2-55:湯上りの休息
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皆が皆湯冷めする前に神獣、ユキヒョウの洞窟、聖域へと戻った。静謐な白く輝く石やクリスタルに囲まれた洞窟の中は視覚的にはとても冷たいが、実際はとても暖かい。
ユキヒョウが拾ったキスクの父、トルクィーロが寒いと文句を言い、ニンゲン様は死んじまう、と事前に教え込んだからこその快適さなのだそうだ。人と関わったからこそ、人にとって快適だったのだ。
ふとツカサはリガーヴァルの精霊たちを思い浮かべた。イーグリステリアの理の片鱗を追って森に入った際、風の精霊ウィゴールは【ヒトの目】というものを気にしていた。あの時、若に誤魔化すの大事って言われただろ、というようなことを言っていたはずだ。あれはヴァンと、ヒトと関わったからこその対応だったのだろう。そう考えるとこの世界の精霊、神獣たちはヒトとの関りが薄いのだと思った。ユキヒョウはトルクィーロと三年近くを過ごしたからの快適さはあれど、配慮に欠ける。その点においてヒトにも魔導士にも真摯だった大虎は、何かヒトと関わる機会があったのかもしれない。もしくは、単純に大虎の人ができていたからか。大虎にはもう一度会いたかった。
ツカサは湯上り、ネコ科の動物の水に濡れた情けない姿を味わえるかと少し楽しみにしていた。テレビなどで見て、そのなんとも言えない哀愁漂う姿をリアルで見たいと思っていた。普段からは考えられないぺっしょり感を期待したが、ユキヒョウは湯を上がるとさっさとふわふわに元通りだった。違う、そういうのは求めていない、と文句を言えば、ふかふかであるのが自慢である、とユキヒョウにタックルされ、そのご自慢の毛皮に呑み込まれた。悔しいが気持ちよかった。
ラングは予想通りしっかりと洗濯を済ませており、すまないが頼む、と真摯に依頼され、ツカサが風魔法を見せるついでに衣服を乾かした。キスクは何もないところに風をイメージしていたが、その調整の難しさに苦戦していた。出口に向かって練習しろと言っておかなければ洞窟内で大変なことになっただろう。どばっと出すか、ちょろちょろ出すか。キスクはどうにも中間というものを扱うのが下手だった。トーチはあれほど上手かったのにと思いもしたが、あれは火を恐れるからこそ小さなものが上手かったのだ。乾かした衣服をラングに返しながらツカサは尋ねた。
「キスク、どうして火が怖いの?」
「あぁ、いや、あぁ、いや、うぅ、直らない」
口癖のことをまだ気にしていたのか。気にしなくていいと改めて伝えれば、父殺しの罪を晴らして頭に収まる身としては、直したいとキスクは言った。本人が直すつもりならいいか、とツカサはそれ以上言わず、それで、どうして? と聞き直した。
「昔、俺がまだ子供の頃、鍛冶場でちょっとした爆発があって、焼けて死んだ奴もいたんだ。その時、俺も鍛冶場に居てさ」
ぼわっと炎の波が迫ってきたのをよく覚えているらしい。なるほど、坑道で尻もちをついていたのはその時の光景を思い出したからか。
「でも、キスク、火傷の痕とかないよね」
「ロトリリィーノ叔父が庇ってくれたんだ」
キスクに父殺しの罪を着せた男が、甥っ子を庇った。ラングの風呂に突撃してボロボロになって戻ってきたトルクィーロは、ツカサの手当てを受けることもなく、ユキヒョウが尻尾を被せたら治っていた。力をあげているというのはそういうことだ。そのトルクィーロが難しい顔をして髭を撫でた。
「クィースクから聞いて驚いたんだァ。あいつァ、クィースクを可愛がってたからなァ。頭になりてェってんならァ、俺のことを殺すのはわかるけどよォ、まさかそんな罪を被せるたァ思いもしねェ」
「どうしてだろうね」
単純に、可愛がっているふりをしていた、ということも考えられる。けれど、一歩間違えれば死んでしまうような怪我を負ってまで、ふりだけで庇えるだろうか。
「お前を殺す時、ロトリリィーノ、何か言ったか」
ラングに問われ、キスクの父トルクィーロはざりざりと髭を撫でながら言った。
「よく覚えてねェんだァ。あぁ、ただ、クィースクのことを言ってたようなァ」
「俺のこと?」
キスクが胡坐をかいた脛を持ち、身を乗り出す。トルクィーロは低く汚い声で唸ったあと、同じような格好で項垂れた。
「わからねェ、思い出せねェんだァ」
「こいつ、死にかけでここに来たのである。死んですぐに我が拾ったのである。でも、一度死んだということは、零れるのである」
ツカサにはその言葉の意味がわかる気がした。時を運び、感情や思い出のひと欠片が通り過ぎて行くのを見たツカサには、死んだ瞬間から零れるものがあるのだとわかる。だから、セルクスはいつも死者の傍に寄り添っていた。思い出を、生きた時を零さぬように、誘うために。
