2-62:やがて導く側になる
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一先ず、ロトリリィーノを死なせるわけにもいかないのでラングの診察と処置を待ち、呼び出したポーツィリフに付き添いを頼んでから部屋を出た。
どこか話せる場所、というわけで、かつてのキスクの部屋へ集合した。前頭トルクィーロ殺害犯とされていたせいで部屋は手入れがされず、暖を取るための足しにと絨毯もカーテンもなかった。ベッドだけはロトリリィーノが、残せば誰かが使える、と言い張って残してくれたらしい。そこにキスクが大事にしていたものを隠しておいてくれて、その配慮にキスクは少し泣いていた。古びた絵本、軽めの金づち、その隠し方にまるでエロ本を隠す青少年だな、と思ってしまい、ツカサは瞑目した。似てはならないところが本当に似始めている。気をつけようと思った。
「で、どういうこと?」
石畳、ガタガタうるさい窓、火の入っていない暖炉、残されたベッド。暖も明かりも全てを魔法で補いながらツカサが腕を組んで問いかけた。ユキヒョウは上目遣いに一同を見渡し、えっとぉ、と叱られるこどもよろしく言い淀む。ラングは診察のあと再び抱っこを強請られて抱え上げる羽目になったチュチュリアネを下ろしたそうにしているが、少女がマントを掴んでお昼寝の体勢になってしまい口元が一文字に結ばれていた。
「だって、寂しかったのである」
ぽしょ、とユキヒョウが言い、ツカサは首を傾げて続きを促す。ユキヒョウはごめん寝の姿勢になって叫んだ。
「だって寂しかったのである! 命いっぱい抱えていずれ消滅するのである! 誰にも知られずに消えていくのである! そんなの、そんなの寂しいのである! 我も誰かと笑いたいし、泣きたいし、喧嘩したかったのである!」
耳を下げて尻尾をべったりと床につけ、ユキヒョウは叫ぶ。
「昔はよかったのである! いろんな土地神が遊んでくれて、ちょっと人とかかわって、我も向こうに遊びに行ったりして楽しかったのである! なのに、なのにおかしくなったのである! 突然だったのである!」
ぴすぴすと鼻の鳴る音がして、キスクが気まずそうにツカサを見た。
「がんばったのである! 我も、皆も、必死だったのである! ボロボロの体でオットルティアが持っていって、消えたのがわかって、どうすればよかったのかわからないのである!」
床にじわりと広がったのは涙か。
「誰も遊んでくれなくなって、寂しかったのである! だから、欠片を、お借りしたのである! オットルティアが一番遊んでくれたのである……! ツカサとラングのように、我のお兄ちゃんだったのである……! もういないのである!」
ぐす、ぐす、と鼻を垂らしてユキヒョウは伏せの体勢のまま顔を上げた。
「オットルティア……、寂しいのである……。もう二度と、命が巡ろうとも会えないのである……」
涙と鼻水でべしょべしょの顔を見ると、なんだか責める気も失せてしまう。ツカサは気まずさを誤魔化すように項を摩った。
「欠片を使って、制約が科されないということは、許されたってこと、なんだね」
「わからないである。でも、そうだと思うのである……」
「それで、【理の女神の欠片】ってなんなの? 片鱗なの?」
「詳しいことはわからないのである……」
しょぼ、と落ち込んだ顔でユキヒョウはツカサを見た。
「ただ、【守らねばならぬ】という使命を我は、土地神はわかっていて、寄り添っていたのである」
ツカサは目を瞑って考え込んだ。【理の女神】の欠片。それが集めるべき片鱗だというのなら、聖域を回る意味がわかる。北の洞窟で欠片を得ただろうかという不安はあるものの、東、ドルワフロの欠片はここにある。つまり。
『解決まで手に入らないということだな』
そうなのだ。トルクィーロを誘わねば、片鱗の候補である【理の女神の欠片】は手に入らない。ツカサの左頬に紋様もなく、ラングが刺せば黒いものが現れるという確証もない。指先をちくりとやって、もし黒いものが出るならば誘えばいいが、ドルワフロの解決がなされていない今、悪手のような気がした。
何か、結局巻き込まれて逃れられないものを感じた。
『ドルワフロの安定までどのくらいかかるんだろう。敵がシュンだとするなら、この事態を招いたのも俺たち、いや、ラングはまだ会ってないから、俺なんだろうしなぁ』
『厄介だな』
『そうだね』
『わかった、腹を括ろう。ドルワフロのことも、そのシュンとやらも』
ツカサは驚いてラングを見遣り、その先でチュチュリアネを引き剥がしているのを見て手を差し出した。ぐずる少女を引き取って、それをそのままトルクィーロへ渡した。モジャっとした髭の感触に顔をしかめたものの、大きくて太い腕に抱かれ、チュチュリアネは大人しくそこで眠り始めた。娘を腕にトルクィーロは泣くのを堪えていた。それを見ないようにしてツカサはラングへ振り返った。
『ラング、本気? あの、経験者から言わせてもらうと、神、それもどきとの戦いって、本当に酷い戦いになると思うよ?』
