2-58:理由のつけ方
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ポーツィリフとキスクがロトリリィーノを自室に運び込んでいる間に玉座の間に戻れば、そこには人が増えていた。皆が皆疲弊し、憔悴した様子で目元が窪んでいる人までいた。その目にだけ希望が宿っており、トルクィーロの存在がそうであるとツカサは理解した。けれど、当の本人は死んでいるので困っているようだった。ポーツィリフの不在もあり心配はしたものの、持ち込まれた薪と駆けこんだツカサが魔法障壁を放ち玉座の間を温めたことで、【神子】として膝をつく者もいた。申し訳ないがそちらに構う余裕はなかった。
『ラング、ロトリリィーノは殺してない。職業に殺人がなかった。でもすごい衰弱してるんだ、傷の手当て以外の方法がわからない。衰弱している人ってどうすればいいの?』
『わかった。どこだ?』
『ポーツィリフとキスクが運んでる』
さすが、話の早さは有難い。キスクの魔力を辿れば部屋もわかる。ユキヒョウはひょっこりとラングの横につき、ぬん、と謎の気合を入れて大きくなった。玉座の間で座り込んだ人々がぎょっとするのがその後ろに見えた。
「我の、我の背中に乗るがよいである! 運んでやるのである!」
「ごめん、通路そんなに広くないからそれは無理かも。あとでね」
ツカサが厚意をスパンと切って捨てて駆け出し、ラングがそれを追う。酷いのである! と叫びながらユキヒョウもその後を追った。再び残されたトルクィーロは大声で笑い、同じ場所に残されたドルワフロの民たちはどうすればいいかもわからずにいた。トルクィーロはのっそり立ち上がり、一人一人、その肩を叩いた。
「あとで全部わからァ。今はただァ、クィースクの帰還を受け入れてェやってくれェ」
死人の声は、生者にどう響いたのか。ただ、ドルワフロの民たちは静々と頷き、トルクィーロの目を真っ直ぐに見つめていた。
キスクの魔力を辿って辿り着いた先は、質素な部屋だった。暖炉は立派で、寝具もきちんとしたものだ。けれど机と椅子が一つある以外に絨毯すらなく、殺風景ともいえた。部屋自体はそれなりに暖かいものの、少しの間でも使われていなかったベッドは冷えていたのだろう、キスクは必死に掛け布団を摩って温めようとしていた。ツカサは強めの暖房をかけるイメージで部屋中を暖め、布団の中に手を入れて暖房を送り、冷気を払った。
「あぁ、うん、魔法、ちゃんと使えるように、なりたいな。ありがとう、先生」
キスクは目に涙を浮かべて言い、ロトリリィーノを見遣った。改めてトーチの下で見ると悲惨な状態だ。そもそも状態が瀕死、衰弱と出ているのだから当然ではあるのだが、目元は落ち窪み、頬は骨が見えていて、唇はカサカサ、顔色は白を通り越して青く見える。ひゅー、とか細い息は今にも止まりそうだ。
キスクとツカサを押し退けてラングがそれを覗き、瞼を、唇を開かせてにおいを嗅ぎ、診察のようなことを始めた。
「明かり、ここ」
「うん」
指示されたところに置けばラングがロトリリィーノの瞳孔を覗き込んだ。それが終わると首を触り、鎖骨を触り、布団の中に手を入れ、恐らく、体中をまさぐったのだろう。足の方までそれを行うとツカサに机を寄せるように指示をした。言われた通りキスクと二人で運び、置き続けろと言われたトーチを置く。
『今日、明日が山場だ。眠れないと思え。まずは部屋を暖め続けること、それから、あの不思議な泉の水を沸かして湯にしろ。薬をつくる』
『わかった』
『薬をつくったら飲ませるのは私がやる。一通り処置が終わったら、お前はドルワフロの奴らにもあの粥を食わせろ。奴らもあのままではいずれ死ぬ』
『うん』
テキパキと指示を飛ばしてくれるので助かる。ツカサは言われたとおり癒しの泉エリアの水をポットに入れ、手の中で沸かし、それが冷めないように三脚コンロにクズ魔石を入れて火を点けて置いた。ラングは自前の薬草棚をどさりと取り出すと、いくつかの薬草を手にしてすり潰し始めた。キスクはただオロオロしていたが、ツカサが薪をどさりと出すと、それを手に暖炉に火を入れにいった。ポーツィリフだけが手持ち無沙汰でツカサに声を掛けてきた。
「あっしァ、どうすりゃァいいんですかねェ」
「ドルワフロの人たちを集めてくれる? あの玉座の間に全員入るかな。あったかいスープをつくるからさ、とりあえずおなかに何か入れよう。そうやって声を掛けあって、今ドルワフロにいる人たちを全員、集めてね」
「助かりまさァ……!」
ポーツィリフは泣きそうな顔で言い、バタバタと部屋を出ていった。暖炉の火が起きたのを見て、ツカサはそちらにも声を掛けた。
「キスク、妹さんの安否を確認しておいでよ。妹さんもご飯、一緒にご馳走するから」
「ありがとう!」
キスクはツカサがすべてを言う前に部屋を駆けて出て行き、あっという間に足音すら聞こえなくなった。ロトリリィーノのこともあり、部屋を出る許可を待っていたのだろう。律儀だなと思い、ツカサはラングを振り返った。
