2-61:ランタンの影は見えず
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なるほど、それが真実かどうかは置いておいて、やりように納得はできる。
聞いた限りでは、難癖をつけて、どうにか相手に非を押し付けて、無理矢理押し通すようなやり方だ。ゴルドラル大陸を統一しているフォートルアレワシェナ聖教国。かつての【神子】による惨劇が民の反抗心を奪い、従わせている大陸で、【理の女神】に見捨てられれば生きてはいけまい。
今までの短い道のりで、巨体、独特の鈍りと、排斥するための目印はわかりやすく、のらりくらりと従わないドルワフロは切って捨てられてもおかしくはない。
『憶測だがな』
そう付け加えつつ、ラングのこういう発言はよく当たるとツカサは思った。困るのは今後だ。
『そんな選別が始まってる大陸で、片鱗を探すとして、どう探せばいいんだろう。なんとなく、【精霊の道】を見つけるための試練がそれそのものって感じがするんだよね。揃えればいい、とも言われてるけどさ、何をっていう』
『そもそも、片鱗とは何か、という点が問題だ。予想や可能性は考えていくべきだが、それをこうと思い込むことは危険だ。今わかっていることを一つ挙げるとするならば、【死神の片鱗】は私とツカサが持っている。聞いた限りではこれは二つだけだろう』
そうなのだ。紋様と大鎌、それ以外に【死神の片鱗】は思いつかない。だとするならば、あとは南と西の聖域に行くしかないのか。絆の腕輪は今も南を指し示しているように思う。あぁ、なんとも、本当に。
『めんどくさぁ……』
ずるりと壁を伝って座り込んだツカサの声がぽやりと響いた。ラングは呆れたようにそれを見遣って壁に寄り掛かった。くしゃっとツカサは髪を交ぜ、唸り、文句を零した。
『こういう時、攻略本が欲しくなるよ。どこそこでこういうイベントが起きるから、この選択肢で解決して、次に出てくる敵のレベルはこれだから、そこまでにレベルを上げて武器防具を揃えて、ってさ』
『なんの話かわからない』
『あはは、要はね、先とか、答えを知りたいってこと』
シールドの中で眉を顰めた気配がした。
『無茶を言う』
『うん、そうだよね』
わかってる。こつりと壁に後頭部を置いて、ツカサはドルワフロの白い石材の天井を見上げ、目を閉じた。
生き方に答えなど無い。未来に確約など無い。生きるとは、何一つ見えぬ暗闇をいくものなのだ。
轍を残しながら歩んできたその道で、その手に得たランタンの明かりで暗闇を照らしながら進むしかないのだ。
道中、同じようにランタンを持った旅人と出会い、道について話し、経験を共有し、道連れになることもあれば、再び別の道を行くこともある。誰かの歩いた道は旅人の背が見えなくなるまでの間、暫くは見えているが、やがて見えなくなる。道を別つとはそういうことだ。
そうして生きていくのだとツカサは知った。自身の服の裾を掴んでいる死という隣人もまた、そこに在る。やがて自身が誘われる側になる。いや、死にたくはない。まだ愛しい命を見ていない。その成長を見届けて、残せるものを、思い出を、積み上げていくのだ。
取り留めもないことを詩人のように考えた。キスクの影響を受けてしまっただろうか。ツカサが思案から戻ったことを示すように目を開けば、ラングが問いかけてきた。
『お前が様々な情報を持っていたように、アルとやらも何か情報を持っているのではないのか』
『どうかなぁ、冒険者ギルドとかだと上手いけど、こういう厄介な話だとわからないって顔をよくしてたからね』
その姿に自分だけではないと胸を撫で下ろすことも多かった。
『役に立たない男だ』
『ラング、リーマスに似てるって言ったって、別人なんだから』
苦笑を浮かべて言えば、ラングはふんと鼻を鳴らした。
