるのは有難い。ツカサは差し出した手記に書かれた【クロノス】【偽名、ジン】という文字をラングの文字でも【刻の神、呼称はジン】と書き直し、話題の中心がそこであることを共有した。ラングはそれを見て一つ頷いてくれた。こちらもまた、間に立っているツカサの負担と、あとでまとめてくれるという信頼に任せてくれている。何よりも、まずは【仲間】との再会を喜ばせてやろうという配慮を感じ、ツカサはラングのマントを掴んで握り締めた。アルはニヤニヤと笑って揶揄うことを忘れなかった。
「ツカサ、お兄ちゃんっ子に拍車掛かってないか?」
「うっさいな! こっちもいろいろあったんだよ! あとこれはラングを掴まえておくためであってそういうのじゃないから!」
「ほんとかよ」
頬をつつかれて苛立ち、ツカサはアルの手を振り払うためにマントを離した。ふぅ、と溜息が聞こえて慌てて本題に戻る。
ジンに出会い、アルはラングが命を狙われたこと、未来が変わったことを知り、その時、イーグリスと渡り人の街を見せられたらしい。ツカサは沈痛な面持ちで頷いた。
「本当だよ、今ここにいるラングが戻れなくて、俺がいたところも変わってた。モニカも、エレナも、アーシェティアもいなくなってて、【黄壁のダンジョン】は停止してないし、渡り人の街は軍との戦場になってて……」
ツカサはぽつぽつと確認したことを話し出した。書斎でシュンと出会ったこと、扉を出ればあったはずのものがなくなっていたこと。出会いが、ここまで歩んできた軌跡が、何もかも失われていたこと。その中で未来が変わったからこそ近くにいた【空の騎士軍】、【快晴の蒼】と話すことができて、それから、一縷の望みであった神を失ったこと。
「時の死神の力、今、俺とラングに分かれてあるんだよ」
「また背負わせやがって」
アルはすっかり神様というものが嫌になっているらしく、セルクスに対してもブツブツと文句を零していた。そうして怒ってくれる人がいることが幸せなのはわかっている。ずっと、母親として接してくれたエレナだって、妻としてモニカだって、時に仲間としてアーシェティアだって、厳しいこと、言いにくいことを言ってくれていた。
相手に何かを言う時、それがただ自分の気持ちよさのためであるのか、言う側もまた血を吐くような思いで言うのかで、受け取る側も随分と違う。ツカサは、あの軌跡で出会ってきた人々は後者であると思った。そうできることの難しさと愛情が今はじんわりと胸に響く。これもまたツカサにとってのともしびだ。
「また年寄りくさい顔して」
「どんな顔なの」
笑い合う。それだけで嬉しい。ツカサはそれから、この世界に来てからのことを話した。
ラングとの合流、すったもんだあった末の共闘、協力関係、黒く溶ける命の姿、それを刈り取るラングと誘うツカサ。土地神と呼ばれる神獣たち。フォートルアレワシェナ正教国の国教【理の女神】。また神様か、とアルが悪態を吐くのも止める気はなかった。
「で、さっきの場所でシュン……ショウリの手記を見つけて、これからの目的地を探していた、と」
「そういうこと。アルが全然合流しようとする気配がなかったから、どうしようかと思ってた」
「絆の腕輪あってよかったよな! 俺も、ここにツカサがいるんだってわかって、嬉しかった」
へへ、と互いに照れ合い、腕を当てる。けれど疑問もある。
「アルの気配をなんとなく感じてから二十日近く経ってるんだけど、食べ物平気だった?」
「時を刻まないのだから問題ないだろう」
アルの肩で澄まし顔をしていた鷹が言い、首を傾げた。これらしい、とアルが取り出したのは透明な水晶のような石だ。【鑑定眼】で覗いて納得した。
――時失いの石。刻の神の加護。持つ者の周囲にある、すべてのものの時を失わせ、進むことはない。
なるほど、道理で。これがあったおかげでアルは腹が減らず、体力を失わず、それどころか遭遇した鷹の進行を止め、合流ができたらしい。
「おかげで食べなくてもなんとかなったけどさ、でもなんか腹は減るんだよな。ツカサ、あとで白米食わせてくれ、おにぎりが食いたい」
「うん、いいよ。ところで、その鷹……」
「ホムロルルー!」
暗闇の奥から物凄い速度でユキヒョウが駆けてきてその勢いのまま飛びついた。まさに一瞬、ツカサは掠るように横を抜けていったユキヒョウをどうにか目で追った。ぎゃあ、というアルの声と同時、首を絞められた鶏のような声が響いた。
ユキヒョウはアルごと鷹を抱え込み、ざりざりと音を立ててそれを舐めまわしていた。
「ホムロルルなのである! ホムロルルなのである! 無事だったのである!」
「ええい! やめろ! 翼が濡れる! 汚らしい!」
「その口の汚さ! ホムロルルなのである!」
「やめろと言っているだろうが! 小僧! 助けろ!」
それなりの広さとはいえモグラのタルマティアが横穴を開けているあたり、怪獣大戦争は御免だ。それに。ツカサは慌ててユキヒョウの尻尾を掴んだ。
「シャムロテス! 鷹の、えっと、ちょっと!」
ユキヒョウは喜びに涙を溢れさせて顔の毛皮をぺしょりとさせながら、まるで獲物を仕留めたと言わんばかりに大鷹を押さえ込んで羽毛を舐め続けており、濡れる、汚れる、と大鷹は翼をばたつかせ、収拾がつかない。ツカサは必死に尻尾を引っ張るがユキヒョウが揺らせば引きずられる。
「アル! アル! 大丈夫!?」
ユキヒョウに押さえ込まれた大鷹の下敷き、アルのブーツの先だけは見えるがピクリともしない。
「ラング……!」
手伝ってよ、と声を掛けようと振り返れば、そこにラングの姿はなかった。ユキヒョウの合流時、一切足を止めずに進んでいたらしい。やはり、マントを掴んだままにしておくべきだった。
いい加減にして! というツカサの怒号が響き、神獣どもは魔法障壁で引き離され、叱られた。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
賑やかになってまいりました。
ひと時の賑わい、明るい空気、あたたかなやり取り、しっかりと味わっておいてください。
一歩出れば外はまだ、極寒の大地が待っています。
さて、低気圧に備え、【このエピソード好き・お気に入り発表会その2】を開催してしまおうかなと。
旅人諸君のお気に入りエピソード、どしどしきりしまに教えてください!
きりしまはアルがラングに一手届け、相棒、と呼ばれる権利を勝ち得たところとかも好きです。
エックスで「#処刑人と行く異世界冒険譚」でポストいただけるときりしまが探しやすいです。
こちらの感想でもよいですが、お任せします。
そして引き続き、書籍をよろしくお願いいたします!
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