『酷くない戦いを私は知らない。帰るためにやらねばならないことが確実に決まっているのなら、やるしかないだろう』
ツカサはポカンとした後、あは、と笑ってしまった。
『そういう覚悟の決まり方、かっこいいと思う』
『致し方なくだ。少なくとも、東に絶対的な味方をつくるのだろう?』
はい、はい、とツカサが笑えば睨まれる。協力するのは、後ろ髪を引かれながらここから立ち去るよりは簡単だ。ツカサはキスクへ肩をすくめてみせた。
「ラングが事態の収拾に手を貸すって。トルクィーロさんの誘いもそのあとじゃないと、困るでしょ?」
「ツカサ、ラング、本当か!? あぁ、うん、正直助かる! ツカサの魔法があれば百人力だ! 俺も、もっと教えてもらいたいし!」
キスクは素直にぱあっと笑い、歓迎を示してくれた。トルクィーロは自身がここに残るために使われたものがツカサたちにとって必要なものだというのはわかったらしく、申し訳なさそうに眉尻を下げていた。ユキヒョウは顔を濡らしまま、ツカサとラングの方針に言葉を失っていて、いっそ目の焦点が不安になるほどの放心状態だった。ツカサは名を呼んだ。
「シャムロテス?」
ハッと牙を見せるほど驚いたユキヒョウは手で顔を洗いツカサを見た。
「我の名である」
「そうだよ? 【鑑定眼】で見たんだ」
「そうである、我の名はシャムロテスである」
だから、そうでしょ、とツカサは意味がわからずに首を傾げた。ユキヒョウは再び顔を洗い、どことなくスッキリした顔で立ち上がった。
突然空気が変わった。まるで湖の中に落とされたかのような浮遊感と、鈍い音の広がりに目を瞬く。
『我は雪と氷、潤いを与える水の精霊、人の呼ぶドルワフロの山々の守護者である』
ユキヒョウはぴちゃりと水音を立てながらツカサとラングに近寄り、その顔をすりっと摺り寄せた。
『【異邦の旅人】へ感謝を伝えるのである』
パッと一瞬氷が弾けたような感覚があった。ツカサは自身の手を何度も見遣り、ラングはマントを開いて中を確認している。お互い、何かしらの影響があったのはわかるが、それが何かを掴めない。ユキヒョウを見上げれば、その顔は少しだけ凛としているように思えた。しかしそれは一瞬のことで、瞬きの後には情けない顔があった。
「我は、我はもうひとりでいたくないのである。ドルワフロの民と生きたいのである」
ユキヒョウの口元が、んぎゅ、と引き締められ、キスクを振り返った。
「キスク、我を迎え入れてほしいのである。我はシャムロテス、我は、我は」
「あぁ、うん、そんな、難しいこと言わなくていいさ。協力してくれるって言ってたの覚えてる。ドルワフロはあんたを受け入れるさ」
な、と宥めるようにキスクが言い、ユキヒョウは強い頭突きをお見舞いした。キスクは顔面を打って鼻血を出し、慌てるユキヒョウとで緊張感を失った部屋に笑い声が響く。ツカサのヒールで止まった鼻血を拭い、じゃあ、とキスクは立ち上がった。
「ドルワフロのみんなの体調が戻ってから、いろいろ話をしないといけないな」
「遅い」
ラングがピシャリと言った。
「命守る、同時、弱っている、今、話す必要ある。弱る、抵抗されない。今のうちに納得させる。コツ」
「ツカサァ」
「はいはい。ご飯食べさせて命を守るのも大事だけど、今のうちにトルクィーロさんのこと、ロトリリィーノさんのことは話して納得させちゃおうねってことかな。体力のない今なら、抵抗する人も、騒ぐ人も少ないし、恩を売れるから、こういうの、コツだよ、って言いたいんだと思う」
「おぉー……」
キスクとトルクィーロ、ユキヒョウから拍手が返ってきてツカサは胸に手を当てて礼を取った。キスクは次いでラングに尋ねた。
「あぁ、うん、そうしたら、どうやって話せば丸く収まると思う?」
「考える、大事」
言語が不自由でなければ、甘ったれるな、とでも言っただろう。ツカサは兄の肩を叩いた。
『時間掛かるよ。さくっとコツ教えちゃおう?』
『ッチ、霧の妖精に誑かされて穴に落ちても知らないぞ』
『え、何それ』
不思議な言い回しに目を瞬かせればラングは腕を組み、そっぽを向いた。勝手にしろということか。ツカサは苦笑を浮かべキスクを振り返った。
「トルクィーロさんを殺した事実もあるし、【偽りの女神】様には全力で敵になってもらおう」
そう、かつて渡り人の街がイーグリスを敵と定めひとつになったように。
ドルワフロがキスクを父親殺しとして恨み、憎しみをひとつに集中させたように。
そうしてまとまったあと、敵を排したあとはキスクの頑張り次第だ。無責任だが、事態の収拾後、世界を越えるツカサにはそれが最大限の助力だった。
なんとなく、大丈夫だろうという確信があった。キスクは【選ばれし反逆者】、少し導いてあげれば、きっと顔を上げて歩みだす。ここに来るまでの道のりでキスクの芯の強さはよく知った。だからこそツカサは手を差し伸べた。
「覚悟はいい? 忙しくなるし、かなり厳しい道のりだと思うよ」
失った過去、ツカサがそうして先達に見守られ、見極められ、差し出された手を取ったように。
「あぁ、やってやるとも!」
キスクがツカサの手を取った。




