2-64:ものづくりのドルワフロ
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レールのことは誰に言えばいいのだろう。頭一族がコソコソしては、また疑う者たちも現われる。多少落ち着いたとはいえ、未だ不安定なものも抱え込んだ状態だ。情報は隠さない方がいい、とラングに言われ、ロトリリィーノは頷いていた。
ここは鍛冶師を取りまとめるポーツィリフを頼った。トロッコがあることに驚いてはいたものの、レールの状態や形状から何を目的としているのかは即座に理解するあたり、技術者として非常に優秀である。この道を利用するために人手が欲しいと頼めば、ポーツィリフは五人の鍛冶師を連れてきた。
「みんなァ来たがってたんすがァ、鍛冶場の火床を守らなきゃなんねェんでェ、割ける人手はこれだけでさァ。がァしかしですぜェ、腕利きだァ!」
それぞれが筋肉を自己主張させ、ポーツィリフが始めようぜェ、と言えば、早速メンテナンスに入ってくれた。キスクはまず民の心を開かせ、誠実さをもってして気持ちを掴まねばならない。ここでの明かりはツカサが担当した。
レールの状態は非常にいいらしい。レールに使われたものは鋼らしく、いろいろと素材について説明されたがツカサは絶妙に理解できなかった。興奮して訛りが酷く聞き取れなかったことと、熱量についていけなかったことが理由だ。
「これをつくったァ昔の鍛冶師の腕がよかったのとォ、ロトリリィーノ様がァ選んだ鍛冶師がよかったァ。歪みもねェ、凹みもねェ。現役だァ。じい様たち、頑張ったんだなァ」
ある程度奥の方までそれを確認し、この状態なら全体が保たれているだろう、との評価だった。移動するための足は確保できた。あとは安全だ。
「ありがとうポーツィリフ。助かったよ」
「いいんでさァ、それよりィ、乗せるモン、トロッコはどうしたんでェ?」
三列もあるのに、乗り物がひとつもないことは疑問だろう。ツカサは二台は知らないが、一台はロトリリィーノがチュチュリアネを逃がしたくて手紙を載せ、それを向こうに送り出したことを素直に伝えた。鍛冶師たちは眉尻を下げ、それならば仕方ないと笑った。今ドルワフロに残る最後の子供、それを逃がすためならば、と現状を知った男たちは状況を受け止めてくれた。
「ならァ、できればトロッコが途中で止まってねェかァ、確認してェもんだなァ」
「んだなァ、こっから先ィ、ロトリリィーノ様からもらった地図じゃァ下り坂だけどよォ、トロッコの形によっちゃァ、レールに土塊でも落ちてりゃァ、ぶっ飛んじまわァ」
脱線というやつだ。この奥か、とツカサはトーチのないその先の闇を見た。試運転というものは必要かもしれない。三列あるのだから、ロトリリィーノが動かしたレール以外を選べば確認はできるはずだ。長く使われていない、やり取りが首都一か所だったことから、残り二つは沈黙しているはずだ。
「あのさ、ポーツィリフ、このレールに乗せるためのトロッコってどのくらいで作れる?」
「へェ、ちィっと坊ちゃんがァ手伝ってくだすればァ、すぐでさァ」
手伝うとは、と首を傾げれば、ポーツィリフは首をボリボリと掻いた。
「今ァ山を凍らせねェためにィ火床を使ってやしてェ……、小せェモンならまだしもォ、でかいモノ溶かす方にゃァ、火が回せねェんでェ……」
「あ、なるほど、火魔法ってことか。うん、わかった、やってみたい」
快諾を得て鍛冶師が盛り上がる。その声が坑道内を反響し、消えていく。ツカサはむずりとしたものを感じ、慌てて全員を急かしてドルワフロへ戻った。ラングがいないところでの遭遇は避けたかった。
ロトリリィーノの予後は好調、ラングは少しずつ歩く練習をするように言いつけたらしい。車椅子への乗り降りだけでもかなり息切れをしているので、まずはそこに一人で移動できるようになることが目標だそうだ。ポーツィリフたちとの下見の結果を伝え、ラングはふむ、と腕を組んだ。
「わかった、下見、賛成だ」
「よかった。その時のメンバーをさ、俺とラングと、ポーツィリフ、ユキヒョウとトルクィーロにしようかと思うんだけど、どう思う?」
「理由聞きたい」
ツカサは身軽さと戦力、ユキヒョウによる土地神の説明を求めようとすると、トルクィーロを連れて行かねばならないことを話した。ポーツィリフはレールの確認といざという時の修理要員だ。本人には許可を得ている。
