2-63:もうひとつの道
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狙いは上手くいった。ツカサはまず一つ、よしと頷いた。
ロトリリィーノがドルワフロを守ろうとしていたことも、キスクを守ろうとしていたこともどうにか理解を得て、トルクィーロの体にある傷痕と、ツカサの【不思議な力】で火傷を負った鍛冶師を治し、そしてキスクのトーチが照らし出した天井画のユキヒョウというすべての素材を利用して、納得させた形だ。
少しずつ話せるようになったロトリリィーノ曰く、女子供がドルワフロを出たのも、その実、教会から女を寄越せと言われたわけではなく、女子供が生きてさえいればドルワフロは終わらないと思い、知人を頼ってそちらへ向かわせたらしい。道中の安全の確保、支援の確保を目的として、知人が「教会の厳命」という口実を利用したのだそうだ。鍛治師たちの怒りは買う、けれど、その怒りもまた生きる糧のひとつになる。そう考えたらしい。
ラングは道理だと言った。感情というものはよくも悪くも人を生かし、殺す。手法としては悪くないが、向かせる方向を誤ればキスクのようなことになる、と呆れも浮かべていた。
ドルワフロの女たちについていった酒場の娘、カナーリヤの理由はわからないままだった。
ロトリリィーノはドルワフロの終わりを見据えてのことだと言えず、鍛冶師たちには真実を話せず、誤解を招いた。ロトリリィーノのこの抱え込む性質はよくないものだ。人は真実を好み、嘘に不信感を募らせる。治癒魔法をかけながら素直になるように言えば、ロトリリィーノは口元にしわを寄せて少しだけ笑い、無言を貫いた。この人にはドルワフロの終わりを背負うだけの覚悟があったのだろう。きっと、自分が終わる前にチュチュリアネだって逃がしたはずだ。ツカサはそう思った。
ロトリリィーノを牢屋に放り込んだのは鍛冶場で仲間が炎に焼かれ、カッときた鍛冶師連中だったらしい。あと数時間駆けつけるのが遅ければ死んでいただろうとラングが言い、肩を丸め、背中に反省の文字が書かれているような実行犯たちには叱責の価値もなかった。話をきちんと聞くということの大事さを、ツカサはそうした相手を見て改めて学んだ。人の振り見て我が振り直せというやつだ。
トルクィーロは本当に死んでいるのかと何度も尋ねられ、血の流れず治らない傷を見せ、そうだ、と真摯に答えていた。誰にやられたのか、という点については、はっきりと教会だ、と答えた。キスクへの誤解と冤罪を晴らし、教会に脅されていたロトリリィーノを守るため、真実を広めることが先決だった。
トルクィーロは求められてもドルワフロの今後については一切口を出さず、キスクが慌ただしく駆けまわるのを眺めるだけだ。埃を被った玉座はトルクィーロの存在そのものだった。
しかして、ドルワフロの民は強かった。粥を与え、糧を与え、そうすると時を待っていたかのように体を起こし、踏ん張り、立ち上がった。ツカサが貯蔵庫を豊穣の剣でいっぱいにすれば、穀物を選別するための穴の大きさの違うふるいをいくつも作り上げ、積み上げ、上から入れることで仕分けられる道具をあっという間に組み上げた。ハンドルを回せば勝手に揺れる。穴を落ちて滑り台をざらざらと落ちていくそれを麻袋で仕分ける。そうすると貯蔵庫は整理整頓されてまた隙間が空く。ツカサはそこにもっと出してくれと言われ、その強欲さに生きる力を感じた。こういうのは嫌いではなかった。
中には、ツカサから豊穣の剣を奪おうという不埒者も当然現れた。不意打ちをしてきた男の腕を掴み、その勢いのまま硬い石畳に叩きつけてやった。泣き落としをして譲り受けようとする老婆には一瞥もくれず一言もかけなかった。徒党を組んで飛び掛かってきた老人たちは魔法障壁で捕らえ、死なない程度の天罰を与えた。口を開いて懇願しようとする者の喉にラングが剣を突きつけて黙らせ、すべてを回収してもいいのだぞ、と言い、鍛冶師連中が恩人への非礼を許さず、彼らはついに諦めた。二人、体は小さくとも、その周りにいる同胞含め、敵に回してはならないとわかったらしい。今、ツカサはドルワフロの命を握っているのだ。