『一先ず、片鱗にしろ、情報にしろ、集めるだけ集めればいい。断片を繋ぎ合わせればいずれ絵は見える』
『うん、そうだね』
よっこら立ち上がり埃を払って、ツカサはラングを見遣った。
『行動あるのみ、だね』
『そうだな』
頷き合い、ツカサが笑う。カチャリと扉が開いてキスクが顔を出した。防音魔法障壁を解いた。
「待たせた、ロトリリィーノ叔父、また眠ったから、入ってくれ」
「うん、そっか。ラング、あのくらいになったら大丈夫?」
「少しいいだけ。急に、悪い、ある。見る必要」
経過観察は引き続き、というところか。部屋の中に戻ればチュチュリアネがばふりとラングのマントに抱き着いた。キスクの髪は茶色なのだが、チュチュリアネの髪はもう少し明るい赤毛だ。とろんとした目元は母親似なのだそうだ。トルクィーロもキスクの視線も柔らかく、本当に大事にしているのがわかる。
チュチュリアネはキスクと再会して大泣きし、父トルクィーロと再会して髭面にも大泣きした。元々髭面だったらしいが、三歳の頃に見ていた髭面と今見る髭面では何かが違うらしい。混乱したチュチュリアネが懐いたのは顔のないラングだった。ツカサは眼中にもないらしい。
兄キスクはいつの間にかどこかに消えて、髭面は自分を置いてどこかに消えて、三歳という幼心に残った姿と現実の差に、六歳のチュチュリアネが困惑するのはある意味、仕方のないことだった。
「だっこ」
だっこ、とマントを引っ張られ、ラングは溜息を零しながらチュチュリアネを抱き上げる。シールドを結んでいる赤い紐が気になるらしく、それを掴んでバランスを取るのでラングは非常に嫌そうだ。それでも放り投げたりしないあたり良い人だよなと思い、ツカサはニヤニヤと笑う。
「何見ている」
「いや、優しいよなぁって」
守りさえすれば、ラングがこうして自身の子を抱く姿も見られると思うと涙腺にくる。
「チュチュ、おとうちゃまの方へェ、おいでェ」
慈悲を受け、死してなお娘に会える喜びから髭面の男はデレデレだ。当の娘はいや! と叫んでラングのフードとマントに顔を埋めている。フラれた父親はしょんぼりと肩を落として場を少し和ませた後、ぐっと背筋を伸ばして王の顔になった。
「零れたってェ言われたことがァわかったぜェ。俺ァ、刺されたんだなァ。そいでェ、死んだァ」
最期に残っていた記憶、弟の心配する顔がトルクィーロの中にはあった。剣をどうにかせねば、傷を手当てせねば、教徒に詰られ、どうすればよいのか。そんな弟の姿が残っていて、剣を抜いたところと被り、弟に刺されたと思った。とんだお門違いだったぜェ、と申し訳なさそうなトルクィーロの腕をツカサが叩いた。
ごそごそ、ばさり。トルクィーロが左わき腹を露わにし、そこにある傷を見せた。血も出ていないが赤い肉すら見えそうな刺し傷。風呂に入った時にはなかったものだ。零れた記憶を補填され、魂がそれを理解して、肉体に現れたのだろうか。痛くないのかと問えば、痛みはない、と答えがあった。
「死ぬこと以上の苦痛はないのである」
ロトリリィーノをその腹に抱えたままのユキヒョウが言い、皆が少しの間黙る。なるほど、死が救いの一つであることは事実のようだ。
「キスク、貯蔵庫の件はしっかりやっておくけど、これからどうするの?」
「あぁ、うん、そうだな。とりあえず、まずはドルワフロの立て直しと、親父のこと、ロトリリィーノ叔父のこと、【偽りの女神】のこと、うぅ、どうすればいい?」
まだ若い青年の肩にどっしりと様々なものが圧し掛かってきているのだ。キスクはあれこれ並べ立てることはできても優先順位がつけられなくて困り、泣きそうな顔でツカサを見た。その視線を受けてツカサはラングを見た。そこに兄の姿を重ねてしまい申し訳なかったが、次代の処刑人を仮任命されるほどの実力者であれば、何か打開策があるのではないかと思ってしまう。そうした視線に鋭いのは変わらず、ラングはチュチュリアネを片腕で抱き直すと指を伸ばしてきた。ハッと口元を隠して回避し、にまっと笑った目元に苛立ったのだろう、足を思いきり踏まれた。