「それに、キスクに何かあるとドルワフロは困るでしょ?」
その言葉は車椅子に移動して肩を揺らしているロトリリィーノに向けたものだった。言葉はないが何度も頷いているので懸念は同じらしい。腕を解いてラングが尋ねてきた。
「いつ」
「これから鍛冶場に行ってみるから、トロッコができたら言うね」
「わかった」
ツカサはラングとともに頷き、廊下で待っていたポーツィリフに案内されて鍛冶場へ赴いた。
鍛冶場、ドルワフロの生命線であり、始祖の遺した大いなる遺産。それは王城からいくつかの道を経た山の中央に存在していた。広く、大きく、くり抜かれた空間。松明もランタンもないというのにごうごうと燃える炎の赤と白が人の影を揺らし、火の粉が天井を照らしていた。炉の中でその身を白く輝かせる石炭がぶわりと熱を発するようだった。実際、その熱風は大きな男たちが踏んでいるふいごから吹かれた風が抜けてきたものだ。この風の動きが外からの空気も呼び込み、酸欠にならない秘訣らしい。
「あの排熱がァ、正しい道でェ」
ポーツィリフの太い指がいくつかの穴を指した。熱が抜けるように上につくられた穴と、ふいごで吹かれた風を抜かすための穴が炉の近くにある。そこに炎も吸い込まれているので、あれがあの時、届いたのだろう。
あとで聞いた話、火床の着火時、思いきり燃やし過ぎたらしい。そもそも火を落とさないので着火が初めてといっていい鍛冶師たちによるはっちゃけもまた事故に繋がったのだ。不運に不運が重なっている、今後はいいことがあるといい。
さて、早速お手伝いだ。トロッコをつくるための図面や素材などはあるのかと問えば、石の机に呼ばれた。メンテナンスに来てくれたうちの一人がしっかりとレールの幅と構造をメモしており、そこには既に、木炭での図面が引いてあった。ツカサは感動した。幅に合わせた設計、手押しで下り坂まで動かすための力点の計算、レールに嵌めこむ形の車輪。図面上の話であって、実際は組み上げないとわからねェんすが、と言いながら、そこにあるものは素晴らしかった。理論を説明されたがこれもまた同じ理由で半分程度しかわからず、一頻り盛り上がったあと、素材の前に連れて行ってもらった。
さぁ、魔法の見せ所だ。ツカサはこれを溶かしたいと言われた素材を魔法障壁で包み、火魔法を使った。ただ燃やすだけではなく、これは密度を上げて熱を上げる必要があった。最初はどのくらいにすればいいのかわからずにもたついたが、暫くしてコツを掴み、どろりと形を失った素材に鍛冶師は歓声を上げ、それから型に流し込んでほしいと言った。既製品の型を利用し、叩き、曲げ、形が作られていく。ツカサは汗をかきながら鍛冶師に付き合った。時折、ラングもこの鍛冶場に来ていたが何をしていたのだろう。
そうして、寝る間も惜しんでつくられたトロッコは数度のリテイクはあったものの、レールに嵌め込み、ボルトを締められ、設置が完了した。押して動かし、引いて戻し。まずこの時点で脱線しないことを確認し、次に乗ってシーソーのような、ポンプのようなレバーを二人がかりで左右交互に押す。こうすることで一方向に回転する力が掛かり、いくつかの歯車を通ってレールに添えた車輪が回る。逆方向にする時は歯車の位置を変えるレバーを引けばいいらしい。しかしこれが重い。
「最初はァ押しながらやった方がいいなァ」
「我が押してやるのである!」
見学に来ていたトルクィーロの呟きにユキヒョウが肉球を見せる。一先ず、動かすための手段も手に入って何よりだ。動かし、走らせ、止まる時のブレーキの使い方を習う。レバーを切り替えて進む方向を替え、元の位置へ。なかなか上手くいきそうだ。
途中キスクも混ざってトロッコで遊ぶような形になってしまったが、いろいろと大変な青年の気分転換に付き合ってやった。いや、友達とこうして遊ぶのは素直に楽しかった。
トロッコの製造、設置、操作説明と、ここに至るまでにたった五日のことだった。ロトリリィーノに存在を知らされてからここに到達するまでの早さに驚いたが、ラングは他に仕事がなく、暇なのもちょうどよかったのだろうと言った。確かに、今は火床を保つことを優先とし、依頼がないのだから然もありなん。彼らは久々に誰かの依頼でものを作る喜びを覚えているらしく、キスクの描いた図面をもとにレターオープナーの作成も進めてくれている。素材についてはひと悶着あったが、ごり押した。
