2-57:駆けつけた先で
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再び足を踏み入れたドルワフロの王城は、心なしか暖かかった。そもそも火を入れた鍛冶場がこの王城を有する山、洞窟の中の一つにあり、特殊な構造の巨大なふいごを踏みながら温度を上げ、鉱石の加工が行われるらしい。そうして風の流れを一方向につくり、排熱し、移動のための洞窟すら温める。
道を温め、その熱で作り上げた加工品は観光客や商人の手に渡るという一石二鳥を得ていたのだ。そしてその原点である鍛冶場を有する王城は当然ながら暖かく、ドルワフロの民の多くがここで生活をしていた。余所行きの街の顔を思い出し、真に薪が必要なのはあの石造りの家々なのだろうとツカサは思った。
しかし、ツカサがラングと神獣を追いかけて通った時には寒々しさを覚えた王城内がここまで暖かいのは違和感も覚えた。
「ポーツィリフが薪を使ったんだろうとは思うけど、ここまであったかいのはなんでだろう?」
「鍛冶場の火がァ、上手に回り始めたからだァ。一回火が点きゃァ、必要なのはァ薪じゃなくてェ石炭だァ。木炭を使うモンもあるがァ、基本はそっちだァ」
キスクの父、トルクィーロが代わりに答えた。大きな体、太い腕。その手は火傷と握った金づちの柄で擦り切れ、硬い。トルクィーロもまた鍛冶師の一人であったと示すものだ。だからこそ答えた。
「ドルワフロの王城はァ、鍛冶場が回ってる時ァ上着すらいらねェんだ。その代わりィ、夏ァ風の道を増やさないといけねェ」
「逆に暑いんだね」
「そういうこったァ! 雪ン時だってェ、鍛冶場は暑ィがなァ!」
ガッハッハ、と笑う声が石の嵌めこまれた綺麗な廊下で響く。キスクが額を押さえ、親父ィ、と唸っていた。遠くでバタバタという足音がして、少しだけ先を急ぎ、玉座の間に出た。
相変わらず見事だった。ツカサとキスクのトーチの光がぱあっと玉座の間を照らし出し、壁に、柱に取り付けられた金の装飾品たちがその先端に光を灯す。ツカサはちらりとラングの反応を窺った。ラングはゆっくりとそれらを眺め、ほぅ、と一つ息を吐いた。
「すごい」
「うん、すごいよね」
やっと、同じ感想を言えた。ラングの黒いシールドの先を追ってツカサも広間を照らし出すキラキラ輝く細工たちを眺めた。しかし、最初に来た時も感じたが本当に人が居ない。本来、こうした玉座の間には守るための兵士や騎士がいるものだろうに、駆け付ける音がしたのに誰も来ない。
「いったいどういうこったァ?」
トルクィーロの困惑の声からこの状態が普通ではないこともわかった。ふらりと玉座に向かい、大きな石造りの椅子を撫でるトルクィーロは、そこに積もった埃にもショックを受けたらしかった。ツカサも驚いた。そういえば、玉座の間でもっとも光り輝いて荘厳であるべきものが、全くと言っていいほど目に入っていなかったのだ。それは埃に細工や宝石、黄金の数々が覆い隠され、光を受けていなかったからだと気づいた。つまり、長い間ここには誰も座っていない。
「ロトリリィーノ、座る、違うらしい」
ラングもまたその認識を持ち、言った。皆が顔を見合わせた。トルクィーロが弟に殺されたというのならば、弟は玉座を目的にしていると考えるのが一般的だろう。ツカサはラングから聞いたその父と弟の関係性もあり、そう考えた。
「もしかしたら、トルクィーロさんが零したもの、すごく重要だったのかも」
何があってトルクィーロは弟のロトリリィーノに殺されたと思ったのかということだ。埃まみれの玉座に放心しているトルクィーロの背中を叩き、ツカサは尋ねた。
「ねぇ、思い出せる範囲でいいから、聞かせて」