「い……っ!」
「考える、まずは命」
文句を言う前にラングが見解を示し始めてしまったのでツカサは歯を食い縛って呑み込んだ。キスクもまた痛いものを見た顔で固まっていた。
「それから、信頼。説明。不思議な声、キスク背負う、なぜ?」
キスクはちらりとツカサを見た。通訳を求められているとわかり、足にヒールを使いながらツカサは言った。
「とりあえずまずはドルワフロの人たちの命の安全、ご飯を食べて体力を戻すこと。ちゃんと話して、説明して、誤解を解いて、信頼を取り戻すこと。キスク、ユキヒョウの聖域で声を聞いたって言うけど、そこまで背負う必要あるの? ……ってことだと思う」
おぉ、と感心したような声が二つ聞こえた。感心してないでいいから答えろ、とツカサがムッとすれば、同じような動きでわさわさと誤魔化す親子に笑いそうになった。
「そもそもさ、三年うろちょろしてて、戦力として声を掛けたのが俺とラングだけって、どういうことなの?」
「あぁ、うん、それな。いや、最初は強そうな奴に片っ端から声を掛けてたんだけど、【偽りの女神】だとか、【理の女神の真心】だとか、不敬罪で捕まりそうになって」
まぁ、当然のことだろう。それで、と続きを問えばキスクはリュートを弾こうとして無いことを思い出し、手持ち無沙汰にもじもじしながら言った。
「だから、結構早い段階で歌うだけに変えたんだ。歌を響かせ、その歌に応える者へ。あんたたちに目を付けた」
フォルマテオの街は大きく宿も多く、広場からするりと立ち去る二人を追えず、街を出て人混みから外れ、ようやく魔力を感じるようになって、慌てて追いかけてきた。
そういえば、ともにドルワフロを出た友人たちはどうしたっけ、と問えば、キスクは少しだけ情けない顔で笑った。
「西と南、手分けしようって、別れた。力を貸してくれそうな奴が居たら、ドルワフロに連れてくるって話だったけど、誰も戻ってないんじゃ……わからない。こんな世の中だ、どこか安息の地を、好きな女でもできたなら、責められない。幸せならいいさ」
死んでいる可能性を念頭に、それでもやんわりと友の離脱を受け入れたキスクのしなやかな強さがツカサには眩しかった。それは厳しいこの世界で三年、リュートと歌だけでどうにか生きてきた軌跡が鍛え上げたものなのだろう。納得と諦観、覚悟と祝福。友の無事をただ祈ることのできる男は、強い男だ。
あれ、そういえば。ツカサは腕を組んで考え込んだ。待てよ、あの時、キスクはすごく大事なことを言った気がする。
「キスク、あのさ、ユキヒョウの聖域に、何かあるって言ってなかった?」
「え? あ、あぁ、あれかな、【理の女神】の欠片があるって話か?」
「それだ!」
欠片。時の死神のものではなく、【理の女神】の欠片。わざわざ言い伝えで残るほどなのだ、何かしらの意味があるはずだ。ツカサはキスクの肩を掴んで詰め寄った。
「その欠片って何? どこにあるの? 滝にあるって言ってたよね!?」
「あぁ、うん、言い伝えではそうだ。どこにあるのかは」
「そこである」
ユキヒョウの声に皆が振り返る。ぱさり、と尻尾を揺らし、ユキヒョウは口元をもごもごさせて目を逸らし、尻尾でトルクィーロを指した。
「そいつの形を保っているものが、そうである……」
ざっと視線を受け、トルクィーロは乙女のように胸の前で手を組んだ。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
本編の低気圧が続きますね。
よもやま話書きにくい。
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