明日、正式に試運転をすることになった。鍛冶師と関わっているとドルワフロに受け入れられやすいのか、風呂に誘われた。そうだ、温泉だ。ツカサは二つ返事で誘いに乗った。当然、ラングは断った。
ドルワフロに着いてからは客室を充てられ、そちらで寝泊まりをしていた。暖を取るために様々なものを持っていかれていた部屋は寒く、ツカサは隣同士のラングの部屋にも魔法障壁を張って暖かさから湯まで用意していた。部屋に置かれたたらいは成人男性が四人は入れそうなほど大きく、ツカサやラングにとっては十分な風呂桶だった。
今まで温泉に誘われなかったのは、掃除をする人がいなかったからだそうだ。天然のかけ流しとはいえ、体を洗う場所などは人の手が入っている。湯気や湿気でカビたり、温泉の成分が沈殿して滑ったり、衛生面からよろしくない状態であったらしい。
残っていた人々が入っていなかったのかと問えば、体を温めたあと、十分に暖の取れない状態では逆に凍死することもあり、風呂が遠のいていたと説明があった。風呂場で体が温まるまで、衣服が乾くまで過ごしたとして、風呂場から一歩出ればあの極寒。一度でも入れば二度と出られなくなると皆が怯えていたそうだ。火床を守ってきた鍛冶師たちは管理者がいなくなる炎の後始末を心配してそれを落としてドルワフロを出た。善意が仲間を苦しめていたと知り、それはそれで苦悩を感じているという。
そうした衛生面の悪化もまた衰弱の一因だったのだ。死臭だと思い何も言わなかったが、そうか、そうだったのか。
食事をとる、風呂に入る、眠る。これができるのは大事な衛生確保であり、幸せなのだ。
そんな風呂が、ツカサの提供した食料のおかげもあって体力が戻ってきたドルワフロの民の手により掃除が行われ、使える状態になった。掃除で汚れたかけ流しの湯も入れ替わり、安心して案内ができるようになったのでどうか、と誘われたのだ。
キスクと非番の鍛冶師たちとともに温泉への道を行く。ガヤガヤうるさい男たちの声も今はいい感じに雰囲気を盛り上げてくれる。温泉へのアーチ形の通路は広く、盛栄していた頃、ここを多くの民が行き交っていたのだろうと窺えた。ふわっと硫黄のような独特の香りを感じた。湯の湿気、ぐっと期待値が上がった。
アーチ形の通路が途切れた先には見事な大理石の天井があった。脱衣所だ。洞窟に嵌めこむようにつくられた棚に鍛冶師たちがわっさわっさと衣服を脱いで置いていく。巨体の中にいると鍛えた自分の体が小さく思え、ツカサは少し緊張した。
「今日は仲間がいる」
キスクがツカサにそう言って、同じような感覚の友がいることに同じ笑みを返した。体を洗うための手拭いを持ってキスクとともに湯気の多い方へ行けば、誰かが持っていたランタンから壁の蝋燭に、ランプに火を移し、いい雰囲気の温泉が浮かび上がった。
壁自体は粗削りな洞窟のまま、火の明かりでそれが温かみを持ってそこにあった。温泉は滝のように降り注ぎ、受け止める場所は抉れ削れないように大理石をはめ込み、浴槽ができている。溢れ、流れた湯が足元の大理石を温めており、足の裏が少しくすぐったく感じた。乳白色の湯は壁沿いにも流れており、そこから手桶で掬って体を清める方式らしい。既に何人もの鍛冶師たちがざっばざっばと湯を被り、煤を、汗を流していた。
ツカサはキスクとともに空いた場所に入り込み、重い手桶でざばりと湯を被った。温かい、熱い、じわっと肌が緊張し、思わず深呼吸し何度も湯をかけてそれを解いていく。椅子はないので膝立ちで、とにかく体を、髪を洗い流した。気持ちいい、たまらない。たっぷりの湯はいくら使っても減ることはなく、もっと使えというように流れてくるのが最高にいい。
「うわぁ、贅沢だねこれ」
「あぁ、そうだろ? 街の入り口の方にも、温泉を引いたんだ、観光客のために」
「これだけの湯量ならできるよね」
そうだろ、とキスクが笑う。この掛け湯だけでも体は随分温まるが本命はここから。湯気で白く、オレンジに鈍く光る明かりを頼りに大理石の浴槽に近づき、既に鍛冶師で波打っている温泉へ足先を入れていく。
「あっつ!?」
足の爪先が痛い。体が冷えているとかではない、単純に温泉が熱い。足を引いたツカサに鍛冶師たちはガハハと笑い、薄っぺらいからなァと言われて少しムッとした。ツカサは少しずつ足先を慣らしてどうにかざぶりと座ったものの、その熱さに慌てて立ち上がり、浴槽の大理石に腰掛けるようにした。少し浸かっただけだというのに肌が真っ赤だ。膝から下が、溢れた温泉が尻を温めてくれるだけで十分だった。