『調合、見てていい?』
『構わない』
ラングの手元で緑や灰色の何かがあっという間に潰れ、混ざり、変などろどろになっていく。そこに沸いた湯を注ぎ、木のスプーンでゆっくりと混ぜた。大変汚い色が出来上がった。茶こしのようなものでそれを濾せば黒っぽい味の悪そうな薬湯ができる。ラングはベッドに乗り上げ、ロトリリィーノの体をそっと起こすとその背後に回り、自身の胸にその頭を預けさせた。それからユキヒョウを見遣り、顎で呼んだ。
『毛皮を貸せ。体が冷たい、温めなくては』
『暑くて起きてしまうかもしれないのである』
役目を与えられてご機嫌のユキヒョウはのしりとベッドの乗るとラングとロトリリィーノを包むように座り込んだ。ラングはスプーンで掬うのではなく、浸して、濡らしただけのそれをまずは唇へ持っていき、濡らす。それが終わってから濡らしただけのスプーンを口の中に入れた。
『飲ませないの?』
『意識のない者に水を飲ませると溺れることがある。最初はこれでいい。舌が動くかどうかを見る』
『俺、普通に薬湯を入れられたような』
『顔を横にしておいた。呑み込んだのはお前だ』
ああ言えばこう言う。しかしそれで目を覚ましたのだから文句は言えない。いや、あの味の酷さ、その後の対応含めて文句は許されるかもしれない。しかしそれもあとにしよう。ツカサはベッドに腰掛けてロトリリィーノの手を握り、ヒールを使い続けた。魔力を持つロトリリィーノなら、このヒールだってきっと意味があるはずだ。負担にならないように微かな魔力を送り、体中を巡らせる。
こんな時でも気になってしまうのだが、癒しの泉エリアの水は理の属性で、ラングのような理の属性の人によく効く。だが、魔力を持つ人にも効くのだ。なぜだろう。
『魔力は理から零れた穢れ、穢れを身の内に収め、魔力に変換し、魔法として顕現する者が魔導士』
ツカサはブツブツと呟き始めた。単純に、魔力を身の内に収められるというだけであって、器自体はヒトだ。ヒトそのものが理に属するものと考えれば、癒しの泉エリアの水が効くのはわかる。しかし不思議なのだ。ツカサは魔力が自身の内側から湧き上がるものだと感じている。シェイも見ていてそうだと思う。静かで穏やかなあの精神世界にあった光り輝く大樹、あれがシェイの魔力なのだとすれば、まさしく身の内からといった様子だった。いったい、魔導士とはなんなのだろうか。
魔導士の生まれを考えてみても、理の強い土地であればこそ生まれやすいと聞いたはずだ。だから、それが強いスカイでは魔導士が多く、そのまま軍事力に繋がっていると。であれば、この世界は、この大陸は。
『【不思議な力】を持つ者が少ない、当然、それは理の力が弱いから。そうだよね、今【理の使者、理の神】として収まっているのも魔力を持つ者なんだし、理が薄くなっているのはわかりきったことで……』
うぅ、と呻き声が聞こえて思考から呼び戻された。ラングが何度も繰り返した行動は、ようやくロトリリィーノの意識を少しだけ覚まさせたらしい。
「薬、飲め」
少しでも意識があるうちにとラングがスプーンで次は薬を掬い、その口へ運んだ。力なく眉間にしわを寄せ、その味の酷さに拷問だと感じているだろう。ツカサはヒールを続けながら優しく声を掛けた。
「大丈夫、味は酷いけど、よく効くから。ロトリリィーノさんには生きて貰わないと。キスク……クィースクが心配してた」
名を呼ぼうとしたのだろう、ロトリリィーノのかさついた唇から零れたのは息だけだった。開いたそこにスプーンが入れられ、少量ずつだが薬が飲み込まれていく。
「大丈夫。クィースクのことは誰も傷つけない、傷つけてないよ。だから今は安心して、ただ、生きる気持ちだけは、強く持って」
本人に生きる意志がなければ助けることなどできないのだ。ツカサは薬湯を飲むロトリリィーノを励ますように声を掛け続けた。ふぅ、と息を吐いて再び意識を手放せば、ラングはまたスプーンを濡らすだけに変えた。喉に詰まらせないよう、少しずつ水分を取らせるよう、慎重な投薬が続く。ツカサはロトリリィーノの体を癒し続けるためにヒールを掛け続けた。ラングはスプーンを握った手でロトリリィーノの首筋に触れ、シールドをツカサへ向けた。
『少し体が温まった。私はこのまま手当てを続ける。ツカサ、お前は粥を食わせに行ってやれ』
『わかった。お粥つくったらすぐに戻るよ』
『あぁ』
『何かあれば、我が呼びに行ってやるのである! すぐである! すぐである!』
ユキヒョウの意気込みに少し微笑み、その顎の下を撫でてからツカサはベッドから立ち上がり扉に行くとラングとロトリリィーノを振り返った。
生きてほしい。幸せになるために。
死なないでほしい。真実のために。
あぁ、人というのは、同じ望みに様々な理由をつけられる生きものなのだな、とツカサは思い、走り出した。