青い顔で振り返ったトルクィーロは、自身より小さなツカサに、何度か頷いて床に座り込んだ。そこには埃が積もっていなかった。
「思い出せる範囲ってェ、言ってもなァ……」
ざりざりと髭を撫で、ボリボリと頭を掻き、ざすざすと首周りを掻いて落ち着きのないトルクィーロは暫く唸った。そうして答えが出てくる前に数人が玉座の間に駆け込んできた。
「あれェ!? か、頭ァ!?」
先頭を来たのは有難いことにポーツィリフだった。その後ろにはキスクを亡霊呼ばわりした老婆と、大麦のスープをご馳走した多少若い方だ。トルクィーロは大きな手を振って声を掛けた。
「オウ! 元気かァ!」
「生きてェたんですかァ!」
「悪ィ、死んでらァ!」
ガッハッハ、と笑う声に戸惑うポーツィリフと他二人にツカサが歩み寄った。神子様ァ、と相変わらず不本意な呼ばれ方だが、ポーツィリフと男が老婆にも説明したのか、罰当たりと怒鳴られることはなかった。
「ポーツィリフ、そっちの状況聞いていいかな。火傷を負った鍛冶師と、ロトリリィーノは?」
「へェ、鍛冶師連中はァ医務室で寝てまさァ。ロトリリィーノ様ァ、今は牢屋でェ」
は? と想像以上に間抜けな声が出てしまったが、それはツカサだけではなかった。キスクが叫ぶ。
「なんで牢屋ァ!? ロトリリィーノ叔父も怪我ァしてんだろゥ!? ドルワフロの牢屋なんてェ、極寒じゃねェかァ!」
玉座の様子、トルクィーロの記憶があやふや、叔父であるロトリリィーノを信じたい気持ちが、キスクの中の天秤が希望に傾いているのがわかる言葉だった。ツカサは一瞬瞑目して考えた後、顔を上げた。
「ポーツィリフ、ロトリリィーノがいるその牢屋に案内して」
「へ、へェ、しかしィ坊ちゃん」
「でももしかしもなし! 早く! 凍らせちゃうよ!」
へ、へィ! とポーツィリフが慌ててドスドス駆けていく後を追いかけようとしたツカサと違い、ラングとユキヒョウ、トルクィーロは玉座の間から動かなかった。
「ラング?」
「残る。話すするなら、言葉不自由。ツカサの通訳、任せる、いい。そうだろう?」
やり取りをするに際し、相手の命が危ぶまれているのならば、時間を掛けるべきではない。あとで聞くから任せた。ツカサはその言葉に強く頷き、キスクとともにポーツィリフの後を追った。トルクィーロもまた、自分がいることでロトリリィーノが混乱するのを防ぐために来ないのだとわかった。ツカサはそこに残る男二人の想いを受け取り、ただ駆けた。
残された男たちは短い会話をした。
「いいのか」
「いいんだァ。俺ァ、零れてんだろゥ? ……死んでるのァわかってらァ、役立たずだァ」
項垂れた大男から視線を外し、ラングは大きな玉座を見上げただけだった。
――ポーツィリフの先導で走るツカサは、その足の遅さに焦りが募った。雪山生まれのキスクが極寒というほどなのだ、魔法障壁で悠々越えてきたツカサが言える台詞ではないが、この山々の冷たさがあっという間に人の体力を奪い、殺せるだけの凶器であることはわかる。少し暖かいと感じていた洞窟内が徐々に冷えていく。鍛冶場からの熱が回されない場所なのだ。
「こ、この先でェ」
「先に行くね!」
ツカサはポーツィリフの横をするりと抜けてぐんと速さを上げた。トーチで道を照らし、魔力を放って探知を行う。ふと人の気配を感じた。これは、魔力だ。じっと横たわって動かない様子からこれがロトリリィーノだろう。まさか魔力を持っているとは思わなかった。ツカサはそこを目指して走っていった。
