2-66:死していくもの
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逃げ出した何かがトルクィーロを襲い、結果、このモグラだとは思うのだが、どういうことだろう。ツカサは困惑した様子で座り込んでいるでかいモグラに眉間を揉んだ。子供が抱きかかえるくらいのテディベアサイズ。目は小さくつぶら、トルクィーロの持っていた髭ももしゃっとついていて、とりあえず。
「【鑑定眼】」
【トルクィーロ・ヴォフ・マー・ドルワフロ(45(享年))】
職業:ドルワフロの元頭 欠片を持つ者 タルマティア(一部)
状態:死人 縄張り失い
【スキル】
変身 穴掘り
いろいろと視られるということを知るメンバーからの視線に答えるのが面倒くさい。あれだ、これはもう憶測になってしまうが、ラングの剣から逃げ出したのは【土地神】の命の残滓だったのだろう。死人であるトルクィーロを人として形作るだけの欠片がそこにあり、土地神はトルクィーロに入り込んだか、あるいはトルクィーロに身を委ねたか、どちらかなのだ。鑑定結果が【トルクィーロ・ヴォフ・マー・ドルワフロ】であることは、【土地神・タルマティア】がその意識を奪わなかったことを証明している。名もなき村では魂の混在した状態を【今はメリア、半分テレサ】と出ていたので、あながち、この推察も間違いではないはずだ。そして【タルマティア(一部)】と記載があるのは、今の姿のことだろう。
ということを伝えれば、トルクィーロは自身の土を掻きやすそうな両手を見て、のしのし壁に近づき、腕を差し込んだ。何の抵抗も受けずにスッと入り、ごっそりと土を掻け、感動した様子で振り返った。
「これがァ土地神様の力ってヤツかァ!」
「みたいだね。欠片ってこんな、受け入れるだけの力があるんだ……? ラング、俺の紋様は?」
「ない」
つまり、土地神・タルマティアがトルクィーロの中に入る前と同じ、【誘うべき命そのもの】という判別ではない。頭が痛くなってきた。
「【変身】とあるが、トルクィーロ、トルクィーロに戻れるのである?」
「どぅれ、よっこいせェ!」
全身の筋肉に力を入れるようにして、不思議な動きで人間が現れた。毛皮のマントがいい具合に変身過程を誤魔化してくれている気がした。
「モグラには?」
ふんっ、と力んでまた毛皮のマントがぐるりと包むようにしてモグラが現れる。数度それを繰り返し、人と、土地神・タルマティアの姿を行き来できることを確認し、一瞬の脱力。ラングはその横でツカサの書いた鑑定結果に唇を尖らせていた。
「なわばりうしない、なんだ?」
「えっと……、縄張りを失った者、移動可。あ、じゃあ、ユキヒョウと離れても大丈夫ってことじゃない?」
「えっ! それは寂しいのである、だめである」
ユキヒョウはむすっとしたものの、これは有難いとツカサは思った。ドルワフロのことが落ち着くまで動けないはずだったが、いずれ誘う男を連れ歩ける。しかもそれが持ち運びしやすい動物であれば、マントに隠すなりなんなりして、街にも入り込みやすい。いつまでも埃を被った玉座の横に居なくてもいいということだ。しかし、だ。
「じゃあ、このトロッコのある道周辺、命は……」
「……もうないのである。この道で、もしこの先、死ぬ命があるとしたら、彷徨うだけなのである」
この穴蔵に生きていた命も、何もかもがない。土地神・タルマティアはそうしたすべての命を抱え、やがて腐り、黒い命に体も意識も乗っ取られた。消えられなかったのだ。狼の神獣だけが、やはり格が違ったのだろう。遠くから声がした。すっかり忘れていた、ポーツィリフだ。
「一先ず、合流しようか。この先、南がどうなってるかも、こうなったら確認したいし」
「そうだな」
ユキヒョウはここでようやく、その背にツカサとラングを乗せることができた。
柔らかくてキメ細やか、なんとなく温泉に浸かっているような心地になる毛皮にツカサはべったりと体をつけて満喫した。ユキヒョウが走っている間、温泉に波打たれる感覚は本当に気持ちよくて、ついうたた寝をしてしまうほどだった。ラングがツカサの尻を叩き何度か起こす場面もあったが、トルクィーロの笑い声でツカサの文句は毎回掻き消された。