しかしそう考えると不思議な点がある。忙しい身だと言いながらダンジョンに居たり、顔を出して会話をしたり、あの神様はちょくちょく職務から離れていたように思える。その間の誘いはどうしていたのだろうか。それを知ることができればツカサにも少し工夫ができる気がした。相変わらず答えはない。
ツカサは左頬を撫でた。ユキヒョウが力を分け与えそこに存在しているトルクィーロはどういうわけか死者の命として数えられないらしく、紋様は浮かんでいないそうだ。左頬に紋様が浮かんだ時がトルクィーロを誘う時だ。ツカサは指を離し、ふぅ、と息を吐いた。
「ドルワフロに行って聞くしかないかなぁ」
「そうだな」
ツカサが唸る横で、ラングは立ち上がり、ユキヒョウが創った衝立の方へ向かった。皆に見守られる中そちらに消える前、振り返って言った。
「休む、話、あとで。おやすみ」
「うん、おやすみ」
霊薬を呑んでも病み上がり、そこに喧嘩といろいろ重ね、風呂でゆっくり温まったから眠くなったのだろう。素直に睡魔を告げて眠りに行くラングを微笑んで見送るツカサに、トルクィーロが年寄りくせェなァと言った。笑顔のまま素早くそちらを向いてやればさっと目を逸らされた。ユキヒョウが一言、馬鹿である、と呆れた声を零した。
ラングが休めるよう、ツカサはキスクと出口の方に移動し、魔法の練習をさせることにした。父トルクィーロも、ユキヒョウも見学の姿勢で声がうるさくならないところに腰を下ろし、魔力の制御と調整の鍛錬を始めた。暫く真面目に鍛錬を行い、キスクが言いにくそうに唇を開いた。
「ツカサは、ラングと、ドルワフロをすぐに出るのか?」
手の中で土を創り出し、それを器用に形を整えてユキヒョウの像をいくつも創りながらキスクが問うてきた。ツカサはキスクの手元を見ながら答えた。
「ドルワフロの貯蔵庫がどのくらいの大きさかにもよるかな。魔力をどの程度使うか、休まないといけないかもしれないし。でも、できれば早く移動したい。アルは……もう一人の仲間は、料理が得意じゃないから、どういう状況かわからないけど、飢えちゃう可能性がね」
特に、この世界では食料事情がよくはない。よく食べるアルはどこに行っても歓迎されないだろう。我慢をすることはできる人だ。アーシェティアと違い燃費もいい。それでも、腹減った、としょぼくれる顔が浮かんでなんとも言えない気持ちになるのだ。キスクはそうか、と四体目のユキヒョウの像を仕上げて横に置いた。
「お土産が欲しいんだろ、何がいい? 素材は何がある?」
「あぁ、そうだった。何が作れるんだろう?」
「素材によるよ、先に見せてくれ」
移動が早い方がいいのなら、作るものを決めておいた方がいいだろうという配慮。ツカサは有難く思い、目を細めた。
ドルワフロの名産が何かと問えば、やはり鉄製品や特殊な金属を使った装飾品、武器、防具。それに宝石の加工品だという。キスクは夢中になって工芸品について話しながら、無意識に土魔法でそれぞれを象って、こういうの、ああいうの、と見せてきた。ツカサは驚きながら、その造形の見事さに経験というものを見た。幼いころから様々な工芸品と芸術品を見てきたキスクは目が肥えているのだ。槌を振るうことはできずとも、目にした経験はこうしてどこかに必ず残り、生きている。ツカサはそれをいつも羨ましく思う。ツカサは自分の中に何が残っていて、生きているのかがわからなかった。
すっかり店先のように並んだサンプルを眺めながら、ツカサは一つ考えた。あっても困らず、なくても困らない。そんな何かが欲しい。
「あぁ、うん、また難しいことを。そういうのが一番大変なんだぞ?」
用途を決めてさえしまえば形は決まる。何か切りたいのならナイフ、短剣。装飾品なら首飾り、耳飾り、腕輪、指輪、様々な形はあれど方向は決まる。ツカサは銀のナイフを取り出して、実用的でもあり、売ることもできるものなら、なおよい、と言った。
「これ、【兄さん】から貰ったんだけど、そのまま使おうと思えば使えるし、いざという時には売れるんだ。売る気はないけどさ、でも、こういうのがいい」
「んん、そうだな、たとえば、ツカサって日頃何するんだ?」
何、と繰り返して腕を組む。何をしているだろうか。ツカサは思いつくことを羅列していった。
学園の教師をしている時は、翌日の授業の準備。ダンジョンに行く前にはいろいろ支度をして、あぁ、寝る前には日記を書くようにしてる。それから、時々手紙を読み返すんだ。貰った手紙は全部宝物なんだよ。兄さんに仲間に友達、お世話になった人たち、本当に恵まれてるんだ。
「日記、手紙、うーん、手紙か。ここじゃ全然、そういうのはない。ツカサの故郷は多い方か?」
「そうだね、結構多い方かも」
「じゃあ、レターオープナーはどうだ?」
