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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第二章 失った世界

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2-59:温もりを配る

いつもご覧いただきありがとうございます。


 玉座の間にはドルワフロの民が集い、憔悴した人々が、暖かいその空間で多くの者たちが放心状態だった。死んだと聞かされていたトルクィーロの姿があれば、頼れる頭が戻ってきたと泣いた者もいただろう。キスクの冤罪が半信半疑でトルクィーロのことすら疑いの眼差しで見ている者もいるだろう。いっそ頭一族の狂言であった、と怒りを抱く者もいるだろう。それが声として上がらないのは、ただ、その体力がもはやないからだ。

 玉座の間に入ったツカサが見渡したところ、百人もいなかった。また、多くはやはり年配者だ。鍛冶師連中は戻って来るまで、仕事を得ていて食事をとれていたため後回し、火床の管理もあるので順繰り食事を強請りにくるらしい。ツカサは一応、確認を入れた。


「これで全員?」


 先に戻っていたポーツィリフがヘェ、神子様、と言い、視線がツカサへ集まる。【神子】ではないと否定したいところだが、ラングの言ったとおりいずれ死ぬのが見て取れて、まずは食事だと思った。


「ポーツィリフ、調理場ってどこかな。大きな鍋とかあるといいんだけど」

「案内しまさァ」


 うん、と頷いて先導するポーツィリフについていく。玉座の間からアーチ形の通路に戻り、少しして木の扉が開かれて中に促された。

 部屋の真ん中を陣取る石のテーブルはまな板も兼用なのか表面に傷がついている。ちょろちょろと水が流れて窪みに溜まり、溢れ、どこかに排水されていて、かけ流しの水道にもなっていた。雪を鍛冶場の熱で溶かし、それがここに流れ着いているらしい。レンガと鉄で造られた竈は鍋を乗せる場所が三か所、置き場所がないのかすっぽりとはまる大きな鍋が二つ置きっぱなしだ。その鍋の大きさからドルワフロの民がよく食べるのが想像できた。壁に吊るされたままの包丁は無骨だが切れ味もいいだろう。さすがに調理場には窓があった。開ければ寒いが空気の通りがないところでの調理は怖い。ポーツィリフに開けるように頼み、ツカサは置きっぱなしの大鍋を覗き込んだ。


「洗わないと」


 人が減り、女手が無くなって、こんな大きな鍋で調理する者などいないのだ。すっかり埃を被ってしまった大鍋をどうにかして洗わなくてはならない。窓を開け戻ってきたポーツィリフに頼み、大鍋を竈から外して洗い場に持っていき、水魔法でざぶざぶと洗う。大鍋を外す際に使用したのは天井にぶら下がっているフックだ。面白い、これを引っ掛けて壁にあるハンドルのようなものを回すと、鎖が引っ張られ、持ち上がる。浮かせてからは人力で揺らして移動でいい。衛生を確保して鍋を戻し、水をたっぷりと注いだ。

 ツカサは空間収納(腰のポーチ)から麻袋を取り出すと横に置き、こちらもポーツィリフに協力してもらって米を洗う。洗ったものからどんどん大鍋に入れた。


「火ィつけまさァ」

「ううん、いい」


 ツカサは火魔法を置いてとにかく湯を沸かした。ポーツィリフは驚いた顔でそれを見ていたが、すっかり【魔法】の便利さも理解しており、ちょこんと座って待っていた。ツカサはお粥の入った大鍋を運ぶわけにもいかないだろうと思い、小分けに運べる鍋をポーツィリフに探させ、次いでそれを運ぶための人手を玉座の間や、鍛冶師たちを連れてくるように言いつけた。空間収納に入れて運べばいいのだが、これ以上ドルワフロの民には知られたくなかった。

 そうして少しの間ツカサは一人になれた。風呂を沸かす時のように、大鍋の中に直接火の球を入れてボコボコと沸かせる。とにかく早く仕上げなくてはという思いだった。


『食べ物がないって、あんなに……』


 ガリガリになったロトリリィーノ。今にも死にそうな老人たち。どうにか動けている壮年たち。ツカサはふらつき、ポーツィリフが座っていた椅子にどさりと腰を下ろした。ラングの言っていた「いずれ戦乱に陥る」という言葉がツカサの背中をひやりと撫でていた。

 ドルワフロは、ドルワフロ内で飢餓が収められている。よく食べる者たちがいち早く外に出たこともあり、破綻はしているがどうにか命を繋いでこられた。間に合った。

 ドルワフロはこの世界の縮図だ。やがて大陸全土、世界全体に同様の事象が起こるのだとツカサに思わせた。その時、ドルワフロのように誰かを生かすために外に出る者がいるのならば、その移動先で元の住民が得られるはずだった糧が奪われる。交易都市では矛先が彼らにまだ向いていなかったが、時間の問題だったのかもしれない。


『戦乱に陥る、戦争が起きる。食料を……求めて』


 ツカサが経験したことのない争いだ。生きるために口にできるものを求め、生きるために誰かを殺す。もっとも原始的な争いが起こり得る。ぎゅうっと両手を握り締めた。そうならないように止めるだけの食料を用意するのは現実的ではない。そもそも、(いざな)い手を失っているこの世界で新しい命が生まれるのかという疑問もあれば、繋ぐことに何の意味があるのだろうか。何より、ツカサはこの世界の住民ではない。救いたいと思うことも、どうにかしたいと思うことも、少なくともこの世界の住民であれば志と呼べようものの、ツカサにとってはすべて施しでありエゴだ。