石造りの廊下を走る。魔法障壁なしで駆けていくと、徐々に肌がヒリヒリと痛くなってきた。白い霜のようなものが見え始め、壁が凍っている気がして通路を温めるように魔法障壁を広げた。ふわっとぬるい風が巡り、倒れ伏している人まで届いたのを察知し、とにかく駆けた。随分と奥の方に放り込まれているらしい。
辿り着いた場所は火も、明かり一つない場所だった。牢屋を前にしたのはジュマと、イーグリスで尋問に立ち会った二回だけ、片方は火の入った暖かい一室、もう片方は綺麗だった。それと比べると随分人道的ではなかった。自分が入れられたことはカウントしない。
鉄格子の向こうでドルワフロの民にしては細い誰かが横たわり、微動だにしていなかった。ツカサは鉄格子を邪魔だなと思った。風で切り裂くには中の人が危ないので鉄格子を掴んで火魔法を使った。触った瞬間肌が凍傷で焼ける感覚はあったが、構わなかった。ヒールで治しながら火魔法を扱い、鉄格子をどろりと溶かし、中に入り込んだ。
【鑑定眼】を開いて素早く確認し、ツカサは手を置いてヒールを使った。男はうぅ、と呻いて少しだけ身じろいだ。
「大丈夫、安心して、すぐ治るよ」
腕にあった火傷を治し、指先を確認する。落ちる指はなさそうでホッとした。器に癒しの泉エリアの水を出し、ひと匙口に含ませる。微かに唇が動いてそれを呑み込み、呼吸音がようやく聞こえた。ツカサは数度それを繰り返した。その間にポーツィリフとキスクが辿り着き、おかしな開き方をしている鉄格子をくぐってきた。
「ロトリリィーノ叔父!」
「怪我は治してる、凍傷も。でも衰弱が激しいから手当てしないと。治癒魔法も泉の水も、万能薬じゃないんだ」
キスクは小さく頷き、ポーツィリフを振り返った。大男はそろりとロトリリィーノを抱き上げて運び手を担ってくれた。
「手当ての仕方をラングに聞かないと、俺はこれ以上はわからない。とにかく寝心地のいい場所にだけ運ぼう、ポーツィリフ」
「へィ! わかりやしたァ!」
バタバタと戻っていくキスクとポーツィリフを見送り、ツカサは牢屋を振り返った。明らかに抵抗した跡も、抗った形跡もない。トーチで煌々と照らしたそこは今はよく見えるが真っ暗闇だったはずだ。まるで死を待つような在り方にツカサは違和感を覚えたのだ。【鑑定眼】を使い続け、見落としのないように視線を巡らせた。
「……遺書もないんだ」
よく映画や漫画で牢屋に凄絶な遺書を残すパターンを見ていたが、それもなかった。黙して死のうとしたのか、それともここに入れられた時にはその体力も気力もなかったのか。気をつけておかなくてはと思った。ツカサは【鑑定眼】で見たものを思い出した。
【ロトリリィーノ・マチェ・マー・ドルワフロ(39)】
職業:ドルワフロの若頭の弟 頭代理
状態:瀕死 衰弱
レベル:--
HP:--
MP:少しだけ
【スキル】
我慢
「殺してない、殺人犯じゃない。そうだよ、頭になりたかったなら、【頭代理】なんて名乗らずに、堂々と【頭】と名乗るはずだよ。どうして気づかなかったんだろう」
では、いったい何が起こったのか。
――お互いの事実が相反する時、それがずれた場所をまずは探すべきだと思う。
トルクィーロが死んだ時、その時。零れてしまったトルクィーロにはもはや解き明かせないものを、ロトリリィーノから聞くしかない。あれは死なせてはならない生き証人だ。
ツカサは深呼吸のあと、彼らを追いかけて牢屋を出ていった。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
眠し。明日この更新を覚えていない気がするのである。
覚えていなかったらもう1話更新、覚えていたら更新休みです。
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