「坊ちゃん、そらァ、剣の傷ですかィ?」
「あぁ、これ? うん。一度死にかけたんだ」
おぉ、と鍛冶師たちは見慣れないのだろう、ツカサの右肩から左わき腹へ一線を描いている傷痕に興味津々だった。彼らは火傷や打撲の傷は見慣れていても、剣を作ることはあっても使うことがないので知らないのだ。キスクはツカサを見上げてごくりと喉を鳴らした。
「それ、聞いていいかわからなくてずっと聞きたかったんだ」
「これはね、俺の失敗の傷なんだ。護衛をするはずの人の覚悟を知らなくて、失わせてしまって。忘れちゃいけない失敗」
その時ツカサを斬った男の技量を、その後の邂逅を、ツカサは懸命に語った。風呂場は緊張感を持ち、ワッと盛り上がったりとまるで酒場のようだ。風呂はドルワフロでの社交場なのだろう。
ツカサの話が終わっても賑やかな声が響く。これからのドルワフロに対しての不安もあれば、教会を相手取るという大きな目標もあって心は挫けていない。すべてが終わって、春を迎えたら妻を、娘を呼び戻せたらいい。ツカサはそうした会話を微かな明かりの中、揺らめく温泉の水面を眺めながら聞いていた。水面の線がオレンジを描く。反射して湯気すらも揺らめかせ、どこか不思議な空間にいるように思えてならない。温泉の降り注ぐ太い音、男たちの声は反響し、少し耳が痛いほどだ。
ラングは今頃、用意した湯に浸かっているだろうか。
「ツカサ、のぼせたか?」
物思いに耽りすぎたらしい。ぼんやりとしているように見えたらしく、キスクの声を筆頭に鍛冶師たちの視線も集めていた。ツカサは誤魔化すように肩を竦めた。
「ちょっとだけ?」
「そいつァいけねェ、雪ィ取ってきまさァ」
「いらない、いらない、水を飲むから大丈夫」
雪に体を埋めたりだとか、つけられたりなどは御免だ。先に上がると言えばキスクも湯を上がってついて来てくれた。脱衣所で用意してもらったタオルで拭いながら真っ赤になっているキスクの体をまじまじと眺めてしまった。
「よく入れるね、あの熱さ」
「あぁ、うん、小さいころから入ってるしな」
慣れということか。ツカサは周囲を流れている掛け湯の熱さで十分足りると言い、キスクは笑っていた。
明日、トロッコの試運転だ。無事に終えられればいい。今日は温泉の熱に包まれたまま、眠りたいと思った。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
きりしまのよもやま話。
ようやく温泉に入れたのでひと息ということで。
現在ツカサたちが活動し、移動している場所、行く先々では、ある程度水に恵まれているということもあって、風呂や食事、水事情についてあまり言及をしていないのですけれど、水が少ない場所ではどうか、という話を少し。
単純に風呂入らないですし服洗わないです。貴重な水資源を飲み水や食事のほうに回すのは当然で、服なんて毎日洗わなくたって死にはしない、という思考回路です。
風呂に入るよりも体を拭く、服を洗うのも月に一、二度あればいい。だから皮膚病もあれば日常的に肌荒れもある。そんな場所も行っていないだけでリガーヴァルにも存在しています。
文明とは、必要なものを集め、留め、使いたいところに回すことができる、在るものの使い方を【変換】することも含まれるのだろうな、と、ツカサたちの旅路を見守る一人として思います。
さて、今回で【処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚】は500話を迎えました。
ひとえに、旅路にお付き合いいただき、時にあたたかいお声を掛けていただき、登場人物たちその旅を、旅人諸君が楽しんでくださるからこそです。
明るい未来から、暗く沈んだ過去と未来へ。
歯を食い縛り、顔を上げ、体を前に倒すようにして一歩を踏み出す。
その力強さだけは失わないように、引き続き旅路を書いてまいります。
どうか引き続き、web版も書籍も旅路をお楽しみいただけますように。
心より感謝を込めて。
きりしま
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