 手の届く範囲だけ食料を融通したところでどうなる。ドルワフロの貯蔵庫を満杯にすることは【礼】だからこそやるが、それもまた問題の先送りに過ぎない。むしろ、そこに食料があるというだけで危険だと感じた。


『悪い癖だとはわかってるよ』


 誰にでもなく、自分自身へ呟く。【真夜中の梟】を失えず、ラングに頼んだあの時を思い出した。力のなかった少年の頃、随分と負担を掛けるお願いをしたものだ。今のツカサにはそれがどれほどに厄介なお願いだったのか、理解できる。


『あの時と違うのは、俺にいくつかの力があること』


 柔軟な魔法、魔力総量、時間の停止している空間収納、恵まれた装備、穀物を出せる短剣、そして時の死神(トゥーンサーガ)の片鱗。

 世界を救うなどという大それたことをするつもりはない。一番の目的はラングを守ることであり、世界ではないのだ。ただ、それでも、と答えのない感情と思考が入り乱れ、ツカサはくしゃりと髪を交ぜた。

 なんとなく、ラングがソロを選んだ理由はここにもあるような気がした。関わってしまえば、どうにかしたいと思うものだ。ラングはツカサに語ってくれたことがあった。


 ――力があるのならば、私がやるべきだと勘違いしたんだ。


 ラングはそれでいくつかの失態をおかし、師匠にボコボコにされたのだったか。考えがブレ始め、ツカサは顔を上げた。大鍋の前に寝間着のような恰好をした男性が立っていた。淡い水色の髪で、大鍋にお玉を差し込んでぐるり、ぐるりと混ぜている。ツカサはそろりと立ち上がり、近寄った。


「ねぇ、本物? それとも、幻?」


 腕を伸ばして男の肩を掴んだ。掴めた。けれど冷たい。掴んだ肩を引いて顔を見た。やや伏し目がちな、相手にその真意を読ませまいとするような少し挑発を感じる藍色の眼差し。ツカサが名を呼ぶ前に唇に指が置かれて制止される。藍色の目を細め、男はにんまりと口元に笑みを浮かべ、光の粒となって消えた。

 思わず周囲を見渡す。トーチの明かりで照らされた厨房にはツカサ以外、誰も居ない。大鍋を見ればツカサが置いたのとは違う角度でお玉がぐらぐらと揺れていた。振動で移動しただけの可能性も否めない。けれど。ツカサは手のひらを眺めた。先ほど掴んだ男の肩の感触は確かにここにあった。


「片鱗を持つから幻が見えるのかな」


 それとも何かの示唆であるのか。答えはない。

 ツカサはお玉を掴み、底にくっつきそうになっている米を浮かせ、混ぜた。正しい作り方は知らないが、ラングに食べさせたことでなんとなく掴んだ。とにかく米が柔らかく、ふにゃふにゃになればいいのだ。塩をかなり消費してしまうのが気になり、【鑑定眼】で見渡して岩塩の収まっている棚を見つけた。ピンクと赤の塊。それを大鍋の上でぶつけ合って砕いて入れ、あまり塩味が強くならないように気をつけた。

 途中水を足して水分多めに作り、駆け付けた男手に鍋を何度も運ばせて、玉座の間で炊き出しが行われた。白くてふやけた謎の食べ物。米はドルワフロでは見ないらしい。ふわっと白い湯気から甘そうなものを感じて誰かが上澄みを啜れば、そこから皆がスプーンを動かし始めた。

 すすり泣く音が響く。嗚咽が零れる。鼻をすすりながら無言でスプーンが進められ、ゆっくりと体に熱が入っていく。ツカサはその様子をじっと眺めていた。


「先生、炊き出し、ありがとう」


 声を掛けられて振り返ればキスクだ。その腕には泣き疲れたのか頬を真っ赤に染めた少女がいた。トルクィーロそっくりの癖毛、長い子供らしい睫毛。ぷぅー、と鼻を鳴らしながら眠っているその少女が妹のチュチュリアネなのだろう。見た感じ、痩せ細ってはいない。


「妹のチュチュリアネだ。ロトリリィーノ叔父が自分の食事をチュチュリアネに回してくれたそうで」


 キスクのことを亡霊呼ばわりした老婆がそう教えてくれたらしい。老人が死に、子供が死ぬ。チュチュリアネが死んだならばそれを皮切りにドルワフロは終わっていただろう。

 ツカサの横に座ったキスクは妹を膝に乗せてその背中を優しく叩き続けている。トルクィーロが後ろから娘を覗き込み、顔をくしゃりと綻ばせ大きな武骨な手で、宝物を触るようにそうっと癖毛を撫でた。


「ありがてェなァ……。チュチュ、元気でェよかったぜェ。まァた別嬪になってよォ……」


 死んでからおよそ三年、娘の成長にも感慨深いものがあるのだろう。トルクィーロはやがてボロボロと泣き始めた。


「何があったのか、調べないとね」


 あぁ、そうだなァ、とトルクィーロは震えた声で頷いた。

 ツカサはその日から二日間、お粥を配り、ラングの下で看病を習い、慌ただしくドルワフロの世話をした。ロトリリィーノが話せるくらいの意識を取り戻したのは三日目のことだった。



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


本編の空気感的によもやま話がしにくい。

きりしまの好きな面倒なフェーズなので、本日もう1話更新します。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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