トルクィーロが土地神・タルマティアの姿、モグラになれることはツカサ、ラング、ユキヒョウの秘密となった。説明が面倒で、欠片についても厄介なので目撃者の胸にだけ秘めることにした。合流したポーツィリフはその手にメンテナンス用の金づちを持って震えていて申し訳ないことをした。皆が無事、土地神もどうにかなったと説明すれば、少しだけ泣いていた。襲われ、横穴の空いた洞窟に一人残され、大の大人でもそれは怖かっただろう。
改めてユキヒョウにもう一度トロッコを押してもらい先を目指した。会話はなかった。トロッコを走らせるためにレバーを押して引いて、ツカサが疲れればラングが代わり、ポーツィリフが疲れればトルクィーロが代わった。最終的にドルワフロの男二人が担ってくれて、ツカサはトーチを先に置いて落下物などがないかを確認、あれば魔法障壁で押し退ける器用な技を披露した。
どのくらい走ったのだろう。時折上り坂に差し掛かり、止まらないようにレバーを動かし続け、下り坂になれば皆が腕を休め、ツカサがヒールと癒しの泉エリアの水を飲ませた。そうして、ドルワフロを出て八時間ほどか、空気が変わった。
「新鮮?」
「出口、近い」
「んじゃァ、速度を落としまさァ」
終点のレールが続いているかが不安だと言い、技術者の意見に従う。
トロッコが停車する頃、時刻としては既に夕方も過ぎ、トーチで照らされた先は闇だった。ブレーキのレバーを数度に分けて引いて、見事な停車を行い、止まる。ひらりと降りたラングに続いてツカサも飛び降りる。
南、かつてドルワフロとやり取りのあった交易路の終点の一つ。洞窟の中の交易路という口を開いた先、ツカサは洞窟の終わり、ぽっかり開いた大きな穴から外を見渡した。ここには本来、山という壁があったのだろう、崩れて開いた様相だった。端に近づき、吹き上げてくる風を手で防ぐ。
トーチの魔法を照明弾のように打ち上げてみれば、そこは山へ段々となって家の置かれている、崖の街だった。
ドルワフロの山々ほどの雪はなく、薄っすらと白く化粧された四角い箱の連なり、草木の生えた家々。崖に置かれたそれらは、ツカサの記憶の中、テレビで見たことのあるような光景だ。間接的に見ていた分には何も考えていなかったが、あの置かれ方、そのまま落ちて行かないのか心配にはなった。吹きすさぶ風は冷たく、けれどこちらもドルワフロほどではない。息の白さも薄いような気がした。いや、これは標高が高いからだろうか。
「人の気配、ない」
ラングの言葉に頷く。じっと見ているが、ドルワフロの余所行きの街とも違い、誰の気配もしなかった。絆の腕輪の向きは少し変わったが、まだ遠い、方角が違うのでこの街のどこにもいないだろう。
今いるかつての交易路は使われなくなって久しく、ロトリリィーノがメンテナンスしたのとは違い、雨風が吹き込んだせいでレールの状態が悪いとポーツィリフが唸った。レールの上に残されたトロッコも錆が酷くて動かないだろうという。
少しトロッコの位置を奥に戻してレールの腐食を確認したいというので、そちらはトルクィーロとユキヒョウに付き合ってもらうことにした。何かあればユキヒョウがヒャンヒャン泣きながら呼びに来るだろう。魔法障壁と薪と火種は渡し、ツカサはラングとともに街を目指した。
崖の街を目指す道はどこかと探せば、交易路の洞窟の中に崩れ落ちた扉があり、その先のようだった。魔法障壁をしっかりと展開、トーチを置いて、ラングは自前のランタンも手に先を行く。物を運び入れる経路だったのだろう、ここにもレールがあり、その横の広々とした道を行くが、所々崩れていて歩きにくい。ドルワフロのように支えもあったのだろうが、技術は向こうの方が上、落下し、舗装が既に失われていたり、これはラングが嫌いな道だ。土魔法で固めながら歩けば、助かる、と素直な感謝があった。
そうして一時間も歩いただろうか、ついに辿り着いた。石造りの空洞。ここに荷が運び込まれ、やり取りされていたのを想像させる段差、崩れ落ちた階段や壁、何が入っていたのかわからない樽。トーチの明かりを広げればいくつもの柱が天井を支え、ここはしっかりと造り込まれていた。
『取り引き場か。倉庫にもなりそうなものを……いや、使ってはいたのか、だが、長年使われていなさそうだ』
『ここの人たちどこに行ったんだろうね』
『調べるしかあるまい』
それはそうだ。ひょいと高台から降りて埃だらけのそこを行く。大きな扉があり、ぐっと押せば腐食のせいで軋み、形を保てなくなったのか崩れ落ちた。ガラガラと音を立てるその木片と木くずを魔法障壁で防ぎ、マントで庇おうとしてくれたラングの姿に礼を言った。
『ありがとう』
『……お前といると、危機感を失いそうになる』