ツカサは目を見開いた。なるほど、【お守り】ではなくそういうものを選ぶ手もあったか。確かに、それならラングも使ってくれるような気がした。
「いいかも、あれでしょ、こう、シュッと開けるやつでしょ? ちょっと憧れるかも」
「まぁ、ドルワフロじゃ使う奴なんていないけど、フォートルアレワシェナ聖教国からは結構注文が入ってた。希望の素材だけが問題だけど、何があるんだ?」
ええっと、とツカサはポーチからごそごそ取り出した。宝石の原石、よくわからない石。サンダードラゴンの鱗、牙、ファイアドラゴンの鱗、アイスドラゴンの鱗、ゴロゴロ出てくる輝くもの。キスクはあんぐりと口を開き、トルクィーロは目を輝かせ、ユキヒョウは思わず覗き込んでいた。
『なんということである! まさかドラゴンの素材を持っているとは思わなかったである! いや、何か身につけているとは思っていたではあるが、なんということである……!』
リガーヴァルの言語に合わせ、ユキヒョウはバレないように叫んだ。ツカサは顔を上げて首を傾げ、意図を尋ねた。
『ドラゴン、そんなに珍しい?』
『珍しいも、何も、理……はわわ、毛皮が焼けてしまうである、嫌である、嫌である』
なるほど、それもまた真理、話せないことなのだ。ユキヒョウは自身の毛皮が無事であるかをまるで尻尾を追いかける猫のようにぐるぐると確かめた。最後にはむりと尻尾を咥え、んふんふ落ち着かない様子で鼻を鳴らしながら座り込んだ。ツカサは苦笑を浮かべて言った。
「毛皮は大丈夫だよ」
「よかったである、危なかったである」
そんなやり取りをしていればキスクがサンダードラゴンの牙を手に取った。かなり大きく、成人男性の腕くらいの象牙のようなものだ。牙というと白をイメージしがちだが、サンダードラゴンの場合は全体が薄っすらとした紫で、大きな宝石の原石、というほうが正しい気がした。ずっしりと重いらしくキスクが膝に乗せて検分していれば横からトルクィーロがひょいと奪った。
「いィ牙だァ、これならァいいレターオープナーが作れるぜェ」
「あぁ、うん、四本くらい作れそうだ」
「本当? じゃあ、それにしようかな。手紙に埋もれる人たちも知ってるから、日頃のお礼にもいいかも」
職人が惚れた素材を使ってもらう方がいいものができそうだ。ツカサは他の素材を仕舞おうとしてキスクに止められた。
「その青い石、それも装飾に組み込んでいいか?」
「アイスドラゴンの鱗? いいよ。えっと、何枚? 思い出だから全部はちょっと」
「あぁ、うん、一枚で十分に足りる。それに、全部使わないで返せるさ」
未知の素材にキスクの手は震えていたが、目は輝いている。何か挑戦心というか、闘志が燃えているような感じだ。仕上がりが楽しみになってきた。それはそうとして、だ。
「ドルワフロでどうやって話そうか。あの大広間で魔法を使って度肝を抜いてもいいけど、それよりも治癒魔法で攻めた方がいいのかな」
「俺は、とにかくロトリリィーノ叔父と話して、チュチュリアネの無事を確かめて、みんなに、【偽りの神】のことを、話す」
ぐ、とキスクが拳を握り締め、どこかを見ている。トルクィーロは方針に口を出さずにじっとそれを見つめていた。ツカサはその横顔に尋ねた。
「元頭として、何か助言とかないの?」
「言ったところでェ、俺ァ死人だァ。未来のこたァ、生きてる奴が考えるもんだァ」
それもそうかもしれない。ツカサは無理矢理笑顔を浮かべて言ったトルクィーロの二の腕をとんとん、と叩き、微笑んだ。じじくせェガキだァ、と笑われたが、髭面の男が泣きそうな顔をしていたので何も言わないでおいた。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
きりしまのよもやま話。
書籍2巻発売からあっという間に1週間(体感ではもう2週間くらい)経っていました。
どのくらいの方がお手に取ってくださったのだろう、きりしまはドキドキしております。
そして若干の燃え尽き症候群。
1巻の時もそうだったのですが、わぁ! とわくわくドキドキして、実感が湧いて、今、空気が抜けていっているところです。
少しの間、のんびりと更新させていただこうかなと思っています。
その隙に【境怪異譚】の2章を仕上げたい気持ちもあったり……。
大丈夫です、処刑人と行く異世界冒険譚の在庫は山盛りあるので、きりしま、消えたりしません。
書きたいシーンもいっぱいありますから!
もうそろそろきりしまが大好きな相談・謎解きフェーズです。
今回は長いですからそのつもりで待っていてください。
それでは。
◆書籍1~2巻発売中です!
1巻書影
2巻書影
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