キスクは皆の前でツカサに頭を下げ、非礼を詫びた。キスクに倣うようにしてトルクィーロも膝をついたことで、ドルワフロの頭が世代交代を進めていることが彼らにもわかったらしく、その後、キスクは動きやすくなったようだった。後進に後を譲ること、死者とはいえトルクィーロの行動は見事だった。
トルクィーロはその後も玉座の横でユキヒョウとともに座り続け、手も口も出さなかった。チュチュリアネはようやく父親を思い出したのか、その膝の上で歌を歌っていた。本当の意味での別れが近いことを、幼心に理解しているのかもしれないとツカサは思った。
そうしてドルワフロが落ち着きをみせたのはロトリリィーノから話を聞いた日から数え、五日ほどだった。
鍛冶師が戻り、火床が燃え、暖が巡る。余所行きの街に居た者たちも王城へ居を移し、まだ静養が必要な者は多い。けれど、動ける者は教会への怒りに燃えていた。単純な生きものであるドルワフロの男たちは、一人事態を抱え込んでいたロトリリィーノを漢だと絶賛する者までいるのだから、まったく、どこまでも調子のいい話だ。ツカサはそれに水を差すのも面倒で今後の方針について話し合うことを希望した。
このところ、話し合いはロトリリィーノの寝室で行われている。未だラングの投薬を受けているロトリリィーノは随分声を出せるようになったものの、長い間食事も満足に取れていなかったので安静を言いつけられている。ラングはロトリリィーノの腕や足を伸ばさせ、折り曲げ、手指を握り、開き、リハビリのようなことさせるようになった。なぜそんなことをできるのかと問えば、壊す方法を知れば治す方法も知れる、と言われ、なるほどと納得した。
ロトリリィーノからは【異邦の旅人】の自己紹介のあと、改めて丁寧に礼と詫びを入れられ、ツカサはこの人がドルワフロの知恵なのだろうと思った。外に知人がいることから、外交面でもこの人がその役割を果たしていたのだと思い、そう尋ねれば首肯が返ってきた。
「年に一度首都へ、交易都市へは赴くことも多くてね、随分必死に訛りは直したものさ」
「聞き取りやすいです。鍛冶師の人たちが気にしているんですけど、女性たちはどこにいるんですか?」
ロトリリィーノは深く息を吐いて、少しだけ言いにくそうにしてから答えた。
「行き先は教会の本部、フォートルアレワシェナ聖教国の神殿がある首都。今はそこが一番、食べ物もあれば、守りもあるのでね」
「知人って、誰なんですか?」
「それは言えないんだ、約束があるからね」
我慢ができて覚悟ができる人からそれ以上は聞き出せないだろう。一先ず、女性たちが無事であることは喜ばしいことだ。その知人が裏切ってさえいなければだが、そんな可能性はいくらでも思い付き、言ったところでどうにもならない。そんなことばかりだな、とツカサは胸中で呟いた。
「兄者を兄者として存在させている何かが、あなた方は必要なのだね? ええと、命を誘う? 力を持っていて……兄者を、眠らせられる、と」
思案していたツカサにロトリリィーノが尋ねてきたので頷く。命の話などわからないだろうに、必死に理解しようと努めてくれることは有り難い。
「そして、クィースク……キスクは、教会、フォートルアレワシェナ聖教国を相手取るために戦力を探していた」
キスクも頷く。ふむ、とロトリリィーノはまた深い息を吐いて背に置かれたクッションに寄り掛かり直した。
「何の因果なのだろうな、本当に」
「ロトリリィーノ叔父、いったいどうした?」
ぎゅ、とキスクがロトリリィーノの手を握れば、やせ細った男が弱弱しい笑みを浮かべた。それから視線がツカサとラングを見た。
「あなた方はいつまでドルワフロに?」
「南、行く手段、探すまで」
「そうですか。でしたら、あと数日お待ちになってください」
「どういうこと?」
「お待ちいただけるのであれば、ご協力できることがあるのです」
ツカサとしては絆の腕輪の反応を追いたい気持ちは強いのだが、向こうは向こうでこちらに気づいているはずだ。じわ、じわ、と動いている感覚から生きているのがわかるとはいえ、どうにも食料が気に掛かる。それもあり、本音は早くドルワフロを解決し、体勢を整えてもらっている間に南へ行きたい。