『動くロストアイテムなんでしょ、俺がいる時は甘えてくれていいよ』
『蜜の甘さは人を堕落させ、塩は人の舌を肥えさせる、か。たまったものではないな』
なんとなく言いたいことはわかった。でもさ、と会話を続けようとしたがラングはランタンを手に、先に外へ出て行ってしまった。慌ててその後を追った。
ここは崖の街の中心部だったのだろう。ラングの推測通り、交易路は使えないが倉庫にはしていたのかもしれない。ここに向かっていくつもの道が集まっていた。段々畑のようになった家々の屋根、馬車が通ったのか石畳には車輪の跡があり、活発に行き交っていたのかもしれない。周辺に荷台だけが放置され、それには雪が積もり、鉄が錆びていた。街全体を薄い雪と絡みついた蔦が覆っていて、映画で見たような、人のいなくなった街の姿だ。
『どのくらい無人なんだろう、物が全部朽ちてるよね』
『五年……いや、十年は確実にいない。雪が降る、雨が降る、そうした天気への対策と、人の手入れが見えない』
ふぅん、と答え、ツカサは【鑑定眼】で見渡してみた。何かあれば程度のことだったが、この手段を選んだのは経験だった。そこに映るものは生者を見せず、けれど死者も映さなかった。ラングに左頬の紋様を尋ねてはみたものの、何も出てないという。
家々と、主要な取引の場所だったのか広場や市場だったらしいそこにワイヤーのようなものが垂れて雪風に揺れていて、カラカラと物悲しい音が聞こえた。段々になっているからこそ、そうしたものを利用して荷を運び、やり取りがあったのかもしれない。
先ほど街を見渡したトロッコの大穴が見える。その上にもワイヤーを通すための設備があったので、崖の街からトロッコの場所まで、荷物が空を運ばれていたのか。そのワイヤーなどが経年劣化で耐えきれず、山を削り穴を開けるようにして落ちたのだろう。
『うん……誰もいないね。魂もないみたい、そんなことある?』
『タルマティアの管轄だったか、それとも、この場所を管轄する土地神はまだ健在なのか、どちらかだ』
確かに、そう考えるのがよさそうだ。ムズムズ感はないので近くはないだろう。
『今夜はどこか雨風を凌げる場所を探して、借りよう。我々はあの洞窟の安全性を知っているが、ポーツィリフは別の場所で休ませるべきだ』
うん、とツカサは頷き、【鑑定眼】で無事な家を探す。ここから少し上の方に大きめの箱家があり、そこの状態が比較的よさそうだとわかった。ラングは先にそちらへ行くと言い、ツカサがドルワフロのメンバーを呼びに行く分担作業となった。迷子札もあるので見失うこともないはずだ。
行きと帰りで随分時間は掛かってしまったが、ユキヒョウが乗せてくれたので戻りは早かった。ラングは大きな箱の家に入り込み、それなりに掃除を済ませてくれていた。
ここは族長か市長の家なのだろう、金銀財宝、金目のものはなかった。ところどころ崩れていたり壁が剥がれ落ちたりはしているものの、土台自体はしっかりとしており埃を払えば休むことは可能だ。
キッチンも竈が健在で、薪を入れ火を点ければ暫く埃っぽいにおいはしたが、使うのには問題がなさそうだ。火の回りはしっかりと造り込まれているものなのだ。
水がぴちょぴちょ流れている。ほとんどが凍ってしまっていたので触れさせず、ツカサが魔法で水を出した。もはや命のない場所、【鑑定眼】でこっそり覗けば、死の水、と出ていたのでまずいだろうとの判断だ。トルクィーロとポーツィリフにも伝え、飲み水はここから、と桶を出して厳命した。
結局、内側寄りにあった壁の崩れていない客間を借り、暖炉の火で簡単にスープを作り食べた。魔法障壁とトーチ、暖炉で暖を取り、毛皮を敷いて皆で雑魚寝。ユキヒョウの腹に背を預ける贅沢のひと時、ツカサは暖炉の炎を眺めながらとろりと睡魔に落ちていく。
死の水。命のない場所の証。人が捨てた場所。捨てられた土地神。土地神の死んだ黒き場所。
水は触れられなくなり、食料はなくなり、命が巡る場所を失って、やがて、息はどうなるのだろう。
ツカサは深呼吸をして、まだそこに吸えるものがあることを確かめてから目を閉じた。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
本編低気圧真っ只中。
よもやま話どこで書こうか引き続き検討中です。
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