ラングはいい大人が一人分の食料問題を解決できないわけがないと言い、旅慣れした冒険者ならばそこまで過保護にならなくてもいいだろうと切って捨てている。雪の降る中ジェキアまで辿り着いたアルのことだ、確かにそうかもしれないし、オルファネウル・ネルガヴァントと会話も解禁されていればこそ、以前よりは迷子も安定はしているだろう、たぶん。だが、ツカサは【仲間】を失いたくない気持ちが強いのだ。
ただ、アルならば南の聖域に気づくだろうとも考えた。精霊に好かれる不思議な性質の男だ、土地神から声を掛けられることもあるだろう。勘のいい男でもあるのでやるべきことは本能で理解もするだろう。ならば任せてしまうのもありか、とツカサは思うのだ。実際、ラングは信頼しているのならばそれもありだろうと言う。
これは覚悟の決め時かもしれない。この選択の結果で得られるものと、失うものをよく考えなくてはならない。
得られるとしたら、アルと、アルが持ってくる南の情報や加護、仮定ではあるが【理の女神の欠片】。
失うとしたら、アルそのものだ。
南に風が吹きすさび人の通れない谷がある。風は世界を知る知恵を授けてくれるだろう。
風、風か。ツカサは少しの間腕を組んで考え込み、ロトリリィーノの寝室は沈黙に包まれた。キスクが居心地悪そうにそわそわしているのはわかるが、ツカサは目を閉じ続けた。
時間にして十分程度、ツカサは顔を上げてラングを見た。
「アルを信じる」
ラングは拳でツカサの胸を叩き、ロトリリィーノを見た。
「滞在、暫く」
「それは重畳、私が立てるようになりましたら、一つご案内をしたいのですが、どのくらいで動いてよいでしょうか、先生」
キスクはツカサを先生と呼び、ロトリリィーノはラングを先生と呼ぶ。
ツカサはキスクにとってロトリリィーノが本当に大きな存在なのだと感じた。同じ属性、境遇、自身が経験した孤独を感じさせまいとしたロトリリィーノの愛情と覚悟に、ラングと似たものを感じ、ツカサも好感を抱いた。キスクにとっての【第三の大人】は叔父、ロトリリィーノなのだ。
「二日、ベッドの上、体、少し動かす。支え必要」
「頑張ります」
ラングの診断にロトリリィーノは異を唱えない。ツカサは癒しの泉エリアの水をコップに注ぎ、差し出した。不思議な水の効果はなんとなく感じ取っているらしく、ロトリリィーノはそれもまた大人しく口にしてくれる。これはなんだ、どういうことだ、と問われないのは楽でいい。口にするということは信頼しているということも示してくれる。
この人、要領が悪いだけで、変なところで我慢強く秘密主義なだけで、本当は頭のいい人なのではないだろうか。やりようさえ上手ければ。
そして二日後、ラングの許可を得たロトリリィーノは鍛冶師たちが詫びで作った車椅子のようなものに乗せられ、それをキスクに押させていた。動く椅子をすぐに作り出せる柔軟さはどうして会話に回されないのだろうか。
連れ立っているのはツカサ、ラング、キスク、玉座の横から立たせたトルクィーロとユキヒョウ。ロトリリィーノはランタンを膝に置いて右に、左に、王城の通路を指示し進んでいく。自前のトーチを動かしながらツカサは石の嵌めこまれた通路を眺めた。
「結構入り組んでいるんだね。山の中を掘って作った居城だからだろうけど、これじゃ覚えきれないよ」
「あぁ、うん、俺も知らない道だ。生活に使わないと、行かない道は多いからな」
「なんてったってェ、通路で迷子になりゃァ、そのまま戻れねェで死んじまうしなァ」
そうだろう、こっそりとマーカーを置いているからいいものの、それなしで戻れと言われればツカサには無理だ。
「ラングは戻れそう?」
「戻れる」
「どうやって?」
「数えている。足」
とにかく戻る方法があるのだ。ここだ、とロトリリィーノは一つの鉄扉を指した。トルクィーロが開けば、そこは広い空間だった。奥まで続く、長い、見たことのある通路だった。
「これって」
ツカサはトーチを広げて状況を確認した。今いる足場の下に二本の鉄が梯子を掛けるように三列置いてあって、そう、これは、レールだ。レールの端は止めるために緩やかに上がっており、ここが終点であり始発であるとわかる。積み荷を載せ、下ろした跡もあって、ツカサはロトリリィーノを振り返った。
「電車があるの? ここに?」
「デンシャ、彼も言っていたが、そういうものではなく、トロッコだ」
自分の他にも電車という単語を知っている誰かがいることにも驚いたが、期待とワクワクが優先された。トロッコ、同じ言葉を繰り返し、ツカサは目を輝かせた。
「これァ、採掘用に昔ィ使ってた奴だなァ、このへんのォ採掘をやり尽くしてェ使わなくなったモンのはずだァ」
「そう、だが兄者、このトロッコ、随分地中を通っているからね、もしかしたらいけるのではないかと思って、数人の手を借りて直していたんだよ。それで、上手いこと繋がって、向こうも活用してくれてね。何度か物品のやり取りもしたことがある。いわゆる密輸入という分類だけれどね」
話がよくわからず、癒しの泉エリアの水を差し出しながら詳細を問うた。
曰く、ここはロトリリィーノが過去の文献から見つけた、かつての採掘場であり交易路なのだそうだ。このトロッコのトンネルは地中を巡っており、南と、フォートルアレワシェナ正教国の首都近くまで繋がっており、昔は活発に利用されていたらしい。そんな便利なものが利用されなくなったのにもわけがある。
「バケモノが出るようになったのさ」
ロトリリィーノの言葉に、ツカサはユキヒョウを振り返った。
「もしかして、神獣、土地神?」
「かもしれぬ。そんな顔しないでほしいのである! 我にもわからぬことはあるのである! 土地神は管轄からは基本的に出ないのである。だから道はあってもここまでは来ないのである。特に、自分を失った土地神は、その土地に執着するのである。……だとしたら手遅れである」
トンネルの暗闇の奥から鈍い響きがあった。風が通っただけかもしれないが、ゴォォ、と何かが鳴っている。ずっと遠くで雄叫びでもあげているのだろうか。
「それが理由で、この道を使って女子供を逃がせなかった。けれど、向こうからこちらに来ることはできるのですよ。こちらから行くには人力で途中まで歯車を回す必要があるのが問題でしてね、あの音が人を遠ざけたようです」
「お前ェ、なァんかコソコソやってるとォ思ったらよォ」
「正式に運用できたら言おうと思ってェたんだァ。問題があってェ、そのままになってたのさァ」
訛りながら、早く言え、だから安全が確保できたら、と話している二人を止めた。ロトリリィーノがこのトロッコへ案内した意図を知りたかった。曰く、南に行くにも、フォートルアレワシェナ正教国へカチコミするのにも、この道の安全が確保できれば移動が速くできるだろう、というアイデアの提供だった。
「協力者がトロッコを利用して移動する時は、その、土地神様、には襲われたことはないそうですが、あの音は姿が見えないのもあって、不安を煽りますのでね。協力者も随分堪えてここまで来てくれていました。私は体力のない方でして、ドルワフロの協力者が亡くなって、今は頼れる者もなく……」
鍛冶師が戻る数日前、チュチュリアネを逃がしたい、とトロッコに手紙を乗せ、ロトリリィーノは必死に途中まで戻し、下り坂を行かせた。元々体力のない魔導士体質にそうした無茶もあって憔悴に拍車がかかり、あわやの事態でもあったのだ。手紙を受け取っていてさえくれればもうそろそろ来るのではないか、ということらしく、ロトリリィーノはツカサとラングの滞在を望んでいたそうだ。明確に残れるまで情報を出さなかったことも、こうした抜け道を知らせないためだ。そうした対策を講じる人は好きだ。
それに、確かに助かる。土地神を救うのはツカサとラングであればできることだ。それを誘いさえすればここは最高の移動手段になる。南にも行けて、首都にも行ける。何よりトロッコという乗り物には乗ったことがない。
「この広さであれば我が駆けてもよいのである」
先日、出番を断られたユキヒョウが胸を張った。その場合、ツカサ、ラング、ユキヒョウと離れられないトルクィーロというメンバーになるが、それはいいのだろうか。ユキヒョウは問題ないと鼻息荒く頷き、キスクがそっと挙手をした。
「俺も、土地神様に乗りたい」
「任せるのである!」
皆に頼られ嬉しいらしいユキヒョウはふわふわの胸を見せつけた。
「なら、まずはレールの安全確保かな? ユキヒョウの背中に居る時に襲われても困るし、トロッコで走ってる時でも困るしね」
ツカサが言えば、ラングも頷いてくれた。レールを振り返る。真っ暗闇は鈍く風を揺らし、停滞した土のにおいが鼻をつく。蔓延した死のにおいに、ツカサは拳を握り締めた。
暗闇を照らして道を見出す。それだけだ。




